第十二話 ゲイザー、真の姿
朝焼けに燃えるアクス村。広場に敷き詰められた石は茜色に染まり、その先に聳えるゲイザーの屋敷は白い壁が赤々と輝いていた。田舎に似つかわしくない二階建ての瀟洒な洋館を見上げながら、俺とユキノさんはゆっくりとその門目指して歩いていく。
「ユキノさん、その格好で戦うんですか?」
俺の脇を歩くユキノさんは、血に染まったような緋色の着物を着ていた。腰に刀を凪ぎ、背中に大剣を背負うその姿は物々しい印象を与えるが、かなり古めかしい。最初に出会った時のリアーナの、近未来的な武装とは正反対だ。
「ああ、これはブレーズの魔神をイメージした戦闘服でな。見た目はただの着物だが防弾・防刃・耐熱・耐火といろいろな機能が付いてる超高性能服なんだ。同様に、刀や剣も超振動機構や魔力収束機構が仕込んであるから、見た目よりも遥かに切れるし頑丈だ」
「ようはコスプレってことですか……」
「まあな、このほうが気合が入るから。そういうタカハシだって、その装備はファイクエをイメージしてるんじゃないのか?」
そう言われた俺の装備は、ミスリルのプレートメイルに聖剣を腰にさしているという典型的な勇者スタイルだった。この世界の人間からしてみれば、古すぎてもはやコスプレにしか見えないんだろうな。……ちょっと、恥ずかしいや。
「これしかなかったんですよ。でも、ユキノさんのとおんなじで性能は高いから大丈夫」
「そうかそうか。よし、では気合を入れていくぞ!」
俺たちはゲイザーの屋敷の門の前へと到着した。鉄製の格子門の両脇には、小銃を抱えたゴロツキが立っている。それなりに訓練されているらしいゴロツキは、早朝にもかかわらずしっかりとあたりに眼を光らせていた。
「お前ら、こんな朝早くから何の用だ?」
「ゲイザーを……ぶっ飛ばしに来た!」
そう言うや否や、俺とユキノさんは門扉に蹴りを繰り出した。吹き飛ぶ鋼の門扉。人一人軽く隠せるほどの大きさの門扉は広い庭を横切り、洋館の玄関に衝突した。ドーンと衝撃音が響き、玄関にあった階段にヒビが走る。
「敵だ! 冒険者が襲撃を仕掛けてきたぞ!」
警備のゴロツキが叫ぶと、屋敷の中からわらわらと黒服を着た連中が出るわ出るわ。庭を埋め尽くすような勢いで現れた黒服のゴロツキ達は、軽く十人はいた。連中は一斉に銃を構えると、こちらに向かって乱射してくる。
「ここは私が止める。タカハシは先に行け!」
ユキノさんはそういうと、背中の大剣を右手で盾の様に構えた。彼女はそのまま姿勢を低くすると、滑るように黒服たちの方へ走っていく。襲い来る濃密な弾幕を全て剣の腹で弾き返すと、彼女は黒服たちの中へ乱入した。そして左手で腰の刀を抜き、剣と合わせて十字を形作る。
「一刀一剣流……鎌鼬!!」
庭を衝撃波が走り抜けた。毛足の長い芝生が一斉に倒れ、ユキノさんの周りに居た黒服たちが空へ巻き上げられる。黒服たちの着ていたスーツが空中で次々と見えない刃に裂かれ、たちまち血が噴き出していく。そうして地面に落ちる頃には、巻き上げられた黒服たちはほぼすべて戦闘不能になっていた。
「やるな……ただのコスプレの人じゃなかったんだ」
俺はユキノさんの方を気にしつつも、玄関をくぐり抜けて洋館の内部へと入った。すると外の騒ぎを聞きつけたのか、内部もすでに黒服たちでいっぱいの状態だった。連中は俺の姿を見つけると、獲物を見つけた狩人の様な獰猛な目つきをする。そして、手にしていた銃をこちらへ向けた。
「死ねえ!!」
「うっとおしいな!」
俺は連中の居る二階を目指して玄関正面の階段を上った。せり出した通路から黒服たちが身を乗り出し、四方八方から俺を狙って弾丸が乱射される。当たれば結構痛いそれを、俺は分裂して見えるほどの速度で聖剣を振るってはたき落とした。火花と金属音をまき散らしながら、俺は階段を驀進していく。
「化け物め! 止まらんぞ!」
銃が役に立たないほど近距離に近づくと、連中は刀や剣を手にした。いずれも髭剃り用のシェーバーのような独特の振動音を出していることから、振動ブレードか何かだろう。しかし、そんなの俺の聖剣には関係ない!
「せやあッ!!」
気迫とともに振るった聖剣は、黒服の構えている刀を一撃で叩き斬った。数の差からか余裕たっぷりだった黒服の顔が、一瞬で驚愕に歪む。俺はその体を袈裟に斬ると、倒れたそいつを押しのけて一気に奥へと向かおうとした。するとその時、ドンッと銃とはまた違う炸裂音が響く。
「バズーカか!」
超音速で迫りくる桑の実型の弾を回避すると、たちまち爆音が轟き渡った。巨大な火柱が上がり、たちまち屋敷の壁や床が吹き飛ばされる。熱気が俺の頬をなでていき、爆風が髪を薙いで行った。さすがにあれは、直撃したら怪我するかもしれない。俺は廊下の奥でこちらに狙いを定めている黒服に目標を切り替えると、一気にそちらへと加速する。
「スラッシュ!!」
聖剣が輝き、放たれた斬撃がバズーカを縦に斬り裂いた。斬撃はそのまま床や壁も斬り裂き、滑らかな断面を晒して屋敷の一部が崩れ落ちる。
「逃げろッ!!」
黒服たちは俺の強さを悟ったのか、一斉に逃げ始めた。このまま逃げて村で暴れられたりすると厄介だ。俺は慌てて連中の後を追いかけようとする。だがその時、連中の逃げた先から怒号が響いてきた。
「情けない奴らだ! ガキを相手になにビビってやがる!」
「ゲイザー!!」
黒服たちをかき分けて現れたのは、ゲイザーだった。黒いジャケットに身を包んだ奴は、俺の姿を見つけるなり殺気の籠った視線を送ってきた。俺もそれに応じて、奴に視線をお返ししてやる。
「少しはやるようだが、その程度じゃ俺には勝てないぞ」
「よく言うぜ。お前、そんなに強そうには見えないがな」
「じゃあ目に焼き付けるがいい。俺が手に入れた力を……!」
ゲイザーはズボンのポケットから小さな瓶を取り出した。中には黒と白のカラーリングがなされた小さなカプセルが詰まっている。ゲイザーは瓶のふたを外すと、そのカプセルを全部一気に飲んでしまった。それを見た黒服たちが、一斉に蒼い顔をしてゲイザーから離れていく。なんだ、いったい何が起きるんだ!?
「うおおおおおッッ!!!!」
野獣のような雄たけびを上げるゲイザー。体中に血管が浮かび上がり、肌の色が燃えるような赤になっていく。やがて内側で何か爆発しているかのように、ドンッドンッとゲイザーの身体が膨張し始めた。膨らむ筋肉によってジャケットは散り散りに裂け、瞬く間にゲイザーの身体が巨大化していく。やがてその体は天井にまで達し、背中が天井を突き破った。
「見たか、これが俺の力だ!」
「てめえ、いったい何を飲んだ!?」
「SSカプセルっていう身体能力や魔力を一時的に増幅させる薬さ。これを一粒飲んだオーガは、たちまちキング級の強さになったぜ。もともとオーガよりはるかに強い俺が百粒まとめて飲んだら、どうなるだろうなァ……!!」
次回はいよいよゲイザーVSタカハシです。
是非ご期待下さい!