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第四章 殴りこみも、たまにはよし 5

 半身不随状態の頬那美は、水上で救出活動中の大鯨との合流を果たした。

 すぐに足場が組まれ、整備三姉弟が損傷箇所をチェック。戦闘に支障がないように修理を始めた。パイロット三名もそれぞれ手伝う。

 しかし、すぐにナナだけが呼ばれた。作戦会議があるらしい。

「なかなか派手に壊したわね」

 ナオトと一緒に、損傷したソナー素子を交換していたサオリは言った。

「最後の一発は危なかったけど、ナナの操作で命拾いしたよ。むしろこれで終わったのが不思議なくらいだよ」

「おっ、彼女の肩をやけに持つわね。昨日何かあったんでしょ。お姉さんに言うてみなさい」

 サオリは目元口元を緩めた。

「本当に何もなかったですよ。ただいろいろ誤解もあったから、あやまったり話をしただけです」

 ナオトは少し頬を赤くして答えた。

「そっか、あの子、けっこう素直でしょ」

「えっ、は、はい。確かに」

 ナオトはこの六日間のことを思い出した。最初はまったく聞いてくれなかったが、今日はこちらの発言を何度も取り込んでくれた。おかげで仕事はかなりやりやすかった。

「これからも仲良くしなさいよ」

「ええ」

 ナオトは大きくうなずいた。


「申し訳ございません。わたくしのせいで面倒なことになってしまって……」

 ウエポンベイの扉の修理を手伝いながらカナコは言った。

「と、とんでもない。それにこれが俺たちの仕事なんだし、気にするな」

 あやうくレンチを落としそうになったオリトは、言葉につまりながらもフォローを入れた。

「でも……」

 カナコは珍しく少し暗い表情になった。全弾防ぐことができなかったことに、責任を感じているようだ。

「聞いたら八発の魚雷を回避したんだろ? それだけでもすごいぞ」

「でも、第二次攻撃の一発が残ってしまいました。撃沈されなかったのは、ナナの操縦とナオトくんの耳のおかげですわ」

「……違う。全員で協力してここまで被害を抑えられたんだ。誰一人欠けてもダメだ」

 オリトは力強く言った。

「ありがとうございます。元気がでました」

 カナコが満面の笑顔を見せると、オリトは顔を真っ赤にしてうなずくことしかできなかった。


 一五分後。ナナが再び格納庫に戻ってきた。

「ごめんごめん。状況は」

「おかえり。見ての通りまだ修理中よ。作戦決まったの?」

 操縦席でシステムチェックをしていたカオリは顔をのぞかせて言った。

「ええ。でも一〇分後に作戦開始よ」

「ちょっと待って。さすがにそれは無理よ」

「無理でもお願い。戦闘にほとんど支障がなければ、応急でもかまわないわ」

 ナナの無茶な要求に五人は顔を見合わせた。そして、カオリに目線が集中する。

「……姉さん。そっちはどう?」

「……燃料電池の交換終了。潜舵横舵のサブシステムでよければ、運動能力一五%ダウンで戦闘できるわ。バラストタンク類のポンプ群も一部バイパスにすれば可能。時間は八分もあればいける。その他空調関係は今回我慢してくれるとありがたい」

 サオリはこの一〇分以内で重要度の高い修理可能の案を提示した。

「オリト、そっちは?」

「ウエポンベイの扉は五分で完了。他にも気になるところはあるけど、戦闘には支障がないはずだ」

「ナオト、ソナーの効力八〇%まで回復できるけど、どうかしら?」

「しょうがないでしょ。それでやります」

「ナナ、とりあえず大丈夫よ。でも完璧じゃないから。戦闘は十分注意して」

「大丈夫です。あとは三人で協力して何とかします」

 ナナは笑顔で答えた。こんな状態でも勝つ自信はあった。

 

 一〇分後、頬那美は水中に身を投じていた。所々小さなエラーは出ているが、とりあえず戦闘に支障はなさそうだ。

「今回の作戦はブラオヴァールが囮となって、その間に水中戦闘機隊によって敵を撃沈させるのが目的よ。水上船はその援護だって」

「かなりアバウトですわね」

「仕方ないでしょ。時間もないんだし。それじゃあ、最後の決戦行くわよ」

 頬那美はバトルフィールドに突入する。

 作戦で投入される機体は、プロイセン機六機の計七機で対応。それ以外は補給のための時間稼ぎとして、囮になってくれていたがすでに退避している。

 まずはブラオヴァールが、囮の魚雷を発射。あらかじめ組み込まれたプログラムにしたがい、悠々と海中を泳ぐ。さらに小さき戦士たちに対する目線を外すため、自身が派手に動き、ピンガーを打った。

「ピンガーを確認。……ジェノサイド反応なし」

ブラオヴァールが発振したピンガーだったが、案の定、音が返ってくることはなかった。

「アクティブソナーを無効化するなんて、卑怯にもほどがあるわね」

 ナナは嫌な汗をぬぐう。空調が切れているので気温、湿度共に上昇しているが、それだけではない汗だ。

「これじゃあ、攻撃することができませんわね。また偶然に掛けるしかないかしら」

 カナコもまた困った表情になる。

 しかも、ジェノサイドは推進器を切っているので、スクリューによる探知もできずにいた。

「きっと無駄に終わるわよ。根本的な問題、ピンガーの無力化をどうにかしないと、決定打を与えることなんて不可能よ。何かいいアイデアはない? ナオト」

「そんなこと言われても……」

 ナナの指摘はもっともだ。パッシブだけでは相手が音を出してくれない限り、正確な位置までは特定できない。まして、相手の静粛性は高レベル。電磁推進器のみで、さらに低速ならさすがに捉える自信はなかった。

急いで出撃したものの、解決策もほとんどないこの状況。本気で全滅してしまうかもしれない。

「敵もさすがにバカじゃなか。誘いに乗らないわね」

「AIだけで、そこまで出来るのでしょうか」

「艦内に人がいるんだから、そいつがアドバイスしているんじゃない? 今の技術で海中の駆け引きは、さすがにまだできないでしょ」

「これでは、ブラオヴァールさんはピエロですわね」

「そうね。それよりもピンガーよ。周波数を変えて打ってもダメかしら?」

「また無力化するのがオチですわ。いっそのこと、ピンガーを連射するのはどうでしょう。ヘタなピンガー数打ちゃ当たる。という諺もあしますし……」

「カナ姉、それじゃあこっちの存在が露呈しちゃうわよ」

「ダメですか」

 ナナは難しそうな表情で、カナコは困った表情になる。

 ナオトは二人の会話で、引っかかる言葉があった。

「周波数の変更、ピンガーの連打。周波数……連打……」

 二つの言葉を反芻する。

 その二つの単語に、無力化されるピンガーの推測案を加えてみた。

「ああ! もしかして……」

 ナオトはひとつの可能性として、十分実行可能な案が、頭の中に輝きとなって広がった。苦悩の末、閃いた時の快感が体中に駆け抜けるのを感じ、気分が自然と高揚する。

「なに、何か思いついた!?」

 ナナは席から乗り出してきた。

「う、うん。ただ確証はない。でもやってみる価値は十分にある」

「それはいったい、どういうものなのですか?」

 カナコも興味津々の表情で乗り出した。

 二人の顔が大きく近付き、思わず仰け反りそうになるが、姉妹の期待感に負けないように、自信に満ちた笑みを浮かべた。

「ダブルピンガーだよ」

「なにそれ?」

「どういったものなのですか?」

 二人に困惑の色が浮かぶ。あまり聞いたことがない単語だろう。実際、ついさっきつくった造語である。

「うん。その前になぜ、ピンガーが無力化されるのかだけど、機械的にピンガーを相殺している可能性が高い。つまり音波に音波をぶつけて掻き消しているんだ。今まで僕らは一種類の周波数しか使用していなかった。そこに通用しないと思い込みがあったんだと思う。そして、たぶん無力化できるのは一種類だと思う。それ以上だと、とても現代の科学技術じゃ対処は難しい。まして空間の限られた潜水艦では、なおさらじゃないかな。そこで二種類の周波数のピンガーを打つんだ。これなら、一つが無効化されても、もう一つの周波数が返ってくるよ」

「……」

「……」

 二人の表情が固まった。

 なにか間違いがあったのだろか?

「……いいわ。それ!」

「ええ、確かに。それだと筋が通ります。できそうな気がしますわ」

「な、なら……」

「もちろん、採用よ。さっそくやってみましょ。ナオトはさっそく準備して。カナ姉、探知したら一気に加速。あいつに肉薄してズタズタに引き裂いてやるわよ」

「ええ、大賛成ですわ。うふふ」

 三人はすぐに準備を始めた。これでうまくいけば、勝利をもぎとることができる。少なくとも戦況を有利に進めるはずだ。

「ピンガー準備完了!」

 ナオトは周波数がまったく違う二種類を設定。いつでも打てる体勢をとった。

「よし。……打て!」

「発射!」

 ナオトは祈るような気持ちでスイッチを押した。

 希望をのせたピンガーが海中に放たれた。秒速一五〇〇メートル。時速五四〇〇キロの二重奏が広がる。

 カァァン……。

「か、返ってきた! ソナーに感あり。方位〇―二―六。距離三五〇〇。深度二〇〇。速力一〇ノット。予想通り一種類しか打ち消せなかったんだ」

 ナオトは飛び跳ねるように報告した。ついに最初に接触して捉えることができなかった潜水艦を捕まえることができた。

 さらに、その付近を精査すると、微かだが水流の流れを乱す音も発見できた。おそらく、一斉攻撃によって至近弾を喰らった時、外殻の一部にヘコみが生じたのだろう。それが水流との不協和音を引き起こしているのだ。

 これでジェノサイドは、もう逃げることはできない。

 今まで胸にあったもやもやが、きれいに薄らいでいくのを感じた。

「ナイス! ナオト。よっしゃ。転進〇―二―六。全速前進で行くわよ」

 ナナはフルスロットルにすると、機体を一気に加速させる。ここまで派手に動けば敵味方にその存在は気付かれただろう。

 その証拠に、少し遅れてリントヴルムも加速した。ユリウスもこちらの意図に気付いてくれたようだ。

「距離二五〇〇で短魚雷隼風を発射。一五〇〇で爆発するように設定しておいて。目くらましよ」

「お安い御用ですわ」

 カナコはさっそく準備にとりかかる。

「目標からの距離二五〇〇」

「発射!」

 ナオトの報告と同時に、カナコは隼風を発射。雷速九〇ノットの魚雷はみるみるうちに、頬那美から遠ざかる。

 ほぼ同時にジェノサイドからノイズメーカーを射出したが、これは同時に自分の存在を露呈していることを意味していた。

 この音を頼りに頬那美とリントヴルムは針路を修正する。

「隼風と敵艦との距離一五〇〇!」

「自爆しますわ」

 カナコはすぐにボタンを押す。にぶい音と共にジェノサイドの発する音が消えた。しかし、それは同時にこちらの音も消えたことを意味する。

「推進器停止。惰性で目標に近付くわ。距離五〇〇でまた全速前進するわよ。最後は近接格闘アームで攻撃よ」

 ナナは口元をゆるめた。敵艦との距離二〇〇〇。速力は五〇ノットまで落ちるものの、針路だけは変更する。このままバカ正直に突っ込み、直線魚雷を撃ち込まれては目もあてられない。

「推測距離一五〇〇。もうすぐソナー効力が元に戻るよ」

 ナオトの報告にナナは勝利を確信した。ここまで肉薄すれば、相手はどうすることもできないはずだ。

 しかし……。

 カァァン……。

「うそっ!?」

 ジェノサイドからピンガーが襲ってきた。これでこちらの存在は丸裸にされてしまったが、頬那美からも敵艦の位置を把握できた。

「ジェノサイド探知。方位〇―八―二。距離九五〇。深度、速力変わらず。突発音! 方位、距離同じ。数二。いかん! 一本はこちらへもう一本はリントヴルムへ向かってる」

 ナオトは逼迫した口調になった。魚雷発射には近すぎる距離である。ヘタをすれば自艦にもダメージを負ってしまう。逆を言えばそれほど追い詰められていると言えるだろう。

「ナナ! 合図で右旋回してください」

 カナコはキーボードの操作をしながら言った。

「わかったわ」

「三……一……今!」

 ナナは思いっきりスティックを右に倒した。同時に左側へノイズメーカーを発射する。

 追ってきた魚雷は偽者に食いついてくれた。これで直撃は免れたが、距離三〇〇ほど離れたことで爆発。再び機体はシェイクされた。

「痛っ。損害報告」

 ナナは周囲を確認しながら言った。機体のあっちこっちが新たに損傷。さすがにこの機体でも、戦闘行動に支障が出始めていた。特に静粛性、速力、運動性共に能力低下が著しかった。あまり活動時間も長くないだろう。

「ソナー損傷なし。センサー類小破。感度六〇%まで低下。予備回路にて使用する」

 ナオトはざっと見て一安心する。ソナーさえ無事ならまだ希望はある。

「カナ姉の方はどう?」

「……ごめんなさい。ウエポンベイ開閉装置故障。左舷ノイズメーカー発射器使用不能」

 カナコは絶望に満ちた口調で報告した。

「なんてこと。……近接アームは?」

「それは大丈夫です。でも……」

「その武器があれば十分よ。ナオト、奴の位置は?」

「方位〇―四―五。距離一五〇〇。深度二五〇。速力一五」

「よっしゃ。致命傷を与えてあとは他の艦に任せるわよ」

「了解」

 ナオトの返事と共に、ナナは左へ急旋回。方位〇―四―六を取り全速前進する。ただし速力はすでに三〇ノットを切っていた。


 ジェノサイドからの魚雷をギリギリで回避したユリウスは、ほっと胸をなでおろした。

「お兄ちゃん。ツラナミが敵艦に向けて突入していますわ。ただ速力が三〇ノットも出ておりません。故障でしょうか」

「そうかもしれん。魚雷を使う予兆は?」

「ありません。近接アームを使うつもりですかね」

「さっきのピンガーといい、今回の突入といい、なんて無茶なことを」

 と言いつつもユリウスはニヤッと笑った。

「どうしますか? お兄ちゃん」

「こちらも突入する。近接アーム準備!」

「はい。お兄ちゃん」

「それから、エヴァ」

「はい?」

「お兄ちゃんはやめろ」

 リントヴルムは頬那美を追うように、ジョノサイドに向けて全速前進した。


「ど、どうするのですかリ少佐。我々はもうおしまいだ」

「大丈夫ですよ。カンさん。この艦は完璧です。これが我が国の軍事力になれば、再び覇権が握れます」

 ジェノサイドはAIによって戦闘する無人兵器だが、人が乗れないわけはない。整備点検、修理。さらに試験航海時による観測のため居住区や発令所があった。しかし、現在、この潜水艦にいるのは彼ら二人のみ。

 輸送船の船員たちは全て船と運命をともにしていた。

「だ、だが、乗員を見殺しにして、私は本社にどう言い訳すれば……」

 カンは額に止め処なく流れる汗をぬぐいながら言った。この潜水艦を使用する案に反対はしたが、リのアメとムチを使え分けた口車によってこの場にいるのだ。

「そんなもの、あの大鯨とかいう船のせいにすればいいのです。わが国の巡視船を沈没させたのも奴らの責任だとね。これですべてうまくいきます」

「そ、それはそうかもしれないが……」

「大丈夫です。あなたは私の指示を聞けばよいのです。ほら、バカな蝿どもがこの潜水艦に近寄ってきますよ。もう少しで私たちの勝ちです」

 リは口元をゆるめた。

「しかし、万が一にも失敗すれば……」

「……一つ、貴方の悩みがすべて解決する方法があります」

「おお、なんですか?」

「それはこうするのです」

 リは懐から拳銃を取り出しカンにむけた。

「ほへっ?」

 事態が把握できていない役員は、間抜けな声を上げる。

「支払いは済んでいるのです。もう貴方が居る必要はありません」

「な、なにを……。私がいないと本社にどう報告するのかね」

「なんとでも。ここで船団が全滅。よくある話ではありませんか」

 リは笑顔のまま引き金を引く。乾いた音が艦内どころか艦外にも響き渡る。

 胸に銃弾を受けたカンは、そのまま倒れ二度と動くことはなかった。

「もっとも、この潜水艦を手に入れた時点で、貴方はもう必要ないのですよ」


「発砲音を探知。目標との距離七〇〇。方位〇―五―三。深度変わらず。速力二〇ノットへ増速。逃げようとしている」

「発砲音? 仲間割れかしら」

「たぶん。でもどうしたんだろ」

「どっちにしても遅いわ。近接アーム展開!」

 カナコはキーボードを走らせ、下部にあるアーム展開をさせる。

「リントヴルム接近。こちらと並んだ」

「こちらの意図に気付いてくれたのね」

「目標との距離五〇〇!」

 四〇〇……三〇〇……二〇〇……。

「上部ディスプレイに外部映像を映して」

 暗い水中の中、うっすらと敵艦の姿が見えた。

「これが最後よ。どりゃあああ!」

 ナナの緩急つけた操縦に、ジェノサイドは翻弄され肉薄を許した。強靭な船体に近接アームの刃を突きたてる。ほぼ同時にリントヴルムもちょうど反対側の側面に刃を刺した。艦首から艦尾に向けて、両機は一気に切り裂く。

 外殻はもちろん、フレーム、耐圧殻までもズタズタに切り裂き、内部へ大量の海水が流れ込む。ダメ押しに、二五ミリニードルガンを三〇発以上発射。船体に多数の穴が開く。


 リは呆然となった。最強のはずの潜水艦が、船体を引き裂かれ穴だらけとなり、今まさに沈まんとしていた。

「そ、そんなバカな。こんな事、あるはずがない」

 リの足元はすでに海水につかっていた。毎秒ごとに水位が上昇する。

 システムはすでに沈黙しており、どこが損傷しているのか、まったくわからなかった。傾斜もひどく、なにかに掴まっていないと、立っていられない状況だ。

「こんなことありえない」

 この潜水艦で疲弊した祖国の海軍力を、一気に引き上げるはずだった。やがては軍の重鎮も夢ではないはずなのに……。

「こんな、こんなバカなことがあってたまるか!」

 リは獣のように叫んだ瞬間、大量の海水が流れ込み、彼の身体と夢を丸呑みにした。


 二機が離れると、数十秒後にメーアハインケル、ブラオヴァールから二〇本以上の魚雷がジェノサイドに向かって、四方八方から襲いかかった。先ほどの攻撃で、すでに静粛性も失われ迎撃能力も大幅に低下している今、これまでの報いを受けるかのように、次々と魚雷が直撃し二〇〇メートルある巨体は、バラバラとなり暗く冷たい海の底へ没した。

「……敵艦の船体破壊を確認。浮上の予兆なし。周囲に探知なし」

 ナオトにはジェノサイド内部に残っていた弾薬が、誘爆しながら沈んでいくのを、巨獣の断末魔のように聞こえた。

 ナナとカナコは彼の報告に、今まで積み重ねてきた疲労を出すように、大きく息を吐き、シートにもたれかかった。

 ここでようやく、ずっと拭う暇のなかった汗をふき取った。室内の温度はすでに三〇度を超え湿度も八〇%に達していた。すでに熱帯気候である。

「一時はどうなるかと思ったけど、なんとかなったわね」

「ええ。さすがにちょっと疲れましたわ」

「……」

「ん? どうしたのナオト」

 ずっと無言の彼に、ナナは振り返って言った。

「いや。復讐を果たした。といえるのか考えていたよ。あの潜水艦が原因で、僕の他何人も除隊させられたんだし。でもそのおかげでここに入社して、あいつの存在を消すことができた。でも、この感覚は復讐を果たしたとは違う感じがしてね」

「嫌な記憶からの解放。すべてのケリをつけた達成感って感じ?」

「うん。心に晴れ間が広がったみたいだ」

 ナオトは満面の笑みを浮かべ、ナナとカナコも笑みで答えた。

 少なくないダメージを負った頬那美を、一度海上に浮上させハッチを開いた。

 外の涼しい風と潮の香りが、よどんでいた空気を一気に吹き飛ばした。潜水艦乗りにとって楽しみの一つである、空気がうまいと感じる瞬間をナオトは久々に感じていた。

 すると、頬那美の周囲に次々とプロイセンの水中戦闘機隊が浮上してきた。リントヴルムも真横につけハッチが開く。

 ユリウスとエヴァンジェリンが立ち上がる。ナオト、ナナ、カナコもそれにならう。

 そして、開口一番、

「いきなりピンガーを打つなんて、自殺行為だぞ」

 と、ユリウスはナオトに指を指しながら言った。

「キミも一緒に突入したじゃないか」

 負け時と言い返した。

「ぷっ」

「くっ」

 二人は同時に吹き出し笑った。

 一頻り笑うと、ユリウスは真剣な顔になり直立不動の姿勢になった。それを見ていた他のメーアハインケルの乗員たちも、若きプロイセン軍人にならった。

「君たちの協力と勇気に敬意を表する。君たちがいなければ、我々は全滅していただろう。ありがとう」

 彼らは一斉に敬礼をした。これが軍人たちの不器用だが、感謝の念を伝える行為であった。

 驚いた三人だが、すぐに答礼をする。

 そして、どちらもともなく腕を下ろすと、ユリウスたちは席に着きハッチを閉めると、再び海中へ姿を消した。

 おそらく、もう会うことはないだろう。

「……意外といい奴だったわね」

「あら、ナナ。あの男の子、気になるの?」

「ち、違うわよ。人としてよ人として」

「そうよね、ナナにはナオトくんがいるものね」

 カナコはイタズラっぽい目を向けた。

「なっ、どうして、そこで、こいつの名前がでるのよ!」

 ナナは真っ赤な顔になって抗議をした。

「うふふ。あんなことを言っていますが、ナオトくん。今の心境を」

 マイクを持っているフリをして、カナコはソナーマンの方を見た。

「えっ、えと……。腹が減ったからもう帰ろうよ」

「そ、そうよね。ほら、早く座りなさい。帰還するわよ」

 ナナは真っ赤になった顔を隠すように、すぐにパイロット席に座る。カナコは肩をすくめて火器管制席へ。そして、ナオトは後頭をかきながらソナー席へ座った。

「状況終了。帰るわよ」

「ええ」

「うん」

 頬那美はハッチを閉じると、水中へその勇姿を隠した。


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