ずぶ濡れ姫
「ひぃー、雨降ってる…」
駅の改札を出るとザザーッと雨が降っていた。
今日は傘なんて持ってきてないよ、まったく。
なんてこったい。
朝の天気予報は、快晴って言ってたのに。大嘘つきめ。
空を見やると、この時間帯に見えるはずの夕焼けなんて無くて雨雲に染まっていた。
ぽたり、ぽたり、水たまりにぴちゃぴちゃ。空からの使者は落下する。何人も。
街全体の雰囲気がブルーになっていて凄く憂鬱な気分になる。
視線を空から、自分が家へと帰る道にまっすぐ向けると、女の子が居た。
街はブルーだ、それ以上に彼女は真っ青で憂鬱の象徴のように見えた。
腰まであるだろうその髪を雨で湿らせて、捨てられた猫のような様相だった。
というかあの人…。
「鎖百合さんも傘を忘れたんですか?」
うちの学校の先輩じゃないか、何忘れてんだ。
鎖百合さんとは仲がいいというわけでもなく、悪いというわけでもなく、学校の委員会活動で顔を合わせる位なだけなのだが。
見知った顔だしなんとなく話しかけてしまった。
「あら…不知火君じゃない、どうしたの、ずぶ濡れで」
凄くダルそうな口調で僕に言う。
ダルそうに聞こえるだけで、これが彼女の平常なんだけど。
「いやいや僕は平気ですよ、鎖百合さんこそ、女性で傘が無いのはキツイんじゃないですか?」
「私はいいのよ、雨が好きだから、雨さんが、雨さんと一体化したいのよ、なんなら雨さんを飲み込みたい。カニバリズムよカニバリズム」
だけれど、汚いからやらないわ、と鎖百合さんは続ける。
「ところで不知火君はいま何をしてたの?」
「僕ですか、僕は今から帰るところですよ、ちょっと遠出してて」
「遠出、ね。言いたくなければ言わなくていいけど何が目的で?」
「あぁ、ちょっと見舞いに行ってたんですよ」
「見舞い?」
「ちょいと原付きで事故った馬鹿な同級生がいるんですよ、まぁそれを口実に秋葉原まで出張って色々物色してただけなんですけど」
「機械いじりが趣味なの?」
「え?あ?うん、そんなところです」
鎖百合さん絶対に勘違いしてるな、たしかに秋葉原は電気街で有名だけれど僕は違う世界の住人だ。
背負ってるリュックの中に入っている僕の嫁達の存在を知られる訳にはいかない。
「で、いつまで立ち話してるつもり?不知火君ずぶ濡れよ?歩きましょう、家の方向、同じなはずよね」
二人の家の方角へ歩き出す。
コツコツ、コツコツ。
「私服だとヒール履いてるんですね、格好いいです」
本当にアニメのキャラみたいで格好いい、1/8スケールフィギュアはよ!
「ヒールで踏まれたいの?」
「遠慮しておきます…」
いや、そういう世界もいいかもしれないけれど。
いやしかし、そんな世界に目覚めてしまったら鎖百合さんに踏まれる僕のフィギュア(1/8スケール)が発売されてしまう。
断固拒否。いや商品化されるのか?
もし商品化されるのならば海洋堂あたりでお願いします。
オナシャス。
「どうしたの、黙っちゃって」
「あぁ、この国の将来について、考えを巡らせてたんですよ、ハハハ…」
「不知火君がこの国の将来について以外の考えを巡らせていたことが解ったわ」
「えぇ?」
「まぁ、いいわ…興味ないから」
さいですか。
「逆に鎖百合さんは何してたんですか、結構いい頃合いじゃないですか、夕ご飯でも食べに行ってたんですか?」
「夕飯はまだよ、それにさっき私が何をしていたか言ったはずよ、雨と一体化したいのよ」
冗談じゃなかったのか。
「それは一体どういうもので…?」
「…」
「…」
「そうね、説明しにくいわね、あえて説明するなら、"味方がいなくなった時に分かる"って感じかしら」
「"味方がいなくなった時に分かる"…?」
「…ふふ、不知火くんはそのままで居なさい」
「…?」
何を言っているんだ?
やっぱり不思議な人だな。
「まぁ、僕は鎖百合さんの事を良くわからないけれど、味方がいないなんて寂しいこと言わないでくださいよ、少なくとも僕はあなたに好意的です」
「あらそう?」
本心である。
「それじゃ、風邪引かないようにね、不知火くん」
「はい、また学校で…」
会えるかわからないけど。
まったく、不思議なずぶ濡れ姫だ。