暗中模索の賭け
二週間以上の間をあけてしまい、本当に申し訳ありません
明後日の試験が終わればようやく夏休みとなりますので、誠心誠意執筆を進めていきたいと思います。
どうぞ今後とも温かいご声援のほどをよろしくお願いします。
本当に何も言わずについてくる幼馴染みの気配を感じながら、燐燐は気付かれぬようため息を漏らした。先程言い争いになってしまった事も相まって、こちらから声をかけることも出来ない。
城はもうすぐ目の前まで来ていた。警備兵にはまた応龍の娘だと言って通してもらうつもりだが……。
と、突然腕を掴まれる。思わず振り返り、まともに視線が交差する。濃紫の眼差しに一瞬吸い込まれてしまいそうだった。
「お前また応龍の娘って言って通してもらうつもりだろ」
「!それが有効なんだから別にいいでしょっ」
「今は駄目だ。銀蒐さんの名前を借りよう」
「そんな必要なんて……!」
「いいから俺の言う事を聞いてくれ!」
真剣な、でも焦りが影を差しているその眼差しに、否定の言葉を紡ぐ事が出来なかった。
「王族のいざこざで王城内は殺気立っているだろう。ここで応龍の名を出してみたりしろよ。利用しようとまとわりついてくるか、或いは邪魔者として命を狙われるかだろう。そうなったら余計に面倒な事になって、本来の目的が遅れていく一方になる。分かるだろう?」
「……」
黙り込んだのを承諾の証ととって、甜瑠は腕をほどく。加減をしたつもりではあったが、多少赤く跡が残ってしまっていたことに、甜瑠は短く息を呑んだ。燐燐はしばし跡を眺めていたが、彼を窮することもなく、踵を返した。
これは甜瑠の心の表れなのだと、燐燐は的確に汲み取っていた。無茶をさせないために、てこでも言う事を聞こうとしない自分を何とか制したい思いが刻みつけたのだと。彼は口は達者で悪いけれども、こういう力づくめな手段に講じることは余程でない限りないのは幼馴染みなのだからよく分かっている。そういう行動に出ざるを得ない自分の状況も、身に沁みて分かっているつもりだ。
それでも動かずにはいられない。とんで火に入る夏の虫だったとしても、ほんの少しでも行動を起こせるのであれば、起こしたい。この原動力は焦りから来ているのではないと、燐燐は春零の茶を飲みながら自覚していた。母の早急な救出のためだとかこつけて、本当は自分に何が出来るのか、そしてその力をどう今後扱っていけばいいのか。その方向性を指し示したい。そういうある種の切なる願いが彼女を前へ前へと急かしていたのだ。
城の手前で兵士の姿を見とめ、燐燐は自身の耳を髪で覆い隠す。それはかつて正体を隠すために黎琳が取った手段と全く同じだった。ここに春零や銀蒐が居たなら、また母親そっくりだと微笑ましく見守っていただろう。
ともあれ、これでいきなり応龍の娘などとばれる可能性は低くなった。もし甜瑠の説得がなくてもそうであっただろうが、燐燐は何の迷いもなく歩を進めた。
「む、そこの二人、止まれ!」
案の定城手前で兵に呼び止められる。
――この思いはどうやったって止められない。いや、止めようとするから尚更歯止めが利かなくなっちゃうのよ
だったら抑えつけるのではなく、表に多少出るくらいに緩和すればいい。
抑えつけなければいけない。そんな意識を取っ払ってしまえば、案外思考は鮮明に冴えた。
「ここは恐れ多くも王族並びに貴族、高貴な臣下達のみ立ち入れる王城である!一般人は速やかに――」
「私達は側近の銀蒐様よりこちらへ使いとして寄越された者です」
「!それは失礼致しました」
あっさり兵は引き下がる。
燐燐は振り返り、自らまともに甜瑠を見据えた。迫真の演技に驚いたのか、甜瑠は目を丸くしていた。まさに度肝を抜かれたような状態だった。そんな彼をちょっと心の中でからかいながら、笑みを浮かべて手を引く。
「さ、行きましょう」
「……あ、ああ」
動揺を隠せない甜瑠を余所に、燐燐は颯爽と奥へ歩いていく。
入口から出迎えたのは、広々とした広間だった。硬質な外見とはうってかわって煌びやかな大理石の敷き詰められた空間が広がっていた。
コツコツと音頭よく響く靴音に小さな感動を覚えつつ、燐燐はまっすぐ進む。中央からまっすぐ進めば十中八九、現女王の君臨する謁見の間へと通じているだろう。銀蒐の名前を借りれば危険を回避しつつも女王に会う機会を得られる。
無駄に長く感じる謁見までの距離が苦々しい。いつもの自分ならなりふり構わず直行で走っている事だろう。けれどもその衝動を早足で昇華する。目立てば応龍の娘であると自ら公言してしまうのも同じだ。甜瑠の言うように、事を急いては空回る一方で、より時間や手間がかかってしまうだけだ。
変わらぬ景色にそろそろ苛立ちも限界まで来るかと思われた時、女王へと通じる扉はあからさまに立ち現われた。高級家具に塗られているような味のある木の大扉だった。脇に控えていた兵士が城の入口同様立ち塞がる。
「女王様の謁見には、予め報せが必要です。本日そのような報せは一切受け取っていません。お引き取りを」
「側近の銀蒐様から使いとして寄越された者です」
「……」
訝しげな眼を向けられ、また燐燐は人々の期待の眼差し同様居心地の悪さを芯から感じた。ここで阻まれてしまうのなら、強硬突破に踏み切ってしまった方がむしろ早いのかも知れないが。思わず鞘を握りしめている手に力が入る。
頑なな表情が答えを示していた。強行突破もやむをえまいかと思った時に、一人の男が音もなく間に割って入った。
「申し訳ない。女王陛下の体調がよろしくないもので、代わりに弟君の寧雲様が用件を伺うようにとの変更がありまして。さあお使いの方々、どうぞこちらへ」
「え、あ、いや……」
「そんな連絡が来ているとは聞かなかったが、恐らく伝達係と行き違ったのだろう。そういうことならば仕方がない」
予想外の出来事に返事を詰まらせた燐燐をすかさず助太刀する甜瑠。今にも不審者だと追い立てる体制に入っていた番人も、引き下がる他なかった。
にこりと笑って案内をかってでる男からは、怪しさがぷんぷん滲み出ていた。
――そう言えば、女王の弟君って言ってたよね……
女王の弟と妾腹の息子の間での王位継承問題。その片方にあたる人物と直接接触となると、どんどん話がややこしい方向へこじれていきそうな予感がする。
ある程度の距離を保ちながらも男についていく二人。男が後ろに振り向く気配がないのを確認して、甜瑠が耳打ちする。
「気をつけろ。たぶんあいつ、お前の正体に勘付いている」
「!」
まさか、と言いたかったが。
黎琳をさらった連中は、あの短時間に黎琳が応龍であることを認知していた。だったら、どこかから詳しい情報が漏れだしている可能性は十分にある。娘である燐燐の容姿ですら、情報網を介して出回っていてもおかしくはないのだ。
それに応龍をよく知る生き証人達は数多く存在している。本気で何かを目論んでいる輩には、見かけ倒しなど通用しない、ということなのだろう。
「隙を見て逃げ出した方が良さそうだな……」
「待って。……このまま行っちゃおう」
「お前また!」
「大丈夫。私に考えがあるから。たまには私に任せてよ」
一抹の不安を感じる発言。しかし燐燐の眼は本気だった。
ここで逃げ出してしまえば警備は固くなり、より一層城の中への接触は難しくなる。名前を使った銀蒐にも被害が出るのは避けられない。
「……分かった」
何しろ自分達には城の中の情報があまりにも少なすぎる。まさに暗中模索の状態なのだから、踏み込まなければ新たな情報も対策もない。
――賭けに出よう
応龍の進む先に光があることを信じて……――。
妖しい誘いに、二人は導かれていった。