表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/32

第10話:急転直下!ビスクにダンジョンに女王様?(1)

 キッチンで昼食の準備をしているシズク。


 ふーんふーんふふふふーん。


 鼻歌が聞こえてくる。

 その合間を縫って聞こえてくるのは


「――聖女のマジカルヴァルキリィ! リルホーリー!!」

 ふんふんふーん。


「聖なる癒しの水よ! リカバリー!」

 ふふふふーんふーん。


「ウォーターショット! どーん!」

 ふーんふーんふふーん。


「リルプレア! ホーリーシャワー!! しゃわしゃわしゃわー!」

 ふーふーふーふふーふーん!!


 鼻歌がサビ部分に入った。もしかしてリルホーリーのテーマなのだろうか。

 あまり感情を見せない妹の顔に、微かにゲンナリした感情が浮かぶ。

 リルホーリーのテーマ(仮)が14周目だから。


 ――食堂で昼食の完成を待っていたボクとカエン。 

 カエンが話しかけてくる。


「ムトップ、お願いがあるんだけど……」


「何トプ? シズクを止めるのは無理トプ」


「――うん。……昨日、シズク達のお母さんを探したって話を聞いたのよ。ムトップの【ステータス鑑定】で。封印された姿でも名前がわかるって……」


「そうトプ」


「それで、あたしが集めた孤児院の人たちの封印した姿を鑑定して名前を見てもらいたいの。間違ってないか確認したくて……」


「お安い御用トプ。昼食が済んだら行くトプ」


 昼食後、姉妹二人に理由を話してボクとカエンはシズクの家を出る。


 カエンが暮らしていた孤児院「ユニコーンの子供達」はトウモトの町の中心から少し離れた場所にあった。周辺は平屋の建物が多く、有体に言ってシズクの家の周辺よりもランクの低い住宅地なのだろう。手入れのされていない建物も目立つ。


 まだ封印された人の姿――白い人型の看板は町に中のそこかしこにある。

 昨日の封印された人を一カ所に集める話はまだ手を付けられていない。人手が圧倒的に少ないのだから仕方がないと思う。


「先生が3人とあたしを別にして子供が22人いたんだけど、数が合っていないのよ。ここに24人分あるから全部名前を見て欲しいの」


 孤児院「ユニコーンの子供達」の建物はレンガ造りの平屋建て。外観にはいくつか補修された跡が見えるが丁寧に使われていて、みすぼらしさは感じない。避難所に使っていた教室2部屋程の広さで25人の生活場所としては狭く感じる。


 封印された人が置いてあったのは食堂として使っていた部屋で調理場が隣にある。

 その部屋の壁に綺麗に立て掛けてある封印された人々を、ボクは全員【ステータス鑑定】をして、名前を読み上げる。


「やっぱりトオネがいない……」


「周りを探してみましょうか?」


「じゃあ少しお願いするね。名前はトオネ――あたしより一歳下の13歳の女の子」


 周辺を歩きながら封印された人を鑑定していく。

 その間、一言も話さないカエン。ボクは彼女の様子をうかがう。

 今日の戦いの後から表情が優れなかった。

 そして彼女は思い立ったように話し始める。


「あたし、昨日も今日もいい所無しだったよね……」


 ボクは何を話したがっていたのか見当がついていた。

 その予想は外れていなかったので用意していた話をする。


「ボクは今日の戦いを反省しています」


「えっ? なんで?」


「最後はリルホーリーの晴れの舞台になったので良かったのですが、ボクがしっかりしていれば、カエンやコユキにあんな苦しい戦いをさせずに済んだハズです」


「えっ、それはどういうこと?」


「まず、最初に【ステータス鑑定】で闇の存在の特徴がわかっていたのだから、もっとしっかりと伝えておけば良かったと……」


「いや、ちゃんと教えてもらったよ。防御がしっかりしていて毒攻撃があるって」


「それでももっとしっかりと伝えておけばと。でも本当の失敗は……、おそらくカエンの――リルフレイムの攻撃は相手に効果があったと、今なら確信を持って言えます」


「えっ、でも、あの時のゲンメツンの様子は全く効いてなさそうだったし」


「闇の存在はそういう誤魔化しが得意です。あの後のリルホーリーのウォーターショットの効果を見てわかりました」


「でも、それはムトップのせいじゃないよね」


「いえ、ボクが【ステータス鑑定】を使っていれば リルフレイムの攻撃でHPが――体力がしっかりと減っていたのがわかった筈です。それをあなたに伝えていれば、それで冷静でいられたなら、その後の毒攻撃も避けていたと思っています」


「そんなのまで責任を感じる必要はないよ!」


「……そうですね。でも反省はしています。そして、カエンも、自分の強さに自信を持って戦えば良かったと反省だけして、責任を感じる必要はありません」


「……うん……そうだよね……ありがとう」


 カエンに言った話は全て本当でカエンの攻撃は効いていただろうし、ボクはそれを正しく判断して指摘できただろうし、役目を果たせなくて反省している。

 いや責任も感じていて、今も自分で言っててへこみそうだ。


 でもそれはどうでもいい。カエンには元気でいて欲しいからボクは言葉を重ねる。


「最初にカエンにあった時、無謀にも木刀で闇の存在に挑む姿を見た時、カッコよかったです。

カエンはカエンで考えるところがあるのでしょうけれど、ボクはあの姿を見てこの世界が好きになりました。この世界でやっていこうと思いました。改めてお礼を言わせてください。……最初にリルプレアになってくれてありがとう」


「うん……」


 少女の顔に小さく笑顔が戻った。

 これで大丈夫だろうか。話題を変えようと別の話を切り出す。


「あっ、もうひとつこの世界が好きになった切っ掛けは――最初に見たシズクの覚悟ですね。あれも凄かったです」


「それって、勇者召喚した話?」


「そうです。いきなり召喚して、失敗でした、戻せません、魔王に襲われて町が滅びます、あなたも一緒に滅びますって頭を下げてきたんです。自分はどうなってもいいと覚悟して。必死に。あの姿もカッコよかったです」


「そういえば、コユキもカッコよかったよね。シズクのピンチに駆けつけて」


「そうですね。――ボクは本当にこの世界に来てよかったと思っています。カエン、シズク、コユキに会えたから」


 視界にあるのは封印された人の姿だけ。動く人のいない町。

 カエンは俯いて話し始める。


「……あたしは本当はあの時、闇の存在に戦いを挑んで――それで負けて、封印してもらおうと思っていたの……。ひとりになって、寂しくて……。傷のひとつでもあいつらに付けられればいいくらいの気持ちで。――そしたらなんか小さなサイが強くなれるよーって、危ない集団の勧誘みたいに言ってきた。――はっきり言って信じてなかったけれど、どうでもいいやって。……やってみたらリルプレアになってあいつらを倒して――」


 カエンの独白が続く。


「――これで先生やみんなの敵を取れると思ったら、次の日はいい所無しで。……昨日はひとりで剣の稽古をしてたんだけど……いやっ、稽古って言うほどでもなくて、木刀をただ振り回してただけなんだけど……。それでもやっぱり今日もいい所無しだった」


 ボクは静かに聞いている。


「シズクもコユキもムトップも本当に良くしてくれて、あたしもなんか恩を返さなきゃって思うんだけど上手くいかなくて……。昨日なんかシズクの家出るときに、ここがあたしの家だって冗談で言ったら、シズクが全然ためらわないで、そうだって……、当然のように夕飯までに帰って来いって――そう言ってくれた。……あたしはどうすればその優しさに答えられるんだろう……戦いで役に立たなくて、あたしはどうすればいいんだろうって……」


 人間型だとボクの思いは伝わらない。

 本来のサイ妖精の姿に戻ってカエンを元気づける。


「大丈夫トプ! カエンがこれからも一緒に戦ってくれるだけで十分トプ。いなくならなければそれでいいトプ。シズクもコユキも同じトプ! 絶対トプ!」


「……ありがとう……」


 ボクの言葉は届いたようだ。礼を言う彼女の顔に少し明るさが戻っった。

 普段通りの調子で話を続ける。


「急にいなくなったら、それこそ恩知らずと言うトプ」


「うん……」


「シズクとカエンが聞いたら仲間なんだからって怒り出すトプ」


「そうだよね、シズクは怒るよね。コユキもあの目でじーっと見てくるよね……うふふ」


「そうトプ!」


「こんな泣き言をいうのはあたしらしくないよね」


「当たり前トプ!」


 ボクの返事に答えてカエンに本来の笑みが戻った。


 それはまだ無理をしているのかもしれない。でも大丈夫だとも思う。

 今はまだ仲間になって日が浅いからシズクとコユキとの距離がわからないだけ。

 あの二人のカッコよさは伊達じゃないから。

 そしてカエンも。

 三人は必ずいい仲間になる。ボクはそう断言できる。


 ボクはまた人間体に姿を変える。


「それで……、トオネという人は見つからないですね」


「そっか……、あの子は隠れるのが得意だからどこかで潜んでいるのかも……」


 隠れるのが得意な女の子……。

 トオネってどんな子なんだ? 


「あとで町の人が封印された人を一カ所に集めるので、その時にまた探しましょう」


「うん、そうしようか……じゃあ帰ろう、あたしの家に!」


「帰りましょう、みんなの家に」


 ボク等の家では、相変わらず機嫌のいいシズクと――目がグルグルしているコユキが迎えてくれた。もしかしてリルホーリーのテーマ(仮)エンドレス……?



 ◇ ◆ ◇



 ――翌朝。


 いつも通り朝食後に闇の気配を感じたボク達は、すぐさまいつもの広場に向かった。


 そこに静かに立っていたのは闇のメイド――ビスク――だけだった。

 闇のメイドひとりだけで、見慣れたザコ敵ドンテシターの姿が見えないが、だからと言って油断はできない。彼女の実力は未知数だ。

 念のため【ステータス鑑定】をするが以前と同じ結果だった。


 ボクは少女たちに変身を促す。


「みんな! リルプレアに変身するトプ!」


「「「ネクストステージ! ――リルプレア!!」」」


 目を閉じる三人の少女。

 左腕のプレアリングが光を放ち変身を始める。

 髪の毛が光り髪型が変わる。

 白いシャツに大きなリボンにフレアスカートとベレー帽。

 そしてそれぞれの装備品。手には武器が現れる。


「――進撃のマジカルヴァルキリィ! リルフレイム!!」

「――殲滅のマジカルヴァルキリィ……リルアイス!」

「――聖女のマジカルヴァルキリィ! リルホーリー!」


 最後にリルフレイムの決め台詞……を言おうとしたところで、黒髪の少女ビスクが平坦な声で問い掛ける。


「少しお話がしたいのですがよろしいですか?」


「ほへっ!?」


 気勢をそがれたリルフレイムが変な声を上げる。


「聞きましょう、あなたが今更どんな話をするのか聞かせて欲しいですわ」


 目つきを鋭くして返したリルホーリーの言葉に、黒髪の少女はゆっくりと頷いて話し出す。


「そこの赤い髪の人間に尋ねます。先日私の可愛いゲンメツンを滅したのは何故ですか?」


「あなた達が町を全滅させるなんて言い出したからじゃない! ふざけないで!」


「先日は気が付いたら町の中にいました。町というのは人がたくさんいて賑やかだと聞いていたのですが、誰も見かけなくてしばらく見て回っていたのです。そして戻ると私のゲンメツンが倒されていました……。私が町を全滅させると言ったからなのですか」


「そうよ! 忘れたって言うの!?」


 静かに語った闇のメイドは少しだけ視線を逸らし、遠くを見つめてから再び話し出す。


「……私は生まれてからずっとダンジョンの中にいました。にもかかわらず、ここ数日は何回かこの町に来ていた記憶があります。先日も、そして今もここに……。思い出しました。これは魔王様の指示ですね」


 ビスクが何を言おうとしているか理解できない。ボクは伊達メガネを光らせる。

 彼女の言動からあえて推測するなら……、彼女は記憶が混濁しているのではないか?

 情報が欲しい。


「そういえば町の中で多くの人が涙を流していたのを見た記憶があります。この記憶は何でしょう。何故かその時の記憶が曖昧なのです」


「何を言っているのよ! あなた達がみんなの大事な人を封印なんてしたからよ! あなたはそんな感情もわからないの!」


「そうですか。私がやったのですか」


「そうですわ! あなた達がいきなりこの町に来て『希望を奪って我々の糧にするから素直に受け入れろ』と! もう忘れたのですか!」


「やはり、何か記憶に混乱があるようです。確かに何度か魔王様の指示で町には来ていたようですが。……そういえばこの町に来る前はダンジョンの中で、私は『…………』と……?」


 ビスクが自分の言葉に首を傾げる。


「私は『…………』、『…………』! なぜ!? 『…………』!!」


 ビスクが始めて見せた感情は驚愕だった。

 彼女は何かの言葉を忘れたように単語を言えずにいる。

 しかしそれも一瞬。少し眉をひそめてから再び表情を消すビスク。


「失礼しました。原因はどうやら私にあったようです。最後に質問させてください。――なぜ、あなたたちは戦うのですか?」


「なにを言ってるのよ! 自分の町を! 大切な人を! 一番大事なモノをこんな風にされて泣き寝入りなんて絶対できない!!」


 リルフレイムがビスクの問いに怒りを返す。

 表情の少ないビスクが今度は一瞬だけ目を丸くした。


「……そうですね。当たり前ですよね。一番大事なモノを壊されれば……、一番大事な人を奪われれば……」


「……んんっ? 戦わないのっ?」


「……はい……今日は引き上げます。――明日はビヨルンが来るでしょう」


 そう言って闇のメイドは陽炎のように姿を消す。


 後悔が残る。

 彼女の様子は明らかにおかしかった。そこに付け込めば……、いや彼女も泣いているのかもしれない。無理やりに意識を支配されて、それが解けかかっているようにも見えた。であればボクの全力支援の出番だけれど確信がない。

 次の機会を待つしかないのか……。


 リルプレアたちは変身を解いて、しばらく広場で黒髪の少女の去った後を見ていた。


「何だったんだろうね……」


「……んっ」


「一体何だったんでしょう。ムトップはどう思いますか?」


「ボクの推測でしかないけれど……彼女は洗脳をされていたんじゃないかと思うトプ、それが何かのきっかけで、正気を取り戻しそうになっていると思うトプ」


「では、もしかしたら味方に……いえ敵でさえなくなれば……」


「済まないトプ。何か方法がありそうだったけれど確信がなかったトプ。間違えたら彼女の未知数の力が危険だったトプ」


「仕方がありませんわ……。今日は戦闘がなかったのだから幸運だったと思いましょう」


「うん、それでいいよね。……でも、あの子が『一番大事な人を奪われれば……』って言った時の顔には邪気がなかったと思う。本当に洗脳されていたんだったら、次に会えた時に手が貸せたらいいなって思うよ」


 カエンの言葉でみんなが納得して、ようやく広場を後にする。


 わが家への帰り道、封印された人の姿が無くなっていた。お願いした保護が少しずつでも進んでいるようで安心した。……あの白い看板は寂しすぎるから。



 ◇ ◆ ◇



 その日の午後、全員で出かける。


 封印された人を保護している場所で、トオネという少女を探そうと決まったからだ。

 場所は町のまとめ役コウセクさんに聞いた。

 地区ごとに分かれているので、孤児院「ユニコーンの子供達」周辺の人を保護している場所に向かい、その場所でトオネという少女を探す。

 千人近くの封印された姿を鑑定したが結局は見つからなかった。


 気を落としているカエンにシズクが力強く言い切る。


「大丈夫ですわ。ここに居なくても必ず何処かにいる筈です。私たちが魔王を倒してしまえば封印が解けるのですから、何も問題ありませんわ!」


「うん……、そうだよね」


 カエンはすぐに明るい顔に戻った。


 どうやら昨晩、カエンの落ち込んだ様子に気づいていたシズクが、夕食の後に色々と話をしていたようだ。今日のカエンが朝から元気な笑顔でいたのもそのせいだったらしい。

 さすがシズク。リルホーリーのテーマ(エンドレス)だけの少女ではない。


 やはりシズクはカッコいい。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ