3 ファーストキスって何の味?
「時谷。お前、夕べの事どの辺まで覚えてる?」
魅惑の祐ボイスが私の後頭部から聞こえてきます。
「えーと……、どの辺と言われましても…。」
酔いつぶれた事しか覚えてませんが、何か?
何かやらかしたらしいのは解るのですが、内容を思い出す事を脳が拒否しているのです。
返事がない事で、私の記憶がほとんどない事を悟ったのでしょう。一ツ橋さんはクスクスと笑いながら、とても信じられない事実を次々と述べ始めました。
「MP3に入ってるのが、”二階堂 祐ボイス 日常編”だと大声で宣言した事は覚えてる?」
「!」
「じゃあ、そのまま気を失ったお前を、俺がタクシーで送っている最中に「祐ぅ、ずっと一緒にいてぇぇ!もうはなれたくないよぉ」と大泣きした事は?」
「!!」
「さらに、仕方なく連れてきた俺の部屋で、盛大にゲロをぶちまけた事は?」
「!!!」
「その後片付けを済ませて、さらにゲロ塗れのお前を着替えさせている俺に、襲いかかってきた事は?」
「!!??」
「その気にさせるだけさせて、そのままサッサと寝落ちた事は?」
「ご、ご迷惑おかけしましたぁ!!スミマセン!許して下さい!!」
自分の事ですが、とても聞いてられません!
どんな迷惑のかけ方してるんですか、私!!
「まぁ、お婿さんに行けない様な事された訳だし、責任取ってくれるんだろ?なあ、時谷?」
私のコレクションにはない様な、甘〜い祐ボイスで何かを強請られています。
「お婿さんに行けない様な事」って、私は処女の癖に一体何をしたのでしょうか!?
自分が怖いです!
さらにお酒はもっと怖い!!もう、2度と飲みません!!
フリーズしている私に何かを思ったのか、一ツ橋さんの腕の中で向きを変えられてしまいました。目の前には、素敵な胸板。
チラリと視線を上げると、私の裸眼視力でもクッキリと見える距離に、大好きなイケメンなお顔が……。
目が合うと、ふわりと微笑まれてしまいました!
思わず顔を目の前の胸板に、押し付けてしまいました。鼻血が出そうです!!
私、今なら死んでも良いと思えます。いえ、死ぬなら今が良いです!
「なぁ、20歳までの5年間、俺ソックリな脳内彼氏と付き合ってたって本当?」
「!!!???」
甘い笑顔から紡がれる、甘い祐ボイスが私の最大の秘密を暴きました。
何故、知っているのですか!?
思わず顔を上げた私は、少し意地悪そうに笑う一ツ橋さんの笑顔から目が離せなくなってしまいました。
そして、彼による私の「恥ずかしい秘密の暴露」はまだ続くのです。
「初デートは水族館で、ファーストキスは観覧車。セカンドキスは別れの直前だっけ?例え脳内でも、5年も付き合っててそれって、どんだけピュアなんだよ、お前?」
そう言って、一ツ橋さんのお顔が私に近付いてきます。そのまま、唇にチュッとキスされてしまいました!
ふ、ふふふふふぁーすときす、ですよ!しかも相手は一ツ橋さん!!
思わず目を見開いて、彼を凝視してしまった私に一ツ橋さんは。
「あ、ちなみに今の、ファーストキスじゃないからな。」
と言われました。
え?どういう事でしょうか?脳内彼氏との事も、カウントして良いのでしょうか??
視線をウロウロ彷徨わせていると、一ツ橋さんは片手で私の両頬をギュムっと掴み、額と鼻をくっつけてきました。
「因みに、ファーストキスは昨夜、お前から襲いかかってきた時だ。喜べ!ファーストキスはゲロの味だったぞ!」
とんでも無い事実が……。脳内でのファーストキスは、その時舐めていた苺ミルクの飴の味だったのに…。
現実とは儘ならない物なのですね……。
私がシュンとしていると、一ツ橋さんが何やらベッドの頭元を、ゴソゴソとし始めました。
そして取り出した物ーーー飴のパッケージを剥がし、自分の口の中に放り込んでいます。そしてそのまま私に顔を近付け、私にとっては二度目のキスをして来ました。
その時に、何かを口の中に入れられてしまいます。ふわりと香るのコレは、レモン味のノド飴ですね?
「苺ミルクの飴はないからな。代わりだ。観覧車キスをする迄には用意しておくよ。」
なんだか対抗意識を燃やしているような顔をしていますが………って。
え?え?えぇっ!?
どういう事でしょうか!?今の言い方では、まるで私と一ツ橋さんが、観覧車デートをするみたいじゃないですか?
「初デートはモチロン、水族館に行くぞ!観覧車がある所に行こうな?……お前、俺がお婿に行けなくなるような事したんだから、ちゃんと責任取って、お前がお婿に貰ってくれないとダメなんだぞ?」
なんだか嬉しそうに、「責任取って結婚しろ」って言われてしまいました!
嬉しいですけど、こんな私にとって都合の良い事が、起こって良いのでしょうか?
やっぱりコレは夢でしょうか?
「夢じゃないからな?あと、脳内彼氏と他にどんな事をしたのか、全部教えろよ?順番に俺と経験して貰うからな。それから、ボイスコレクションも寄越せ。没収だ。」
「ええええええぇぇぇぇぇえ!!!!それだけは勘弁して下さい!!あれが無いと私…!」
「今までだんまりだった癖に、そこは主張するのかよ…」
あんまりなお言葉に、大袈裟な位反応してしまった私。そんな私に一ツ橋さんはゲンナリした顔を見せて、ムニッと頬をつねり、
「例え俺自身の声でも、他の奴に向けた声を大事にして欲しく無い。脳内彼氏も同じだ!俺がお前の脳内彼氏だったんだとしても、お前と色々して来たとか許せねえ。」
と仰いました。
「え?え?どういう事ですか??」
?がいっぱいです。ちょっと待ってください。どういう事なんでしょうか……。混乱します。頭がグルグルして来ました…。
「二階堂 祐は“俺”なんだよ。昴」
一ツ橋さんは会心の微笑みで、とびっきり甘い声で私に囁いて来ました……。
あと一話昴視点で、その後一ツ橋の視点になります。