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龍神飛翔伝  作者: 鈴蘭
序章:平穏の終わり
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旅立ち

 いつものように目を覚まし、居間に行ってみれば母の姿はまだしも、父の姿までもなかったので燐燐は血の気が引いた。

 すぐに剣を取りに行き、慌てて外に出ようとすれば、何やら騒がしい。昨日の火事の時みたいに、心もとないやり取りが聞こえ、燐燐は扉を開けるのをためらった。また自分が「応龍の娘」だからと、一線引いた目で見られるのが怖かった。

 それでも、父の声がしたので恐る恐る扉を開いてみたのだ。

 すると目に映ったのは妖魔だという理由だけで斧を振り上げる村人と父が互いの武器をぶつからせる場面だった。

 後ろに居た妖魔は恐怖で身体が竦んでいたようだ。遠目でも震えているのがすぐ分かるほどだった。そうだった。あの子達は他の集落でも妖魔だからと言う理由で疎遠にされていた。昔彼らは両親を人間に殺され、人を殺すことに何もためらいもなかったのだが、黎琳の手厚い世話とこの村人達の優しさに触れて少しずつ恐怖も憎しみも薄らいできていたのだ。それなのにそんなことも忘れて平気で他を排除しようとする村人の姿はとても恐ろしい。その扱いを真っ先に受けた彼らなら尚更……。

 自分の手も同じく震えていると知るのに、そう間はなかった。

 ――……こんなにも、人が恐ろしいと思えるなんて

 足がいう事を利かず、そのまま扉へよりかかった。半開きになっていた扉は燐燐の重みで閉じていき、かたんと音を立てて閉まった。

 そんな小さな騒音を聞きつけて、村人の目が一斉にこちらを向いたのだった。


 「消せ、消すんだ!災いの元凶を!」

 「「そうだ!そうだ!」」

 どんどん膨れ上がっていく負の連鎖。

 じりじりと追い詰められていく燐燐。かつては慈愛に満ちた瞳をしていたのに、今はその面影すら感じ取れない。それだけならまだしも、今まで見えなかった人々の発する気が毒々しく燐燐の瞳には捉えられていた。

 ――母様はいつもこんなモノを見ていたの?

 だのに妖魔だけでなく人を信じ、愛し続けた。その理由が分からない。

 「殺せ!」

 「!」

 今度は別の男が金槌を振り上げた。槌が小さいとはいえ、頭を一発殴られれば十分致命傷になる。けれども思い通りに動かない足で、これを無傷でかわす自信はない。

 とっさに剣に手をかけ、振り下ろされた槌を受け止める。一応鞘は抜かずに使ったのだが、鞘にピシリとひびが入ったかと思えば、粉々に砕けてしまった。中の刀身が露になり、槌が真っ二つに割れる。

 このままみね打ちを繰り出したかった燐燐としては有り難くない状況だった。

 「このっ!」

 飛び退き、男は金槌の持ち手を振り払い、素手で再び燐燐へと迫る。

 ――どうすればいい?この細剣ではみね打ちなんて出来ない……!

 刃が両面についているわけではないが、細い分丈夫に出来ているし、第一黎琳の気が込められた業物だ。この男が無事で済む確証はない。黎琳のように格闘技を応用して気が放てたらいいのだが、まだうまく気を操れない燐燐にはほぼ無理に等しい。

 「燐燐!」

 村人に囲まれて身動きが出来ない衿泉が、声の限り娘の名を呼ぶ。

 途端、視界が一瞬真っ白になって、遠い日の父の言葉がはっきりと脳内に響いた。

 たとえ応龍の力がなくとも、お前らしく力をつけていけばいい、と――。

 目の前に迫る男の拳。目をつむり、燐燐は父から教わった剣技を使う構えになる。そして一閃、刹那に剣が踊った。

 鮮血が宙に舞うかと誰もが思った。しかし吹き飛ばされ、燃えた家の柱に激突してもなお、赤い滴はどこからもしたたり落ちたりなどしなかった。

 「うう……」

 呻き、開いた目で燐燐を睨む。

 「お前、一体何をした……」

 「私はただ、この剣で傷つけたくなくて」


 「気の力を剣に応用して、吹き飛ばしたんだろ」


 「!」

 村人達がそそくさと道を開ける中、先ほどの狼と兎の妖魔を抱きかかえてやって来たのは衿泉と……。

 「あれ?甜瑠(てんる)?」

 一年前に、修行に出ると言って村を去った幼馴染みの姿があった。

 最後に見た時よりもまた幾分か背丈が高くなり、露出した肩だけでも引き締まった筋肉の存在を彷彿とさせる。外にはねた朱色の髪と濃紫の瞳は燐燐と対照的な色合いと言えるが、彼も燐燐とよく似た出自を持つ一人だった。

 「こんな時に混ざり者が帰って来るなんて!」

 「悪かったな俺が混ざり者で。でも俺は今回の騒動に何も関わってないのになぁ」

 悪びれもなく言う彼の態度に村人は言葉を失う。

 背にかかっている大剣の存在など感じさせないくらいに、本当に背が伸びたものだ。つい一年前までは今にも切っ先を引きずっていきそうな程だったのに。

 そんな事を思っていたら、力の入らない身体を甜瑠が軽々と持ち上げた。

 「!ちょっと……!」

 「言われなくてもこんな居心地の悪い村、すぐに出ていくさ」

 いつもは温厚で頼りなさげだったのに、今は整った表情で真剣に村人達を見据えていた。村人達は少し落ち着きを取り戻したのか、反論の気配を見せなかった。

 「衿泉さんも行きましょう」

 「……ああ」

 すっと道が開かれる。

 罵声を浴びせる者は居なくなった。けれど去りゆく燐燐達を引き留めようとする者も居なかった。

 燐燐は感じてしまった。これで完全に一線を引かれてしまったのだと。

 きっともう二度と、今までのように気さくで慈愛に満ちた村人達には会えないのだと。

 こんな風になってしまったとは言え、彼ら村人達も守りたい大切な存在であったのに。それなのに、剣を向けざるを得なかった。ああしなければ確実に燐燐は命を落としていただろう。最後はその恐怖に負けたのだ。負けて、本来守るべき相手だったはずの彼らに切っ先を向けた。その事実が燐燐の心をかき乱す。

 自然と甜瑠の服の胸のあたりをきゅっと掴んでいた。とにかく、誰かにすがりたかった。一人で立っているにはあまりにも精神的な傷が深すぎる。

 ――こんなことなら、応龍の力なんていっそ目覚めなければ良かった

 しかし何となく容易に想像は出来た。遅かれ早かれ応龍の力は目覚め、それによって村人から奇怪の目で見られたであろうことは。否、元々彼らには燐燐をいい意味でも悪い意味でも特別視する傾向が初めからあったのではないだろうか。

 このまま村に居座っても自分も、村人達も狂っていくだけだ。だから、これが一番いい方法なのだ。傍にいることだけが、想うことではないのだから。

 「……もう、歩けるよ」

 「え?でも」

 「大丈夫だから、おろして」

 大丈夫だから。そう甜瑠にも自分自身にも言い聞かして、地に足をつける。少し振り向いて、まだ呆然とこちらを見ている村人達に、声なき別れの挨拶を告げた。

 ――さよなら、私の大切な故郷。そして、大好きな村の皆

 そのまま振り向かずに燐燐達は薄暗い森の中へと溶け消えていった。

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