一ツ橋 祐の憂鬱 1
ジワジワ外堀が埋められます
俺の名前は、二階堂 祐29歳。職場での柵から、今は母方の一ツ橋姓を名乗っている。
二階堂グループの系列会社に入る事を決めた時、煩わしい騒ぎが起こる事を避けて、一ツ橋を名乗る事を決めた。
自慢でも何でもなく、俺は女にモテる。それはもう、不必要なほどに。
見た目が女受けする上、声も“イケボ”と評価されているのだ。これに“二階堂家の御曹司”なんてブランドがついたら、仕事所じゃなくなるのは目に見えてたからな。
俺は今の仕事を意外な程、気にいってる。大学卒業後から、真面目に7年働き続け、「主任」の地位に着いた。これはコネでも何でもなく、俺の実力だと思っている。あと数年で、本社の「専務」就任が決まっている俺は、今の仕事を精一杯楽しんでいるんだ。
今、ウチの部署では、かなり大きなプロジェクトを抱えている。佳境に差し掛かって来た今は、皆が疲労し職場の空気がギスギスし始めた。
そんな最悪の空気の中、その新入社員はやってきた。
「社会人として、何より女としてソレはどうなんだ?」というような、地味な見た目で、小さくて、病的な程に細い身体の女。化粧気もなく、そのせいで青白い顔色も色を無くした唇も全く隠される事がなく、「不健康です!!」と宣伝して歩いているような彼女の名は、時谷 昴。
こいつは見た目に反して、とても優秀だった。しかし、それ以上に残念なやつだった……。
俺は最初、彼女に嫌われているのかと思っていた。そう思っても当然な位、俺の顔を見ず、話しかけても無視し、挙動不審になり逃げ出す。
俺、あいつに何かしたか?
そう思うほどに、あいつの俺への態度は悪かった。
しかし一週間も経たずに、あれは俺への好意が強すぎるための反応だ、という事が解った。
どうやら時谷は俺の“顔と声”が大変好みの様なのだ。
それはある朝、たまたま機嫌の良かった俺が、極上の笑顔で時谷に「おはよう。」と声を掛けた時だった。
時谷は、たったそれだけで腰砕けになり、眼鏡の奥の大きな瞳を蕩けさせた。
その状態を一言で表すなら、「メロメロ」とか「首ったけ」って感じか?
どんだけ俺の顔と声が好きなんだよ!
心の中でツッコミつつ、可愛いヤツだと思った。
時谷の反応が可愛いので、俺は積極的に時谷を構いに行くようになった。毎回、不審者レベルに挙動不審になる時谷は、可愛くてしょうがない。
部署の他の連中も、残念な時谷の事が可愛くてしょうがない様だ。俺が時谷を構いに行くと、皆ニヤニヤしながら時谷を見守る。
さらに二階堂部長までが時谷を気にいり、構い始めた。俺への気持ちをからかわれて、顔を真っ赤にして怒る時谷は、ヤバい位に可愛い。
そうして時谷は、入社してひと月も経たずに、「商品企画研究室のマスコット」の地位を手に入れていた。
そして、部署に漂っていたトゲトゲした空気も、いつの間にか消えていた。まさに、”マスコット効果”ってヤツだった。
「時谷ちゃん、なんか可愛いよなぁ。」
「眼鏡外した顔が、以外と美少女なんだよな。」
「そうそう。それからあの子供っぽい身体も最高だよな!」
「鬼畜かwwあんな小さい細い身体抱いたら、確実にぶっ壊すだろ?」
「それが良いんじゃないか!おれ、ロリコンだからさぁ。合法ロリだぜ!?…おれ、狙っちゃおうかな♪」
「……ハハハ…。…冗談だよな?」
ある8月の昼休み、たまたま喫煙室の前を通った時に、聞こえてきた会話。
そこに居た2人は、商品企画研究室の奴らだった。つまり、ウチの奴だ。
ウチの奴に、時谷がそんな目で見られている事に、激しい怒りを感じた。そのまま室内に怒鳴りこみたくなった自分を押え、叔父(部長)に相談に行く事にする。普段から時谷の事を、娘の様だと公言して可愛がっている叔父なら、俺の怒りを理解してくれるだろう。
さっきの会話が本気であるなら、時谷を守らねば。
部署に戻ったが、叔父は不在だった。
時谷はカロリーメイトを齧りながら、何か音楽を聴いている。
…ちょっと待て、まさかそれが昼飯とか言わないだろうな、時谷?そんなもんしか食わねぇから、ガリガリなんだよ!ちゃんと飯を食え!!
心の中で盛大にツッコミを入れながら、ふと、最近時谷が何時も音楽を聴いてる事に気付いた。あの姿を見かけるようになってから、徐々に俺と会話が出来るようになってきている事にも、同時に気付く。
いったいどんな音楽を聴いてるんだろうな?
必死に取り繕ってはいるが、その表情は蕩けている。こんな所であんな顔しやがって…。
いつか何を聴いてるのか、確かめてやろう。
俺はこの時、強くそう思った。
昼休みが終わる頃、叔父がやっと帰ってきた。その手にはケーキの箱。
どうやら、時谷の餌付けの為に、餌を買いに行ってたみたいだ。
「すんません、主任。ちょっと話聞いてもらって良いですか?」
「どうした林?場所変えるか?」
「はい。お願いします。」
時谷に構い始める前に話をしようと立ち上がった所で、先程禁煙室にいた内の一人(ドン引きしてたほう)林が声を掛けてきた。どうやら田中(もう一人の方)はまだ戻って来てないようだ。
さっきの話についても詳しく聞きたいので、部署の奥にある部長室を借りる事にする。
「部長、ちょっと部屋借りますね!」
「おう!ちゃんと返せよ?」
「はいはい。」
軽いやり取りで部長の許可を貰い、林を促して部長室に入る。
「で?話ってなんだ?」
「あの………。田中の事なんです…。」
林が言いにくそうに話し始めた。その内容は、先程の禁煙室での事だった。
「あいつ、本気みたいで…。このままじゃ時谷ちゃんが、無理やりにでも犯られそうだと思ったんで、主任に相談をしようと…。あの子は、この部署全体の妹みたいなものだから!」
「そうだな。」
「それに、時谷ちゃんには、出来れば主任と結ばれて欲しいと思ってるんです!時谷ちゃんは、主任の事が好きみたいですからね。」
「…そ、そうか。」
「はい!」
林は俺と時谷が、いかにお似合いかを熱く語り「時谷ちゃんを幸せにして下さいよ!!」と言い残して部長室を出て行った。
「なんか、凄い事託されてたけど、何の話してたんだ?」
林と入れ替わるように室内に入ってきた叔父は、軽く眉をあげて聞いてくる。
俺は、昼に聞いてしまった田中の話と、今の林から聞いた話を叔父に伝える。
「まあ、気持ちは解るが落ち着け。取り敢えず、田中は地方に飛ばすようにしておくが、10月までは待て。」
「そんなに悠長にしてて、時谷が危ない目にあったらどうするんですか!?」
「だから、落ち着けって。」
俺は怒りのあまり興奮しているようだ。何度も深呼吸を繰り返し、なんとか気持ちを落ち着ける。
「明後日、飲み会があるだろう?俺が時谷を飲みつぶすから、お前は時谷を持ち帰れ。そして、全力で誑しこめ!そのまま囲い込むんだ!!」
「………は?」
「お前なら、時谷に酷い事なんて絶対にしないだろ?それに、時谷もお前なら喜ぶだろうし。なにより、本当に俺の血縁に入れられる!!」
「……………」
「お前なら料理もできるし、世話好きだから。多分、せっせと食わせて太らせてくれるだろうし、将来的に生活に困ることもないだろ?」
この叔父はホントに……。
でも、まあ。他の奴に持っていかれるのは許せねぇし。俺の腕の中で、存分に甘やかしてやりたいとも思う。
あの身体を抱くのは、チョット無理そうだが、もう少し肉がつけば………。
その為には、せっせと食わさねぇと!
「解りました!全力で行きましょう!!」
俺たちは硬い握手を交わした。
ちょっと犯罪くさい二階堂一族の企みw