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第三章 仲良くなるのは難しい 4

 その時、船内に戦闘配置のブザーが鳴る。全員が反射的に立ち上がり、我先にとそれぞれの配置に付く。ナオト、カナコ、カオリ、オリトの四人が格納庫へ入ると、すでに頬那美にはナナが乗り込んでおり、発進準備の手順を消化していた。

「おまたせいたしましたわ」

 カナコは自分の席に座ると、火器管制システムを立ち上げる。ナオトもソナーシステムを起動させる。

「あんたに船長から連絡よ」

 ナナはぶすっとした口調で言った。

「う、うん」

 ナオトは通信回線を開いた。外部スピーカーからストリンガーの声が響いた。

『聞こえるか? アラナミ』

「はい。感度良好です」

『今、そちらにデータを送った』

「はい。いただきました」

 ナオトは受信したファイルを解凍させる。

『それは先ほど探知した音だ。コンピューターでは例の水中戦闘機と出たが、一応お前さんの耳で最終確認をして欲しい』

 これにはパイロット三人はもちろん、整備三姉弟も驚きに包まれた。

「そんな悠長なことしていていいんですか?」

 ナオトは少し呆れた口調で言った。スクランブルは一秒の遅れが生死に関わる。敵であれ味方であれとにかく出動するのが常識だと思うが……。

『一応確認だ』

「わかりました。……間違いありません。前回の水中戦闘機です」

『よし、準備完了しだい発進だ』

「さあ、復讐戦よ。状況開始」

 頬那美は再戦を果たすべく闇色の水中へと潜った。

 船内からのデータをもらってはいたが、ナオトはあらためて、パッシブソナーで相手の音を盗み聞きする。

「……ソナーに感あり。方位二―七―五。距離八〇〇〇。深度一五〇。速度三五。音紋確認。C4、例の水中戦闘機に間違いなし。でも、おかしいな。まるで見つけてくださいと言わんばかりだ。前はもっと近づかないとわからなかったのに……」

「罠、ですかね」

 向かい側に座っているカナコは言った。

「どうだろう。それに、味方船団に動きがない。普通ならリンクシステムで自動的に警報が行くはずなんだけど」

「そう言えば、船長の様子もどこかおかしかったですわ」

「なんにしても、まずは目の前の敵を倒すわよ。前回の借りを百倍にして返してやるわ」

 ナナはスロットを上げ速力を上げた。これでこちらの音も向こうに拾われているだろう。

「ちょっと待って、これじゃあ前回の二の舞になると思うんだけど」

「うるさい。ソナーマンは黙ってて」

「ナナ、彼の言うとおりだと思いますわ」

「うるさい。今度こそ!」

 ナナは目を充血させて言った。ナオトとカナコは互いに目を合わせると首を振った。こうなった彼女は誰にも手が出せなくなる。

 かくして、正々堂々の一騎打ちが再び始まった。

 魚雷と魚雷の応酬。ノイズメーカーと機体の機動力を最大限に生かした回避運動。接近してのドックファイト。常に敵の背後をとるために、あらゆる空中機動が水中にも使われている。互いに螺旋を描くシザーズ。ニードルガンの射程に入れば、横滑りを利用したスリップ。機体を垂直に立て抵抗を一気に増大。速力を殺して敵機をオーバーシュートさせるコブラ。ナナはあらゆる機動を試みた。しかし、相手の実力が一枚上手。おまけにこちらのチームワークはバラバラ。除々に追い詰められていく。

「くっ、この、この!」

「ナナ、落ち着いて! このままじゃダメだ」

 彼女の荒い機動に振り回されながらもナオトは言った。自信に満ちた口調も何度も死線を越えた証でもある。

「うっさい」

 しかし、完全に頭に血が昇っているナナは、視野狭窄になっており冷静さを失っている。一つ一つの判断が大雑把になり、それは操縦に顕著に現れていた。

「突発音! 魚雷だ。方位二―三―九。数一。速力八〇。距離二五〇〇」

 ナオトは彼女に呼びかけながらも、光を通さない闇のベールから漏れ出す音を見逃さない。

「ノイズメーカー、用意!」

「準備完了ですわ」

 さすがのカナコも口調がかたかった。

「距離一五〇〇。速力八〇。方位、速度変わらず」

「まだよ、まだよ……」

 ナナは乾いた唇をなめた。こめかみには一筋の汗が流れる。

「距離一〇〇〇!」

「ノイズメーカーの発射と同時に魚雷を発射するわ」

「準備完了いたしました」

 カナコはナオトからもらったデータを元に、素早く諸元を入力する。

「距離三五〇! 方位、速度変わらず!」

「今よ。ノイズメーカーと魚雷、同時に発射!」

「発射します」

 頬那美からノイズメーカーと魚雷一本が発射された。

「左舷回頭。しっかり掴まって!」

 その直後、機体が大きく左へバンク。急速に方位が変わる。

 普段ならこれで愚かな魚雷は、ノイズメーカーと楽しくダンスをするはずなのだが、今回は違っていた。

「魚雷に異変! 左回頭。こちらに向かってくる!」

「うそっ!?」

 ナナは驚きの声を上げるが、身体はすでに次の行動に移っていた。

 機体を水平へ戻すと、一気に急降下する。

 さらにカウンターメジャーを射出するも、魚雷との距離が離れていたため起動しなかった。

 敵の魚雷は回頭後、きっかり一〇秒で自爆した。猛烈な音と爆圧が頬那美を容赦なく襲う。

 室内はシェイカーの中に入ったかのように揺さぶられ、コンピューターは強制終了する。しかし、これは数十秒後に再起動はした。

「……っ、システムチェック。ソナー異常なし。しかし、爆発音につき感度二〇%まで低下」

いち早く状況を立て直したナオトは言った。ヘッドフォンをしなくても、直接耳で周囲の状況がわかった。海水はかき混ぜられ、大量の泡がはじける音で支配されていた。

「火器管制システム問題ありませんわ。船体は一部破損。浸水も少々ありますが、戦闘に支障なし」

「いいわいいわ。こちらも方向舵、推進器も問題なし。まだ戦える。戦えるわ」

 ナナは凄みのある笑みを浮かべた。

「……ここは撤退して、もう一度策を練り直すべきだよ」

 ナオトは暗く重い口調で言った。

「はあ? 何言ってるのよ。このまま引き下がれるわけないじゃない。このまま負けっぱなしじゃ、あたしの気持ちにも決着がつかないわ」

 ナナは睨みつけるように言った。

「でもこのままじゃ、前回と同じ結果になる。船団の力を借りれば数の力で勝てるよ」

「……わたくしもナオトくんに賛成ですわ。このままでは負けてしまいますわ。わたくし、勝てない戦いは嫌いです」

「……っ」

 二人に、特にカナコに否定されては、さすがのナナも思い止まらなければならなかった。

「今なら雑音にまぎれて、撤退することが可能だよ」

 ナオトは迷っている彼女に、逃げる決断をする方向へ力を加える。

「……戦闘を再開するわ」

「ちょっ」

「ナナ!?」

 ナオトとカナコは驚いた表情になった。

「不利は承知よ。それにここで引いても、追撃され撃沈されるわ。それなら、死中に活を求める方が賢明よ。一〇秒後に最大戦速。それからすべての推進力を切って、攻撃地点へ移動。魚雷、ノイズメーカーをいつでも発射可能にして。ソナーしっかり聞いていてよね。じゃあ、行くわよ」

 ナナはフルスロットルにすると、機体は爆発的な加速を得て前進する。

 しかし……。

「ソナーに感あり! 方位〇―三―四。距離五〇……」

 絶望的な報告にナナは完敗を認めた。いつの間にか敵機は真後ろに回り込んでいたのだ。おまけに、この至近距離では回避も反撃も不可能である。

 そして、ナオトもカナコも覚悟を決めた。

 三秒……五秒……一〇秒……。

「……?」

 しかし、一向に攻撃が来ない。こちらの気持ちをもて遊んでいるのだろうか。

 突然、水中電話用のコール音が鳴った。

 思わずナオトとカナコは顔を見合わせた。すぐにナナの方を見るが、彼女は身体を丸め小さくなっていた。子宮の中にいる胎児のように見え、現実からすべてを拒絶しているようだ。

「出てみるよ」

「お願いしますわ」

 通信を外部スピーカーに繋げ、マイクを手に取った。

「も、もしもし?」

『私は国連軍特務隊の者である。貴機の母船船長殿に直接かつ極秘事項を伝えるため、取り次いでほしい』

 二人は目を丸くした。思いがけない要請なのはもちろんのこと、その声も若かった。

「……どういった内容ですか?」

 ナオトは慎重に言った。こちらに選択肢はほとんどない。ここで挑発的なことを言ってわざわざ選択肢を狭める必要性もない。

『貴機が護衛している輸送船の積荷に重大な問題がある。との内容だ。これ以上は直接会って話しをしたい』

「少し待ってください」

『すみやかな返答を期待する』

 そこで通信は切れた。

「どうしよう」

「わたくしたちに選択の余地はありませんわ。大鯨に連絡しましょう。非常に悔しいですけど」

 カナコは大鯨に連絡をとり、事情を説明する。するとすぐに了解との旨が届いた。

 力のないナナを何とか起き上がらせ、這々の体で母船まで誘導する。

 下部へのハッチが開き、敵機が船の中へ吸い込まれていく。残念ながら頬那美は外で待機である。この船は一機しか搭載できないので仕方なかった。

「しばらくは待機ですわね」

「うん。でも大丈夫かな。もし自爆したら……」

「そこらへんは大丈夫ですわ。船長はそんなドジは踏みません」

「だといいんですけど。ところで輸送船の積荷が問題ってなんでしょう」

「それはわかりませんが、少なくとも、殿方が喜ぶような愛の人形とかじゃないのは確かですわね」

「そのために、大の大人が命を掛けるのは少しマヌケだよね……」


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