一ツ橋 祐の憂鬱 3
摂食障害の描写があります。
嫌いな方は、避けて下さい。
タクシーに乗り込んで直ぐ、時谷を後部座席に寝かせる。俺の膝の上に彼女の頭を乗せてやり、柔らかい短い髪を撫で堪能する。
眼鏡を外してやり、彼女の鞄の中にしまう。目が隠れるほど長い前髪をサイドに流してやると、青白い痩せた顔がよく見えた。
時谷がすばるだとして、あの最後の手紙から、どの様な生活を送ってきたのだろう?
その全てが、今目の前の折れそうに細い身体に現れている様で、庇護欲を掻き立てられる。
俺がしっかりプクプクにしてやるからな!
俺は、時谷の髪を撫でながら、今後の食生活管理に思いを馳せた。
時谷が目を覚ましたのは、もう直ぐで俺の家に到着するという時だった。
「目が覚めたか?」
「あれぇ?祐がいる。なんで?私の頭の中から出て来たの?」
俺の膝に頭を乗せたまま、小首を傾げて聞いてくる姿は、子供そのものだった。
何だか、いけない事をしている気分になる。
「お客さん、着きましたよ。」
「あ、ああ。ありがとう。」
気がつくと、タクシーは俺のマンションの前に止まっていた。
俺は、急いでズボンのポケットから財布を取り出そうと、時谷の頭を足の上から降ろそうとしたのだが……。
「祐ぅ、ずっと一緒にいてぇぇ!もうはなれたくないよぉ」
と、突然、時谷が大泣きで抱きついてきた。
突然どうしたんだ!?
驚いて抱きしめ、「時谷?どうした?」と声を掛けるが、マトモな返事は返って来ない。そう、酔っ払いの行動には、理論などない。
何を言ってもダメだと悟った俺は、財布から一万円札を1枚取り出し、運転手に渡す。「釣りは結構です。」と伝え、サッサと時谷を抱き上げて部屋に向かった。
「うう……。きもち、わる…い………」
「時谷、もうチョット我慢しろ。直ぐに部屋に着くから。」
エレベーターに乗った途端、今度はエズキ始める。
泣き喚いて、更には変な動きをしたせいで、さらに酔いが回った様だ。
手間のかかるヤツだな。
まあ、そこも可愛いから良いけどな。
「もうチョットの我慢だ」と言い続け、何とか部屋に辿り着いた途端……。
時谷は俺の腕の中で、盛大にゲロをぶち撒けた。
何度か吐くと落ち着いた様で、時谷は寝てしまう。後に残されたのは、ゲロまみれの俺と、同じくゲロまみれで寝ている時谷だ。
俺は、盛大なため息を吐いて、時谷を抱えたままバスルームに向かった。
ポケットに入っているものを取り出してから、服のまま浴室に入り、シャワーを出す。自分達に当たる様に、シャワーの角度を調整して、時谷を抱えたままバスタブに腰を降ろす。
服のままシャワーを浴びながら、時谷の服を一枚ずつ脱がせていくと、細過ぎる身体が姿を現した。
肋骨浮いてんじゃねーか、これ!こいつは、本当に飯食ってんのか!?
余りにも貧相過ぎる身体に、性欲など微塵も湧かねえ。それよりも、「餓死するんじゃないか」と、そんな心配が胸をしめる。
そう言えば、時谷のゲロには、食べ物が何も混じって無かった。つまり、今日の飲み会では、何も食べてないって事だ。
マジかよ……。
俺は頭を抱えたくなった。コイツ、自分では気付いて無いのかも知んないけど、病気だわ。取り敢えず一週間様子見て、ダメそうなら一度病院に連れて行こう。
後で、口移しででも水分取らせねぇとなぁ……。
てか、明日のコイツの朝飯、どうするかな……。1人にしてコンビニに買い物に行くとか、不安でしょうがねぇよ。
……あとで、叔父に電話して何か持ってきて貰うか。
薬局が開いてれば、アレを頼むんだけどなぁ…
ボンヤリと今後の計画を立てながら、時谷の身体と頭を洗ってやる。
洗い終わったら、洗面所の床にバスタオルを引き、一時的にその上に寝かせておく。
大急ぎで服を脱いでシャワーを浴び、直ぐに時谷の元に戻る。時谷の身体を拭き、朝脱いだまま置いていたTシャツを着せてやり、それから自分の身体を拭き始めた。
何か視線を感じると思い下を見ると、時谷が目を開けて俺を凝視していた。全裸の俺を、だ。
さらに、起き上がり、俺に触れてくる。
「祐?何で触れるの?………触れるんなら、抱っこ。」
両手を広げて、俺に強請る時谷。
大きな溜息を吐いて、屈んで抱きしめてやる。背中を叩いてやると、「寂しかったよぉ〜」とまた泣き出した。
もう、絶対に手元から離さん!甘やかして、甘やかして、グズグズにしてやる!!
俺がそんなことを決意していたら、時谷は顔を上げて唇を押し付けるようなキスをして来た。
「あれ?キスってゲロの味だっけ?前は、苺ミルクの味がしたよね?」
何だソレは!誰としたんだ!?
…って、もしかしてあれか?手紙に書いてた、観覧車でのファーストキスか?
「…お前は、子供か?」
つい、口に出してツッコンでしまった。
その言葉が気に入らなかったようで、時谷が唇を尖らせて拗ねる。
ヤッパリ、子供だな。まぁ、可愛いから許すがな!
「子供、違う!私は大人、なったもん!だから!!」
大きな声で片言で宣言し、突然俺の首に噛み付いてきた。そして、そのまま皮膚を強く吸われる。
ヤバい!不覚にも反応してしまった!!
こんな子供みたいな奴の、下手くそな愛撫に感じるとか!俺、溜まりすぎなのか!?
「えへへへ。ね?大人、でしょ?」
狼狽えている俺に時谷は、へにゃぁっと笑いかけて、そのまま床に転がり寝てしまった……。
……。くそッ!覚えてやがれ!!
俺は立ち上がり、もう一度、今度は水シャワーを浴びる。不覚にも反応してしまい、熱くなった身体を冷やすために……。
シャワーの後には、速攻でズボンを履いた。朝、脱ぎ捨てていったやつだ。
スマホで叔父に、女性用の下着とヨーグルトやカットフルーツなど、胃に余り負担を掛けない食べ物、薬局が開いていれば経口栄養ドリンクを買ってきて貰うように依頼する。
その後は、時谷を抱きかかえてリビングに戻り、一度ソファーの上に降ろす。
寝室から掛布を取ってきて、時谷に掛けてやる。ゲロで汚れた床を適当に片付け、冷蔵庫に入れてあるスポーツ飲料をコップに汲み、ソファーの前のローテーブルに一度置く。
「おい時谷、起きろ。一口でも良いから水分を摂れ。」
次に時谷を抱き起こし、水分をすすめる……が、起きる気配は無い。
だろうな。じゃあ、しょうがねぇな。
俺は口移しで、コップの中身が無くなるまで何度も、時谷に水分を与えた。その時にチョット、時谷の口腔内を味見したが、それ位は許されるだろう?
叔父は連絡してから一時間ほどで来てくれた。両手にドッサリと荷物を持って……。
何をどんだけ、買ってきたんだよ?
「時谷の具合はどうだ?…………って、お前!ソレ!!」
叔父は上半身裸の俺の首筋に、歯型を見つけた様だ。
くそっ!思い出しちまったじゃないか!!
「時谷に襲われた。コレを付けたら、本人は満足して眠っちまったよ!」
少し投げやりに答えれば、叔父はニヤニヤと笑って
「なら、責任を取ってお婿に貰ってもらえ。」
と、提案してくれた。
成る程、ソレは良いな。明日の朝、早速それで迫ってみよう!
「ええ。是非そうしますよ。」
俺もニヤリと笑って叔父に応えた。
叔父と、今後会社でどういう風に、2人の事を公表していくか等を話し合う。ある程度の事が決まると、叔父は楽しそうに帰って行った。
叔父が帰った後買ってきて貰ったものを片付けていく。プリンやヨーグルト、フルーツの缶詰、そして大量の濃厚流動食、全てを冷蔵庫にしまう。簡易のお泊まりセットは洗面所に、下着も数種類あったので、パンツ一枚を残して全て洗面所に片付ける。
…パンツを脱がせる事はあっても、履かせる事は無いので、中々良い経験をさせて貰った……。ハァ。
これが25歳とか、何の冗談だと思う。
浴室に脱ぎ捨てたままの服も、クリーニングに出すものと洗濯するものに分け、洗濯機をまわす。
俺が次々片付けを行っている間、時谷は何度か目を覚まし、その度に多泣きした。まるで夜泣きだ。その度に抱きしめてやり、水分を取らせる。
「そばに居る」「大丈夫だ」と耳元で何度も囁いてやると、スヤスヤと寝てくれるのだが、回数が多い。泣きだす度に片付けの手を止めるので、一つ一つの仕事が進まない。
片付けが全て終わった時には、2時をまわっていた。
ぐったりしながら、時谷を抱きあげて寝室に運ぶ。
どうせ夜泣きするんだろうし、一緒に寝るか……。
背中から、片腕を頭の下に、もう一方を腰に廻して抱きしめる。
「オヤスミ時谷。ずっとこうしててやるから、良い夢見るんだぞ。」
時谷の好きそうな甘い声で囁いてやり、項に軽くキスをしてから俺も眠りに着いた……。
抱きしめて横になってからは、時谷の夜泣きはなかった…。
一ツ橋視点が、子育てみたいになって来てる不思議。