第08話:満を持して!リルホーリー登場!(2)
今回も挿絵(アニメーションGIF)があります。
避難所に到着すると昨日話をした男性が、ボク達を見つけて声をかけてきた。
「君、ちょっといいかな?」
「何でしょうか?」
「今この町のまとめ役をしているコウセクさんに会って欲しいんだ。時間をくれないかな」
彼はチラッとコユキの方にも目を向けてお願いしてきた。
これは言われた通りにした方が良さそうだ。
戸惑っている姉妹を安心させるように頷いてから、男性に了解の返事をする。
ボク達は一室に案内された。
元は学校だったので以前から応接室だった部屋なのだろう。
しっかりとしたソファが置いてある。
窓から見える空は綺麗な青空。
ボク達を連れてきた男性は既に退出してこの場にいない。
三人とも身体が小さいので、二人掛けの方に全員並んで座ってしばらく待っていた。
姉妹二人には静かに座っていれば良いと伝える。こういう場面はボクの役目だ。
「お待たせしました」
ドアが開いて入ってきたのは壮年の男性。身なりはしっかりしていて整えられた髪型。
ボク達の正面に座って誠実そうな目でボク達を見ている。
念のためのスキル【危険察知】も何の反応も示さない。
とりあえず悪い話にはならないのではないか、ボクはそう思い少しだけ安心する。
「初めまして。私はコウセクといいます。元はこのトウモトの町にある冒険者ギルドの経理担当でしたが、今の町の状況で仕方なくまとめ役をやっています」
――【ステータス鑑定】
名前:コウセク 種族:人間 性別:男性 年齢:37歳
職業:町の代表(仮)
HP 13/ 13 (現在値/最大値)
MP 0/ 0 (現在値/最大値)
物理攻撃力 2
物理防御力 2
魔法行使力 2
魔法防御力 2
器用値 2
敏捷値 2
幸運度 6
移動力 4
跳躍力 1
スキル なし
おかしな点はない。スキルもない。普通の人だ。
ボクは目の前の男性が信頼できるのかどうか見極めるため神経を集中する。
少女達の安全がかかっているのだから。
「ボクはムトップといいます」「シズクです」「……コユキ」
「はい、ミストリブさんのところのお嬢さんですよね。お父上には生前に何度かお世話になりました。お母様については心痛を察します」
あくまで丁寧な姿勢を崩さないコウセクさん。
ボクが三人の代表だとわかってもらうため、ボクが話の先を促す。
「それで……どういったお話でしょうか」
「……ムトップさんは、しっかりした方なのですね。――はい、それでは用件をお話しいたします。昨日は魔王の手下を倒して、トウモトの町の壊滅の危機をお救いいただき有難うございました」
コウセクさんはまとめ役としての感謝の言葉を伝えてくる。
ボク達が魔王の手下を倒したという話を前提にして。
最初の雰囲気からして、そう言った話なのだろうと想像していた通りだった。
「それと、今日はコユキさんにも協力していただいたようで感謝いたします」
やはりボク達の姿をどこかで見ていた人がいたようだ。
少し眉をひそめたボクを見て、コウセクさんは即座に謝罪する。
「すみません。盗み見をした訳ではないのです。ただ魔王の手下の動向を知るために、隠れて観察させていたので……、それで皆さんの行動を知ったのです」
まぁ、それはそうか。それをやめろとは言えないし、むしろ当たり前の話だ。
シズクとカエンは静かに話を聞いている。
「皆さんが正体を隠したがっていると思いましたので、この件について知っている者には口外しないように厳命しています。不要な詮索もしません。隠したい理由も理解できますのでご安心ください。改めてお伝えします。……本当にありがとうございました」
コウセクさんのここまでの言葉と態度には、ボク達を害する気持ちを感じない。
うん、信用しても良いか。全てではないけれどボクはそう判断した。
ここまで知られて、こちらに配慮しているのだから受け入れない訳にはいかないだろう。
子供の姿のボクに心から礼を言うコウセクさんに理解を示す。
「わかりました。でもまだ戦いは終わってはいません。今日ボクは大人の人たちにお願いしたいことがあってこちらに来たのですが、コウセクさんにお話すればいいでしょうか」
「はい、私は皆さんに協力できればと思いお声を掛けさせていただきました」
コウセクさんが真摯な顔をして事情を話し始める。
少し身体を前に出しながら。
「情けない話ですが、もうこの町には魔王の手下に抗える能力のある者はひとりもいない状況だったのです。昨日の壊滅が免れたのは状況を知っている者達にとって奇跡でした。更に今日もそして明日からも皆さんの力だけに頼らなければならない事態はとても心苦しいのですが、そうする以外の選択肢が私達には残されていないのです」
深々と頭を下げるコウセクさん。
近くの都市や町村に救援依頼の使者は送っているが何の音沙汰もないらしい。
そもそもこのトウモトの町にいる冒険者は中級の実力者で、周辺の都市や町村の警備隊や冒険者よりも実力が上だという。
その中級冒険者で歯が立たない魔王の手下相手に近隣から救援が来たとしても役に立つとは思えない。
「――ですから本当に申し訳ないと思いますが、魔王達との戦いについて頭を下げてお願いしたいと考えています。どうかよろしくお願いいたします。協力については何でもおっしゃってください。全力を尽くして対応させていただきます」
随分とボク達を信頼しているようだ。
それしか手がないというのも理由だろう。
もしかするとコウセクさん自身が、少女達の戦う姿を見ていたのならば……納得できる。
リルフレイム達の一途に戦う姿を、人を町を守ろうとする強い意志を。
コウセクさんは最後に言葉を付け加える。
「そして、もし魔王達との戦いで皆さんの身が危険だと判断したなら……、逃げてください。生き延びてください。何も気にせずに……。これは大人として皆さんに伝えたい言葉です」
「はい、コウセクさんの言葉は有り難く受け止めさせていただきます」
その言葉がコウセクさんに対する残っていた疑念を払拭させた。
あぁ、いい人なんだなと思った。
「では、お願いとはどんな内容でしょうか」
「ひとつ目は、ボク達の行動の邪魔をしないようにお願いしたいです」
「はい、戦闘に邪魔になるような真似は一切しないように通達します。それについて……、あの戦っている少女の姿はなんと呼べばいいのでしょうか」
「彼女達はリルプレア、魔法戦乙女リルプレアです」
「わかりました。もちろん誰がその『リルプレア』なのかは知られないようにします、……」
続ける言葉を躊躇うように止めるコウセクさんに、ボクは促す様に小さく頷く。
「言い忘れましたがムトップさんの姿についても拝見させていただいて……詮索するつもりではないのですが……」
「……あの姿がボクの本当の姿で、今の恰好は能力を使って見た目を変えているのです」
ボクの変身も見られていたらしい。まぁ、問題ないので簡単に説明をする。
コウセクさんが納得した顔をしているので話を先に進める。
「もうひとつのお願いは封印された人達について。ボクには事情があって闇の存在――魔王達について少しだけ知識があります。その中に封印された人を救う手段があります。ただし、これは今の封印された人たちに有効かどうか不明で、さらにその手段を実行するのが非常に困難です」
ボクは一旦言葉を切ってコウセクさんの目を見る。
「封印された人達を大事に保管していてください。可能性は少ないけれどもボク達は諦めずに封印を解除するために……魔王を倒します。それで封印が解除できるかどうかわかりませんが可能性があるからには魔王を倒そうと思います」
「わかりました。お願いします。封印された人は責任を持って保管します」
「よろしくお願いします。――あとひとつ。トウモトの町の人に希望を持ってもらってください。トウモトの町の復興を進めてください。戦いはボク達がやりますので。みんなの夢や希望が魔王達への抑止や牽制になりますので」
――それからコウセクさんは「他にも何かありましたら何時でも来てください」と何度も頭を下げてきた。こういう事態に慣れていないボク達は恐縮しながらその場を後にした。
ここに来る前に考えていた予定はコウセクさんのお陰で達成できた。
リルプレアの正体が一部に知られているとしても、知られないことが目的ではなく、少女たちに余計な害が及ばないようにすることが目的なのだから。
ボクは結果に満足している。
◇ ◆ ◇
――そして避難所からの帰り道。
ぼくは姉妹の母親の名前を聞いて、その名前を【ステータス鑑定】で探し始めた。
彼女が見つかったのは姉妹の家からそれほど離れていない場所。
故意か偶然か判断できないが子供を五人守るような立ち位置で。
母親の姿にシズクとコユキは縋って泣いた。
子供達が封印された姿は雨に当たらない位置に動かす。
そして、姉妹は久しぶりに母親と一緒に家に帰った。
<挿絵「コユキが連れて帰る」>
◇ ◆ ◇
「ただいまぁ! ちょっと汗をかいたからシャワーを浴びさせてもらうね!」
日が暮れる前に帰って来たカエンの元気な声が玄関から聞こえる。
ボクは応接室を借りて、ひとりで【プレアリング作成】を改めて試している。
――が、結果は同じ。作れない。
今のエレメントオルゴールはどんな状態なのか。
エレメント量は足りている。一個分ある。
ボクは伊達メガネを鈍く光らせる。
考えられる一番悪い状況。
もうプレアリングが作れない状況になっている。それは最悪だ。勘弁してほしい。
あのゲンメツンより上に幹部みたいな立場の闇の存在がいて、そしてその上に魔王ドノタウガがいる。カエンとコユキだけに任せる訳にはいかない。
想像するだけで身体が紫色になりそうだ。
次善の状況。
シズクのプレアリングが出来なければ――シズクが適合者にならなければ次が作れない。
これならば、まだ望みはある。
シズクがプレアリングの適合者になればいい。
青いプレアリングは最初に出会った時にはコユキに反応していなかった。それは確実。
反応したのは闇の存在に立ち向かった時。
カエンは出会ったときに反応したけれど、その時は闇の存在に立ち向かっていた。
ならば、シズクがその場面になった時に何かが起こるのかもしれない。
十分に考えられる。期待したい。というよりお願いしたい。
最善とは言えないがもうひとつの状況。
もう一個分が貯まればその時は作れる。
それならばシズクが適合者になるのを急がなくてもよくなる。
まぁ、少しは気が楽になる程度か。
どれだろう。
ボクはシズクの涙は見たくない。ボクの幸運度よ。仕事しろ。
もうこの家で人間体でいる必要のなくなったボクは、サイ妖精の姿で堂々とシャワーを浴びて夕食を食べて、昨日と同じくカエンの足を乗せた体勢で眠りについた。
――こうしてこの世界での二日目が終わる。