深き森 自愛に満ちた 聖女様6
さて、決意を新たにしましたが、拍子抜けなほどカタリナさんとアスクさんの影も形も見えません。
静かです。
……平和です。
ただ、長様も定食屋に顔を出さなくなったので、ずっとボーッとしております。
そうなると、私のお相手は、こうじさんのみになるのです。
本来、鰹節のカビ付けは一番目が2、3週間かかり、青っぽい色。カビがついたまま日乾と呼ばれる天日干しをして払うのです。これを繰り返します。
二番目以降は、一番より1週間ほど長くなり草っぽい色。四、五番目以降は、払わなくとも付かなくなってくる筈…なんですが。
一番目のカビ付けから、草色のこうじさん。
二番目を払いに行ったら…鰹節が光り輝いているんですけど?!光る鰹節を見たときの衝撃は、言葉では言い表せません。
あの愚痴の後から輝き、期間を置かず毎日払いに行ってます。天日干しも数時間だけど、意味あるのか無いのか…?
鰹節を何に変質させるおつもりですか?
あぁ!あなたと言葉を交わしたい!
毎日、こうじさんの事ばかり。……恋?
本日、四番目のこうじさんを払いに行ってきます!そろそろ、こうじさんが付かなくなる筈…。
しかし、あの光輝くこうじさんが醸したものは…口にしても良いんでしょうか?
作業室に入り、鰹節が輝いてます。うん、綺麗。
蛍のような淡い黄緑色の光。
神秘的すぎて、手が震えます。
「こうじさん?失礼します。本日も元気に輝いてますね!」
こうじさんは衰える事なく、ふっさふさ付いてます。分からない。異世界の魚とこうじさんが、理解を飛び越えて行きます。
「こちらでは、払わない方が良いのでしょうか?全てこうじさん任せ…?う~ん」
失礼しますよっと。
速度が早いのか払っても、翌日にはもっさりラグビーボール並みに。付き過ぎです。
あの夢の通り、張り切り過ぎているのかしら?
「日本の鰹節は、そろそろ節の水分が無くなり、付かなくなる予定なのですが…」
ブワァッ!
「うへへぇい!」
ラグビーボール並みに付いていたこうじさんが、私の一言で一斉に離れ、ぽやぽやと浮かびます。
空気の読めるこうじさん。
「あー…もしかして、もう出来上がってますか?」
頷くのが感じ取れる。しかし…
「こ、これは鰹節が光ってるのですが…?口に入れても平気ですか?」
何と言うか、止まり木的な神聖なものの奥殿に納められ、崇め奉られるべき神々しさ?!手に持つのも恐れ多いのですが!
もう、一体何を作ったんですか?削ったら泣き叫ぶとか、罰当たるとか?妄想が暴走します。
「これを削って煮て出汁を取りますよ?良いんですね?いきなり、ぐぎゃーとか言いませんね?煮ますよ?天罰落ちませんよね?」
様々な懸念を振り払うように質問し、一つ持ち出し早速削ります。ドッキドキですが!私に力を!
実際削ってみると、
「すっごい良い香り…へにゃ~と、なりそうなほど良い香り…」
あまりの懐かしい香りと芳しい香りに、涙が止まりません。
ありがとう、ありがとう。こうじさん。
母と祖母が、喧嘩しながら朝御飯を作ってる台所を思い出します。朝から騒がしい樋口家でした。
『朝から出汁取ってる時間ありませんよ?お義母さん。ご存じないのですか?今は出汁入りの味噌も売ってますよ?』
『何でもかんでも、手間省けば良いってもんじゃないんだよ。分かんないのかねぇ?若いのはこれだから…』
『ちっ、悔しいけど美味しいのよね』
『ふふん。出汁入り味噌も良いけど、こういうのも覚えといて損は無いよ。ばばあの言う事も、たまには聞きな』
『えぇ。ばばあの知恵…いえ失礼。お袋の知恵、もっと教えてくださいね。お義母様』
『はっはっはっ』
『ホッホッホッ』
お母さん。舌打ち隠れてませんよ。
温かい朝食なのに、背景に蛇とマングース(古?)が見えました。
余計なところまで思い出して、涙が引っ込みクスクス笑ってしまいました。輝く鰹節効果でしょうか?
さて、とても美味しそうで素晴らしい香りの味噌汁が出来ました!すっごい食べたい!!
…ですが、試食はアスクさん担当です。
仕方ないので、カタリナさんの分も、小どんぶりほどの木のお椀に入れ、蓋をして…岡持ちに入れます。えぇそうです。お客様が来ないならこっちが行こう作戦で、岡持ち作ってもらったんですね。
まさか、配達第一号が、アスクさんとカタリナさんとは…。
因みに、味見してません。
第一試食は、アスクさんですから。
決して、決して怖じ気づいて、毒味させようなんて思ってません!決して!
「さて、食べてくれますかね?行ってきます、こうじさん!」
岡持ちを手に取り、アスクさんのご自宅へ。
突然ですが、私の得意技は妄想なのです。
歩きながら、好きな(…)人へ差し入れとは。
まるでこの後、悪役カタリナさん(失礼)に発見され、あの人がそんな庶民的なもの口にしないわ!と言われ、取り上げられる。
無惨な姿にされた味噌汁。
泣き崩れる私と、勝ち誇るカタリナさん。
アスクさんは…少々残念な方なので、その事を知る由もなく、ヒーローの様に助けには来ない!
私の中のアスクさんの扱いも、大概だなぁ。
少々反省。私も、差し入れが味噌汁。
女子力と言うより祖母力。少々残念女子ですから。
「ふふっ、逆に私らしいでしょうか?」
怪しい人のように、にやにやしながら歩きます。
こうじさんの作り上げた味噌汁で、カタリナさんの心が本当に【慈愛に満ちた聖女様】になったら凄いのにな。
…それはもうカタリナさんではない気がしますが。
故郷で読んだ本には、人の性格は環境50%関わると。性善(生まれたときは善人)説もあったし、その逆もあるけど、環境が違えば、言葉を選べば、話が通じた事もあったのでは?と、言っても詮ないことをつらつらと考えてしまいます。
自分に関わる人が腹立つ人でも、誰かには好い人に写るだろうと、カタリナさんを嫌いになりきれない甘い考えをするのは、私が恵まれた環境で育ってきた事が分かります。
改めて、故郷の家族友人、こちらでお世話になった方々に感謝です。
おや……思考が、何だか穏やかに?
こうじさん効果?香りだけで?!
心洗われる感じでしょうか。岡持ちに入れても漂う香りに、ちょっとホッとします。
懐かしさに、思考が穏やかになっただけでしょうか?
こうじさん効果でしょうか?
「ふくくっ。もしこれがこうじさん効果だったら、こうじ神になってしまいそうですね。本当に、こうじさんと一緒に旅に出るのも楽しそうですねぇ」
さて、いざ!
こうじさんの味噌汁を食らいやがれです。
コンコン。
「アスクさん?新作が出来ました。是非試食を」
ガタッガタガタゴン!
「ア、アキ?!ちょっと待っ」
「いけませんわ!アスク様ぁ!」
ふむ。この音と声。この扉の向こうには、ノリノリ浮気現場的な?もしくはありがちな足を滑らせ、ラッキースケベ?
好奇心が…いえ、大きな音がして心配なので、バンと開けてみます!
そしてやっぱり、そんな状況。
「わぁお…」
服をずらし肩を出して、アスクさんに馬乗りになっているカタリナさん。
むぅ。面白くない。
しかし、ベタです!カタリナさん!
……あら?私の次の行動は、何が正しいのでしょう?やはり多少はショックなのでしょうか?
頭が回りません。少し考えます。
「アキ、これは足が引っ掛かって!コイツが」
「アキ様!これは決して、アキ様を蔑ろにしたのではなく!ですが、アキ様にも責任はありますわ」
「おい!カタリナ!黙れ!」
「いいえ!アキ様が悪いのです!アスク様は、アキ様をずっと好きでしたわ!」
何気に責任転嫁…。からの、過去形を強調。
「それなのに、アスク様の気持ちを弄ぶかのように振る舞うアキ様を私は、許せないのです!
私は、ただそんなアスク様をお慰めしようと」
体でお慰め?貞淑が裸足で逃げるわ!
「ち、違っ」
アスクさんが、一人ワタワタしてます。
むぅ。腹立つ。
「……」
「ア、アキ?」
「アスク様!アキ様は、貴方の心を弄ぶ毒女に等しい!目を覚まして下さいませ!」
「……」
「お前、アキをなんと?」
「本当の事ですわ!長に森を焼けるか聞いていたでしょう?長に惚れると言っていたではありませんか?!あの女は、このエルフの村を手中に収め、森を焼き払うつもりなのです!」
「……」
「カタリナ黙れ」
「なっ?!何故信じるのです?」
言い合う二人。アスクさんが冷えていきます。
あ、味噌汁忘れてました。
パン!
岡持ちを下に置き、盛大に手を叩きます。
「煩い」
「「…」」
「正直に今の気持ちを申しましょう。
誰が悪い何が悪い何かを企む。どうでも宜しい。
何故か…ただひたすら猛烈にすっごい腹立つ!
なので帰ります。後は二人でごゆっくり?」
固まった二人を残し、岡持ちを揺れない様魔法かけ走り去ってみました。
追い付けないよう、風で身体を強化し超速で!
そして、輝くこうじさんが舞う作業室へ。
「こうじさん聞いて!私、完全に嫉妬してます!
アスクさんが好きなようです!
私が悪いとか、アスクさんは悪くない?とか、いやいや隙だらけだ、このうっかりアス兵衛とか、マジ心変わりかこんにゃろとか思うことはあるけれど!!」
「ハッキリしてるのはただ一つ!ただひたすらに!
カタリナさんの乳に手を置いてたアスクさんに!
あの綺麗な顔に!!
この右ストレートをぶちかましたい!!」
右手を天井に向け、心の叫びを出してみました。
こうじさんが怯えたように、弱々しく点滅してました。
お読み頂きありがとうございます。
作者の頭が迷走しだした今日この頃です。




