プロローグ:妖精学校第32回卒業式
人の夢は叶うと地上では言うけれど、北極の遥か上空に浮かぶ「魔法の国」ではどうだろう。
ボクたち妖精の夢は叶うのだろうか――なんて詩的に考えていた時期もあった。
だが、しかし――、
今日はボクの夢が叶う。妖精学校第32回卒業式。
主行事の卒業式典では卒業生代表として、普段通り冷静沈着に全ての役目をつつがなく終わらせて、さていよいよ最後の行事「転送の儀」をする段になって、ボクの緊張はいきなり最高潮に達した。これほどのプレッシャーは初めての経験だ。
「これから転送の儀を始める」
これは学年主任のイノシシ先生の言葉。
ここは卒業式の会場から移動して、学校地下一階にある転送の間。
式典では遠くから見るだけだった女王様が、「転送の儀」を見守るために転送陣の前でにこやかに立っている。大理石の柱に囲まれた厳かな雰囲気が漂う儀式の場には、女王様と転送陣を囲むように卒業生全員と担当の先生方が集まっている。
この場では女王様だけが人間の姿をしている。
涼やかな女王様に相応しい白金の王冠に、腰まで届く長く美しい金色の髪。
澄みわたる湖水を思わせる青い瞳と、色白で細面な顔立ちに優しい微笑み。
気品のある立ち姿は、それだけで静謐な空間を生み出す。
ボク達妖精は人間と同じ美的感覚も持っているのだ。
何が言いたいかと言うと――女王様はとても美しい。
目の前にある転送陣は――地上の長さ単位で言えば――直径3m程の円の中に、複雑な図形と魔法言語が組み合わされて描かれ、淡い輝きを放っていて不思議なパワーを感じる。
これを使って卒業生をそれぞれの任地へ転送するのが「転送の儀」である。
などと周囲の状況を冷静に解説して、自分の緊張を誤魔化そうとしたけれど何の役にも立ちはしない。引きつった顔をしていたボクは学年主任(イノシシ先生)に名前を呼ばれた。
「ムトップ、前に出なさい」
ボクはの名前はムトップ――サイの妖精。
身長は人間の半分ほども無く、約70cmで頭が身長の三分の一。三頭身とも言う。
全身が淡い黄色。自慢の鼻の上の一本角は見事な輝きを見せている。
学年の首席としての知性と威厳を表すための伊達メガネ。
大事な品を入れたリュックサックを背負っている。
セリフの語尾は「トプ」だ。
「はいトプ」
一番最初に名前を呼ばれたボクは何とか冷静に返事をして、見た目だけでもと思って胸を張って転送陣に向かって歩き出そうとしたのだけれど……あぁ……。
お約束のように右手と右足を同時に出してしまいそうになった。
なんとか態勢を立て直して転送陣まで、たった十二歩を歩き切る。
足の震えを抑えるのが大変だった。
こんな足の運びも覚束ない緊張したボクの姿を見て、同期の皆も驚いているだろう。でも今はそんなことを気にしてはいられない。
これほどまでに緊張している理由。
卒業生代表となる妖精の任地は最も注目される「あの地区」になるのが毎年の慣例。
で、そこに行くために血の滲むような努力を重ねてきて、望み通りに卒業生代表の地位を手に入れたボク。そして行き先が決定して、これからその長年の願いが叶うのだから。
ボクはこれから憧れの地「日本」に行く。
緊張するのも仕方がない。
ようやく転送陣の中央に辿り着いて皆のいる方に向き直ると……、緊張したボクの姿を茶化しながらも励ます同期の仲間達からの温かい視線。少しだけ緊張がほぐれる。
優しく微笑んでいる女王様は静かに一歩前に出て、転送陣の正面に立つ。人間の姿の女王様と視線を合わせるには、背の低い妖精のボクは見上げるしかない。
「ムトップ。卒業おめでとう」
魔法の国の妖精達は学校を卒業して世界各地に派遣される。
それは地上の幸せを守るため。
毎年繰り返される闇の存在の地上侵略を阻止するため。
ボク達妖精は闇の存在と戦う者を探して、その戦いを支援する役目を負う。
闇の存在と戦う者とは「リルプレア」と呼ばれる少女達。
その身に授かる超越的なパワーで、闇を消し去り希望の光をもたらす魔法戦乙女だ。
妖精の役目、それは――
リルプレアに変身できるアイテムの作成。
変身アイテムでリルプレアに変身できる少女を探し出す。
リルプレアになって闇の存在と戦う少女達を地上の光が取り戻されるまで支援する。
女王様の言葉が続く。
「あなたは歴代の卒業生の中でも、群を抜いて優秀な成績でしたね。そのような生徒を送り出せることを私は誇りに思います」
自慢ではなくボクの成績が優秀なのは、それに見合う努力をしてきたから。
数々の研究をして新しい技術を開発し能力を身に着けてきた。
特に革新的な能力として注目を浴びたのが――あるスキルの開発。
妖精は生まれながらに、生き物の持つ能力をおぼろげながらも感じ取る【能力感知】と呼ぶスキルを持つ。ボクはそのスキルを驚異的に発展させて、対象の能力を数値化して一覧表示させるまでに昇華させた。
ボクが開発して習得したそのスキルの名は――【ステータス鑑定】
その功績で妖精学校卒業生代表の座を射止めたといっても過言ではない。
この発想は地上に関する知識を求めている際にテレビゲームという遊戯から得たモノ。その経験でボクは全ての知識に無駄など無いのだと知った。
例えば【ステータス鑑定】で自分を調べるとこんな風になる。
名前:ムトップ 種族:妖精 性別:オス 年齢:10歳
職業:支援妖精
HP 30/ 30(現在値/最大値)
MP 20/ 20(現在値/最大値)
物理攻撃力 1
物理防御力 10
魔法行使力 15
魔法防御力 10
器用値 2
敏捷値 2
幸運度 30
移動力 2
跳躍力 1
スキル
【言語認識】レベル5(MAX)
【危険察知】レベル3
【肉体変化】レベル2
【雷魔法】レベル1
固有スキル
【ステータス鑑定】
【プレアリング作成】
技・魔法(カッコ内は必要スキル・レベル)
【人間体変化(肉体変化レベル1)】
【本質体変化(肉体変化レベル2)】
【サンダーショット(雷魔法レベル1)】
ボクのスキルについて説明をしよう。
【言語認識】
妖精にとって必須のスキル。
世界中に派遣され、動物や闇の存在、果ては植物とも会話しなければならないため。
その中でも最高のレベル5は、初めて聞く言語も一瞬のうちに理解できる魔法的な技能で、会得した妖精は歴代卒業生を含めても10人程。
【危険察知】
これも妖精なら誰もが持っているスキル。
敵の出現を察知したり、危険な攻撃を見極める能力。
これは少し苦手だったけどレベル3は卒業生の上位レベルで、気配を隠さない闇の存在であれば数km離れていても察知できる。
【肉体変化】
レベル1は人間の姿になれる。身長140cmの男の子に変身する。
レベル2は妖精ではない本来の姿、ボクの場合は体長4m弱のサイの姿に変化する。変化後は少しだけ能力アップする。
【雷魔法】
雷系の攻撃魔法。魔法の国ならではのスキルだけれど攻撃魔法を習得する妖精は少ない。
尊敬する先輩妖精が戦う妖精を体現していたので、ボクも【サンダーショット】だけ覚えた。
【ステータス鑑定】
説明の通りボクの固有スキル。妖精固有スキル【能力感知】の上位スキル。
【プレアリング作成】
魔法戦乙女リルプレアに変身するために必要なアイテムを作成する妖精固有スキル。
ボクの作成するリルプレア変身アイテムは「プレアリング」と名付けた。
そのプレアリングの形状は普遍的な形の腕輪型。他の妖精は時代に合わせた機器を真似たりするようだけど。
基本機能としてリルプレア適合者の判別が可能。
プレアリング毎に適合者が異なってしまうのが難点と言えば難点。
今のところ二個のプレアリンが作成済みなので、日本に行ったら真っ先に二人のリルプレアを探すつもりだ。
――少しだけ間を置いて女王様の言葉は続いた。
「これからのあなたの任地での活躍を期待しています」
その言葉を告げると、――女王様の表情から優しい笑顔が消え、瞳に強い光を宿してボクを見つめてくる。何かを訴えるような視線に嫌な予感を感じる。
そして紡がれる女王様の言葉。
「あなたの使命を全うするようにお願いします」
その言葉にどんな意味が込められたのか、その時はわからなかった。
スッと女王様はいつもの笑顔に戻ってしまう。
そして転送の邪魔にならないように一歩下がって、イノシシ先生に目配せで合図する。
「では転送を開始する。準備はよいか、ムトップ」
イノシシ先生の言葉にボクは頷く。
――そして新しい未来に向かって旅を始める。
転送が終われば、そこは……。