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第十一話 涙の依頼

 シルヴィアはこほんと咳払いをすると、浮かせていた腰を再びソファへと下ろした。俺たちは彼女が放った「父を殺した」や「村を乗っ取った」という言葉にただならぬ気配を感じつつも、再び話し始めるのを待つ。


「始まりは五年前に遡ります。当時、私はグランド先生のもとでお手伝いをしていました。あなた方には信じられないかもしれませんが、昔のグランド先生は本当に優しくて尊敬できるお医者さんだったんです。腕も素晴らしくて、遥か遠方からわざわざグランド先生に診てもらうために村へ来る人もいたほどでした」


「グランドって、さっき現れた医者のことか?」


「はい、そうです」


 沈痛な面持ちで頷いたシルヴィア。俺の頭の中で、冒険者から金をむしり取ろうとする男の姿が再生される。今の姿からは、優しくて尊敬できる医者の姿などとても想像できない。五年の間に、あの男にいったい何があったんだ……?


「五年前の嵐の日のことでした。医院の前に、酷い怪我をした男が現れたんです。その男がゲイザーでした。当時の奴は完全に無一文の行き倒れ。当然、最低限のお金すら払うことはできなかったんですが……先生は奴の持っていた小さな黒い球を貰うと『お金は頂いた』といって奴を助けたんです」


「宝石か何かだったのか、その球は?」


「いいえ、先生はそれがなんなのかすら知らなかったみたいです。毎日覗き込んでは、首をひねってましたから」


「形だけ受け取ったということか。良い医者だったんだな……」


 ユキノさんがしみじみとした声で呟いた。シルヴィアもそれに同意するかのようにうなずくと、大きく息を漏らす。その顔は過去を懐かしむと同時に、後悔でいっぱいと言った様子だった。


「その後、行くあてがないといったゲイザーは我が家の使用人になりました。先生が父に頼み込んだんです。そうしてうちの使用人になったゲイザーは、朝から晩まで毎日毎日、休みも取らずに働き続けたんです。そのころだったでしょうか、先生がおかしくなり始めたのは。急に診療費を値上げしたりして、お金に執着するようになり始めたんです」


「ん? それだとグランド先生がおかしくなったのはゲイザーと関係ないんじゃないのか? その時、ゲイザーは君の家に居たんだろ?」


「はい、奴は私の家に住み込みで働いていました。夜も外出していなかったようですし、先生との接触はほとんどと言っていいほどないでしょうね。でも、あの優しかった先生がおかしくなるなんて、絶対に何かあったに違いありません!」


 シルヴィアはテーブルをバンッと叩いた。そのあまりの剣幕に、俺とユキノさんはわずかに後ろへ仰け反ってしまう。するとそれを見るなり、シルヴィアはすいませんと頭を下げた。この子、礼儀正しいけれどすぐに熱くなってしまうタイプなんだな。


「……それで、その後ゲイザーはどうなったんだ?」


「はい、グランド先生がどんどんおかしくなっていくのに対してゲイザーは真面目に働き続けました。今思えば、信用を得るための演技だったんでしょうね。でも、当時の私たちはそれを演技だとは知らずについ奴を信用して、重要なことを話してしまったんです」


「重要なこと?」


 俺がそう聞き返すと、シルヴィアは顔を曇らせた。やばい、聞いてはいけないことを聞いてしまったかも。俺がそう思って話したくないなら話さなくてもいいと言おうとすると、彼女はゆっくりと口を開く。


「今となっては、話してしまっても問題ないでしょう。実は私の家は今でこそ落ちぶれているのですが、もとは貴族の流れを汲む家なんです。そのおかげで先祖伝来の財宝というのがありまして……その隠し場所を、父はうっかりゲイザーにしゃべってしまったんですよ。それを聞いたゲイザーはたちまち村に元の仲間たちを呼び寄せ、父を殺して私を追い出し、無理やり村の実権を握ってしまいました。三年前のことです。そしてそのすぐ後に村の南西にオーガ達が住み着き、ゲイザーは先生と組んで冒険者たちから金を巻き上げる商売を始めて……今に至ります。きっと、オーガ達についてもゲイザーが何かやっているに違いありません」


「ひどい……国や軍に相談とかはしなかったのか? なんとか、ならなかったのか!?」


 ユキノさんは大きく前のめりになりながら叫んだ。その声はテーブルに置かれたコップをジリリと振るわせるほどだ。しかし、それを聞いたシルヴィアは力なく首を振る。その顔は疲れ切っていて、やれるだけのことはやったんだという顔だ。


「この村は辺境で、しかもザークランド帝国との国境近くに位置しています。国は帝国ともめごとを起こすのを嫌って、このあたりのことに関してはほとんど動こうとしません。しかもゲイザーは父を脅して書類を書かせていたので書類上は正式に村長を継承していました。さらに、あちこちに賄賂をばら撒いていて……。誰も、動こうとはしてくれないんです!」


 なんて奴だ……もう、あきれて言葉すら出ない。俺の心の中で炎が燃えたぎってきた。握りしめている拳が熱を持ち、汗が額から落ちる。

 だが、これまでの流れで一つだけ解らないことがあった。俺は高ぶる心を抑えると、彼女にゆっくりと尋ねてみる。


「事情は大体わかった。ただ、一つだけ気になることがある。なんで、ゲイザーはいまだにシルヴィアの言うことを聞くんだ?」


「それは……私だけが千年金庫の番号を知ってるからです。私の家の財宝はすべて千年金庫と呼ばれる特別製の金庫に入っているのですが、ゲイザーはそのことを知らなかったんですよ。だから、奴は父からその番号を聞き出していなかったんです」


「なるほど、そういうことだったのか。じゃあさっそく……」


「待って! ゲイザーは恐ろしく腕が立つ男です! 今までだって、怒って襲いかかってきた冒険者たちをすべて返り討ちにしてきました。あなたたちではとても……!」


 俺はシルヴィアの口をそっとふさいだ。そして彼女のおびえたような眼を見ると、できるだけ優しく言ってやる。


「何も言わなくていい。大丈夫大丈夫、強さには自信あるから。シルヴィアはここで安心して待っててくれ」


「……タカハシ、お前本当に新米冒険者か? ゲイザーに啖呵を切ってからのお前、妙に頼りがいがあるというかなんというか……」


 俺は少し戸惑ったような顔をしたユキノさんの言葉に、思わず苦笑した。元とはいえ、勇者だからな。長年の間にそういう雰囲気が身にしみついてしまっているのかもしれない。

 ゆっくりとシルヴィアの口から手を離した。すると彼女は強い意志の籠った瞳でこちらを見据えると、小さいながらもはっきりとした声で告げる。その目には、堪え切れなかったのか大粒の涙が浮いていた。


「お二人の意志はわかりました。では、私も覚悟を決めましょう。これは私からあなた方への依頼です。内容はゲイザーを倒して村を救うこと、報酬は千年金庫の中身全てです。どうか、私たちの村を助けて!!」


 俺は横に座っているユキノさんの顔を見た。彼女はニッと笑うと、俺へウィンクしてくる。俺もまた、彼女へ笑い返した。これだけの仕事、レベルで言ったら80ぐらいにはなるんじゃないか? まだその辺のところは良くわからないけれども。


「ライセン第三ギルド、冒険者タカハシ!」


「同じくライセン第三ギルド、冒険者ユキノ!」


「この依頼、確かに請け負った!!!!」


 重なり合った俺とユキノさんの決意の叫びが、未明の村に朗々と響き渡った――。


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