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転生先の乙女ゲー世界で敵キャラの手先やってます。

転生先の乙女ゲー世界で敵キャラの手先やってます。

作者:

皆さんのすばらしい作品を読んでいて、わ、わたしもやらねば・・・!とそのままの勢いで書いてしまいました。


作中で主人公がとあるジャンルの作品について色々といっていますが、それはあくまで彼女の意見でしかありません。作者としましてはむしろそう言った傾向の作品は大好物です。万が一ご不快に思われた方いらっしゃいましたら申し訳ありません。

「入学おめでとう。」


にっこりと笑って青年が小さく束ねられた花々を差し出した。とても見目のいい男だ。染められたものとは明らかに違う黄金色の髪は日を浴びてきらきらと輝き、白い肌はいっそのこと透けて見えるかのようだ。すっと通った鼻筋に、緩く細められた瞳はクリアブルー。形の良いやや薄めの唇からは祝いの言葉がつむがれた。


「・・・っ、ありがとうございます。」


その美貌に始めこそ驚いたように目を見張った少女は、けれどもすぐに柔らかな笑顔を浮かべながらはにかむと、差し出された花を受け取った。ほんのりと淡く頬が色づいていて愛らしい。彼女は受け取った花を、周りにいるほかの生徒達と同じように胸のポケットに差し込んだ。


赤や黄色など華やかな装いの小さな花束が少女の愛らしさをひきたてる。彼女のたっぷりとした柔らかそうな栗色の髪は長く伸ばされていて、小さく風に揺れていた。同色の長いまつげに縁取られた、光の加減によって深緑にも見える瞳はきらきらと輝いている。小さめの唇は愛らしい桜色で、それが彼女の言葉とともにゆっくりと弧を描いた。


「!」

「きゃっ!」


突如ぶわっ、とひときわ大きく風が吹いた。同時に辺りで咲き誇っていた桜の花びらが、枝を離れて舞い上がる。薄紅の花弁に包まれた二人は、まるで一枚の絵のようだった。




* * *



「始まりましたか。」


わたしはつい今しがた覗き込んでいた双眼鏡を下ろし、今度は裸眼で校庭の二人を見下ろした。

桜舞い散る中に立つ新入生の少女と金髪のイケメン。見たことのある風景です。映像としてではなく、それこそ本当に絵の一枚として、ですが。


「なんと言うか、ほんと・・・・。やっぱり現実でも美少女ですね。全くもって羨ましい。」


一応そこそこかわいく、明るいことが取り柄の平凡少女って設定だったと思うんですけどね。ま、設定がどうあれイラストになると文句なくかわいく描かれてたんですから、当然、現実にするとこうなりますよね。


そんな風に考えながら、フェンスに正面からもたれかかって顎を置くと、わたしは少女達の動向を目で追う。

とはいえここはそれほど時間をかける場面ではないですし。すぐに離れていくんでしょうけどね。


思ったとおり栗色の髪の少女はぺこりと小さく礼をすると、校舎の方に駆けていった。金髪のイケメンも仲間達に呼ばれたようで、小さく手を上げて答えると、すぐにそちらに歩いていってしまう。


「・・・・・一つ目の共通イベントはこれでおしまいですか。」


ぽつりと呟いたあともわたしはフェンスに体重を預けたまま、わらわらと敷地内に足を踏み入れる生徒達をぼんやりと見下ろしたままでいた。ちなみに今わたしがいるのは屋上です。



さて、物語りもちょうどひと段落ついたところですし、ここらで自己紹介と参りましょうか。

先ほどから双眼鏡を使ってきらびやかな二人を観察していたわたしですが、名を烏間(からすま)(あき)と申します。あ、ストーカーではありませんので、あしからず。あれは単なる観察です。あぁ人間観察が趣味というわけでもありませんよ。事情があるんです、こちらにもいろいろとね。

そんなことはともかく、わたしはちょうど今下で真新しい制服に身を包んで花を貰っている生徒達と同じで今日から高校生になります。少々複雑な気分ではあるんですけどね。


ところで、これまでの発言でお気づきになった方もいらっしゃると思うんですが、わたしがいるのはいわゆる”乙女ゲー”とやらの世界です。ええ、巷で流行の『転生したと思ったらそこは乙女ゲーの世界!?脇役主人公が乙女ゲー主人公と攻略キャラたちを傍観します☆』ってやつですね。

ま、彼女らと違ってわたしは傍観する気なんてこれっぽっちもありませんが。友達、ましてや知り合いですらない他人の色恋を観て何が楽しいんだか。あの手の話にはあまり共感できなかったのですが、まぁ人の趣味ってのは千差万別。それはそれでいいと思ってますけどね。


ではわたしは何がしたいのか、というとこれまた今流行の『脇役のはずだったのにいつのまにか主人公差し置いて逆ハーポジションに!?ちなみに乙女ゲー主人公は私のことが大好きです☆』を狙って・・・るワケではないです。ええ、あんな奴らにアプローチされるなんて想像するだけでも吐き気がします。乙女ゲー主人公も左に同じ。例え土下座されて頼まれようがごめんです。


お察しのとおり、わたしこと烏間秋は、あいつらが大っっっ嫌いなんです。


だってそうでしょうが。考えてもみてください。狙ってやってんのかと思うような、的確に心の闇を照らす甘く優しい言葉をかけ続けたあげく、全員が自分に惚れたころには一人以外を、あるいは全員を切り捨てるんですよ?あの主人公。友情エンドとかほんっとありえませんよねぇ。

それからそんな偽善者主人公の言葉にすっかりほだされて簡単に惚れる攻略キャラたち。なんなんですか、「君だけが僕のことを理解してくれた」・・・っておまえ世界中のオンナノコと知り合ったことあるのかよ!ねーだろ!?っとわたしは思うわけです。え、思わない?なら乙女ゲーなんかやるな?ごもっともです。


けれどもこのゲーム、あぁ、タイトルは『妖校記(あやかしこうき)』というんですが、とにかくこのゲームは決して前世のわたしがプレイしてたというわけではないんですよ。ゲーム片手に何時間・・・いえ何十時間も語られたんです。妹に。

今となってはありがたいことだったと言わざるをえないのですが、このゲームにドはまりしていた彼女はそれはもう恐ろしいともいえるような剣幕で語り明かしてくれました。ときには徹夜で。

まったく・・・、受験生の姉になんてことをしてくれたんだか。おかげで数学の公式よりもゲームの内容の方を覚えてしまいましたよ。今のわたしなら主人公ポジション乗っ取りなんてのも余裕でしょうね。まぁやりませんが。


たまに思います。いっそこの世界に転生したのが彼女だったら良かったのに、と。例えゲームに一瞬ですら出てこないような、脇役とも呼べないくらいの存在であっても、あの子ならこの世界を楽しむことが出来たんでしょうから。モブにすらなれない脇役以下。それがこのゲームにおけるわたし、烏間秋の立ち位置なんですよね。

・・・・・まぁだからといって、わたしが今の人生を楽しんでいないのかというと、そういうわけでもないんですが。




「おい、そろそろ入学式が始まるぞ。」


そのうちに、がちゃりと音を立てて後方の扉が開いた。そちらを振り返ると短く切ったブラウンの髪をツンツンと立たせた少年・・・・いや、ぎりぎり青年ですかね。が立っていた。


「なんだ、誰かと思ったらワンコロですか。」

「ワンコロじゃねぇって何回も言ってんだろ!いい加減にしろよテメー!!」


つい、とそちらに目をやってそう言ってやると、青年が顔を真っ赤にして怒鳴ってきた。

予想通りの反応です。怒ってもちっとも怖くないんですけどね。面白いだけです。そんなだからいつまでも私にからかわれるはめになるんですが、いつになったら気付くのやら。

もう結構な付き合いになると思うんですがね?


「チッ。・・・・・入学式とその後のHRが終わったら、あの方がいつもンとこに集まるようにっておっしゃってたぞ。」

「えー・・・・・。」


諦めたのか青年・・・・あーもうワンコロでいいですか?一応犬塚(いぬづか)(ろう)()って名前があるにはあるんですけどね。ここ最近は呼んだことないんで。狼なんて立派過ぎてワンコロには似合いませんしね。それにしても、タメ口と敬語が混ざって変な感じのしゃべり方です。まぁこれも相変わらず、ですが。


・・・・・ま、いいです。

とにかく舌打ちをした狼太は私の気の抜けた返事にぎらりと目を光らせた。


「えー・・・・・、じゃねえんだよ!てめーはいつもいつも!!あのお方がお許しになるからといって調子のってんじゃねーそ!!」


顔を真っ赤にして怒鳴る狼太にわたしははぁとため息をついた。短気なやつだ。


「そんな怒鳴らなくても分かってますって。・・・・・ほんっとあなたって好きですよねぇ、理事長(・・・)のこと。」


わたしの言葉に途端に狼太はきらきらという効果音がつきそうなほど顔を輝かせた。顔はそれほど悪くないというのに、ほんのりと頬を染めているのが気持ち悪い。それが全てを台無しにしてしまっています。

わたしとしては揶揄したつもりだったんですけどねぇ・・・・。馬鹿には通じませんか。


「当たり前だ!いいか、あの方はなぁ・・・・・」

「あ、そういうのいりませんから。」


今にも語りだそうとした狼太の言葉を遮ると、わたしは屋上の扉に手を掛けた。すっかりその気になっていた狼太は出鼻をくじかれて物足りなさげに顔をしかめている。そんな顔したって知りませんよ。放っておくと長くなりますからね。

彼の理事長への愛と尊敬の言葉は今まで散々聞かされてきた。どことなくその熱の入りようがかつての妹に重なって、昔はそれなりに付き合ってやっていたが・・・。今?今は無理ですよ。あの手この手で逃げてます。かつては聞いてやっていたからこそ言えるんですよね。狼太の話を聞くなんて、時間の無駄な上、暑苦しくてかないません。

男が男に対して頬を染めながら熱く語るんですよ?そう言う性癖があるわけではないと分かっていますが、気持ち悪いでしょうが。


「鍵閉めてきてくださいねー。一応ここ、一般生徒は立ち入り禁止なんですから。新入生が迷い込んだりしたら色々面倒です。」


うまく狼太の語りを回避したわたしは、そう言いながら狼太の返事も聞かずに屋上の扉を開けた。ぎいっと小さくきしむような音が鳴る。そのまま階段を下りていくと、硬い音が辺りにこだました。


背後から狼太が何か言っている声が聞こえてきたが、わたしは無視して階段を下りた。

これから大人たちの無駄に長いだけの意味のない話を聴かなくてはならないと思うとうんざりです。

そのうちに頭に一人の青年の姿が浮かび上がってわたしは眉をひそめた。おそらく、いや確実に今日の式で挨拶をするであろう人物。女生徒の大半が目を奪われるであろう整った容姿を持つ青年だ。ただしわたし以外の、ですが。

けれどもそれを終えたら今日、わたしは高校生になるのだ。


「二回目の・・・・ですね。」


わたしは小さく呟いた。その声は突如階下から吹き上げてきた風によってかき消される。遠くで生徒達が騒いでいる声がした。どうせはしゃぐ新入生達が窓を開け放したんでしょう。

ひらひらとちいさな薄紅の花びらがこちらへと向かってきた。わたしはそれを右の手のひらでとらえると軽く握り締めた。


落ちてくる桜の花びらを捕まえることが出来ると幸せになれる、なんて。

唇が自然と弧を描くのが分かった。


「あなたがどのルートを選ぶのかは知りませんが、主人公さん。」


運命の一年が始まる。わたしにとっても、彼らにとっても。けれど傍観も手伝いもしてあげるつもりはありません。むしろ、


「妨害、させてもらいますね?精々頑張って攻略してください。」


手のひらを開くと、はらりと小さな花弁が舞い落ちた。再び風にあおられて舞い上がるそれを目で追って、わたしは弧を描いたままの唇から小さく吐息を漏らした。



「・・・・何はともあれ、まずは入学式なんですよねぇ。」


これから始まる高校生最初の行事のことを考えて、わたしは憂鬱なため息をついた。




* * *



『妖校記』。

それが、わたしが前世を生きていたころに、話題となった乙女ゲームの名だ。このゲームは有名イラストレーターが手がけたキャラクターデザイン、イラストに、細かく作りこまれた設定によって少女達の間で絶大な人気を得ていた。


内容はいわゆる学園モノで、舞台となるのは小、中、高とエスカレーター式の学校、(よう)(めい)学園(がくえん)。そこに高校からの中途入学を果たした主人公が、個性豊かなキャラクター達と一年を通して交流していく、というもの。もちろん乙女ゲーなのだから、ゲームの中で出てくる選択肢を選ぶことによって、主要キャラたちを攻略していくことになる。

またこの乙女ゲームの最大の特徴は、攻略キャラが普通の人間ではなく”妖混じり”と呼ばれる存在であるという点だ。


“妖混じり”というのは、妖怪の力をその身に宿す人間のことで、たとえば主人公の親友となる少女は雪女の力を持っていて、冷気を操ることが出来る。たしか攻略キャラクターたちのうちの一人は、ストーリーの中で、力を使って夢の中に入ったりしていましたっけね。


とにかく普通の人間と異なる力を持つ彼らは、昔から迫害されたり、事件に巻き込まれたりすることが多かった。妖明学園はそういったことが起こるのを防ぐために純粋な人間と”妖混じり”、双方の協力によって建てられたものであり、全国から集まった”妖混じり”たちは主人公のような普通の人間達と共に、自らの力を隠しながらこの学園に通っている。かくいうわたしもその”妖混じり”だったりします。だからこそこの学園に引っ張られてきたわけなんですが。


また“妖混じり”というのは妖とはまったくの別物だ。どちらかというと超能力者と考えるのが近いんじゃないですかね?彼ら、あるいは彼女らは特殊な力を持つとはいえあくまで”人間”なんですから。

ちなみにこのゲームの世界での妖はというと、人とは全く異なる姿を持つ異形のことであり、現在では滅んだものだとされている。そんな中、なぜ”妖混じり”が生まれたのかという説はそれぞれの妖の力を持つ一族によって異なり、ゲームを進めていくと攻略キャラからそれぞれに伝わるルーツを教えてもらうことも出来た。因みにわたしの一族では山に住む妖と問答をした末に勝利し、その力を譲り受けたと伝わっていますね。


さらに、”妖混じり”は妖としての力を解放したときに姿かたちが変わるという設定があった。ゲームの中で、あるものには背に翼が生え、あるものは髪や瞳の色が変わったりしていた。そのうえ衣装もそれぞれにあったものに変わる。

わたしには何故衣装まで変わるのかさっぱり理解できませんでしたけどね。そのうえこのオプション、妖混じりだと誰にでも付いている。それはつまり、わたしも例外じゃないということです。全く、ゲームの登場キャラだけにしてくれればいいものを・・・・。現代日本人としての感性がまだ残っているわたしからしたら、コスプレ以外の何物でもありません。羞恥心がはんぱないです。おかげさまでこの数年、力を開放したのは数えるほどです。ま、本来そんな機会だってめったにないですしね。


とにかく、有名イラストレーターによって描かれる、乙女心を掴むキャラクターたちのきらびやかな姿はファン達の間でかなり騒がれたようだった。『妖の記』が人気を博した背景には、この設定がファン達の心をつかんだというのもあるんでしょう。




『次は、本校高等部生徒会長による祝辞です。』


そんなふうに頭の禿げ上がったオッサンたちの退屈な話を聞き流していたわたしは、唐突に耳に入ってきたフレーズに顔をしかめた。どうせならこのままぼんやりしていたかったですよ。なにせ生徒会長って言うのは・・・そういうことですからね。定番です。


『皆さん、妖明学園高等部への入学、おめでとうございます。』


わたしはマイクを通していても甘く響く美声に、声の主へと顔を向けた。まぁ見なくても誰かなんて知ってますがね。シナリオどおりなら今頃主人公は、「あっ・・・!」って感じで小さく声を上げてるんでしょう。


『これから皆さんと共に学んでいけること、とても嬉しく感じています。』


わたしの視線の先にいるのは輝く金の髪とクリアブルーの瞳を持つ美しい青年。主人公が今朝校門の所で花を受け取った人物。


妖明学園高等部生徒会長にして、”吸血鬼”の妖混じり。攻略対象A、鬼洞玲也(きどうれいや)その人でした。




* * *



「やぁっと終わりましたぁ。」


わたしはひとりそうごちると、ぐっと背中を伸ばした。時は放課後。入学式と各クラスに入っての最初のHRを終えた後だ。今は狼太に言われたとおり、教室があるのとは別の棟にある理事長室に向かって歩いている。

ちなみにわたしのクラスはB組です。この学校は成績別でAからDの四クラスに分かれるんですが、Bというのは上から二番目のクラス。だからといってわたしの成績がその程度かというとそうわけではないんですよ?本来ならAクラス、それもそこに上位で入れるくらいわたしは成績がいいんです。まぁ前世で高校三年分の内容は全て習い終えてるんですから、ずるいと言えばずるいんですけどね。


とにかく何故そんなわたしがBクラスにいるのかというとですね。あれですよ、ほら、あの人。はっきり言っちゃうと、主人公がいるんですよ、Bクラスに。あの女の動向をチェックするには同じクラスのほうが都合がいいですからね。今回入学確定者による実力試験でわざと手を抜きました。


そもそも傍観はしないと言い切ったわたしがなぜわざわざ彼女と同じクラスになったのかというと、わたしの中のゲームの知識が関係している。彼女に選ばれると困るルートが、一つだけあるんですよ。まぁそれだけではなくて、わたしの上司とも呼ぶべきある人物も関係してるんですがね。むしろこっちの方が大きいですか。

わたしは目の前にある扉をコンコンコン、と三度ほどノックした。


「到着です。・・・・烏間でーす。失礼します。」


つまりそのある人物こそ狼太の言っていたあの方、もとい


「入れ。」


理事長さんでございます。




* * *  



「入学式への参加、ご苦労だった。何か変わったことはなかったか。」


耳に心地いい低い声が室内に響く。相変わらずの美声です。

わたしは声の主の方に目をやった。質のいいダークグレーのスーツに身を包み、高級そうな、けれども落ち着いた色合いのデスクに両の指を絡めてひじを置く二十代後半くらいの男。切れ長の瞳と薄い唇が酷薄そうに見える。けれども白髪とは明らかに異なる、白に一滴墨を落としたような灰色の髪とわずかに黄味を帯びた黒い瞳が、妖しい美しさをかもし出していた。それに加えてこの人、命令されれば一も二も無く頷いてしまいそうな威圧感があります。ものすごく存在感のある人です。すれ違えば十人が十人とも振り返るでしょうね。年齢のこともあってか大人の色気ってやつもあります。・・・まぁ少々規格外の人なので、見た目がそのまま実年齢ではないんですがね。


「ええ、目立ったことは特に何も。」

「オレもです。」

「はい。」


理事長の言葉に同じ部屋にいるわたし以外の三人が返事をした。皆わたしが部屋に入ったときには既に揃っていました。優秀ですね。ちなみに返事をしたのは順番に蜘蛛(くも)(じま)杏珠(あんじゅ)先生、狼太、()(はら)()()です。彼らも皆妖混じりなんですが・・・・。だいたい苗字で何の妖かは分かりますよね?隠す気あるのかなぁ、ばればれじゃん。とわたしは思うんですけど、ま、ゲームですからね。それはそれ、なんでしょう。あ、因みに三人もゲームの登場キャラクターですので、もちろん無駄にイケメンですよ?


「何にもありませんでした。」


とにかく流れに乗ってわたしもそう言っておいた。何もなかったわけじゃないんですけどね。これから台風の目となるであろう乙女ゲー主人公がやってきたわけなんですし。けれどもわたしは誰にも前世の知識のことを話していないですから。何かあったといったって、なぜそう思うのかと聞かれるだけです。そうなると説明がめんどくさ・・・・もとい、困難ですから。


「・・・・そうか。」


何よりこの人に詰問でもされてしまったら困ります。白を切りとおす自身、ないですから。

わたしは切れ長の目をすっと細めた理事長に向かってへらっと笑って見せた。



妖明学園理事長、()(はく)。それが『妖校記』における主人公の恋の最大の障害となる人物の名だ。彼は”妖混じり”が人間と交わることを嫌っている。ゆえに”妖混じり”、それも彼らの中でもかなり強い力を持つ攻略キャラたちと親しくなる主人公に不快感を抱き、あの手この手で妨害してくる。まぁそれもゲームの中では主人公と攻略キャラたちが結びつきを強めるためのイベントにしかならないんですが・・・・。とにかく、玖白は自分の配下である狼太や杏珠、そして彼らの所属している彼お抱えの組織、風紀委員達を使って主人公を”妖混じり”たちから引き離そうとするのだ。主人公の選択によって、恋がうまくいく場合もあるし、彼らの妨害によってバッドエンドに終わることもある。どれだけ高感度を上げていても彼の質問に間違った答えをかえすだけでバッドエンドに直行することもあったくらいなのだから、実に多くのプレイヤーたちに涙を流させてきた人物といえる。



「・・・・・だろう。とにかく当初の予定通り狼太は風紀委員に入れ。しばらくは由羅について表向きの仕事を学ぶようにしろ、以上だ。」

「「はい!」」


前世知識を思い出しているうちに、どうやら理事長の話は終わったようだった。ふぅっと小さく息をついたわたしは、返事の後、部屋を出ようとする三人につづいてその場を後にしようとした。


「秋はここに残れ。」

「・・・・・はい。」


けれどもなぜか理事長さんに呼び止められてしまいました。あー、話聞いてなかったのばれましたかね?狼太が軽くこちらを睨んできますが、そんなことされても困ります。わたしにどうしろっていうんでしょうかね。


「えーっと、何か御用でしょうか?」


わたしは部屋の扉が閉まるのを見届けてから、理事長の方に向き直った。彼はこちらを見て薄く微笑んでいる。どうやら怒っているわけではなさそうです。


「秋。・・・・・何を考えている?」


理事長の言葉にわたしはほんの少し目を眇めた。さすが、お見通しってわけですか。やっぱりわたしよりも何枚も上手です、この人。けれどもさすがに心を読めるわけではないので、主人公のことまでは気付いていなさそうです。


「何も?少なくとも、理事長さんの不利になるようなことは。」


わたしは負けじとにっこり笑って首を小さくかしげた。これは真実だ。妨害する、っていうのはつまり、理事長の意思に沿うってことなんですから。


「ならば良い。・・・・裏切りは許さんぞ。」


言葉と共に彼の瞳が黄味を帯びた黒からゆっくりと黄金に変わる。縦に裂けた瞳孔に、知らず体が震えるのを感じた。


「分かってますよ、そんなこと。」



“妖混じり”の中でもトップクラスに位置する”白鬼”の力を宿す者。それが目の前にいる玖白という男だ。薄く微笑みながらこちらを見る金眼の男に、けれどもわたしはそっと歩み寄って行った。

この男にとってこれは脅しでもなんでもないと、もう十年近くの付き合いになるせいでわたしにも分かっている。この人はただわたしをからかっているだけなんですから。まぁそれにしたってわずかとはいえ力を解放してみせるなんて、たちが悪すぎる気がしなくもありませんが。


「それにそんなことわざわざ言わなくても、わたしが裏切ったりしないって理事長さんも分かってるでしょう?」


わたしの言葉に理事長は、今度はクッと声を出して笑った。


「理事長さんの傍ほど静かな場所ってないんですから。」


ざわざわとうるさいそれは、理事長が傍にいるときだけは何故か全く聞こえなくなる。普段は感覚を限りなく遮断しているとはいえ、それでもやはりある程度は聞こえてきてしまうというのにだ。わたしにはそれがとてもありがたい。別の意味での緊張があるとはいえ、やはり落ち着けるのだから。

・・・・・実際皆が思ってるよりもずっとうるさいものなんですよ。人の()()声ってやつはね。



「だから理事長さんもわたしのこと、いらなくなったからって簡単にポイ捨てしないでくださいねー?」


下から理事長を覗き込むようにして、精一杯かわいらしく笑ってやる。主人公の足元にも及ばないような容姿ですが、ブサイクではないと思っているんですよ。というか、思いたいです。

そんなわたしに理事長は相変わらず整った顔で薄く笑んだ。心なしか、先ほどよりも笑みが深い気がします。


「分かっているさ。お前はわたしのお気に入りだからな。そうだろう?・・・・世にも珍しい、二つの妖怪の力をその身に宿す”妖混じり”よ。」


わたしは理事長のその言葉に満足して頷くと、かがめていた姿勢を元に戻した。

そう、わたしたちはお互いにお互いを気に入って傍にいる、あるいは置いているんです。もちろんそれは恋愛感情なんてロマンチックなものじゃありませんよ?お互いに利用しあっているようなものです。わたしは彼の傍にいることで手に入れられる静寂を、理事長さんは使い勝手のいいわたしの能力と、おまけに存在の貴重さを気に入っているんです。

だからこの有意義な関係を続けていくためなら、妨害だってなんだってしてやりますよ。それが目の前の男がわたしに求めていることなんですからね。与えてくれるものに対する、正当な対価です。それにわたしは、主人公や攻略キャラたちと違ってこの男の事はわりと気に入っているんですよ。それこそ前世に生きていたころからね。


「―――――では、烏間秋。」

「はい。」


わたしは理事長の言葉に背筋を伸ばした。薄笑いを浮かべる理事長と目が合う。自然と自分の口角が上がっていくのが分かった。


「お前はひとまず風紀委員には入らず、新入生たちの動向に注意していろ。その方が生徒会役員やうるさい教師どもに警戒されずに住む。」

「分かりました。」

「ああそれと・・・・・。」


そこまで言うと理事長は一度言葉を切って、こちらににやりとした笑みを向けた。


お前が(・・・)警戒(・・)している(・・・・)B()クラス(・・・)の生徒(・・・)の動向を見張り、変化があり次第私に報告しろ。」


「・・・・・はい。」


笑顔が引きつっているのを感じながらも、わたしは理事長の命令に頷いた。やっぱり人の心読めるんじゃないですかね、この人。

そう思いながらも、わたしは一礼してからさっさと理事長室を逃げ出した。



ご覧のとおりわたし、烏間秋は、転生先の乙女ゲー世界で敵キャラの手先やってます。





そのうち続きを書くかもです。以下キャラクター紹介。


烏間(からすま)(あき)・・・転生者。高校一年生。敬語なのに何故か全く丁寧に聞こえない話し方をする。”(さとり)”と”(からす)天狗(てんぐ)”、二つの妖怪の力を持つ妖混じり。普段は暗い青緑色のセミロングの髪に藍色の瞳をしている。いくら頑張っても落ち着かないくせ毛と150cmに満たない身長がもっぱらの悩み。『妖校記』では登場していない。


()(はく)・・・妖明学園理事長。見た目は二十代後半くらいだが、百年近く姿が変わっていないらしい。強力な力を持つ”白鬼”の妖混じり。普段は灰色の髪、黄味がかった黒い瞳をしている。『妖校記』では主人公の恋を妨害する敵キャラクターとして登場する。


犬塚(いぬづか)(ろう)()・・・風紀委員。高校一年生。”狼人間”の妖混じり。髪はブラウンで瞳は明るいオレンジ色。『妖校記』では玖白の手下として主人公の妨害をする。


日比野(ひびの)(あゆむ)・・・乙女ゲー主人公。高校一年生。人間。栗色のロングヘアーに深緑の瞳をしている。明るい性格とかわいらしい容姿が特徴。『妖校記』ではいわずと知れた主人公。


鬼洞玲也(きどうれいや)・・・生徒会長。高校三年生で”吸血鬼”の妖混じり。金髪碧眼。『妖校記』では王子様キャラが人気の攻略対象A。

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[良い点] 逆ハーものにだいぶ胃もたれ(?)し始めていたので設定に惹かれて読ませていただきました。設定はもちろんのこと魅力的なキャラクターたちにわくわくします。
[一言] とても私好みです。 こういう乙女ゲームの世界に…という話が最近増えてきましたが、大抵は原作主人公を押しのけて逆ハーになったりヤンデレだったりな話ばかりで飽食気味でしたので好印象です。 甘くな…
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