一ツ橋 祐の憂鬱 2
終わらない…
明日は、時谷を「お持ち帰り」しなければならないから、今晩は部屋の掃除をする事にした。普段からマメに掃除をしてる方なので、散らかってはいないが、時谷の生活スペースを作ってやる必要がある。
俺の住んでるマンションの部屋は、一人暮らしには無駄な広さの3LDK。現在、三つの部屋はそれぞれ、寝室・仕事部屋(書斎)・物置として使っている。この物置にしている部屋を、時谷に使わせようかと思ってる。
取り敢えず、部屋の物を全てリビングに出し、部屋に掃除機とモップをかける。次にリビングに出してきた荷物を、要るものと要らないものに仕分けていく。嵩張る物はないので、仕分けは案外楽だった。
要らないもの(ゴミ)はリビングにこのまま置いておき、明日仕事に行ってる間に処分してもらおう。
要るものは、書斎に移動だ。
要るものを一つずつ片づけていると、最後に箱が残った。中身は手紙。
俺は大学生の頃、姉の我儘を叶える為にやっていたアルバイトがあった。それは、アニメの声優だ。
姉が原作を書いてた小説のアニメで、俺がモデルのキャラクター“二階堂 祐”を演じてたんだ。そのアルバイトは、大学を卒業するまでは続ける約束で、俺の就職に合わせてアニメも終了になった。
その時に貰っていた、“ある少女からのファンレター”が箱の中身だ。少女の名前は「すばる」
かなり頭のイタイ娘で、脳内で“二階堂 祐”と付き合っているらしく、ファンレターを送ってくる時には、“二階堂 すばる”の名前で送って来ていた。
なので、本名は知らない。
すばるの書いてよこすファンレターは、本気でイタかった。
最初の頃は、“二階堂 祐”がいかに自分の好みなのかと、声がいかに想像通りでピッタリなのかを、切々と書いていた。それが徐々に、「すばる特性セリフCDを作りました!」等というコアなものになり、「高校生になったので、頭の中の祐君と付き合う事にしました。」というイタイ物に進化していった。
最初に脳内彼氏の報告をされた時にはゾッとしたものだが、内容が幼稚なので直ぐに面白がれる余裕が出来た。
毎週送られてくる、交際報告。これを楽しみに待つようになったのは、何時頃からだったか……。報告の手紙と一緒に入っている、恵コスらしい格好をした彼女の写真を見るのも楽しみだった。少女らしい丸みのある、幼く可愛い容貌の残念な少女。見た目で中身をフォローしている、典型のようだった。
「この間は、プラネタリウムでデートしたんです♪」なんて報告と、建物の前で撮った彼女の写真を見ると、まるで一緒に出かけた気分になった。
19・20歳になっても、脳内彼氏と付き合っている彼女の事は色々心配だったが、初めて写真を貰った15歳の彼女と、見た目が殆ど変わらない事で、「すばるに本物の恋愛はまだ早い!」と、父親の様な兄の様な気持を感じていた。
「最後の手紙」が来たのは、本当に突然だった。前回の手紙では、「もうすぐ付き合って5周年だから、なにかイベントを考えないと!」なんて書いていたすばる。
なのに突然、「両親が事故で死んじゃいました。この間の成人式では皆凄く大人っぽかったです。私も早くちゃんとした大人にならないといけないので、脳内の祐とは別れる事にしました。なので、二階堂さんへの手紙もこれが最後です。」なんて……。
慌てて手紙にある住所に行ってみたが、その家はすでに売りに出されていた。
調べることも勿論出来たが、調べてどうする気なのか……。
そう思うと何もできず、その時に初めて、自分が手紙の中の少女に恋をしていた事に気付いた。
あれは、我ながら気持ち悪かったな。
あの頃の事を思い出していると、2人の面影が、ふっと重なった気がした……。
ああ、なんかイメージが一緒なんだな。名前も一緒だしな。
顔立ちも似てるかな。すばるはもっと健康そうで、バカそうな感じか?身体ももっと柔らかそうで、ふっくらしてたしな。
“すばる”と“時谷”、イメージの重なる2人の事を考えると、なんとなく幸せになった。
翌日の飲み会は、驚くほどに思いのままな展開で進んでいる。田中が時谷に近付きたそうにしているが、叔父が目を光らせているせいで、田中を含め誰も近寄れない。
時谷の酔いが回ってきたところで、叔父に呼ばれた。確保してあった時谷の隣に座る。
時谷にビールを注いでもらえば、お約束の様に零しやがった。そして何時もの挙動不審。自分の鞄もひっくり返している。
時谷、マジで可愛い。
倒れた鞄から、何時も聞いてるMP3プレイヤーが飛び出ていた。しかもコレ、再生されてんじゃねーか。
「そういや時谷、いっつも何か聞いてるよな。何を聞いてるのかお父さんにも教えなさぁい!」
「あ、俺もソレ気になる。」
叔父に便乗して、音源の中身を確認!………ってコレ……。
「え?俺の声!?」
「あー……。盗聴は犯罪だぞぉ?時谷。」
驚きの内容だ!それであの蕩けた顔だった訳か!可愛いヤツめ!!
…でも、この俺の声……、今より少し若くないか?
不思議に思っていると、時谷が誤解を解こうと大きな声で
「ちちちちちちち違いますぅぅ!!それは私が高校生の時に作った、“特性 二階堂 祐ボイス、日常編”なんですぅぅぅぅ。」
と無実を訴え、そのまま酔い潰れて寝てしまった。
“二階堂 祐ボイス、日常編”って、確かすばるも作ってたよな……。そういやコレ、あの時のセリフだ。……って、じゃあ、もしかして……。時谷が、すばる?
「時谷ちゃん、潰れちゃったんすか?オレ、送っていきますよ!!」
俺が目を見開いて感動に浸っているというのに、ポテンと畳に倒れた時谷を見て、チャンスとばかりに田中がやってきた。
何言ってやがる!お前にだけは、絶対に任せん!!
「いや、時谷の事は、上司として!俺と部長が責任を持って、送って帰るから。お前は何も気にする必要はない。」
「俺じゃ不満か?田中ぁぁ?」
「いえ…!そんな事はない、です、…けど。……じゃあ、お願いしますね。………チッ」
威嚇するような俺と叔父の言葉に、田中は不満そうに席を離れて行った。しかも、最後の舌うち、聞こえたぞ?
「あいつ、本気でレイプとかしそうだな……」
「俺もそう思います…」
「出来るだけ早く飛ばすようにする。」
「そうですね。お願いします。」
「「…………」」
俺達はまだ、イヤホンから流れる俺の声を聞いている。2人で酔い潰れた時谷を見つめながら、田中の毒牙から彼女を守るために、不穏な会話を交わす。
さらに、
「これ、やっぱお前の声だよな?」
「そうですね。声優やってた時のやつですね。」
「時谷。………お前ってやつは…。」
「俺、多分。この頃の時谷知ってますよ…。今よりもっと、残念でしたよ……。」
「………そうか…。……じゃあ、早く持って帰ってくれるか?」
「解りました。今、タクシー呼びます。」
静かな声での会話は、なんだか物悲しい内容だった…。
タクシーが来たので、時谷を運ぼうと抱きあげたのだが……。
……軽すぎないか?これって、大丈夫な軽さじゃないだろう!?
「どうした、一ツ橋?」
「いえ、何も…。」
俺が怪訝な顔をした事に気付いた叔父が、外まで付いてきて声をかけてくるが、誤魔化した。
だが、心配な気持ちは解るので、「飯をしっかり食わせる必要がありますね。」と小さく呟いて、タクシーに乗り込んだ。
終わらない、何故なんだ。