第三章 仲良くなるのは難しい 6
試作一七五号完全無人自動艦隊殲滅潜水艦〈ジェノサイド〉
全長は二〇〇メートルを超え、その姿は葉巻を思い出させる。艦橋は潜行時、艦内へ収納でき水中における高速性能と静粛性の向上をはかっている。水上航行では上昇させる仕組みだ。水中速力四〇ノット。魚雷発射管八基。他にもVLSを一二〇セル。一二七ミリ速射砲四門。バルカンファランクス三基も装備している。もちろん砲に関してはすべて引き込み式である。
「……ムサシノ重工業はとんでもない化け物を作り出したな」
火器担当のカツラは喉を鳴らした。確かにこれだけあれば、艦隊を容易に殲滅できることだろう。
「いくらなんでも、こんなスペック信じられない。常識的ありえないよ。これはさすがに嘘でしょ」
オリトは言った。しかし、額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
「わしもそう思いたいが、話半分でもかなり強力な兵器に違いない」
ストリンガーは首を振る。対象を過小評価してはこちらが痛い目を合うのをよく知っていた。
「経緯はよくわかった。そこまで証拠がそろっているのなら、ワシも信頼していいと考えるが、問題はどうやって、輸送船の中にその兵器の有無の確認をするかじゃな。離反するかどうかを決めるのは、そこからでも遅くはないじゃろ」
オダはヒゲをさすりながら言った。
「そうよね。乗り込んで直接見聞きしてみる?」
サオリは頭を切りかえ、一番確実に確認できる方法を提案した。
「さすがに難しいだろ。今まで隠してきたんだ。あの手この手で言い逃れするだろう」
カツラはあきれた口調で言った。
「むっ、ならどうするのよ」
サオリはむっとした表情になる。
事実確認案は深夜まで及び、全員、事実なら離反することを決めた。
航海六日目。
東の水面上から太陽が昇る。その圧倒的な存在によって、闇と共に星の瞬きは消え、新たな一日が始まる。
大型輸送船を守護する力ある船たちも、光を全身に浴びその勇士を浮かび上がらせる。今日は平和な航海になってほしいと誰もが思う中、一隻の護衛船は緊張の雲に覆われていた。
「いよいよですな」
「ああ……」
ブリッジで一番風呂ならぬ一番陽光の特権を受けているストリンガーとサオトメは言った。左を見ると大型輸送船が平行して航行している。遠目から見ても、とても腹の中に凶悪な兵器を抱いているとは思えない。
『船長、時間です。CICにお越しください』
船内放送でカツラの声が響きわたる。その声に緊張が含まれていた。これから始まる作戦のリスクを考えると当然である。
「では言ってくる。ここを頼む」
「はい、船長」
二人は軍人時代からのクセで敬礼をした。そして、少々口元をほころばせると、腕を下ろしブリッジをあとにした。
ストリンガーがCICに入室すると、緊張感が部屋を支配していた。
これから始まる作戦は戦闘になった場合、最悪撃沈。最小でも中破を覚悟しなければならない。しかし、もはやこれがもっとも最良の案であった。
緊張を全面に出しているカツラとサクラの顔を見て、ストリンガーはニヤッと笑った。
おもむろに船内マイクを取ると、全体に響き渡るようにした。
「諸君、ストリンガーだ。そのまま聞いてほしい。始まりの通信によって、吉とでるか凶とでるか。それはわからない。しかし、ワシは諸君の実力に一切疑いを持ってはいない。この難局を乗り切れると信じている。大丈夫だ。なんとかなる。以上だ」
ストリンガーがマイクを戻すと、二人に向かって笑って見せた。
上に立つ者は時に、状況が絶望的でも大胆な笑みを浮かべて部下を安心させないといけない。
それを知っている二人は互いに顔を見合わせると、カツラは苦笑しながら肩をすくめ、サクラは厚い眼鏡をかけ直し、口元に小さな笑みを浮かべた。
おそらく、各乗員も同じだろう。
「よし、最終チェックだ」
「了解。……CICより各位へ、最終チェックをする」
カツラは自分の席に座ると、船内放送で通達した。
「機関課」
『いつでも最大出力で回せるぞ。出力一二〇%でも大丈夫じゃ。でも艦首砲を撃つのは勘弁じゃ』
オダの陽気な返答に思わずストリンガーも笑みがこぼれた。
「ブリッジ」
『戦闘行動に影響なし。周囲の見張りはまかせてもらおう。私の口もこの舵のように滑らかだったらいいのだが』
これはさすがの三人も驚きの顔になった。堅物副長が軽口を叩くとは思ってもいなかった。
「格納庫」
『頬那美の整備完了。いつでも発進できるわ。あとはダメコン班になるわよ。どんな攻撃を受けても私たちが応急修理するから、安心しなさい』
サオリのいつもの自信たっぷりな口調に、カツラは少し安心感を覚えた。
「頬那美」
『機体に問題なし。いつでも発進できます』
ナナの暗い口調が少し心配だが、今回はよほどのことがない限り、出撃する予定はないので大丈夫だろう。
「通信」
「電子戦問題なし、各種レーダー、アンテナも問題なし。例のデータも送信準備完了ぉ」
サクラはキーボードで、いくつか確認しながら言った。少し堅いが緊張するのも無理はない。
「火器管制も問題なし。船長すべてオールグリーンです」
「よろしい、では作戦開始」
「了解。船間リンクシステムにてぇ、輸送船にデータを送信していますぅ。……完了ぉ」
「さて、これでどうでるか」
ストリンガーは固唾を呑んで見守る。送信データの中身は昨日もらった資料だ。もちろんスペック上では化物みたいな潜水艦のデータ付きである。
作戦の第一段階は、まず通信をおこない相手に揺さぶりをかけることであった。他の船には資料は送っていない。混乱に拍車がかかるのはもちろん、輸送船からこちらへの攻撃指示を明確に晒すためでもあった。その反応によって、次の作戦が決定される。
「攻撃ですと? それはやりすぎではありませんか」
輸送船内部の一室に、二人の男が向かい合わせで座っていた。
その一人、ゴマ塩頭に浮いた脂汗を何度もハンカチで拭いているカンは言った。
「しかし、これが一番早いうえ確実ですよ。他の船に知られる前に」
リは落ち着いた口調だが、その細い目からは殺気が漏れていた。
「し、しかし、どういう名目で? それよりも完璧な書類を見せて理論だてて返信する方がよいのでは。きっとあちらも正しいかどうか迷っているようにも思える」
その眼光に呑み込まれないように、カンは必死に自分の心を奮い立たせた。
「それこそ、後顧の憂いを残すようなもの。今のうちに処分しておくと、あとのことがやりやすい。そうは思いませんか?」
「た、確かにそうだが……。しかし」
「では、この取引きはなかったことにしましょう。」
「はあ?」
リの思わぬ案に、カンは間の抜けた声を上げた。
「私のバックには我が祖国がいるのです。その気になれば、この取引を違法とみなし、犯罪者に仕立て上げ、あなたとあなたの会社に多額の賠償金を支払わすことも可能なことを忘れていませんか?」
「……」
カンは顔面蒼白になった。そうなれば自分のクビだけではなく、会社自体も危なくなる。今までの努力がすべて水の泡になってしまう。なにより、自分の出世に関わる大問題である。
「……わかりました。攻撃しよう。でも理由はどうするのですか」
「そうですな。こういうのはどうでしょう」
リはニヤッと笑うと、筋が通ったプランを話した。
送信して四〇分が経過した。
依然として返答はない。
黙殺されたか、まだ検討中か。なんとも判断に迷う事態に、ストリンガーは内心イライラしていた。もちろん顔にはまったく出さない。
その時、通信が入った。緊張が一気に高まる。
「船長、輸送船から入電。現時刻を持って民間護衛船大鯨の任を解くぅ。理由は海賊船団への情報の提供ありぃ。全船はただちに、裏切りの船を全力で撃沈せよぉ。以上ですぅ」
「よし。引っ掛かってくれたぞ」
サクラの緊迫した通信内容に、ストリンガーは笑みをうかべた。これであの輸送船の中が限りなく真っ黒であることが判明した。内容が内容のうえ、攻撃されれば正当防衛が立派になりたつ。
「船長ぉ! リンクシステム切断」
「よし、対空対艦戦闘! すべての火器の電源に火を入れろ。機関全力運転。両舷一杯最大戦速。転進二―七―七。電子戦を開始せよ」
ストリンガーの指示が次々と飛び、この船を市民から軍人へ昇華していく。
甲板にある速射砲、バルカンファランクスの銃身は空を睨みつけ、各種アンテナからは強力な妨害電波とプログラムによって、通信及びレーダーを妨害。エンジンはこれでもかと言わんばかりに、力強い咆哮を上げ、船体を船長の思い描く針路と速度を具現化していく。
船首は急速に目的の針路へ移行。速度もあっという間に最大戦速に達する。
「船団の様子は?」
「だいぶ混乱しているようですぅ。各船の通信量増大ぃ。そのほとんどが命令の真偽についてのようですぅ」
休む間もなくキーボードを叩きながらサクラは報告をする。なかなか攻撃してこない状況にストリンガーは口元を緩める。
しかし、すぐに警告音が鳴り響く。
「射撃管制レーダー反応ぉ。発振船は自社の警備船ですぅ。ミサイルアラートぉ。対艦ミサイル数二。こちらに向かってきますぅ。あと一〇秒ぉ」
「この至近距離でか!」
カツラは不満をたれながらも、すでに迎撃は始まっていた。迎撃ミサイルは間に合わないので、妨害電波と速射砲とバルカンファランクス、砲弾と銃弾がレーダー誘導の元、敵ミサイルに豪雨のように降り注いだ。
一発は妨害電波によって目標を失い海面へ激しいキスをした。残る一発も弾幕のシャワーにより空中で花を咲かせた。
近距離の爆発のため、衝撃波によって船は大きく揺れる。
「各位、損害報告!」
ストリンガーの問いに、すぐさま全員が「損害なし」と報告が返ってきた。
「輸送船より船団へ通信ですぅ。脱走船を至急撃破せよぉ。撃たない船は同罪として撃沈するぅ。以上ですぅ」
「本当になりふりかまっていませんね」
カツラは呆れた口調で言った。
「ああ。だがここから本番だ。攻撃が来るぞ!」
ストリンガーが言った瞬間、船団から砲弾が飛んできた。大鯨の周囲に、いくつもの水柱が上がる。こればかりは迎撃ができないので、ジグザグ運動を行い直撃する確率を下げるしかない。
しかし、不思議なことに直撃弾は一発もなかった。ミサイルの方も散発的に来るので、迎撃は楽だった。
「……わざと外しているのか?」
ストリンガーは指揮官用のモニターを睨みながらつぶやく。
突然、味方を攻撃せよと言われても、当然ながら戸惑いを覚える。一緒に戦ってきた仲間を撃つ。その真意を確かめたいのが人情だが、攻撃しなければ自分も裏切り者扱い。それらを回避するに最適なのは、攻撃をするフリである。これならいろいろな言い訳が可能だろう。
この一連の行動に、護衛船の船長たちは不信感が増したはずだ。
そして、三時間後。大鯨は離脱に成功した。損害は予想以上に少なく、幸いにも直撃弾はなく、至近弾も少なかったため戦闘や航行に影響はなかった。
レーダーはまだ探知しているが、ミサイルの有効範囲は抜けたので、あと三〇分なにもなければ、通常シフトにするようにカツラに指示をするとストリンガーはCICを出た。
艦橋へ昇ると、副長がいつもの表情で船の航行をチェックしていた。
「おつかれさまです。船長」
「ああ。お前さんも無事でよかった」
「これでハッキリしましたね」
「ああ。兵器はある。あの慌てようは確かな証拠だ」
「では、予定通りに?」
「ランデブーポイントへ行く」
大鯨はさらに針路を変更。神聖プロイセン海軍の潜水艦との合流を目指した。




