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第二章 二人の問題点 2

 食堂に到着すると、ストリンガー、サオトメ、オダ、カツラ、サナダの五人が集合していた。

「おっ、来たな。あの新人は使えるだろう」

 使えるか? ではなく使えるだろうという自信たっぷりの口調と態度は、偉丈夫らしい言い方だった。

「ま、まあまあね」

 ナナはそっぽを向いて言った。

「そうか、使えるか」

 ストリンガーは満足そうにうなずいた。

「そんな事言ってないでしょ」

 憮然とした態度でナナは少々荒っぽく座った。

 さすがは娘の特性を熟知している父親である。本音をあっという間に引き出す方法を心得ている。

「さて、各担当の報告を聞こう」

 戦闘後のブリーフェイングが始まった。

 今回参加した双方の船団の位置、数、種類。使用した武器、発射弾数、損害状況等。こちらの被害は外注の護衛船の一隻が軽微の損害で終わった。

 そして、最後にナナはナオトが聞いたという謎の音も話したが、さすがに確かな証拠もないため、話だけとなった。

 こうして、いくつかの事案を報告して会議は終わった。その後、整備等で昼食はバラバラとなり、彼女が胃袋を満足させたのは午後二時を超えていた。


 一方のナオトは昼食後、特に仕事もなかったので、先ほどの謎の音の分析を再開した。しかし、慣れない機器を操作するには時間がかかる。そこでパソコンがあればどうにか分析ができると思い申請をしていた。前の職場から分析ソフトをちょろまかしてきたので、十分成果は出るだろう。

「ナオトくん」

「うわっ、びっくりした」

 音もなくコクピットの端から顔を覗かせたカナコに、集中していた彼は思わず身体を震わせた。

「うふふ。成功ですわ」

「勘弁してください。それでどうしたんですか?」

「はい、どうぞ」

 彼女が取り出したのは、少々古い型のノートPCであった。

「ありがとうございます。助かるよ」

「ネットワーク機能はソフト・ハード共に使用不能。でも性能はピカ一だそうですわ」

「それで十分。頬那美の中に分析ソフト入れたらだめって言われたから困ってたよ。この機体のソフトだったら、少々この音の分析は心もとなかったからね」

 ナオトは肩をすくめて言った。

 別に彼は嫌みで言っているわけではなかった。まだ入社して一日。機器の習熟もまだなのに、どこの馬の骨とも知れない者にヘタなことされ、システムを荒らされたくないのだろう。これは仕方ないことだ。

「ごめんなさいね。ナオトくん」

「問題ないです。ありがとう」

 ナオトはお礼を言うと、さっそくパソコンを立ち上げる。オリジナルのOSではなく、既存のOSを使っている。不要なソフトを消しているのか起動は早かった。すぐに分析ソフトのインストールの作業にとりかかる。

 三〇分ほどで作業は終わり、すぐに分析に入った。

「ナオトくん、今日の夕食ですけど……」

 カナコの言葉はナオトには届かなかった。彼女は残念そうな表情になると小声で、

「がんばってください」

 と残しその場から立ち去った。

 

 再び現実の世界に引き戻されたのは、ナナの決して優しくない平手打ちだった。

「あんた、もしかしてずっとやってたの?」

「えっ、う、うん。そうなのかな」

 じんじんと痛む頬をさすりながらナオトは言った。ちらりと時計を見るとすでに二〇時を超えていた。

「ほんと、その集中力はあきれるわね」

「ごめん」

「一応褒めているのよ。ほら、早くご飯食べに行くわよ」

「わっ、ちょ、ちょっと」

 ナオトはカナコに無理矢理、ソナー席から引きずり降ろされた。

 二人が食堂に行くと、すでに誰もいなかった。来るのが遅すぎたようだ。この船ではすでに夜勤シフトに入っている。高度に自動化されているので、無人でも航行が可能だがそれでも最低一人はブリッジにいるようになっている。

「ほら、さっさと食べなさい」

「うん。でもこれ……」

 今日の夕食は魚の煮付けであった。サラダ、白米、味噌汁となってはいるが、目の前にあるのはとても同じような物とは思えなかった。白米と味噌汁はわかった。サラダもまあ百歩譲って認めよう。切り方もバラバラ、盛り付け方もボロボロではある。

 しかし、問題は魚の煮付けである。白身がボロボロであり、もはや原型がなんなのかわからない。

「これは誰が作ったの?」

「あたしよ。なにか文句ある?」

「いえ、何も……」

 思いっきり睨みつけられたナオトは、冷や汗が出るのを感じた。まるでヘビに睨まれたカエル状態である。

「じゃ、じゃあ、いただきます」

 ナオトは覚悟を決め魚の煮付け、らしき物体を口に運ぶ。

 そして、ゆっくりと咀嚼する。

「……あっ、うまい」

 ナオトは驚いた、ナナは一気に破顔する。してやったりといった表情である。

「ふふん。そうでしょ。しっかり味わいなさい」

「うん。うまい」

 結局、ナオトは白米を三杯おかわりした。

「あれ、食べないの?」

「あたしはもう食べたのよ」

「……そっか」

 ナオトはあえてそれ以上言わなかった。変に理由を聞くとまた殴られそうだからだ。少しは認めてくれたのだろうと、彼は勝手に考えた。


 航海三日目。

 ナオトは朝六時に目が覚めた。顔を洗い簡単に身だしなみを整えると、すぐに昨日の続きを行う。目的の音のみを取り出すため、他の雑音を一つずつ消していく。地味で根気のいる作業である。

 しかし、その作業もナナの怒鳴り声で終わりを告げた。この船で一番下っ端の彼には、いろいろな雑用が待っている。その上彼女は、嫌々ながらも教育係であるため、教える事はいっぱいあるらしい。

 ナオトは引きずられるように、格納庫から消えていった。


「船長、今日は何もおこらないといいですな」

 副長のサオトメは言った。

「そうだな……」

 ストリンガーはブリッジにある船長席に座り、書類を見ながら言った。その表情はあまり浮かない顔つきである。

 今、ここには二人しかいない。八畳ほどしかないスペースに、操舵スタンド、電子海図表示システム、レーダーシステム、各種コンパスがところせましと並べられている。ここには航海に関するシステムしか置いていない。戦闘はすべてこの船の中で、最も強固な場所であるCICに集約されている。

「何か気になることでも?」

「少々、護衛対象が気になってな……」

「しかし、書類に関しては不審な点は見当たりません。完全にシロです」

「ああ、書類上はな。大和皇国から東人民共和国への輸送船の護衛任務。積荷は大型工作機械。となっているが、それにしては護衛船が多いと思わないか? 工作機械に護衛八隻は過剰すぎる。気がしてならん」

「……言われてみればそうですが、よほど高価な物なのでしょ」

「まあそう言われると、言い返せないわな」

 ストリンガーは天井を仰いだ。法的にはまったく問題ない。当初はサオトメと同じ意見だったが、輸送船でのブリーフィングの時に違和感を覚えた。もちろん確固たる証拠はない。心の疑惑エリアで変な虫がうずいているのを感じながら、書類に視線を落とした。

 そして、一昨日のことを思い出していた。


 ストリンガーとカツラは連絡艇で輸送船月守丸の側まで近づいた。さすがに三〇〇メートル級の船である。見上げてなお高い側面。船首も船尾も先端が見えない。すべてにおいて巨大だ。

 指示されたポイントに行くと、側面がゆっくりと開いた。誘導にしたがい連絡艇は吸い込まれた。ドックに入るとエンジンを停止。二人が降りると同じ数の乗員が待ち受けていた。愛想はよいが少し硬い。必要以上に警戒しているようにストリンガーには思えた。

 一向が会議室に案内されると、室内はすでに自信と誇りに満ちた各護衛船の船長や随員たちが座っていた。顔見知りも入れば初顔も見える。

 指定された席に座ると、すぐに三人の男が部屋に入ってきた。

 一人はこの船の船長だろう。白いスーツにツバ付きの帽子にはクライアントの会社のマークがある。線が細く頼りのない顔をしている。

 もう二人はビジネススーツを着ている。一人は恰幅のいい温和な顔つきの男、胸元には会社のバッチをつけている。

 そして、もう一人は目が細く、肩はがっしりとしている。一般人に比べ一線を画す雰囲気をかもし出している。不思議な男であった。

 まず壇上に上がったのは、船長を差し置いて恰幅のいい男がマイクを握った。雇われ船長のつらいところだろうか。

「本日はムサシノ重工業所属輸送船月守丸の護衛を受注してくれて感謝しています。私はカン・ジュウベイ。今回の船団の総司令官です。が、我々はあくまで君たちと本船、そして我が社の護衛船三隻を有機的につなげる。いわばメッセンジャーとして考えて欲しい。大まかな指示はするが、最終的には君たち流の戦いをしてください」

 その瞬間、各船長たちの間にほっとした空気が流れた。ガチガチにルールを固められると、いざという時、何もできずに全滅することもありうる。必要なのはどのエリアの敵を攻撃すべきかであり、実際の殴り合いは各船長の手腕に任せるほうが、スムーズにいくものである。

 次に挨拶したのは、目の細い男だ。

「みなさん。こんにちは。私は東人民共和国の国際貿易推進委員会のリ・コウギョクです。今回私が同乗したのは、貴国の会社とわが国が歴史的に重要な取引をしたことを鑑みてのことです。みなさん、予想される妨害に屈することなく、我々の将来の友好の架け橋となるこの船の護衛をお願いします」

 各船長から拍手が上がった。

 さらに、今回の任務内容の再確認、通信手段の説明があり、いくつかの質疑応答が終わると、三人は早々に部屋を出た。

 結局、顔色のすぐれない船長の紹介はなかった。

 少し疑問に思ったが、各船長の共通の認識として、「契約自体に問題はないんだ。いつも通り油断せずいこう」となった。


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