仕事のやり過ぎがいい訳がないその4
無事にグランドまでたどり着き整列する事ができた。並び終えると同時に3時間目のチャイムが鳴り響く。
「ギリギリセーフだな」三鷹先生は残念そうに言った。
(よかった、これ以上罰則とかしゃれにならん。)
「今から準備体操を始める、各自間隔を開けろ。」
三鷹先生の笛の音で一斉に動き。それから、ラジオ体操的な動きをし、その後に腹筋やら腕立て伏せ、背筋をしその後にグランドを3周ほど走り、また整列した。
「5分後に持久走を始める終了は……」
(うぇー、嫌だなぁ。)俺はぐっと身体が重くなる感覚に包まれた。
(何キロだ、それとも何分?)
「……3時間目終了の5分前までだ。」
(……よし、手を抜こう。)俺は静かに決意した。
「なお男女別で、1番走った距離が短い奴のチームは放課後グランド10周な、くれぐれも手を抜か無いように。」三鷹先生は俺の方を見てニヤリと笑った。
(心を読まれた…⁉︎)背中に嫌な汗が流れるのを感じながら引きつった笑顔で頷いた。
スタートの笛の音と共に俺は必死に走った。前日の罰則のせいで足が筋肉痛にもかかわらず凄く頑張った。クラスの男子のなかでは中の下ぐらいの順位だと思う。
(少なくともビリではない‼︎)俺は持久走を走り切り授業終了までの5分間、グランドを歩きながら心の中でガッツボーズした。
(そう、俺の後ろには誰かいる!さぁ、罰則を受ける奴は誰かな)俺は嬉々として後ろを振り返った。そこにいたのは……。
虫の息な帯刀とデブがいた。
(……チビ助のやつビリじゃないよな…?) 俺は歩くペースを落としてチビ助の隣についた。
「大丈夫か帯刀、ビリじゃないよな⁉︎」
「……ごめん。」チビ助は小さく呟くように言った。俺は腹の底から怒りがこみ上げてきたが、チビ助の虫の息状態を見て怒りを抑えた。
(仕方ないよな、昨日の罰則酷かったし。)
「まぁしょうがない、放課後頑張ろうぜ。」俺はそう言ってチビ助を励ました。
「……ありがとう。」チビ助は小さく呟くように言った。
次の体力錬成も酷かった。延々と腹筋やら腕立て伏せやら背筋を授業終わりまでやらされた。
俺は背筋終りのうつ伏せの体勢のまま動きたくなかったのだが、三鷹先生に叩き起こされ、隣で倒れている微動だにしないチビ助を引きずって教室へ帰った。
教室には、先に戻って来ていたクラスメイトの男子達が椅子やら床に座って何もない空間を見つめていた。
(気持ちは分かるが…怖っ!)俺は放心状態のクラスメイトの間をチビ助を引きずったまま通り抜けた。
チビ助を窓際の席に放り投げる。「うぐっ!」って感じの声が聞こえたが無視して席に着いた。そして皆と同じように何もない空間を見つめた。
窓から気持ちのいい風が入ってくる。かなりの疲労感とちょっとの達成感に満たされ、このまま寝てしまおうと考えた。汗だくの体操服が気持ち悪いけど…。だが、俺は気にせずに目を瞑った。たちまち暗闇が訪れ、風で木の葉が揺れる音だけが聞こえてきた。一瞬あれ、皆いるよな?という不安にかられたが、皆も今の俺と同じ状況だろうと推測し、つかの間の休息を満喫した。
遠くの方で足音が聞こえる。女子が戻って来たのかなんて思っていると、教室のドア付近でピタリと足音が止んだ。そうして、「バーン!」という大きな音と共に
「お前ら、飯‼︎」という怒鳴り声が聞こえた。
驚いて飛び上がるような体力を残していない俺たちは、たっぷり数十秒使って怒鳴り声の聞こえた方を見た。
そこには、困り顔の先生がいた。その後ろにクラスの女子達がまるでゾンビみたいにへろへろの姿で立っていた。
三鷹先生は大きくため息を吐き
「昼飯の時間だ…寮の食堂に行って食べて来い。それから…5時間目の座学だが、時間を30分ほど遅らせて始める。しっかり休め。」そう言ってゾンビ集団を引き連れて行った。
俺達も昼飯を食べに行くべく疲れた体に鞭を打って着替え、先生の後を追った。
昼飯も朝と同じようにバイキング形式になっている。違う点といえば、実習増加食のところにまるまる1食分置かれている事だろう。バイキングを無視したやり方にげんなりしつつお盆を持って実習増加食だけを取った。皆も同じように増加食だけ取っていく。メニューはカレー、コロッケとサラダそしてゆで卵、デザートにリンゴ、飲み物でパックの牛乳となっている。
俺はチビ助と共に席に着いた。2人からため息がもれる。
「運動した後に飯ってのはちょっとな…。」俺は箸でサラダを突きつつ言った。
「そうだね、でも食べないと。」そう言ってチビ助はスプーンでカレーをすくい口に運ぶ、一口食べ終えるとスプーンをお盆に置いてため息を吐いた。
この中で、もりもりご飯を食べているのは三鷹先生ぐらいだ。
昼飯終了の時間は刻一刻と過ぎていくので皆、無理やり口に押し込みなんとか完食した。
吐き気を堪えて普通科校舎まで歩く。席に着く頃には、5時間目開始時刻の少し前だった。
(次は座学だったな…すきを見て寝るか。)俺は教科書を広げバリケードを構築した。
5時間目開始のチャイムが鳴ると同時に三鷹先生が入って来て授業が始まる。
(思えば、モテるなんて聞いたけどイベント全然発生しないし、しんどいばっかりだ)何て事を考えていたら、だんだんと意識が遠のいていた。
ふと目を開けると少し懐かしい景色が見えた。中学校の教室の前だった。目の前にクリーム色をした横開きのドアがあり、中から聞き覚えのある喧騒が聞こえた。俺はぼんやりとした意識の中でこれは夢だな、と確信した。早く起きなくては、と思ったのだが現実の俺は起きてくれず夢の中の俺は勝手にクリーム色のドアに手を伸ばす。
喧騒が一際大きく聞こえる。ドアの内側に体を滑り込ませると喧騒が少しだけやみ、視線が突き刺さる。その後すぐ何事もなかったかのように騒ぎ出した。
騒音の中を縫うように歩いて自分の席を目指す、途中で何人かと挨拶を交わした。それでも俺は立ち止まる事なく席に着いた。カバンから文庫本を取り出しページをめくる。真夏のセミのように騒ぎ立てる音が耳障りで仕方なかった。
別に嫌われているわけではないのだが……形容しがたい虚しさが溢れてきて思わず俺は文庫本をほっぽり出し耳を覆った。それでもなお止まない騒音に俺は立ち上がり怒鳴った。
「うるさい‼︎」俺は自分の声に驚き一気に目が覚めた。そしてすぐに前方からミサイル(チョーク)が飛んできて額にヒットした。
「お前が黙れ。」と言う三鷹先生の声を聞きながら俺はイスの上に倒れた。
そのまま何事もなかったかのように授業が再開した。
俺が痛む額をさすっていると左隣から心配そうに小声で
「大丈夫?」とチビ助が聞いてきた。机の前に教科書でバリケードを築きこちらを見ている。
俺は笑いながら額のチョーク跡を見せた。
チビ助はなおも心配そうにこちらを見ていたが、やがてクスリと笑い視線を前に向けた。
俺も前を向くが…なにやら右側から視線を感じたため、ちらりと見る事にした。そこにはモブ夫Aがこちらを見てニヤニヤと笑っていた。
(なんたコイツ?)と思っていると、モブ夫Aは急に拳を握り親指を立てた。俺はよくわからなかったので無視して前を向く事にした。
いつの間にか夢で感じた虚しさは、もうなかった。