仕事のやり過ぎがいい訳がないその1
ばくおんが響いた(ぶぉんぶぉぉん)
ではなくラッパの音が部屋中に響き渡った。
俺は掛布団を吹き飛ばし跳ね起きた。
「へっ、なにこれ?緊急速報⁉︎」
「いや、全然似てないから」
そう言って俺にツッコミを入れてくれたのがチビ助こと帯刀時雨だ。
「何の嫌がらせだよ、朝っぱらから演奏しやがって…ちょっとうまいじゃねーか」
「起床の合図だよ。毎朝6時に普通科は全員起床なんだ10分後には点呼が始まるから急いで着替えて」
そう言ってチビ助は布団の中でもそもそと着替え始めた。
チビ助の斬新な着替え法に驚きつつも俺も急いで着替えることにした。
「そういえば点呼の場所ってどこだっけ?」
ふと疑問に思い尋ねた。
チビ助に視線を向けると…
チビ助の首から下が朝日に照らされて発光していた。
「たっ…帯刀大丈夫かっ⁉︎身体がイカ釣り漁船並みに光ってるぞ‼︎」
俺は慌ててチビ助に駆け寄る。
「わあー、来ないで」
その際に履きかけたズボンに足を取られてこけてしまった。
やばい、チビ助にぶつかる…俺はとっさに両手を前に突き出し目を瞑った。
ありのままの状況を話そう。
突然チビ助の身体が発光し心配した俺は慌ててチビ助に駆け寄るも履きかけのズボンに足を取られて転んでしまった。本来ならば俺がチビ助に覆いかぶさるような体勢でこけてしまったにもかかわらず…なぜか俺はチビ助に押し倒されていた。ちなみにチビ助の手の位置は俺の胸の位置だった。
なぜだ…依然としてチビ助の身体は発光を続けている。
チビ助は立ち上がり後ろを向いた。その際に両腕をクロスさせて胸部に当てた。
「見たでしょ」
そう言ってチビ助は振り返った。顔を赤く染め少し涙目だった。
何を?俺は呆然とするもとりあえず見てないと言った。
「嘘だ、絶対に見たでしょ」
チビ助は食いかかってくる。
「見てねーよ」
俺はきっぱりと言った
何か分からないが見た、見てない以前に見えないのだ。発光していて。
そんなチビ助と俺の見た、見てないと言い争っていると部屋の備え付けスピーカーから
「1年普通科Aクラスの5番、お前らいつまで寝ているんだ。さっさと降りてこいっ‼︎」
罵声が飛んできた。
罵声に驚き俺とチビ助は言い争いをやめ、お互い後ろを向いて着替えた。
ちなみに5番とは俺たちのチーム番号だ。
俺とチビ助が点呼場所である寮の前にある広場に着く頃にはクラス全員が綺麗に整列していた。
「またお前らか…点呼終了後に腕立て伏せ10な」
三鷹先生はため息をつきながら言った。
俺は恨みを込めてチビ助を見た、チビ助はそっぽを向いている。
俺はため息をつき列の5番目に並んだ。
1クラス30人なので15組ある。列は2列のみ。正面にいる三鷹先生から見て右側に並んでいる生徒が相棒がいる場合は「1、2」と言い、いなければ「1」とだけ言う今回は全員いるので右側の人がみんな「1、2」と言った。最後に左側の最後尾に並んだ人が全員いるという意味の「満」と言って点呼は終了した。時間にして1分も経たずに終了する点呼だがこれから毎日するらしい。
めんどくさい…。
その後は、各自の寮の部屋の掃除、7時に朝食となり8時から校舎でホームルーム、授業となっている。
点呼が終わり各々寮の部屋へと戻って行く中で俺とチビ助は今朝遅れた事による罰則を受ける事になる。
「よし、これから腕立て伏せを10まで行う。先生が数を数えるのでそれに合わせてやるように、では始める。」
10回ぐらいなら楽勝だな俺はそう思い腕立て伏せをするべく地面に両腕をついた。チビ助も隣で同じ動作を行う。
「1、2、3…7、8、9」
三鷹先生は数を数えていく。
次で終わりか。
「9.1、9.2、9.3…」
おい、小数点はなしだろ。
「9.7、9.8、9.9」
今度こそ終わりだな。
「9.91、9.92…」
いい加減にしろ!
「9.98、9.99、10」
やっと終わった。
(朝っぱらから何やってんだろ…。)
「先生、腕立て伏せ10回じゃないのかよ」
「何を言っている?私は10までと言っただろう」
先生はしれっとそう言った。
俺はその場で地団駄を踏んだ。
「はははっ、元気があっていいな。本当なら後10回追加でやらせようか迷ったが…やればよかったな。」
「「やめて下さい‼︎」」
俺とチビ助の声が重なった。
チビ助と目が合ったのだがすぐに逸らされてしまった。
「お前ら喧嘩でもしたのか?」
先生が心配そうに聞いてきた。
「大丈夫です、心配ありません」
俺はそう言った。
「そうか、まぁ仲良くやれよ。7時から朝食だがその前に部屋の掃除をしとくように」
先生はそう言って寮の中に入っていった。
「俺たちも中に入ろうぜ」
「………。」
「機嫌直せよ。もしかしてお腹が三段腹で見られたくなかったとか?」
俺は冗談めかしてそう言った。
「……本当に見てないの?」
「ああ、光って見えなかった。」
「本当だね?」チビ助はなおも疑ってくる。
「本当だ、疑り深いな…三段腹なんか見てねーよ」
「僕は三段腹なんかじゃない‼︎」
「さいですか、さっさと戻って掃除して飯食いに行くぞ」
何かぶつぶつ言ってるチビ助を置いて俺は寮の部屋に向かって歩いて行った。
チビ助よりも早く部屋に着いた俺は
「掃除かー掃除ねぇ、何からやればいいんだろう?とりあえず洗濯かな」
そう呟き洗濯機の前に立った。
そして、なんでこうなったんだろ…。
俺の前には大量の泡を吹き出しながら時折「ぼこっ、ぼこっ」と音を立てる洗濯機があった。
おかしいな、服だけ洗濯しようとしたのに…洗濯機も洗濯して欲しかったんだねテヘッ☆
俺は拳を額に当てて舌をペロッと出し隣で青筋を立てている帯刀を見た。
「何でこんな事になったのかな」
帯刀は笑顔でそう言った。
うわぁ、怖い。
俺は事の顛末を簡潔に説明した。
「服を洗濯するために洗剤をドバドバ入れた。」
俺はそう言って先ほど使った洗剤の容器をチビ助に見せた。
液体タイプの洗剤でペットボトルのような形状をしている。一部残量の確認ができるよう透明になっていてすでに半分ほど減っていた。
「使い過ぎだよ、今朝開けたばっかりなのに‼︎」
チビ助が叫んだ。
「いやー、どれくらい入れたらいいか分からなくて。」
俺は2度目となるテヘペロをしてチビ助を見た。
チビ助は溜息をつき洗濯機の停止ボタンを押した。
先ほどまで虫の息だった洗濯機が完全に停止した。
「朝食までになんとかしよう」
チビ助は力なく言った。
それからのチビ助の動きは速かった。どこからともなくバケツと雑巾を持ってきて作業し始めた。俺も手伝うべく雑巾片手に洗濯機の前に進んだ。
そして…近くに置いてあったバケツを蹴り飛ばしてしまった。
バケツの中に入っていた液体が広範囲に散らばり掃除する面積を2倍に増やした。
それから帯刀の額に青筋が浮き上がり俺は3度目となるテヘペロをした。
(やだ、俺ってドジっ子みたい…。)
その後、少し離れたところから帯刀のテキパキした動きを眺めるだけになってしまった。
(なんだこいつ…清掃員かな。)
チビ助の頑張りにより朝食までに洗濯機周りの掃除が終了した。
「とりあえずこんなものかな」
チビ助は清々しそうに言った。
先ほどまで泡だらけだったのが嘘のように綺麗になっていた。
「すげぇな、というかこなれている感じがするんだが…」
「まあね、僕の両親海外出張でずっと居なかったから家事全般ができるようになったんだ。」
「へー、そうなんだな」
俺は感心しながら呟いた。
(男で家事全般出来る+ほぼ一人暮らしってまるでハーレムものの主人公みたい…。)俺は静かに戦慄した。
「なぁ、帯刀って妹か女の幼馴染みっているか?」
「急にどうしたの?僕一人っ子だから兄弟は居ないな。でも女の子の幼馴染みはいるよ。その子の両親が共働きだから小さい時からお互いの家を行き来してたんだ。」
「…そうか、ちなみに毎朝起こしに来てくれてたりとか?」
「そうだね、朝はあんまり弱くないんだけどよく来てくれてたなぁ、朝ご飯作ってもらっていた。」
「…その幼馴染みの得意料理って、酢豚か?」
「何で酢豚⁉︎えーと、多分オムライスだったと思う。って、え⁉︎何で泣いてるの‼︎」
(何なんだよこいつ、入学初日に女の子とイベント発生させたり幼馴染みがいたりと…バカ野郎ー!)何故だか分からないが俺は涙が止まらなかった。
「だっ、大丈夫?どこか痛いの?医務室に行こう」
そう言った帯刀は俺の手を取りドアに向かって歩いてく。
(ナチュラルに手を握りやがって…)俺はいっそう泣いた。
心配にする帯刀に、目にゴミが入って涙が出ただけだと言い俺たちは、朝食を食べに食堂へ向かった。7時を少し過ぎただけなのに結構な人数がすでに朝食を食べていた。
朝食はバイキング形式となっており各自で好きなものを選んで食べれるようだ。ただし、種類は多くなかった。
俺はお盆を持って食べたいものを次々と入れていった。白ご飯に味噌汁、焼き魚と煮物そして漬け物とお盆があった側から順々に入れていった。
「ん?なんだこれ」
最後の方に『実習増加食必ず取るように』と書かれた貼り紙があったその上にヨーグルトが置いてある。俺はヨーグルトを持ってしげしげと眺めていると横からチビ助が
「それはね、普通科のみに配給されるものだよ実習厳しいからね」
「そうなのか、これやるから頑張れよ的なやつか?」
「それもあるかもしれないけど僕たち実習でかなり動き回るから無理にでも食べろって事らしい。実習の内容によって増加食の内容も変わるみたい。」
「へー、つまり今日はヨーグルトだから実習もそれほど大したことないって事かな」
「そうだったらいいね」
俺とチビ助はそれぞれヨーグルトを手に取った。
そこそこ混んでいる食堂で空いている席を探していると。
「あなた、昨日ぶつかってきた人ね‼︎」
急に声をかけられた。そっちに視線を向けるとそこにはツンデレ系の相生 遥が俺の方を睨んでいた。
(睨まれる心当たりは全然ないんだけど…まいったなーイベント発生しちゃったよ☆)
俺は心の中でガッツポーズをしつつ顔は困り顔で相生 遥に声をかける。
「ごめん、心当たりがないんだけど…」
と言った俺を無視してスタスタと前を通り過ぎて行ってしまった。
「そこのあんたよ」
そう言って相生 遥はチビ助の前で足を止めた。
「へっ、僕⁉︎」
チビ助は困惑した顔で相生 遥を見た。
「そうよ、昨日ぶつかってきたでしょ」
「あっそういえば…あの時は急いてで、ごめん。」
「絶対に許さないんだから」
という感じのやり取りを俺は隣で眺める事になった。
(昨日そのやり取りやってなかったか?まだ続けるのかよ。でも黙っといてやろう何故なら俺は紳士だからな)
5分程やり取りが続き最終的には相生 遥が「ふんっ」と言ってチビ助に背中を見せてスタスタと歩いて行って一応終了したみたいだ。
「あいつかなり怒っていたが…お前どんなぶつかり方したんだよ。」
「普通にぶつかっただけだよ…気が着いたら押し倒していた。」
「えっ⁉︎何で押し倒してるの?」
「よく分からないけど僕、人とぶつかると何故か押し倒しちゃうんだ。」
俺は今朝の光景がフラッシュバックした。
「そっそうなんだな…まぁ、気をつけろよ」
「うん」
(普通にぶつかるってお互いがよろけるぐらいだと思うんだが)
かなり疑問に思ったがこの案件は持ち帰る方向で…。
空いている席を見つけ座った。
(やっとご飯だ。ここまで長かった気がする)
「いただきます!」
俺とチビ助の声が重なった。
「うん、普通に美味いな」
俺は味噌汁を啜りながら言った。
「そうだね」
チビ助も味噌汁を啜る。
「隣、座るわよ。」
そう言ってチビ助の隣に座った人がいる。
「どうぞ、あれ…茜⁉︎」
チビ助が驚きながら隣に座った人に話かけた。
「知り合いか?」
俺はチビ助に尋ねた。
「そうだよ、今朝話した幼馴染みの小巻 茜だよ」
そう言ってチビ助が隣にいる幼馴染みを紹介した。
「同じ科だったんだな、言ってくれればよかったのに」
「実は茜がこの学校にいるなんて知らなかったんだ。」
「べっ別に…時雨と同じ学校に入りたかった訳じゃないんだからねっ‼︎勘違いしないでよね」
まるでツンデレの見本のようなセリフを小巻 茜が言った。
その瞬間俺は
(なんだこいつ、ツンデレ2号か)ちらりと小巻 茜を見た。別段仲良くなろうとは思わなくなった。分かりやすいぐらい帯刀に好意を抱いているということはツンデレなセリフを聞いた瞬間に理解した。つまりこいつは俺のハーレムに加わらない人のはずだ、そんな奴に無理に好かれる必要はない。こういう一途な女は雨の降る公園でブランコを1人キイキイと鳴らしときなと心の中で呟いた。
「ハレム学園に入ったんだね。ここにいるってことは普通科の…Bクラスかな?」
チビ助は小巻 茜に尋ねた。
「そうよ、同じクラスじゃないけれど…いままで通り幼馴染みとして仲良くしてあげてもいいわ」
小巻 茜は頬を赤らめてモジモジと言った。
「うん、ありがとう」
チビ助は笑顔で答えた。
小巻 茜はより頬を赤く染め下を向きながら「ふんっ」と言っていた。
(なにこれ…面白くなーい。)俺は白ご飯をかき込んだ。
楽しそうに談笑する2人の隣で俺は空気になっていた。