第12話:急転直下!ビスクにダンジョンに女王様?(3)
――シズクの家の応接室。
体力は回復させたが気を失ったままのビスクは、カエンが背負って連れ帰った。
部屋の隅にクッションを置いて、その上に横たえる。
ビスクの様子を見ながら、ボク等はゴウガイ将軍の話を――彼らのアジト「トウ草原のダンジョン」に行くかどうかを検討する。
「ボクの【ステータス鑑定】で、執事のビヨルンとゴウガイ将軍は何とかなると思うトプ。問題は魔王ドノタウガの方トプ。幹部二人よりも当然強いだろうから苦戦は確実トプ」
「あたしの心は決まっているよ! 行くしかない。行って勝てないのなら、10日後に奴らが襲って来た時も勝てない。それならトウモトの町を守りながら戦うより、向こうで戦った方が良い!」
「カエンの言う通りですわ。こちらは三人しかいないのです。目の前で町が全滅する光景を見たくはありません。まず行くと決めて、それからどうするか決めましょう」
「……それがいい」
全員があっさりと決断を下した。確かにそれしかない。
いままではゲンメツンとドンテシターだけを戦わせて幹部はそのまま帰って行ったが、10日後の全勢力というのはそんな甘くはないだろう。
もしかしたら魔王まで姿を見せるかも知れない。
それでは絶対に町を守れない。
町の住民が封印される場面を見せられながら少女達が戦える筈がない。
どれだけ危険が待ち受けていても、勝つ可能性があるのはダンジョンでの戦いの方だ。
そう、行って勝ってくるしかない。それしかないのはわかっていた。
ボクは幾つかの事態を想定する。その中には町のまとめ役コウセクさんの提案もある。
――危険だと判断したなら逃げる。何も気にせずに。
最悪の場合を考えるのもボクの役目だ。
その考えを表に出さずに、どうやってダンジョンへ行くかの検討を始める。
「『トウ草原のダンジョン』についての情報は誰が知っているトプ?」
「あたしは名前ぐらいしか知らない」
「私もトウモトの町の南にあるとは聞いていますが、それ以上は……。冒険者ギルドなら詳しい話が聞けるのですが、既に機能していないので……」
「……知らない……」
冒険者ギルドの関係者なら、町のまとめ役のコウセクさんがいるな……。
確か元経理担当だと言っていたようだけど、そもそも冒険者ギルドって何だ。
名前からすると、そのまま冒険者の為の組織って感じだけれど。
何か情報を知っているのなら、彼から話を聞こうかと考えていた。
そこに、もう一人の少女(?)の声。
「――私がお教えできます」
それは意識を取り戻した黒髪の少女ビスク。
クッションから身を起したメイド服の少女は姿勢を正して頭を下げている。
「気が付きましたか! よかったですわ」
「……私が町にしてしまった悪行を私は覚えています……。それはこの身だけで償いきれる行為ではありません。しかし今その処罰を受けるより、皆さんに協力して、そして全てが終わってから、その後に裁きを受けるのが良いのではないかと提案します」
ボク達がダンジョンに向かうと決断したのを聞いていたのだろう。断罪されるのを覚悟しつつ自分から協力を申し出てきた。その姿はこの世界に来て初めて目にした水色の髪の少女を思い出させる。
シズクも同じ様に思ったらしい。
「ふふふ……、自分の姿を見ているようですわ」
「そうトプ。シズクもこんな風にカッコよかったトプ」
「……今はビスクさんの話をしているのですわ」
「よし! まずはビスクの話を聞こうよ! ビスクがどんな子か、あたしは知りたいの!」
「……賛成」
思いがけないボク達の反応に、下げた頭を上げてキョトンとした顔を見せるビスク。
可愛い表情だってできるじゃないか。
ボク達は既に話し合っていた。ビスクを仲間にしようと。
疑う要因は多いけれども、それ以上に彼女を信じて仲間にできれば、ダンジョン攻略に必ず役に立ってくれると考えたからだ。
いざとなればリルプレア達で押さえ付ければ良い。
というような打算で考えたのはボクだけで、少女三人は最初から仲間にするつもりだったけれど。
だから黒髪メイドから信頼を得るためにもボクは提案する。
「待つトプ。そういう場合は全員で自己紹介をしてからトプ」
「ムトップの正論が出た! ――あたしはカエン。魔法戦乙女リルフレイムに変身するよ。武器は剣で、必殺技はフレイムスラッシュ! んっ? このくらい?」
「私はシズク。こちらの妖精ムトップから力を貰って、魔法戦乙女リルホーリーに変身できるようになりました。回復魔法と水魔法が得意ですわ。……この子は私の妹のコユキですわ」
「……コユキ……、リルアイス。……刀が好き」
「ボクはムトップという別の世界から来た妖精トプ。彼女たちは魔法戦乙女リルプレアという
闇の存在と戦う少女達トプ。ボクにはリルプレアを支援する役目があるトプ」
ボク達の自己紹介を聞いて、黒髪の少女は改めて背筋を伸ばしてからお辞儀をして自己紹介を始める。
「私はビスクと申します。この度は色々とご迷惑をお掛けしまして、誠に申し訳ございません。いずれ制裁を受ける覚悟はございますが、今は皆さまにご協力させていただく為に、しばらくの御容赦をお願いいたします」
「固い! 固いよ! あたし達はビスクを許してるよ! 皆もそうだよね!?」
カエンが全員の思いを口にする。当然ボク、シズク、コユキは大きく頷く。
「操られていた人とか、誰かの計画に乗せられた人に責任はないトプ」
「……そ、そうですわ!」
「……んっ」
「だから! ビスクはもうこの件で謝ったらダメ! わかった!?」
「……しかし……」
「ダメッたらダメ!」
「……わかりました」
「それとっ! 先に言っておくけど、あたしを呼ぶときは『カエン』って呼び捨てで! 『さん』とか付けて呼ばないように! ムトップもそうだよね」
「そうトプ。ムトップと呼ぶトプ。敬称を付けたら返事をしないトプ」
「私もシズクと呼んでください」
「……コユキ……」
「はい……、カエン……、ムトップ……、シズク……、コユキ……」
「はい!」「はいトプ」「はい」「……んっ」
「よし! じゃあ、少し落ち着いてビスクの話を聞こう」
途中に昼食をとりながらビスクの話を聞いた。
「私は『トウ草原のダンジョン』のダンジョンマスターに創っていただいた人造人間です――」
今から32年前に「トウ草原のダンジョン」を作ったのはひとりの人間。
自らをダンジョンマスターと名乗り、ダンジョン作成と共に子鬼のゴウガイ、動く骸骨のビヨルン、そして人造人間のビスクを最初に創った。
最初は今の百分の一もない小さなダンジョンを少しづつ大きくしていって、今の規模にまで発展させた。
ダンジョンマスターの話では、ダンジョンの存在目的は人類の緩やかな発展。
魔獣退治の経験で得るステータスアップの恩恵を効率的に与えて、ダンジョン外の野良魔獣に負けない種族に強化するための試練の場――それがダンジョンの役割。
そこには厳密なルールがあり、出現する魔物を弱体化させないとか、命の危険を排除しない等の決まりを守っていた。
したがって、当然のように魔獣に負けて冒険者は命を落とし、罠に掛かれば怪我だけでは済まない。
その代わりに魔獣退治での魔石とステータスアップ、そして時々与える武器防具のお宝を餌にして冒険者を集め人類を強化する。
恐らく「トウ草原のダンジョン」以外のダンジョンも、同様な仕様で人の手で運営されている設備だそうだ。
何故ダンジョンマスターにそのような能力があるのか、なぜ人類の発展を目的にダンジョンを作って運営していたのかはビスクも教えてもらえなかったそうだ。
ビスクとビヨンドはダンジョンマスターの身の回りの世話、ゴウガイ将軍はダンジョン内のモンスターの管理を任されていた。
それは、とても幸せな時間だったと彼女は話す。
しかし、その幸せは破壊された。
ある日突然、魔王ドノタウガがダンジョンの管理部屋に現れて、マスターを封印しダンジョンを乗っ取った。
ダンジョン内の魔物を凶暴な種族に入れ替えて、以前よりも人間の侵入を拒むダンジョンになっているという。
記憶の消失に気付いたビスクは、魔王への忠誠心と不信を共に心に抱えながら、町への襲撃を止めるように進言した。その行為で怒りを買い裏切り者として放逐された。
「――お陰で闇の支配から解放されました。全て思い出しましたので、今はもう魔王ドノタウガには怒りしかありません。戦いに行くのなら私にも手伝わせて下さい」
ビスクの説明で色々な事情が分かった。
続いてダンジョンの詳細な情報を尋ねる。
「ダンジョンの規模はどのくらいトプ?」
「地下五階が最下層で、今はそこに魔王がいる筈です。過去の例で冒険者達は10日前後で最下層に辿り着いています。――只でさえ巨大なダンジョンですが、そこに魔物が出現して、さらに多くの罠が設置されています。実際の距離以上に進むのに時間が必要になります」
「このトウモトの町からダンジョンまでどのくらいの時間で行けるトプ?」
「すみません……。直に行き来していないので距離はわかりません。ただダンジョン入口の近くに結界を張った商店と宿泊施設がありましたので、――小さな設備でしたが、それを必要とする距離があったのだと思います。……その場所は今は破壊されてしまいました」
「すると、ダンジョンに行くまでと、ダンジョンの中でキャンプをしないといけないトプ」
普通の人の何十倍のリルプレアの移動力を考えても、ダンジョンに行って攻略してドノタウガを倒してと考えたら絶対に日帰りは無理だろう。
ボクは抱えてもらうにしても、ビスクの能力はリルプレアよりかなり劣るから、連れていけなくなる。
そもそも、そんな強行軍で魔王を倒す計画は無謀すぎる。
とすると少女たちを連れてキャンプをするのかと考えると……、それも簡単ではない。
リルプレアになったからといっても中身は普通の少女なのだから。
「この子たちにキャンプをさせてまでダンジョンに行くのは難しいトプ」
「大丈夫だって! あたしはやれるよ!」
「……大丈夫」
「私もやれますわ!」
リルプレアの三人は強気に答えるが、簡単には頷けない。
そこへビスクが思いがけない方法を持ち出す。
「ムトップ様、ダンジョンの中の道はかなり広くなっていて、馬車も通行できる幅があります」
「でも、下層に行くときに階段があるトプ?」
頭に描いていたのは下層に歩いて降りる階段があるダンジョン。
でもよく考えたらボクの勝手な想像だった。
そういえば、その階層のボスみたいな魔物を倒さないと下層に進めないなんてのも勝手に思い描いているけど実際はどうなんだろう。
「マスターがダンジョンを作る際に、その辺りを考慮して、馬車で最下層まで行けるようになっています」
彼女の話では、馬車を守り抜ける実力のある冒険者たちは、荷物運びと休憩用に馬車を何台も連れて攻略していたそうだ。
さらに各階層にある最初の部屋は魔物の出ない休憩所になっているらしい。
ビスクは話を続ける。
「――あっ……、でも…魔物が凶暴になっているので、殺気に怯えて馬の気力がもたないかもしれません……」
それについては解決策がある。
ボクにはあとひとつ残している変身――【肉体変化】レベル2がある。
体長4m弱のサイになって、馬車――じゃなくてサイ車――を牽引すればいい。
休憩所以外でのキャンプはボクの危険察知でフォローして。
この町で程度の良い馬車の客車が見つかれば、キャンプの荷物運びと休憩は何とかなるか。
条件に合う客車があるかどうかで対応を考えよう。
「馬の代わりにボクが車を牽引するトプ」
「えっ? ムトップが車を牽けるわけないよ?」
「カエンとシズクには言ってあるけど、ボクは変身をひとつ残しているトプ」
「それは一体どんな……」
「本当のサイ、――サイってこの世界にもいるトプ?」
「いますわ」
「本当のサイの大きさになれるトプ。力も本当のサイ並トプ」
「すご~い! 見せて! 見せて!」
「あとで見せるトプ。まずは牽引できる客車があるかないか、それで本当にダンジョン攻略ができるかどうかで方針が大きく変わるから、それを確認しに行くトプ」
そんな風にちょうど方針が決まった時、――良く知る声がボクの名前を呼ぶ。
「――ムトップ、聞こえますか?」