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龍神飛翔伝  作者: 鈴蘭
序章:平穏の終わり
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新たな応龍の覚醒

 黎琳が居なければこの炎は消せない――。

 娘の言葉で、衿泉もこれが自然発生した火事などではない事は確信した。しかし消火の要となる黎琳の姿は何処にも見えない。火事発生時、すぐさま衿泉が村中を走り、捜したが見つからなかった。

 家にも戻っておらず、これはいよいよ黎琳の身に何かあったとしか思えなかった。

 「母さんがいなければこの炎は消せないよ……!」

 自分の母が強大な力を持つ応龍だと知ったのは、燐燐が物心ついた時だった。仮に応龍としての力がなくとも、扱う武術も強く、彼女以上に強い者などこの世には居ないと思い込んでいた。何せ男である父にさえ負けを認めなかったから。

 けれども、その母を打ち負かし、この炎で村人を殺そうとする人物が存在する事が明らかとなった。恐らく母はその人物に連れ去られてしまったのだろう。そうなれば彼女にこの炎を鎮めてもらうのは不可能となる。だが、彼女に匹敵するような力を持つ者は近くにはいない。となれば、もう……。

 ――どうする事も出来ない

 燐燐はぎりっと奥歯を噛んだ。

 自分は聖なる応龍の娘なのに。

 生まれてまだ幼い頃から龍としての才があるかどうか試してみたが、自分にはその力はこれっぽっちも受け継がれなかったらしい。混血であっても、形だけなら龍化する事も出来るはずなのだが、燐燐にはそれが出来なかった。

 ちゃんと力を継いでいれば、ここでただ手をこまねいているしか出来ないこともなかっただろうに。

 紅に呑まれゆく、大切な生命を救えたのに。

 「熱いよぉぉぉ!助けてよぉぉぉ!!」

 近所のまだ三歳にも満たない男の子が炎の渦の中に閉じ込められていた。母親は火だるまになるのを覚悟で入っていったものの、出口を倒れた柱に塞がれてしまったようだ。外から父親が声にならない声を発して飛び込もうとするが、周囲の人間がそれを阻む。これ以上助かるはずの命を助けられない事態にしたくない。それが出来る精一杯の事だと皆悟っていた。

 と、その父親と燐燐の目が合った。

 「お前、応龍の娘だよな?だったらあれくらいの火なんて平気で退けられるだろう!!」

 「私は母さんの力は一切継いでないの!助けてあげたいのは山々だけど……!」

 「っ何だよそれ!そんなわけがあるか!俺達を助ける義理がないと思ってその力を出し惜しみしてるだけだろ!!」

 冷静さを失っているせいで、燐燐の言葉を聞こうとしない。あんなに温厚で人一倍思いやりの心を持っていた人が、掌を返したように罵声を浴びせるなんて。

 「違う!その子は本当に……!」

 事情を知っている村人が助太刀をしようとしたが。

 「うるさい!つべこべ言ってないで、早く行けぇ!!」

 「きゃあ!」

 無理やり背中を押され、完全に火の中へと飛び込んだ。

 「燐燐!」

 衿泉の叫び声が聞こえた。しかし容赦なく襲い来る熱風と煙に耳をそばだてる余裕はなくなった。

 体中が熱い。何かが焦げるような悪臭がたちこめ、思わず燐燐はむせる。尚更煙を吸ってしまって、器官がまともに働いてくれないという悪循環を起こす結果となった。

 ――もしかしたら、私はこれで死ぬのかな……?

 誰も助けられないで、同じように炎に溶け入ってしまうのだろうか。

 「いやあぁぁ!熱い!熱いぃ!」

 「!」

 身に着けていた服に炎が燃え移ったのだろうか、子供の尋常じゃない悲鳴がはっきりと耳に届いた。

 しかしそれと同時にこんな声も。

 「大丈夫よ。黎琳が、応龍が、私達を必ず助けてくれるから。私は……最後まで信じて諦めないから!だから……頑張ろうね」

 もし母親が今黎琳は行方不明であることを知っていたらそんな台詞が言えただろうか。それでも、信じて待ってくれている人が確かにここに居た。自分の母の力を、必要とし、このような危険に晒されてもまだ尚信じて待ち続けている。

 駄目だ。絶対この人達を死なせるわけにはいかない。

 ……何としても!

 そう思った時だった。

 突然熱さが引いていくような感覚。別に炎が弱まった様子はない。

 「これは……」

 母が炎なり水流なりに入る時、自身を保護するようにかけていた気の流れだ。今まで意図しても出てきてはくれなかった、自身の気の力だ。付き従う未知の生物のようにぴっとりと寄り添っている。

 今ならちゃんと気を扱える。そう直感した。

 「私の力よ、応えて!」

 次の瞬間、青色の風が燐燐を中心に吹き荒れた。その青が炎と混ざり合い、紅を消失させていく。

 子供と母親に降り注いでいた炎の雨も止み、服に燃え広がっていた炎も縮こまったように消えていった。

 青の風はその家屋のみならず、村中に広がった炎全てへと駆け巡る。宥めるように滑り、炎は鎮まっていく。

 「これは……燐燐が?」

 黎琳のとは違う、とても温和な気の気配を衿泉は感じた。彼女といてから気の流れに関しては多少敏感になったものだから、曖昧であれど確かにそう感じ取れた。

 ほどなくして、村は静けさを取り戻した。

 燃え尽きてしまった家屋の基礎の中心から、子供と母親が飛び出す。

 「あなた!」

 「蝶柚(ちょうゆ)!」

 「お父さん!」

 親子はひしと抱き合い、再会を喜び合う。周りで見守っていた村人達も我が事のように喜び、歓声を上げた。

 何よりも親子の命を救った救世主には、特別に取り計らった。

 「良かったねえ、燐燐も無事で何よりだったよ」

 「そうそう、火の海に押し出された時はもう駄目なんじゃないかって思った」

 わいわい盛り上がる周囲の中で、燐燐はなすべき事をやり遂げた達成感と、居心地の悪さの両方を感じていた。いつもは全く気にならなかった、自分を黎琳の娘として特別丁重に扱う態度。それがやけに胸の中に重く沈殿していくようだった。

 この手に新たに掴んだ応龍の力。

 ――これで、本当に、良かったんだよね……?

 随分前から欲していた力が手に入ったのだ。これは喜ばしいことに違いない。違いない、はずなのに。

 周りの見る目が、怖い。

 期待の眼差しを受けることがこんなにも重圧のように感じるなど、考えたことがあっただろうか。

 これでは、まるで……――。

 「ごめん皆。ちょっと疲れたから、私は休ませてもらうね……」

 「いいよいいよ!後はわてらで十分事足りる!」

 「さあ気合い入れて片付けるわよ~」

 この悲劇の中でも活気づく村人達を背に、小さな肩はゆらゆらと自宅へ消えていった。


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