エピローグ
エピローグ
「やっと帰れるわね」
大鯨の甲板でナナは大きく背伸びをした。いつも残念な双丘も、ここぞとばかりに自己主張するが、結局のところドングリの背比べであった。
「しかし、いい休暇になりましたわ。いっぱいお買い物もできましたし」
カナコは満足した表情で言った。
「でも、限られた場所しか行けなかったのは残念だったけど」
ナオトは広大な海を見ながら、事後のことを思い出した。
戦闘の翌日、東人民共和国の軍艦二隻巡視船四隻が現場海域に到着。
事情とデータを渡すと、重傷者もいるので一度港へ入港することになった。その時、船長と副長が当局に連れて行かれたが、数日後には二人とも帰ってきた。しかし、出港許可は降りなかった。
その後も全乗員が一回ずつは事情聴取に連れて行かれたが、一日、長くても二日で帰ってきた。そのうち限定付きの上陸許可が与えられた。
彼らが買い物を満喫している間に、大和皇国、神聖プロイセン帝国、東人民共和国の三ヵ国が極秘に会合し、この事件の落としどころを探った結果、結局、事件そのものがなかったことになった。
各国の国庫から関係者に口止め料が支払われこの事件は終わった。
そして、事件発生から一ヵ月後。ようやく帰国の途につくことができた。その出港の当日、ナオトは晴れてアマテラスアーサーの正社員となる辞令をうけることになった。
むろん誰も文句はなかった。全員祝福の拍手をした。ナナも少し照れながら手を叩いてくれた。
「……ねえ、聞いてるの?」
「えっ、な、なに?」
ナナに揺さぶられ、ナオトは現実の世界へ帰ってきた。
「なにボーっとしてるのよ」
「ごめんごめん。ちょっと考えごとをね」
「ずばり、エッチな妄想ですわね」
「ち、違うよ」
ナオトは顔を赤くして全力で首を振った。
「あら、残念ですわ。ナナとどんなイチャラブしている妄想をしていたのか、ぜひ聞きたかったのですけど」
「ちょっとカネ姉。あたしをおかずにしてからかわないでよ」
「うふふ。おかずにするのはナオトくんですわ。さてわたくしは戻りますわね」
「ちょっと……」
ナナは抗議しようとするも、すでにカナコは船内へ入ろうとしていた。
「あっ、ナオトくん。あらためて、これからもよろしくお願いしますね」
カナコはおじぎをすると、満面の笑みを浮かべた。
「こ、こちらこそ」
ナオトも慌てて頭を下げた。
「うふふ。では」
カナコは船内に消えると、取り残されたナオトとナナはふと目が合い、慌てて目線をそらした。
「ま、まあ。これであんたも正社員になれたし、よかったわね」
「う、うん」
お互いそっぽを向いたまま言った。
「今まではお客さん扱いで、あまりキツイことは言ってこなかったけど」
「え?」
ナオトは思わず聞き返してしまった。
「なによ。何か文句ある?」
「いえ、ありません」
「これから同じ正社員。でもまだ新人なんだから、早く一人前になるためにビシバシ行くわよ。覚悟しなさい。わかった?」
ナナは手に腰をあてながら言った。
「う、うん。お手柔らかに」
ナオトは冷や汗を流す。
「よろしい」
彼女はうなずくと、颯爽と甲板を歩き船内に入る前に振り向いた。
「そ、それから。あんたの耳、信頼してるんだから。これからもソナーマンの仕事、期待しているし頼りにしているから。よろしくね」
ナナは満面の笑みを浮かべウインクしてみせた。
「……う、うん。よろしく!」
その魅力的な笑みに一瞬見惚れたあと、ナオトは慌てて返事をした。
その時、突風が吹いた。ヒラヒラのミニスカートが大きく巻き上げられ、彼女の秘密の一端を垣間見ることができた。
ナナは真っ赤になり、スカートを押し付ける。
「……見た?」
「え、えと……」
ナオトは言葉を濁した。
「見たわよね」
彼女は涙目になりながら、こちらを睨みつける。
「み、見てないよ。ピンクのヒモパンなんて見てないよ。もちろん、脳内のフォルダに保存してもないから安心して!」
ナオトは彼女を安心させようと、自信たっぷりにすべて逆のことを言った。親指を立てたから、きっと信じてくれるだろう。
……いや、無理だった。
「ほら、やっぱり見たんじゃない!」
ナナは耳まで真っ赤になると、こちらの記憶を物理的に消そうと走ってきた。
「ちょっ、ちょっと話せばわかる」
ナオトは走り出した。
「待ちなさい!」
「ひぇぇ……」
天気は晴朗。波は穏やか。風は大きな追いの風。
進む方向は輝きに満ちていた。




