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第三章 仲良くなるのは難しい 3

 航海五日目。

 午前中もナオトとナナは二人で船内作業をしていた。だが、昨日と同じくまともに教えられず、失敗が相次ぐが怒りも注意もなく、ただ見えているだけだった。そのたびに彼は肩を落とした。

 そんな様子をラブコメ王道作戦に参加したメンバーは、「もう少し堪えてくれ」と心の中でエールを送っていた。

 ようやく昼食の時間が来た。

「第一作戦はわたしぃ。サクラ考案。名付けて〈二人きりでドキドキ作戦〉。食堂を無人にしてぇ、二人だけになっちゃえば、きっと話も進むと思うのぉ」

 サクラはいつもののんびりした口調で、自信たっぷりに言った。

「ええ、うまくいくといいですわね」

 カナコは小声で二人の様子を伺う。

 食堂にいるナオトとナナは、キョロキョロと辺りを見回すが、当然彼ら以外にいるはずもなく、仕方なく両者は端と端に座った。どちらかといえば、彼女の方が避けているようにも見えた。

 そして、いくらたっても誰もこないので彼女は、仕方なく先に昼食をとるため席を立つ。料理はすでに完成しているので、あとは配膳するだけでだ。

 ナオトもそれに習い、自分の分をとって席に座る。何度も話しかけようとするが、結局終始無言のまま、二人は食堂をあとにした。

「あららぁ。ダメだったわねぇ。二人ともシャイなのねぇ」

 サクラは得に悔しがることなく、適当な感想を述べた。

「困りましたわね。どうしましょう」

 カナコは額に手をあて、首をかしげた。

「まだ次の作戦が控えてるからぁ、大丈夫じゃない?」

「だといいんですけど……」

〈二人きりでドキドキ作戦〉……失敗。


「次はわたしね。狭い作業場で二人だけで作業。ひじがおっぱいにあたって、恥ずかしさ上昇。二人の欲望はついにクライマックス。友情をすっ飛ばして愛情に相転移するはずよ」

 サオリは妙な自信と、その先に映るピンク色の妄想をミックスさせた口調で言った。手にはなぜかビデオカメラを持っている。

「ぜひそこまで行って欲しいですけど、さすがに無理なのではないのですか?」

 カナコは彼女の作戦に少し懐疑的であった。

「いいえ。絶対に行けるわ。すでにわたしの脳内では二人はベッドやお風呂で一八禁な展開になっているわ。作戦名は〈二人で共同作業トキメキ作戦〉よ」

 

 午後、ナオトとナナは急遽、サイドスラスターの点検を行うことになった。

 彼女はあまりいい顔をしなかったが、仕事は仕事なので不承不承でうなずく。

 ナオトはナナに連れられ、船首付近にあるサイドスラスター制御室に入った。使用していないため静かだが、中は狭く二人も入ると両手を広げるスペースもない。

 この装備のおかげで、戦闘時における回避運動能力を向上させることができる。

 ナナはどういうわけか、先ほどと打って変わり、この設備の機能を説明してくれた。点検表を渡し作業が始まった。電気系統、メーター類、さらには非常システムのテストを行う。わからない部分が出てきたが、恐る恐る聞いてみると教えてくれた。ナオトは少々拍子抜けをしたが、少しは機嫌が直ったのだろうと勝手に解釈をした。しかし、無言のままなので正確なところはわからない。

 点検も終盤になった頃、再度不明な点が発生。質問しようと振り返ると、予想よりも彼女が近くにいたため、ナオトの肘がナナに接触した。しかも、その小ぶりな胸元に。

「きゃっ」

 彼女も予想外なことに油断し、かわいらしい声を上げた。

「あっ、ご、ごめん。って、うわっ」

 肘に微かな感触を感じつつ、ナオトは謝罪しようと、姿勢を正そうとしたのがいけなかったのだろう。足がもつれてバランスを崩し、そのままナナを押し倒すように倒れてしまった。

「痛いわね。早くどいてよ」

「ご、ごめん」

 ナナの上にいるナオトは、すぐに立ち上がろうとして、手を置いた先が柔らかかった。

 決して良い予感はせず、しかし、微かにこれは間違いだという希望に胸を膨らまし、ゆっくりと目線を動かし目視確認をした。それがあまり膨らんでいない胸であることに、涙が出そうになる。

「って、あんたどこさわってんのよ!」

「……小ぶりでも、しっかり柔らかいです」

 ナオトは涙目になりながら、抗えない衝動が言葉にのる。自覚はしているが、反省はできないでいた。ナナはマグマのように真っ赤になると、火山が大爆発するがごとく激昂。必滅の一撃を顔面に放ち、床にノックダウン。トドメとばかりに蹴りも追加すると、大きな足音を立てて部屋を出た。


 二人の様子をモニターで見ていたカナコとサオリは思わず目をそらした。

「あれは痛いですわね」

「ええ。手加減を自宅に置き忘れたような破壊力だわ。容赦ないわね。かわいそうに」

 と言いながらも、サオリの口元はゆるんでいた。まるで、いや思いっきり楽しんでいた。

「どうすれば仲良くなれるのでしょう」

 カナコは困った表情になる。

「でも、まだ策はあるんだし、次は大丈夫でしょ」

「だといいんですけど……」

「って、カナコ。本当はこれらの作戦が失敗するって予想してたでしょ」

「あら、そんな事ありません。みなさんが一生懸命考えれてくれた作戦たちです。成功してくださることを切に願ってますわ」

「そう、まあいいわ。でも実は二人の状況を楽しんでいるでしょ」

「はて、なんのことでしょう。そう言うサオリさんはどうなのですか?」

 カナコはとぼけて見せたが、目元は笑っていなかった。

「わたし? わたしはしっかりと楽しんでるわ」

〈二人で共同作業トキメキ作戦〉……失敗。


「最後はお、俺だな」

 オリトは少々緊張した面持ちで席に座っていた。

「ええ。これが最終防衛ラインです。成功することを願っていますわ」

 カナコは彼の隣にいた。肩が触れるほどの距離だ。彼女にホの字のオリトは、それだけで心臓はバクバク。喉はカラカラ。頬も赤くなっており、もう作戦どころではなかった。

 彼らは今、夕食時の食堂にいた。他にもカオリ、カツラがいるがそれでも、なお余裕のある席は二人分しかない。四人の他にはすべて荷物で塞がれている。こうすれば必然的にナオトとナナは隣同士。肩が触れ合いながら食べなくてはならず、嫌でも話さない状況だ。さらにこちら側も話しを振れば成功確率はぐんと上がるはずだ。

「そろそろ来ますわね」

 壁に掛けられた時計に、目を向けながらカナコは言った。その方向にはオリトの顔が視界に入っている。そのため彼は余計に緊張してしまう。

「あ、ああ。〈二人の触れ合いキュンキュン作戦〉スタートだ」

 元々赤くなっていた顔が、より紅くなりながら彼は言った。ちなみに今回の作戦名はカオリが命名している。

 やがて、ナオトとナナが食堂に入ってきた。二人は室内の異様な光景に目を丸くした。普段広々としている食堂が、荷物によってほとんどの席が埋もれてるのだから当然である。

「なんなのこれ?」

「来ましたわね。ほら空いている席へ座ってくださいな。二人で」

 カナコはギリギリ二人分空いている席へ促した。ナナがその方向へ目線を向けると、何も言わずに出て行こうとするが、いつの間にか、彼女の背後に立った姉の手が肩に置かれた。

 さすがお姉ちゃんである。妹の行動原理はよく理解している。

「ダメですよ。ご飯はみんなで食べないと。昔の偉い人は言いました。同じ釜の飯を食う。一緒にご飯を食べて仲良くなるという意味です。さあ、行きましょう」

 口調はやんわりしているが、肩にのせた手は力強く、こうなってしまうとカナコには力で逆らえない。

「わ、わかったわよ」

 ナナはしぶしぶうなずくと、開いている席に座った。

「さっ、ナオトくん」

「で、でも……」

「遠慮なさらず」

 ナオトもナナと同じ運命をたどり、彼女の隣に座る。思ったよりも狭く、二人の肩が肘があたっている。なんとも居心地が悪そうだ。

「それじゃあ食べよっか」

 カオリが声を上げると、全員が「いただきます」と唱和し、サバの煮込み定食に手をつける。

 通常、各自が今日の出来事や陸のことが話題となるのだが、今日は二人以外がやたらと恋や愛について棒読みで話した。これにより、気恥ずかしさが取り除けると考えた。ちなみに、シナリオはカナコの案である。しかし、その演技力は大根役者達だ。ナナは一言もしゃべることなく、夕食をかきこみあっという間に食べ終わると、「ごちそうさまです」と告げ、足早に食堂をあとにした。

 あまりに素早い行動に、誰もがぽかんとなっていた。

「……今回もダメでしたわね」

 カナコはタメ息をついた。彼女だけではなく、食堂にいた全員が同じであった。特にオリトの落胆ぶりはまるで、これから死んでいく者と酷似している。

せっかくの機会なのに、なぜ話さなかった。と心の中で悪態をついた。

「今回も、って?」

 何も事情を聞かされていないナオトは、カナコの言葉に疑問を持つのは当然であった。

「実はですね……」

 カナコはこれまでの作戦について、すべて説明した。

「そうだったんですか。みんな、ありがとうございます。ごめん、僕が口下手だったばっかりに……」

 事情を知ったナオトは、ますます肩身が狭くなる思いになったようだ。

「まあ、大丈夫だろう。少なくとも絶対ムリではない」

 重苦しい空気の中、カツラは軽い口調で言った。

「どういうことよ?」

 隣に座っていたカオリは不審な表情になった。

「がつがつ食べるとこ見ていたが、ちらちらアラナミの方を見てたぞ。本気で嫌がっていたら、まったく見ないだろうから、まだ脈はあるんじゃないかな」

「間違いないでしょうね」

 カオリはジト目で言う。プライベートでの彼の発言はあまり信用できない。

「本当だって。信じてくれよ」

 困った表情になるカツラであった。


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