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第三章 仲良くなるのは難しい 1

 第三章 仲良くなるのは難しい


 航海四日目。

 世界大戦終結から一〇年。世界の海は無秩序だが、大自然は我関せず秩序だっていた。

 今日も東からすべての闇を払う力強い光が、ゆっくりと顔をのぞかせる。

 相変わらず島影が見えない大海原に輝きをもたらす。

 太陽が半分ほど昇ったところで、ナオトは目を覚ました。素早く身支度を済ませると、観葉植物と共に甲板に出た。神々しい光を全身に浴びる。特に信仰心はないが、やはり朝日は少し特別な物を感じていた。潜水艦では味わえなかった贅沢だ。

「……よし」

 他に売れるほどの光を体内に取り入れたナオトは、一風呂浴びようと部屋に戻った。


 昨夜の戦闘後、コクピットから這い出したナナは、疲労でフラフラの状態だった。カナコも疲労感を漂わせている。

 二人は報告もそこそこに自分たちの部屋へ戻っていった。

 一方のナオトは疲れてはいるがまだ余裕はあった。潜水艦時代に三日間にわたって、不眠不休で目標を追跡したことがある。それに比べると大したことはなかった。

 三人の整備員と破損箇所や違和感を話し合った。むろん、彼のわかる範囲であるが。他の二人が担当する箇所についてはほとんど言っていない。ヘタにいじって逆に使いづらくするだけだ。

 彼自身もソナー関連の機器に要望を伝えた。さきほどの敵機の音紋を改めて解析して、ライブラリーに登録すれば、今後こちらの強みになるだろう。むろん、向こうも同じだろうが……。

「さてと……」

 ナオトは解析ソフトに先ほど採った音紋をかける。最初よりもしっかり採れているので、かなり相手の正体に迫れそうである。

「裸にひんむいてハァハァするぞ。って思ってるでしょ」

 サオリはいたずらっぽい表情で言った。

「どうしてそうなる」

「ふふん。あなたの視線がとてもいやらしかったからね」

「そんなことは考えてないですよ」

「本当かしら? 私には見える。キミが頬を赤くしながらキーボードを打っているシーンが。私には聞こえる。ハァハァしながら下半身で何かをこする音が」

「な、なにを言っているんだ!」

 聞いているナオトは顔を真っ赤にして言った。

「あらら、赤くなっちゃって。ほら早く出て行かないと、もっと言うわよ」

 ずいずいと攻めるサオリに、ナオトはあとずさりながら格納庫を出ると、そのまま部屋に戻った。なにも持ってこなかったので、そのままベッドに横になると、いつの間にか深海に沈みこむように意識がなくなっていた。


 今思えば無理矢理にでも休んでもらう。彼女なりの気遣いだったのだろう。と考えながらナオトは脱衣場に入った。上着を脱ぎシャツもカゴの中にいれる。上半身が露わになる。意外と引き締まった筋肉は、さすが元軍人というべきだろう。

 ナオトはズボンに手を掛けようとした瞬間、浴室側のドアがスライドした。

「えっ」

「あっ」

 浴室から出てきたのは、全裸のナナだった。しかし、ここでも神のご意思か悪魔のいたずらか。彼女の重要な部分は、必要以上に濃い湯気によって見えなかった。

 再び停止する時間。だが今回は意外と早く凍結した時間が氷解する。残寒を残しながら。

「きゃあ……」

「ごちそうさまです!」

 しっかりと彼女の裸体を脳内のハードディスクに録画したナオトは、完璧なお辞儀をした。

「またお礼言われた!? って、なんであんたがここにいるのよ!」

 ナナは怒髪天を衝くどころか、銀河を超える勢いだった。胸を左腕で隠し、両足を広げ床にしっかりと力を込める。

「この! ヘンタイ!」

 ブロックも粉砕しそうな右ストレートは、上体を上げたナオトの頬に炸裂。彼は見事なアーチを描き、カゴが複数置いてある棚に激突。中身をぶちまけて床に撃沈した。その上に三人分の衣類が覆いかぶさる。

「いてて……」

 ナオトは顔に被った薄く小さな、淡いピンク色の布を持ち上げ視界を確保すると、涙目になったナナの顔が小さく見え、彼女の足の裏が視界のほとんどを奪われたところで、意識は遠のいた。

 気付いた時、さすがにナナはいなかった。が、どういうわけかバスタオル姿のカナコが立っていた。

 疑問が頭を思い浮かぶ前に、ナオトはすくっと立ち上がり、目を皿のようにして見る。

 彼女は少し驚いた表情になったが、すぐにいつもの微笑みのある表情になった。

「こ、これは……なんてトラブル」

 ナオトは生唾をのむ。バスタオルごしでもわかる大きく深い谷間。きゅっとしまった腰。突き出したお尻。素晴らしい。この一言につきる。

「あらあらナオトくん。そんなに見られると、わたくし恥ずかしいですわ」

 カナコは少し頬を赤くして身体をくねらせる。その姿はよりナオトの目線を釘付け、いや、地中深くに打ち込んだ杭に固定されたかのようになった。

 しかし、そんな至福の時間も当然ながらすぐに終わった。

 脱衣場のドアが勢いよく開き、いつも不機嫌な表情が、より深くなったナナが入ってきた。

「このエロソナーマン。ミーティングよ。いつまで寝てるの! ってカナ姉、一緒に出たんじゃないの? なにやってるのよ、あんたたち!」

 ナナは思わず叫んだ。半裸の男女が室内で二人きり。何もないわけはない。おまけに身内がこんな所にいれば、激昂は必然であろう。

「あら、これからだったのに残念だったですね。ナオトくん」

「へっ? いや何もしてない。ただ見ていただけだよ」

 確実に誤解を招くカナコの発言に、ナオトは全力で否定する。

「それでも悪いわ! ほらカナ姉、早く着替えてよ」

「でも、もう少し居たいのですけど……」

「なにを言ってるの。あと、エロソナーマンは早く出て行け!」

 そのあまりの怒りに、ナオトはあわてて服をかきあつめて廊下に出る。そして、ドアを閉めようとすると、ナナと目が合い、

「最低……」

 と絶対零度を纏わった目と口調で言い放つと、天岩戸のように閉ざされた。

ちょっとやりすぎたか……。

 ナオトは後頭部をかいた。男としての本能が少々抑えきれなかったのは確かだが、向こうからその鍵を扉ごと取り外す状況がやってきているのだから、仕方ないのではないだろうか。

 と思いつつも、あとで謝っておこうとナオトはすぐに着替え自室に戻った。

 結局シャワーを浴びることなく、昨日行われなかったミーティングに初参加することになった。出現した謎の水中戦闘機に対峙して、関係者の意見を聞きたいストリンガーの意向であった。

 会議室に入ると、すでにカナコが座っていた。まだ他のメンバーは来ていなかった。

「あっ、先ほどはすみません」

「いえいえ、こちらこそ。つまらないもの見せてしまいましたね。おまけに、うちの妹にボコられて災難でしたわね」

「そ、そんな。つまらないものだなんて。素晴らしかったです。本当に」

 ナオトは反射的に真顔で答えた。

「あらあら、そんな真剣に言われては恥ずかしいですわ」

 カナコは頬を赤くしながら言った。

「あっ、ご、ごめん。それに理不尽な暴力もだいぶ慣れてきたから大丈夫だよ。あはは」

「でも、本当に大丈夫ですか?」

 カナコは殴られた頬を見ようと立ち上がり、近寄ろうとしたが、イスに足をとられ、少々ワザとらしくバランスを崩した。

「あらあら……」

 正面にいたナオトを巻き込み派手に倒れこむ。

「いてて、ん?」

 一体なにがそうさせてしまったのか、顔にやわらかい感触を覚えつつ、目を開けるとカナコの大きく深い谷間に埋もれていた。少し目線を上げると彼女の上気した表情が見えた。

 さらに不思議なことに彼女が床で、彼がちょうど押し倒している格好になっているではないか。

「わわわ……」

 これはまずいと、ナオトは起き上がろうとすると気付いてしまった。

 彼の左手は、カナコの立派な胸を鷲掴みしている。

 少し力を加えると、たくみに形を変えつつも、弾力のある感覚が全身を駆け走る。おまけに手が吸い付いてなかなか離れようとしない。

「いやですわナオトくん。ミーティング前ですよ。いつ誰が来るのかわかりません。さすがのわたくしも恥ずかしいです。せめてお部屋で……」

「いやいやなに言ってるんですか」

 その時、扉が開きナナが入ってきた。その背後にはカオリ、カツラまでいた。

 言い訳が一切通用しない状況に、ナオトは命を捨てる覚悟を決める。

 状況を一瞥したナナは笑顔になると、無言で彼をボコボコにした。それは誰もが目を背けるほどであったという。


 全員が揃う前に、誤解だけは解けたが不信感は解けずにいた。

「遅れてすまん。全員そろっているな。って、アラナミ、その顔はどうした。おもしろい顔になっているな」

 ストリンガーは大口を開けて笑った。

「笑われたのは初めてですけど、まあいろいろありまして……」

 ナオトは苦笑いをしようとしたが、頬が痛くてうまくいかなかった。

 今、彼の顔は見るも無残な状態であった。頬は両方とも大きく腫れ、片目もコブでほとんど見えない。おまけにあちらこちらに引っかき傷もある。

「まあ、だいたい想像はつく。おもしろい顔だから深くは問わないでおこう。それじゃあ、ミーティングを始める。まずは……」

 昨日の水上戦闘の経過から始まった。設定された範囲内での目標の算定。撃沈時間、消費弾薬、回避針路、タイミング。細かく分析を行い気付いた箇所、反省箇所を次々と上げる。地味だがこれが次の戦闘に生きてくる。

 次に水中戦闘の経過報告になった。

 リーダーであるナナが、不機嫌に一切服を着せようとせず、ぶっきらぼうな口調で報告する。

 これには全員、驚きのメガネを通って迎えられた。

 さらにこの報告には、少なくない脚色もあった。自分を下にナオトとカナコの手柄を大きくしていたのだ。これにはさすがに二人は訂正をすることになった。

 妙な言い回しの報告に、ストリンガーは娘の精神状態が、平常でないと判断したのだろう。こちらに質問が集中した。当然ながらナナは不機嫌の度合いを深め、ついにはなにも話さなくなってしまった。ナオトは首をかしげ、カナコはまたかといった表情になった。

「アラナミ、キミがとらえた音紋は?」

「午前中には解析が終わります」

「……よろしい。終わり次第ワシのところへ。くれぐれも他船に情報を流さないように」

「わかりました」

 ナオトは首を傾げるが、船長命令なのでその指示に従うしかない。

「他になにかあるか? なければ解散!」

 ミーティングは終わり参加メンバーがまばらに出て行く中、ナナは一人足早に出て行った。


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