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第四章 殴りこみも、たまにはよし 3

 作戦開始一〇分前。全員戦闘配置についていた。今まで以上の緊張が船全体に広がる。

『船長のストリンガーだ。前回とは真逆。完全武装の船団に殴りこみをかける。正直、正気の沙汰ではない。しかし、安心してくれ。細工は流々仕上げを御覧じろ。我々は沈まない。……というか、乱暴娘の花嫁姿を見ずに死んでたまるか! 以上』

 最後は完全に個人の都合が入った船内放送に、誰もが腹をかかえ笑った。ただ一人、ナナだけは頭をかかえた。恥ずかしくて死にそうだ。


 CICも同様であった。カツラとサクラは笑っていた。言った当人も大笑いをしている。

とても死地へ行く表情ではない。

 その時警告音と共に三人の表情は戦士の顔になる。

「レーダーに反応。方位〇―八―一。距離一〇〇〇〇〇。船種大型輸送船一、護衛船七。速力一五ノット。予定通りですぅ」

「よし。各位へ予定に変更なし。行くぞ、第一フェイズ開始。全周波数をオープン。新たなデータリンク接続後、データを送信!」

「了解」

 サクラは最初こそ、マウスでポチポチとやっていた。あらかじめプログラミングしていたので実行するだけである。しかし、すぐに忙しくなるだろう。

「護衛船団に告ぐ。君たちが守ろうとしているのは、違法取引の兵器である。即効、船団を離脱。我の指示に従え。くりかえす……」

 船団までだいぶ距離がある。民間用の対艦ミサイルはまだ届かない。その代わりこの海域の上空では、目には見えない電子戦の応酬が繰り広げられている。

 同時にサクラがキーボードを叩く速度が速くなる。火器担当のカツラは見守ることしかできなかった。

 ECM、ECCMの殴り合いのスキを付き、侵食されていない周波数を探しては細々とデータを送ること三〇分。今までの経緯と兵器の情報の資料を送信することに成功した。

「……船長ぉ。データの送信完了ぉ」

「攻撃の予兆はあるか?」

「今のところありません。それどころか資料の真意を問い合わせるのに必死のようですぅ」

「よしよし。もし攻撃があってもプロイセン海軍の水中戦闘機が、各船を見張っているから大丈夫だろ」

 もしもの時はブラオヴァールに搭載されている水中戦闘機「メーアハインケル」で、牽制もしくは攻撃をする手筈になっている。通信には、このことも付け加えられていた。

「……船団からの返信なしですぅ」

「よし、第二フェイズに移行。さらに接近する。ミサイルの射程内だ。レーダーから目を離すな」

 第二フェイズは昨夜のうちに東人民共和国へ違法取引があると、通報しており警備船が現場海域に到着するまで足止めを行うことがメインである。そのため、危険だが船団に接近して速力を落とさせる必要がある。

 数十分後。

「レーダーに感ありぃ。射撃管制レーダーの照射を確認。私設護衛船よりミサイル発射を確認。数六ですぅ」

「対空防御! 外部の護衛船に攻撃の予兆はあるか?」

「ありません」

「よし……」

ストリンガーは大きくうなずいた。混乱は思ったよりも大きいようだ。

 空を切り裂き迫ってくるミサイルは、こちらの電波の嵐により、二発が海面に激突。さらに三発が対空ミサイルによって空中で四散。そして、最後の一発は速射砲によって空中爆発した。

 なお第二波攻撃はなかった。約束通りプロイセン海軍の海の刺客たちによって、子飼いの護衛船は全て損傷し攻撃続行は不可能になった。

 外注の護衛船の三隻が周囲を警戒しつつ救助に向かう。輸送船は逆に速度を加速させた。護衛船一隻がそれに追従する。

「レーダーに新たな感ありぃ。方位一―九―九。数三。距離一〇〇〇〇〇。この発振は……東人民共和国のコーストガードです」

「来たか。三隻とは当局はよほど重大事項と考えているようだ。これで拿捕も時間の問題だな」

 こうして、事態はあっけなく第二フェイズから第三フェイズへ移行。あとはあの輸送船が臨検を受け処罰されるのを待つばかりだ。そのさい、こちらも事情をいろいろ聞かれるだろう。

「輸送船、減速の様子はありません」

 その報告にストリンガーはドキリとした。

「なに。停船の勧告はされていないのか?」

「いえ、さっきからずっとしていますが、無視をしているようですぅ。あっ、今減速しましたぁ」

「そうか……」

 ストリンガーは少しほっとするも、すぐに気を引き締める。まだ油断をすべき段階ではない。

「東人民共和国から輸送船もしくは、救助活動地点へ集合するよう通信が入ってますぅ」

「了解した。と伝えてくれ」

「わかりましたぁ」

「それから、念のため速力を一〇ノットまで落としてくれ」

「どうしてですか?」

 カツラは振り向いて言った。

「どうもな。嫌な予感がするのだ。まあ様子見ということで念のためにな」

 こうして大鯨は急速に速力を落としゆっくりと近付く。

 数時間後、三隻の巡視船は輸送船に接近。臨検を始めようと接近した瞬間、

 三〇〇メートルを超える大型船が、轟音とともに爆発した。オレンジと黒の火球が上空へ駆け上がる。衝撃波と破片が、周囲に防ぎきれない破壊力を振り巻き、巡視船三隻と護衛船が巻き込まれた。

 十分離れていた大鯨にも、破片はないが爆風が襲い大きく船体を揺らした。

「状況は? どこかの攻撃か?」

 思わずストリンガーが立ち上がる。

「映像を再生しますぅ」

 サクラの声と同時に、モニターに輸送船が爆発する映像が流れた。

「ミサイル、魚雷のたぐいではありません。自爆では?」

 カツラもモニターとレーダー等のデータを参考に言った。

「一体なぜ?」

「船長ぉ。アルトリンゲン艦長から通信ですぅ」

「つなげ!」

 ストリンガーは受話器をとった。

『アルトリンゲンです。この爆発は貴船による攻撃ですか』

 動揺を隠せない口調であった。彼も突然のことでとまどっているようだ。

「いえ、違います。貴艦もしくは部下たちの攻撃の可能性は?」

『答えはナインです。ではこれは自爆でしょうか』

「現段階ではなんとも言えませんがおそらく。他に情報が入りしだいすぐに知らせます」

『頼みます』

 ここで一度、通信を切断。

「水上監視を厳に。副長何か見えるか?」

『爆発で肝心な所は見えません。しかし、船尾がかろうじて見えますが傾いています。沈むのも時間の問題かと』

「了解。引き続き頼む。……IRスキャンの映像は見えるか?」

「できますが、爆発の熱で何も認識できないかと」

「それでも頼む」

「わかりました」

 サクラはモニターの一つを、IRスキャンで捉えた映像に切り替えた。

 彼女の言うと通り、光学よりも見えるが中心部は火災の熱で不透明であった。

 しかし、大量の煙の中から一隻の巡視船が出てきた。かろうじて沈まずにすんだようだが、見るも無残にボロボロになった船はゆっくりとだが航行はしている。

「あの巡視船を助けよう。……ちょっと待てあれは?」

 救助指示を出そうとしたストリンガーは、モニターに異質な物体を発見した。

 輸送船の船首付近、ズタズタになった船体の影から黒い物体が見えた。見たところ派手な爆発だったにもかかわらず傷一つ見えない。

なんだ、あれは?

 ストリンガーの疑問は一瞬で氷解する。その黒い表面の一部が突然せり上がった。

「なっ、あれは……」

 長い棒状がついたそれは、旋回し巡視船にその筒が向けられ火を噴いた。一発ではない。数十発の砲弾を撃ち込まれた巡視船は、あっという間に水面下へ没した。

「速射砲……。あれがジェノサイド?」

 唖然とするCICだったが、そんな隙もあたえず、輸送船が再び爆発。どんどん沈んでいく。しかし、その残骸にまぎれて、資料にあった潜水艦が動き出すところを見逃さなかった。

「こりゃいかん。頬那美はただちに発進。プロイセン戦隊と協力して例の潜水艦を撃沈せよ。未完成ではない! すでに完成している!」

『了解!』

 ナナのしっかりした声が届く。

「アルトリンゲン艦長。あの潜水艦が海中に潜った。どうやら完成したようだ。わしの機をこき使ってくれていいので撃沈を頼みます」

『なんですと、わかりました。全力で対処します。上からの援護お願いします』

「了解です。……各位に告ぐ。対潜戦闘用意! 救出中の船団にも連絡。あのでかい潜水艦を一本釣りするぞ」

 こうして事態は最悪な形で推移していった。


「二人ともいいわね」

「ようやく攻めることができますわ」

 カナコは満面の笑みを浮かべた。

「敵艦のヘの音も聞きわけてみせる」

 ナオトもニヤっと笑った。

 懸案だった二人の関係も修復し、チームとしては結成以来最高だろう。

「それじゃあ行くわよ。状況開始」

 頬那美は水中に包み込まれると、まっすぐに戦闘機隊の集合場所へ静かに進む。

 不足の事態が発生した場合、一度集合して指示を待つ取り決めをしていた。

 むろん、その間も不審な音を聞き漏らさないように、ナオトは耳を象のようにして海中を探る。

「……輸送船沈没中。その周囲のソナー効力二〇%以下。非常に聞きづらい」

「引き続き探知続行」

「了解」

集合地点は二〇分ほどで到着した。そこにはすでに一六機のプロイセン水中戦闘機隊が集合していた。そして、ユリウスが乗る隊長機「リントヴルム」から水中電話で、ただ一言「対応B三」と発すると各機すぐに散開した。

「対応B三ってなんだったけ」

 ナナはノートをめくった。

 それは、決められた地点へ行き、そこでサーチ・アンド・デストロイをする作戦だった。

「場所は……。ナオト、これから移動するところは、ちょうど沈没する輸送船と救出中の船団の間よ。周りの音が気になるところだけどしっかりね」

「まかせて」

 ナオトは親指を立てた。

 頬那美はゆっくりと指定された地点へ向かった。

 あの潜水艦が海に解き放たれて三〇分。今のところ動きはない。不気味なほど静まり返っている。

 自分たちだけ別の世界へ迷い込んでいる錯覚に陥りそうだ。

 しかし、海中生物たちは人同士のいざこざなど意に介さず、普段どおりの生活を送っている。

 ナオトは得られた音を慎重にコンピューターに解析させ、自然界の音以外の音を出力。あとは自分の耳で捜索する。

 見えない敵を探す。聞こえない音を拾う。いつ攻撃を受けるかわからない中、嫌な時間が過ぎていく。

「……ソナーに感あり!」

 緊張が一気に室内を覆う。

「方位二―五―二。距離三〇〇〇。深度一五〇にてブロー音を探知。浮上中!」

 スクリュー音もなく、浮力のみで急速に上昇していく。少なくともその地点にプロイセン海軍はいないはずだ。

「方位、距離変わらず。深度一〇〇……五〇……一五。停止」

「……通信するつもり? こちらも上昇。アンテナで傍受するわ」

 頬那美は急浮上する。おそらく他の水中戦闘機隊も同じ事をしているだろう。

 アンテナを水面上に伸ばした時には、すでに通信は始まっていた。

『これは最後の警告である。私が行った行為は正当防衛である。当然の権利を実行したまでだ。護衛船に告げる。引き続き東人民共和国まで護衛をすれば報酬は二倍支払おう。返答はいかに?』

 声はカンのものだった。おそらくリも乗り込んでいることだろう。

 この通信はこの海域のみ発せられた通信だが、誰も通信に返答することはなかった。

 積荷の虚偽、公的機関の船の撃沈。ここまで好き勝手すれば、誰でも離れるのは必然である。

『では全員を敵とみなす。もちろん水中にいる蝿どももな』

 通信が切れた瞬間、四方八方から魚雷がジェノサイドに向けて発射された。プロイセン水中戦闘機隊である。

 しかし、敵艦は自動迎撃システムを発動。艦体の随所にある開閉式の扉から、無誘導のノイズメーカーを発射。派手に音を鳴らし魚雷たちは騙され、さらにカウンターメジャーの爆発による誘爆により、すべての魚雷を処分した。

 その爆発音に紛れ巨大に関わらず異様に静かな潜水艦は消えた。少なくとも音の世界からは……。

「ナオトどう?」

「うん。もう少し待って……」

 ナオトは必死の形相で、先ほどの得られたデータを解析していた。水中戦闘機隊の攻撃直前に、ジェノサイドがスクリューを回したような音を聞いた。しかし、すぐに音は消えてしまったが、まず間違いないだろう

 頬那美は最初の攻撃に加わることなく、じっと耳を傾けていたのでかろうじて聞こえたが、他の機体は難しかっただろう。

「……出た。こいつに間違いない。しかも、これは」

 ナオトは驚きの表情になった。最初は間違いだと思っていたが、何度も聞くうちにそれは確信へと変わる。

「奴だ。まさかここでまた会うとは……」

 ナオトの口元がつりあがる。

「どうしたの?」

「営倉の時に話したでしょ。僕を除隊させる原因となった謎の潜水艦」

「まさか……」

「その潜水艦がこのジェノサイドだったんだ」

「同じ皇国生まれなのに、攻撃され挙句の果てに、除隊までさせられなきゃならないのよ」

ナナは憤慨した。

「そこまでは……」

 ナオトは首をひねった。同じ国の潜水艦なら、音紋も登録しているはずなので、攻撃をかける必要性はないはずだが……。

「事情はよくわかりませんが、元々東人民共和国に売るつもりがあり、試験期間中に発見され、消すつもりが逃げられたので、軍の上層部にかけあって除隊するようにしたのではないでしょうか」

 ずっと聞いていたカナコは言った。

「確かに、それなら筋は通るけど」

 ナオトの頭の中でバラバラになっていたピースが一つに合わさった感じがした。今まで理不尽だと思い、もやもやしていたが妙にすっきりしていた。

「それじゃあ、あんまりじゃない」

 ナナは怒りで声が震えていた。彼女が変わりに怒ってくれるのが、ナオトにとっては嬉しかった。

「ありがとう。怒ってくれて。でも、もういいよ。除隊しなかったら僕はここにはいなかったしね。ナナにもカナコさんにも会えなかった。これでよかったんだよ。きっと……」

「ナオト……」

「ナオトくん……」

 彼女らの言葉にはうれしさがにじみ出ていた。

「ともかく、今はあの化物だ。聞くべき音がわかった。次は逃がさない」

 ナオトは不敵の笑みを浮かべた。

「いいわ。頼んだわよ。あたしは全力で回避、ポジション取りをするわ」

「わたくしは最適なタイミングで魚雷を放ちますわ。うふふ」

 頬那美は深く静かに潜行する。

 この時、救出グループは作業が終わり、そのまま戦線に参加しようと大鯨と合流を目指していた。

 しかし……。

「スクリュー音探知。奴だ。方位三―四―〇。距離八〇〇〇。深度四〇。速力三〇ノット。なお上昇中。もしかして……」

「船団を攻撃するつもりですわね」

「早く知らせないと……。カナ姉、中魚雷菊池槍準備。弾数二発。発射して、少しでも時間をかせがないと」

「ええ、わかりましたわ。……発射準備完了」

 カナコが準備している間、機体は同じ方位に向けた。

「発射!」

 下部のウエポンベイから、二発の魚雷が雷速六〇ノットの猛速で目標に向かって直進する。

 これでこの海域にいる全員に、こちらの存在が露呈した。カナコはすぐに回避運動に移る。プロイセン戦闘機隊もこれに呼応してくれればいいのだが……。


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