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第十話 現れた少女

 俺がゲイザーの顔を睨みつけると、奴は驚いたように眼を見開いた。だがすぐに余裕を取り戻すと、汚物でも見るような見下した視線を叩きつけてくる。俺の心がふつふつと煮えたぎって、今にも爆発してしまいそうだ。


「昼間の冒険者じゃないか。どきな、邪魔だ」


「どかないね、お前こそ退け。金がなきゃ治療しないってのはわからんでもないが、怪我人をいたぶっていい理屈なんてないだろう?」


「ふん、地位も権力もない冒険者風情がほざくんじゃねえよ! 俺はこの地の支配者だぞ」


「てめえがどんだけ権力握ってようが関係ねえ! 人としてやっちゃいけねえことってのがあるだろうがよ!」


 俺はぐったりとしている冒険者をその場に寝かせると、聖剣を構えた。一方、ゲイザーの方も話す必要がないと判断したのか、ポケットからグローブを取り出して手にはめる。重い金属板が手の甲と指の部分に仕込まれているそれは、相当な破壊力を秘めているようだった。ゲイザーはそれを手に馴染ませるように、何度か手をグーパーと閉じ開きする。


「野郎ども、喧嘩だ! ゴミをどかせ!」


 ゲイザーがそう叫ぶと、たちまち群衆の中から武装したゴロツキどもが現れた。そいつらは集まっていた村人たちを、強引にゲイザーの邪魔にならないような場所へと押していく。そして野次馬をあらかた退かせると、今度は俺の後ろに居る冒険者たちの方へ狙いを定めてきた。奴らは下卑な笑みを浮かべながら、武器を片手にこちらへじりじりと冒険者たちの方へ迫る。

 するとその瞬間、群衆の中からユキノさんが疾風のように飛び出してきた。彼女はウィンドウの中から大剣と刀を取り出すと、ゴロツキ達の前へと立ちふさがる。彼女は鈍い振動音を立てながら輝く剣と刀を十字に構えると、俺の方へと振り返った。


「雑魚は任せろ。タカハシはその男を倒せ!」


「ああわかった、そっちは頼む!」


「雑魚が二人に増えたか。まあいいさ、最近運動不足なんでな……」


 手首と指の骨を鳴らし、ファイティングポーズをとるゲイザー。俺もまた、聖剣を正眼に構えた。俺とゲイザーの間を濃密な殺気が満たしていき、あたりがにわかに静まり始める。だがそのとき、ゲイザーの後ろから甲高い叫び声が響いてきた。


「やめてください! 今すぐやめてください!」


 声の主は、昼間に見た少女だった。彼女は白銀の髪をなびかせながら、俺とゲイザーのいる方へ一目散に走ってくる。その姿を見た途端、ゴロツキ達に押し込められていた野次馬がざわめき始めた。彼らは口々に「シルヴィア様」などと声を上げる。

 野次馬たちはモーゼが海を割ったがごとく道を開けた。少女はその間をすり抜けて、俺とゲイザーの間に割って入る。するとゲイザーはやれやれと肩をすくめ、少女の方を睨みつけた。


「これはこれはシルヴィア様、いったい何の御用で?」


「ゲイザー、またあなたはめちゃくちゃをしているのですね。今すぐこんなことやめて、屋敷へ帰って下さい!」


「そういうわけにはいきませんよ。こいつらはすでに村のおきてを破っているのです」


「あなたが勝手に決めたルールでしょう? そんなもの、正式なルールではありません! 今すぐ帰って!」


 ゲイザーはふうむと息をついた。彼は手下のゴロツキどもに下がるように指示を出すと、シルヴィアに憎しみをむき出しにした視線を送る。


「そこまで言うのであれば、仕方ありませんな。しかし覚えておいてください、シルヴィア様。飼い犬とは手をかむ物ですよ」


「そんなこと、三年前から熟知してます!」


「結構!」


 そういうとゲイザーは俺の方を一瞥し、離れていてもはっきり聞こえるほどの大きな舌打ちをした。潰すチャンスがなくなって悔しいといったところだろうか。


「そういうことだ、勝負はまた今度にしよう」


「てめえ……!」


 俺は怒りのままにゲイザーへ向かっていこうとした。だが、そんな俺の目の前にシルヴィアが立ちふさがる。両手を広げ、俺の進路をすっかりとふさいだ彼女は、目に涙を浮かべながら喉が裂けんばかりに叫んだ。


「止まってください! 止まって、私の話を聞いてください!!!!」




 ◇ ◇ ◇




 その後、俺はユキノさんに止められたこともあってどうにか止まることができた。俺たちはすでに気を失ってしまっていた冒険者たちを背負い、村はずれにあるシルヴィアの家へと運びこむ。さびれてはいたが相当な広さがあるその家の床に床に五人を寝かせると、シルヴィアが一人一人に治療魔法をかけてやる。あくまで応急処置程度の物だが、彼女は治療魔法が使えるとのことだった。

 こうして冒険者たちの容体がある程度安定したところで、シルヴィアは俺たちを家のリビングへと案内した。そこのソファに腰掛けた俺たちは、さっそく彼女に疑問をぶつけてみる。


「君はいったい何者なんだ? あのゲイザーが様づけで呼ぶなんて……」


「申し遅れました。私は先代村長エイガンの娘、シルヴィアです」


「先代村長? つまり、君の父親があのゲイザーに村長の座を譲ったということか?」


 横に座って居たユキノがあきれたようにそう言った。もしそうだとすれば、人を見る目がないにもほどがある。あの男、最初にあった時から異様な気配を漂わせていたというのに。

 それを聞いたシルヴィアはすぐに首を横に振った。彼女はこちらへ身を乗り出すと、声を荒げる。


「違います! あいつは……父を殺して、この村を乗っ取ったんです!!!!」



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