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龍神飛翔伝  作者: 鈴蘭
三章:古からの系譜
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引き結ばれた縁

 すいません、ご無沙汰しております。

 最近全然執筆が滞ってしまって長い間続きをお届けできなかったことをお詫びします。

 もうすぐ夏休みに入るので、そこからは少しペースを上げて更新が出来るかと思いますが、まだまだ亀並み更新になる可能性も否めません。

 それでも最後までじっくりゆっくりこの物語を最後まで紡いでいくつもりですので、温かいご声援のほど宜しくお願いします。

 「はあ、気持ちいい……」

 流石は極寒の地、このような場所で冷えてしまった身体を温めるために、温泉の用意があるとは。

 銀世界を背景に、燐燐は少々熱く感じる湯船に浸っていた。この国の南中の方にも温泉街があるとは聞いていたが、そこもこんな感じなのだろうか。とはいえ、向こうは雪など降らないだろうから、このような楽しみ方が出来るのはこの土地ならではだろうが。

 湯には様々な薬草が煎じてあり、疲労回復などの効果も期待出来る。じっくり温まって、これまでの疲れをしっかり癒やさねば。

 と、そこへ一つの影が現れた。

 「邪魔するで~!」

 「彗清!?」

 彗清の姿を捉えたかと思えば、彼女は初対面の時と同様に地を蹴り、今度は燐燐並びに湯船に向かって飛び込んだ。豪快な飛沫が上がり、お湯が思わず燐燐の口に入り、むせる。

 「ちょっ…っ、ごほ、ごほ」

 「これがウチ流の挨拶やから、ちゃんと受け止めなあかんよ!」

 「む、無理……っ」

 「いくらなんでも大袈裟すぎひん?」

 彗清が背をさすってくれたことでようやく喉が落ち着きを取り戻し、燐燐は涙が薄く滲んだ目で彗清を睨んだ。しかし悪気のない瞳の輝きに抗議する気も薄れてしまった。

 「うん、お風呂入るからってうっかり外したりしてへんかなと思ったけど、ちゃんと肌身離さず着けてるみたいで安心したわ」

 「そりゃちゃんと着けてないと意味がないんでしょ?当然よ」

 「……まあなぁ」

 湯船に髪をつけ、天を仰ぐ彗清。その動作で一つ思い出した燐燐は口を開いた。

 「ねえ、彗清。一つ聞いてもいい?」

 「なんや?」

 「彗清は何故この白牙一族と共にあることを選んだの?」

 本来、龍と人は共にある存在ではない。龍は天から生み出され、その神聖なる力で地上の安寧を守る守護者として君臨するもの。人を慈しむ心こそあれど、特定の者達とのみ密になることは喜ばれないことだ。黎琳と黎冥の母がそうであったように。

 しかし深刻な燐燐の質問に彗清はまんざらでもない答えを返した。

 「うちが彼らに好意を抱いた、それだけの話やで?」

 「え?」

 「誰かと心を通わして側におるのに、論理的な理由が必要やと思うか?」

 しばし目を瞬かせた燐燐だったが、やがて観念したように苦笑いを浮かべた。

 「そう……そうよね。誰かを好きになって、傍にいるのに、それ以上の理由なんていらないよね」

 「そうそう。それにここ、雪深いからむやみやたらに人も妖魔も来やしないから、気が澄んでで居心地良かってん。温泉まで楽しめるんやし、ここ以上にくつろげる場所なんて考えられへんわ」

 これが普通なのだ。

 力だとか使命だとか運命なんて関係ない。龍にだって人や妖魔と同じく心が存在する。そしてそれは神ですらも縛り付けられないもの――。

 共にあることで影響がどこかで出てしまうと分かっていても。

 「まあ確かにここに定住するって決めた時には同族からえらい反発は受けた。均衡を崩しかねないとか、いつかうち自身が滅びにかかるだとか、そんな事言ってたけど、そんなん必ずしもそうなると決めつけられへんやろ?必ず起こるか分からない不幸を恐れるために、全てを諦めなあかんなんて、理不尽やと思わんか?」

 「つまり彗清はここに、白牙に希望を見出だしたのね」

 「そうや。人型になるのに慣れてなくて大怪我したうちを介抱したのが白牙の者達やった。彼らは呪術に長けていたが、その力を誇示することなく、龍であるうちにも特別何かを求めるでもなく傷つけるでもなく普通に接してきた。それまで愚かでか弱き人など鼻にかけることがなかったうちが、初めて人に興味を持ったきっかけやったわ」

 顎を反らし、天を仰げば澄みきった空気に満ちているからこその煌めく星空が昔と変わらず広がっていた。もう人の世では何百年も昔の話でも、長命の龍たる彗清にとってはまだまだ新しい記憶で、懐かしく鮮明に思い出される。

 彼女もまた、人に惹かれ、人を加護することに存在意義を見出した一人なのだ。

 「うちら龍は孤高の存在故に、人の持つ繋がりと愛情に恋い焦がれるのかも知れんな」

 人の持つ繋がりと愛情。

 とても心地よい響きが胸にストンと落ちた。母も同じように思ったのだろうか。父と仲間達と共に旅をして、人の心に触れながら。本来あるべきはずの枠を外して、心を通わせて……。

 気付けば頬に冷たい滴が零れ落ちた。

 「燐燐!?」

 「……あ」

 一度溢れた涙はそう簡単に止まってくれなくて。

 伸ばされた彗清の手に寄り添い、肩口に顔をうずめる。

 「悲しいから泣くんか?」

 「ううん、違う。嬉しいの。もし龍が人との対話を最初から諦めていたなら、こうして母も私も生まれてはこなかったのだから」

 「……そうやな。人と龍の間に生まれた子はまさに奇跡の産物としかいいようがあらへん」

 心を通わせられたことでも大きな奇跡の一歩であるのに、心を重ねた証を形と成すことが出来たなど、大いなる奇跡としかいいようがない。

 もっと自身を誇らなければならない。自分に課せられた運命に嘆くよりも前に、黎琳と衿泉の愛の証として生まれ落ちた事実を。

 「この縁が愛しい者達を守るための力とならんこと、祈ってるで」

 「うん!」

 頷いた途端、頭がくらりと傾いだ。

 ――あ、ふわふわする……

 そう言えば湯煙にまかれてさっきから顔がやけに熱かったような。

 しかし自覚するには既に時遅し。ドボンという豪快な音と共に燐燐は湯船に沈んだ。

 「ちょっ、あほやな!話に夢中になって何のぼせとおんねん!」

 いくら燐燐より歳をとっているとはいえ、人の姿は彼女よりも幼い。体格差は歴然としており、何とか頭を湯から持ち上げるのが精一杯だった。

 「全く手間のかかる応龍で」

 「樢!」

 困り果てた彗清の元に樢が物陰から姿を現した。どうやら監視をしていたらしく、異変を察知して姿を見せたようだ。

 状況を冷静かつ的確に把握した樢が燐燐を抱きかかえる。

 「疲れもあるでしょう。このまま応龍は寝かせてきます」

 「待って、樢」

 濡れて顔に張り付いた髪をかき分け、まっすぐに樢を見据えた彗清。

 ずっと聞きたくて、でも聞けなかった言葉があった。樢はこの一族の次期長候補として早くから彗清と行動を共にし、いずれは守護の契約を結ぶものとして。

 しかし閉鎖的なこの里の環境に、少しずつ樢の心は凍り付いてしまったように思えた。そしてそんな風に縛り上げたのは紛れもなく龍としての彗清自身の存在だろう。

 「樢は、うちと出会って、決められた道を歩むことになって、後悔してへん?」

 彗清自身は後悔していない。

 でも彗清の存在故に未来を縛られた樢はどうだろう。そのことがずっと気がかりだったのだが、聞く事でここに結ばれた縁が消えてしまうのではないかと恐れていたために聞き出せずに居たのだ。

 「……」

 緊張の沈黙が続く。

 「……貴方様にはなんだかんだ言っても樢が必要でしょう」

 「~っ、だから――」

 「それと同じように樢も貴方様が必要です」

 ほんの一瞬、ふんわりと笑みを浮かべた樢はまるで幻のように湯気の中に掻き消えた。


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