第三話 ハロー、ギルド
リアーナに連れてこられた先は、こじんまりとした落ち着いた雰囲気の建物だった。様式としては十九世紀あたりのヨーロッパ風とでも言えばわかりやすい感じだろうか。五階建てほどのそれはかなり古い建物の様で、煉瓦の間に苔が生えている。趣があるといえば聞こえがいいが、正直、少しぼろい感じのする建物だ。
「ここがギルド?」
「そ、ぼろいけどね。上がって上がって」
リアーナに促されるまま中に入ると、薄暗い中にパッと灯りがともった。どうやら、対人感知式の魔力灯のようである。蛍光灯の無機質な光とは違う独特の暖かな光が広がり、建物の中がぼんやりと照らしだされていく。
そうして照らされた廊下は、これまた外観とマッチした古風な様式をしていた。クリーム色の壁と飴色の柱や扉がクラシカルで、少し洒落た雰囲気である。しかし、そこに置かれているギルド員の持ち物と思しき武器などはやたら未来的で、かなり独特の雰囲気の場所だ。
「マスター、帰ったわよ?」
「おかえりなさい、依頼はどうでした?」
奥から出てきたのは、ゴスロリ風の衣装を着た小柄な少女だった。瞳が大きく、幼さの目立つ顔立ちはどうみても十代前半ぐらいだろうか。しかし、白い髪から長い耳がピョンと突き出しているところを見るとそうではあるまい。彼女は歳をとることが遅いことで有名なエルフなのだろう。
「依頼は何とか達成できたわ。だけど厄介なもの拾っちゃって」
「おい、俺は物じゃないぞ!」
「誰ですか、この人?」
「タカハシって言う超田舎者。自称アルステイシア出身で、身分証すら持ってないの。たまたま助けられたから連れてきたんだけど……こいつ、どうにかうちのギルドに入れることってできない?」
「ちょ、待て! いろいろ酷いぞ!」
「うーん、それは……」
マスターの少女は俺の言葉を完全黙殺すると、うんうんうなり始めた。純真そうな顔をしている割に凄まじくスルースキルの高い子である。彼女は服の前方についている大きなポケットからタブレットPCのようなものを取り出すと、近くにあった椅子に腰かけ、カタカタとずいぶんたどたどしい手つきでキーを叩き始める。
「えっと、連盟の犯罪者データベースにアクセスしたのです。念のため、まずはタカハシさんの顔が乗ってないかどうかだけチェックしておくのですよ」
そういうと少女は小さな水晶玉のようなものを取り出して、俺の顔に向けてフラッシュの様な光を放った。彼女は俺の顔が無事に取れたことを確認すると、すぐに水晶玉とタブレットPCもどきをケーブルでつなぎ、俺の顔のデータを送る。
そうして待つこと五分。特にエラーなども出ることなく、俺の顔の照合は完了した。マスターの少女は「大丈夫でしたよー」と言いながら、俺の方に微笑みかけてくる。
「リアーナさんの紹介もありますし、マスターサユの名においてライセン第三ギルドへの加入を許可します! えっと、タカハシさんでしたっけ?」
「はい」
「ちょっと手続きをするので、奥まで付いてきて下さい」
サユさんに連れられて入った部屋は、ずいぶんとメカメカしい部屋だった。マッドサイエンティストの研究室の様な感じだ。そこらじゅうにわけのわからない機械が転がっていて、配管やらコードやらが混沌とした印象を受ける。
その部屋の片隅に、誰かが居た。コンピュータの放つ白い光の中で机に突っ伏しているその人物は、髪の長さと体の細さからすると女性だろうか。しかし長い黒髪はぼさぼさで、机の上には呑みさしと思しきペットボトルのような容器が置かれている。……あまり、近づきたくない類の人物だ。
「エイミさん? 新人さんが来ましたよ、起きてください!」
「あん? マスター、寝言はもうちょっと遅くなってからにしてくださいよ……。私、徹夜明けなんで」
「ほんとなんですよ! 新人さんが、新人さんが来たんです!」
サユさんはエイミの頭をつかむと、強引に俺の方へと向けた。俺はとっさのことでなにも反応ができず、ばっちりエイミさんと目を合わせてしまう。……顔は普通に美人だわ、この人。寝不足のせいか目つきが少しきついが、大人な雰囲気のかなり色っぽい美女だ。右目の下のほくろと退廃的な雰囲気が相まって、ちょっとゾクッとするほどである。
エイミさんは俺と目を合わせるなり、その切れ長の瞳を猫のようにガッと見開いた。彼女はそのまま口を大きくあけ――
「うっそ、第三ギルドに新人がキターーーー!!」
◇ ◇ ◇
このギルドの事務員兼受付嬢兼機械担当だというエイミさんが言うには、このライセン市には三つのギルドがあるらしい。一つ目がライセン第一ギルド。もともとは冒険者ギルドライセン支部だったのが、百年ほど前に冒険者ギルドが解体されたのをきっかけとして独立したギルドである。今でもライセン市では最大の規模を誇り、大陸でも有数のギルドらしい。
そしてもう一つがライセン第二ギルド。これは五十年ほど前にライセン第一ギルドの中で起こった内部分裂が原因で独立したギルドらしい。こちらもそれなりの規模を誇っており、ライセン市民がギルドと言って思い浮かべるのはほとんどこの二つである。
そして最後がこの――ライセン第三ギルド。二十年ほど前に不景気による冒険者の増加をきっかけとして作られたというこのギルドは、ここ十年ほどの戦争景気を受けて急速に規模が衰退。現在では事務員のエイミさんとマスターのサユさん、さらには先ほどギルド員になった俺も含めてたった八名しかいない小世帯なのだという。
俺は着々とこなされていくギルド加入手続きを尻目に、さきほどから脇に立っているリアーナを見た。そしてその満足げで生意気な顔をじいっと睨みつける。
「……なあ、リアーナ。このギルドってもしかしなくてもブラック企業じゃね?」
「うるさいわね! 入れてあげただけマシだと思いなさいよ!」
「お前、俺が行くあてがないのを良いことに引きこんだよな? 俺が不憫だとかそういう理由じゃなくて、労働力が目当てだったんだよな!?」
「…………八割よ。二割は親切心だわ」
女の子って怖いな……!!
超久しぶりになってしまいましたが、第三話の更新です!
これからはできるだけ早く更新しますので、よろしくお願いします!