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龍神飛翔伝  作者: 鈴蘭
序章:平穏の終わり
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手掛かりを求めて

 正規の道から外れた森の中、特に行くあてもなく歩く一向。

 「……」

 「……」

 「……」

 誰一人喋ろうとはしない。いや、そんな余裕がないというのが適切だろう。

 一歩でも前へ。振り向かずに。

 出来るだけ遠くへ。自分と関わることで人々が争いを引き起こされないために。

 そして、少しでも黎琳の居場所に近づくためにも。

 先陣を切って歩く燐燐の足取りは少しずつ、確実に速くなっていた。

 だが流石に競歩並みの速さになってきたものだから、衿泉と甜瑠が顔を見合わせて口を開こうとした時。

 「!」

 「え?」

 「おっと!?」

 ドテッ。

 何とも間抜けな音と共に燐燐は前のめりに倒れていた。

 反動で丈の短い衣服がふわりと浮き、中身が見えそうになったので慌てて甜瑠が視線を逸らす。

 「燐燐、大丈夫か?」

 何事もなかったかのように平然とした態度で衿泉が娘のもとへと歩み寄る。いくら父親と言えども、年頃の娘なのだからもう少し配慮をするべきだと思うのだが。

 当の本人も自覚症状が全くないものだがら性質が悪い。

 「うん、大丈夫だよ」

 鼻に茶色い土をつけたまま、笑顔を見せる燐燐。

 「足が絡まっただけだから」

 「本当、この期に及んでそういう所変わらないんだから」

 呆れたと言わんばかりの口調でそう言いつつも、差し出される手。父の手ではなく、幼馴染みの力を借りて倒れた上体を起こした。

 「このまま突き進むのも危険だ。お前の足もそろそろ限界のようだからな。少し休もう」

 「私はまだ平気……!」

 「小休止でもいいから休む!」

 一度は国土の中を旅した経験を持つ衿泉の言葉は信憑性が十分あった。

 「……分かったわよ」

 渋々燐燐は木にもたれかかって座った。衿泉は木によりかかり、立ったままの状態で目をつむる。甜瑠は燐燐を気遣うように黙ってその隣に腰を下ろした。

 いつもの朝食の時間はとうに過ぎている。毎日三食、それなりに決まった時間に食べないと気が済まないのに、今日はお腹が空いたという感覚すら感じ取れない。逆に今食べ物を見せられたら吐き気をもよおしてしまいそうだった。

 「食欲ないのは分かってるけど、これだけでも喉をとおしておけよ」

 袋から出してきたのは小さな饅頭。それでもいつものように一口で食べられる自信はなかった。

 ちまちまと手で千切って、小さく開けた口の中に欠片を入れる。味と言うものを感じられるような大きさでもなかったので、ほとんど「食べている」感覚はなかった。それでもほんのり甘さが広がったように感じたのは、気のせいか、それとも……――。

 「勢い余って出てきたはいいが、これからどうするかね?燐燐はどうも焦って行先もないのに進んでたみたいだし」

 「え?行先ならあるよ?」

 「何処だか言ってみろよ」

 「母さんの所に決まってるじゃない!」

 「……」

 どうやら気持ちばかりが焦って、正常な思考も出来ないようだ。

 これではあてに出来ない、とばかりに父親に救援を目で訴えた。ここまで制止しなかった彼のことだ。何か考えがないとは言わないだろうし、言わせない。

 「――とりあえず燐燐、お前は都に行くといい」

 「え?都?どうして?」

 「都には昔の旅仲間が居る。彼らは現女王からの信頼も深いし、探すのに有力な手助けもしてくれるだろう。城に行って、応龍の名を口にすればすぐ取り次いでくれるだろう」

 昔の旅仲間。かつて母と父と共にこの風琳国を巡った人達。それぞれ天上に住まう七神にも認められた実力の持ち主だと聞いている。燐燐が物心つく前まではよく交流があったらしいのだが、それぞれの事情で今は文だけをやりとりしていたのは知っている。

 昔の父と母を知る彼らなら、二人に追いつく術も知っているかもしれない。

 「じゃあ早速都に向かって出発しよ!」

 「今からそんなに張り切ってたら、後半体力持たないぞ。都まではどんなに頑張っても一週間ほどはかかるんだからさ」

 「善は急げって言うじゃない!」

 「急がば回れって言葉も一緒に習っただろうが!」

 軽い口喧嘩のようなことになり、衿泉はこほんと咳払いした。

 「この場合は甜瑠の言い分の方が正しい。闇雲に体力を消耗するより、確実な情報を頼りに捜した方が結果的に黎琳も早く見つけられる。敵と対峙した時も無駄な体力を使っておかない方が対処しやすいように、だ」

 「!父さん……」

 「俺もお前たちとは別に仲間の所へ行くつもりだから、突っ走った行動はいい加減慎むことだ。甜瑠に負担をかけすぎないためにも」

 別に幼馴染みなのだから振り回されるのは慣れてるだろうに。心の中でそう呟けば、案の定慣れてますからと甜瑠が衿泉に遠慮がちに言った。

 「都はここから少し東よりに進めばいい。俺はここから西に向かう。それじゃあな」

 「え、ちょっと!」

 さっさと行ってしまう父の姿を唖然として見送る燐燐。でもすぐに分かってしまった。父が見た目以上に一番母が居なくなったことで動揺してしまっているのを。燐燐を気にかけている余裕すらなくしてしまっているようだ。

 母が行方不明になった上に、父も自分の前から居なくなってしまった。家族が完全に自分の周りから居なくなってしまったのはこれが初めてだ。剣だけは一人前になったけれども、生きていく上で必要な知識はまだまだ身についていない。そんな状態で置いていかれたら、不安でしょうがないに決まってる。だが。

 ――寂しくて不安だと思うのは、私がまだまだ子供だから?

 少し見ない間に立派な青年へ近づいている幼馴染み。

 鳥籠に守られた生活は終わりを告げ、成熟しているはずの身体で籠から飛び立たなければならないのかも知れない。

 「燐燐?」

 浮かない顔をしたままだったので甜瑠が顔を覗く。そんな彼に燐燐は歯を見せて思いきりの笑顔で答えた。

 「大丈夫!行こう!ね!」

 軽やかな表情と地を蹴る動作とは裏腹に、心は重く沈んでいく。

 それを知ってか知らずか、甜瑠はもう何も言わないで幼馴染みの後をついていくのだった。



 時同じくして。

 都の中心に位置する王城内では、敵対する次期帝位継承者候補の二人がそれぞれ何やら裏で画策していた。

 東の部屋にいる女王の弟は妖しく光る銀の針を、西の部屋にいる前帝王の妾腹の子は紫の液体が入った瓶を片手に高笑いしていた。

 「「これで帝位は私のものだ!!」」

 それぞれに物騒な物を手渡した影――黎琳を連れ去った術師の一味は、次なる計画の段階に入るべく先手を打っていたのである。

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