第15話:向かうはトウ草原!四人目のリルプレア発見?(2)
そしていよいよダンジョンへの旅立ちの日。
ボクがこの世界に来て8日目の朝。
「みんな、忘れ物がないようにするトプ」
「コユキ、サーベルは持っていくのね」
「……んっ」
「あたしも愛用の木刀は持っていくよ!」
「ムトップ様、人形が一体完成しました」
ビスクがボクを「様」付けで呼ぶのを止めさせるのは諦めた。
彼女は出来上がった人形を手の平に乗せて見せてくる。
そこには三頭身の少女を模した人形が、ビスクの手の平ですまし顔で乗っていた。
精巧な造形で表情まで持っている小さな人形。服はビスクとお揃いのメイド服。
「名前は何にしたトプ?」
「それなのですが、ムトップ様につけていただきたいと思います」
手の平の三頭身少女が期待に満ちた目をしている。
名前と言っても急には……。どうしよう。全部で四体作るのだから。四体お揃いっぽくした方が良いだろうし。そ、それなら……。
「ハ……ハルにするトプ。ハル。どうトプ?」
「はい、あなたはハルです。わかりましたか」
三頭身少女――ハルはすまし顔だったのがすっかり崩れて、ニパッと笑って飛び跳ねて喜びを表現する。良かった……流石ボク。残りの三体の名前はナツとアキとフユに決まりだ。
「……触っていい?」
隣で黙って見ていたコユキが、小さな手を胸のあたりに上げてハルに触りたそうにしている。
すると、いきなりハルはビスクの手の平からコユキに向かって跳び出す。反射的に小さな身体を受け止めるコユキ。手の平でニパッと笑うハルに小さな笑顔を見せる。
「……コユキです……よろしく」
「コユキ、ハルに仕事ができるまで、その子を預かっていてもらえますか」
「……うん」
ビスクの願いにコユキが幸せそうに微笑む。
カエンとシズクも触りたそうだったが年上として姉として遠慮していた。
けれどもユキと人形を見ていた眼は羨ましそうだった。
ハルの【ステータス鑑定】をする。
名前:ハル 種族:使役人形 性別:女 年齢:0歳
職業:メイド
HP 20/ 20 (現在値/最大値)
MP 0/ 0 (現在値/最大値)
物理攻撃力 1
物理防御力 5
魔法行使力 0
魔法防御力 5
器用値 5
敏捷値 5
幸運度 10
移動力 8
跳躍力 4
スキル
【被人形術】 レベル1
技・魔法(カッコ内は必要スキル・レベル)
【主人限定念話(被人形術レベル1)】
小さな身体の割には移動力と跳躍力が高い。
先行させて状況報告をしてもらう斥候の役目もできそうだ。
「それじゃあ出かけるトプ! 全員配置につくトプ!」
ボクは巨体サイに変身して出発の号令を掛けた。
◇ ◆ ◇
――雲ひとつない青空。
ボクはライノセ号を牽引する。
朝の時間はまだ早く、すれ違う人のない町の中を進んでいく。
客車から少女たちの声が聞こえる。
ライノセ号の車内と御者台は行き来できるように通路がある。
それを挟んで御者台にはビスクとカエン、車内の前方にシズクとコユキが全員で話せるような位置に座って雑談をしている。
「あたしは町の外に出るのは初めて。ちょっとドキドキしている」
「私とコユキは父の生前、仕事で隣町に行く用事に一緒についていきました。その一度だけですわ」
「……覚えてる」
「私はダンジョンの外はあまり……」
「あれ、ダンジョンから町にはどうやって来ていたの?」
「はい、魔王から転移魔法石を渡されて直接行き来していたので……」
「そうだったのね」
「カエンは町の外に出たかったんですの?」
「あたしは冒険者になりたかったの。まずは町の外で大ネズミとか灰色イノシシとかを倒して魔石を集めてみたいって。だからダンジョンにも行きたいと思っていたんだ。まぁ、夢見ていただけでダンジョンについて何も知らなかったんだけどね」
「それなら夢が叶うのですね」
「うん、ちょっと違った形だけれど……、わくわくするとか不謹慎かな」
「そんなことはないですわ。正直に言えば私もドキドキしています。そのくらいでないと、この先の戦いを乗り越えられないと思いますわ」
町を出るまではサイの振りをして、言葉を話さないようにしていたけれど、ここはしっかりと言わねば。
「その通りトプ! 悲壮な思いでは闇の存在に勝てないトプ。その強さと想いを心に抱いて最後まで諦めないで前に向かってほしいトプ」
「うん! わかったよ!」
「わかりましたわ」
「……ドキドキする」
「私も精一杯協力いたします」
四人の少女が頼もしい。
しばらくして町の外に出る門が見えてくる。
門番には――門番はしっかりといた――既に話が通っていた。
そして門番の控所からコウセクさんが出てきた。朝から待っていたらしい。
「お気を付けて行ってらっしゃい。必ず戻ってきてください」
「言ってくるトプ」
突然言葉を話した巨体サイに目を丸くしたコウセクさん。
御者台にいるビスクが疑問に答える。
「ムトップ様です」
ボクの三頭身サイ妖精の姿を知っているコウセクさんは、巨体サイの姿に納得して改めて見送りの言葉を口にする。
そしてボク達はトウモトの町を出る。
◇ ◆ ◇
町の外は少し進むだけで森の中になる。
トウモトの町を囲う壁に沿って、しばらくは手入れをした緑が広がる。そしてそれを過ぎれば途端に高木の生い茂る森になる。
東西にある隣町に向かう道と、今進んでいる「トウ草原のダンジョン」に行く道は土が締め固められていて、道に並行して流れている川の音が静かな森に聞こえてくる。
木々に陽射しが遮られ、涼しさを感じながらボクはライノセ号を牽引している。
今日の予定はダンジョンの入口にある中継所まで。
設備は破壊されたらしいが、ライノセ号を止める場所が有ればいい。
ゆっくり進んでも日没までには必ず到着できる距離らしい。
「ねぇ、魔物は出てこないのかなぁ?」
隣を歩いているカエンが話しかけてくる。
ボクのスキル【危険察知】が魔物がいない理由を教えてくれた。
「この道は整備されていて簡単な結界が仕掛けられているトプ。ここら辺の弱い魔物は寄ってこないトプ」
「ええ~! あたしは、魔物退治をしたかったんだけど……」
「ダンジョンに入れば嫌でも戦わないといけない状況になるトプ」
「だから、それまでに少しでも慣れておきたいの! あたしはリルプレアになって強くなったけど、まだ戦い方を知らないから……少しでもって……」
「ここからあっちの方向に弱い闇の気配がいくつかあるトプ。リルフレイムならすぐに行ける距離トプ。できればシズクかコユキを連れていくトプ」
カエンの健気な思いには逆らえず、魔物のいる方向を前足で示す。
喜色を浮かべる少女は車内にいる姉妹に声を掛ける。
「シズクかコユキ! どっちでもいいから一緒に魔物退治に行こうよ!」
「……行く。……ハルを連れてって良い?」
ビスクの横にある御者台通路からコユキがヌッと顔を出す。
短い言葉でカエンに同行を申し出て、ビスクに三頭身人形ハルの貸し出しを頼む。
「はい、良いです。何かあったらハルに伝えてください」
「あれっ? シズクは?」
「……寝てる。……お姉ちゃん、昨日あんまり寝てない。ドキドキしてて……」
「そっかぁ! うふふ……、あたしもそうなの。でも寝てられないから!」
「……魔物退治行く」
「じゃあ、ビスク、お留守番お願いするね!」
「はい。お願いされました。お気を付けて」
「行ってきます。ムトップ」
「……行ってきます」
「この道沿いに進んで行くから、ちゃんと追いつくトプ」
「わかった!」
カエンはコユキと一緒にこれから魔物狩りに出かける。
このままライノセ号が前進しても、リルプレアの能力なら容易く追いつくハズだ。
「「ネクストステージ! ――リルプレア!!」」
カエンとコユキのリルプレア変身キーワードが聞こえて遠ざかって行く。
森の中に聞こえるのはライノセ号の車輪が回る音だけ。
「ビスク、退屈じゃないトプ?」
「いえ、今は合間を見て二体目の人形を作っています。何か用事がありましたら何なりとおっしゃってください。角が痒いとか耳の裏を掻いてくれとかありましたら遠慮なく……」
「いや……、それは必要ないトプ……」
「あぁ……、シズクが目を覚ましたようです。何か飲み物を出してきます」
御者台を立ちあがり車内に入るビスク。
ビスクとシズクのやり取りが聞こえてくる。
「コッ、コユキがっ! コユキがいませんわ!」
「コユキはカエンと一緒にいます。心配はいりません。どうぞ、ぬるめの紅茶です」
「あっ……ありがとうございます。……ふぅ~、で二人でどこに?」
「魔物退治に行かれました」
「えっ! 魔物退治!? えっ! まっ……まものっ!?」
「お二人とも変身されていましたし、ムトップ様が大丈夫だと判断されたようですから。何かあれば一緒に行った私の人形――ハルが連絡をしてきますから安心してください」
「そっ……そうですね。わかりましたわ。……でも、私も行きたかったですわ……」
「コユキがそのまま寝かせてあげて欲しいと表情で訴えていましたから」
「はぁ、そうですか。……まぁ、次がありますわ。あっ、お茶、ごちそうさまでした」
「はい、いつでもどうぞ」
「そういえばハルとは話ができるのですか?」
「はい……、いまちょうど魔物と戦い始めたそうです」
「そうなんですか!?」
「……敵は大きなネズミと言っています。――ダンジョンにも大ネズミという魔物がいたのでそれでしょう。……何体いるか数えようとしたら、もう二人が倒してしまったと言っています」
「はやっ!」
そんな二人の会話が終わってビスクが御者台に戻ってきた。
その後についてシズクも御者台に座る。
進行方向に向かって右側の御者台がビスクの定位置なので、シズクが座ったのは左側。
「ハルの報告で、お二人は大ネズミを何体か倒したので今から戻るそうです」
「わかったトプ。……ハルは有能トプ……」
「お褒め頂きありがとうございます」
やっぱり遠距離連絡ができるのは便利だ。離れて行動しても安心感が違う。
ビスクの人形は、これからの旅で欠かせない仲間になるに違いない。
少し間を置いてリルフレイムとリルアイスが戻ってきた。
ボクは一旦ライノセ号を止める。
「ハ~イ! 大ネズミ12匹倒してきたよ~!」
「……ただいま」
「お疲れですわ。次は私も一緒に連れていってくださいね」
「お帰りなさい」
赤い髪の少女はボクに声をかける前にカエンの姿になった。
一緒に戻った青い髪の少女もコユキの姿に戻っている。ハルはコユキの頭の上。
ビスクとシズクが二人を迎える。
「カエン……、魔石は取ってきたトプ?」
「うん! 大ネズミの魔石12個!」
「ちょっと見せて欲しいトプ」
カエンが淡く輝く子供の親指サイズの玉を掲げる。
似ている、闇の存在を倒して得られるエレメントの気配に。
エレメントを小さくして気配を弱くしたという表現がぴったりだ。
「ひとつ考えていたトプ。魔石もエレメントオルゴールに入れられないか試したいトプ」
「えっ! 入れてみよう! プレアリングが作れるようになるのよね!」
「やってみましょう! ぜひ!」
カエンと御者台にいたシズクが喰い付いてきた。
コユキとビスクも言葉にはしないが興味津々の顔を見せる。
「じゃあ、ボクの胸元にあるエレメントオルゴールに入れるトプ。ダメなら入らないだけで無くなったりしない筈トプ」
カエンがエレメントオルゴールを取り出して蓋をあける。
そして、魔石を入れると――
ピンポンッ
可愛い音が短く鳴る。
「入ったトプ。少ないけどエレメント量が増えたトプ」
「全部入れるよっ!」
ピンポンッ、ピンポンッ、ピンポンッ、ピンポンッ、ピンポンッ……。
カエンが残り11個の魔石を全部入れる。11回音が鳴る。ちょっとうるさい。
「全部入れて良かったトプ?」
「大丈夫! 最優先なのはプレアリング!」
「もちろんですわ!」
魔物を倒して得られた魔石は、エレメントと同じくエレメントオルゴールに収納できてしまった。今入れた12個でエレメント1/4個分程度であるが、魔物の生息数と倒し易さを考えるとエレメント集めとして効率が良い。
「それでどう? 新しいプレアリングはできないの?」
「そ、それが……実はできなくなっているトプ……」
カエンの問いにサイの巨体を小さくして正直に答える。
3日前、シャンパン瓶を倒した時のエレメントで、プレアリング一個分の量が貯まっている。
しかし、同じ日にボクのスキル【プレアリング作成】が無くなっているのが判明した。
「――憶測でしかないけれど……、エレメントオルゴールがその役目を引き継いだのだと思うトプ……」
「えっ……、そうなの?」
「そうトプ……」
ボクの弱気を感じ取ったのか、シズクはライノセ号から飛び降りてボクの隣に来る。
そして、ボクの不安を打ち消す様に力強く断言する。
「私もそう思いますわ! 私の時がそうでしたから。必要になればエレメントオルゴールから飛び出してきますわ!」
「そうよね! 心配する必要はないよね。その時が来れば必ずできるよ!」
カエンもそれに同意する。
二人のやさしさが嬉しい。ボクはこの件に関してはかなり堪えているから。
ライノセ号を進ませるボク。並んで歩き出すカエンとシズク。
ボクは二人の笑顔に感謝する。
――その時突然、ボクの【危険察知】が警報を鳴らす。