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龍神飛翔伝  作者: 鈴蘭
三章:古からの系譜
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聖龍の鱗

続いて連続投稿失礼します

 この場の怒りを買った、と甜瑠は思った。

 彼らが提案してきたのは一族の殲滅。いくらむごいと言えども、それを提案するからにはそれなりの覚悟と理由がある。しかも向こうには有無を言わさず了承させる切り札まであった。

 それをみすみす燐燐ははっきりと跳ね除けたのだ。

 樢と白牙の長は目を丸くして互いを見、彗清は案の定怒りに震えていた。

 「ウチは、これ以上誰も傷つけたくないし、苦しめたくないんや!その希望を叶えられるのは自分だけ!うちらがどれだけの希望を持って言ってるんか分かってるんか!?」

 信じられない、と言わんばかりに彗清は燐燐を睨みつけた。

 特に彗清としては、いくら人の血が濃いとしても同族である彼女に龍の誇りを持った返答を期待していたようで、落胆の色は隠せなかった。

 それでも燐燐はひけなかった。藁にもすがる思いで手に入れたかった、自分の力を制御する術をここで失ったとしても。

 「応龍の力は守るための力よ」

 いつだって応龍として母は正しき正義を振りかざしてきた。守りたいものを守るために。

 「そうや、だから守るために諸悪の根源を――」

 母の行動が誤っているとは今でも思っていない。世界を守るのならばその判断が賢明なのは十分に分かっている。それでも。

 「私が守りたいのは地上に生きる者達すべて。そこに例外は存在しないわ」

 「!」

 何が言いたいのか甜瑠は察した。

 「つまり、守りたいものに敵側の存在も含まれる、ということだな?」

 「……うん」

 「何故!」

 「血筋で全てが悪と決まるとは思えないからよ」

 思ってもみなかった所を突かれて、彗清の表情は困惑していた。

 「確かに危険な術を保有する一族そのものを滅ぼせば世界は救われるのかも知れない。でもそれは、本当はそうじゃないかもしれない未来すら摘むということでしょう!その血にかこつけて悪ではないものまで絶やさなければならないかしら?それに、悪を滅するのではなく悪に染まらぬよう導く事こそが本来私達龍がやるべきことなのではないの!?」

 まだ清廉された言葉ではないけれど、それでも伝わってくる彼女自身の誇り高き信念に彗清は思わず息を呑んだ。龍同士にしか感じ取れぬ気配が、未熟だったものから立派な存在感あるものへと変化していた。

 彼女は未熟者などではない。常に物事の本質を見据え、惑わされずに自らの強い意志のもとに気を支配する、立派な龍だ。

 「……全てが応龍の名の元にひれ伏すとは限らぬ」

 長の低くくぐもった声が暗い影を落とした。それでも燐燐の強い意志の気配は揺らがなかった。

 「その時は私が約束通りにするわ。私はただ、その約束に少し猶予をつけてほしいだけ。最初に貴方達が持ちかけたように、猶予を与えてもなお暴走が止まらないのなら私が根絶にかかる。それでいいでしょう?」

 事態が事態とはいえ、事を性急に運ばんとしたことにようやく自覚し、長は静かに目を伏せた。

 「……取引はここに成立した」

 さすがに燐燐も引くわけにはいかぬと気を相当張っていたらしい。その言葉を聞いた途端、張り詰めていた糸が切れるがごとくその場に座り込んだ。甜瑠がすぐさま駆け寄る。その表情は先程に比べれば若干穏やかさを取り戻していたが、未だ苦々しいままだった。

 そう、問題である取引条件が変えられたわけではない。あくまでほんの少し時間を稼げただけだ。その時間の間にかの一族を改心させるなり何とかして無害化しなければ、どのみち血の道を歩まねばならなくなる。

 それでも燐燐はまだ希望が潰えたわけではない、と薄く微笑んだ。

 「じゃあ約束通り、いいもんあげよか」

 彗清が手招きした。その手には結ばれた革紐がいつの間にか握られていた。

 近づき、首を差し出せば彗清がそれを頭からかけた。チャリッと音がしたかと思えば、胸のあたりに薄い水色の貝殻のような飾りが落ちてきた。

 「これは……」

 「うちの鱗や」

 「!」

 弾かれたように燐燐は顔を上げた。どうしてそんなに驚くのか甜瑠は理解出来ずに首を傾げる。そんな様子を見た樢が淡々と補足に入った。

 「龍の鱗は龍の身体の部分の中で最も高純度な気が宿った代物。かつて人は大地に降る龍の鱗を用いて封印や儀式を執り行った程の貴重な物。これをつけていれば力を抑制し、暴走を止められる」

 「本当に……?」

 「うちがその鱗にさらに聖なる気をたっぷり落とし込めたからなぁ。よっぽどでない限りは大丈夫や」

 ふふん、と彗清が鼻を鳴らす。

 飾りが下げられた胸のあたりをすうっと心地よい風が撫でで行くような錯覚を覚えるほど、これが燐燐の気をしかと鎮めてくれているのを感じた。深く息を吐き、精神を集中させれば制御のもとに気が集うのも分かった。

 これさえあれば、あの時のように我を忘れて守るべきものを傷つけることもない。重くのしかかっていた肩の荷が一気に降りたかのようだった。

 「ありがとう、彗清」

 「ただし、これは本当に貴重なもんやから、二度とは授けられへん。なくしたり壊したりは絶対にしないこと!何があってもや」

 「?封印の類ってそれくらいしなきゃならないものでしょう?」

 そこまで念入りされる意図が分からず、思わず首を傾げる燐燐。流石にいちいち状況を説明するのにも疲れて来たのか大きく息を着いた彗清が今度は甜瑠の方に向き直る。

 いきなりじっと深く見つめられて、居心地悪そうに目を逸らす甜瑠。

 彗清の表情が険しくなったかのように思えたが、すぐ次の瞬間には彼女らしい口の端を釣り上げた笑顔を見せた。

 「うちの同族が世話かけるけど、よろしくなぁ」

 「え。あ、ああ……?」

 拍子抜けの顔をしてぎこちない返答を返した彼は、燐燐に視線を移して優しい微笑みを見せた。それだけで二人の間柄は十分白牙の者達に伝わった。

 「ここまでの遠路、はるばるご苦労でしたの。樢、客間へ案内せよ」

 「御意」

 樢の後について広間を出る一向。その場に残った長と彗清が二人が完全に去ったのを確認して重い口を開く。

 「我々に出来るのはここまで。あとは、彼女が正しき道を選んでくれることを信じるしかあるまい」

 「そうやな……あれはあくまでほんの一時の時間稼ぎでしかないやろう。あの調子なら目まぐるしい速度で力が厖大化し、あの鱗ですら御せなくなってしまうやろうし」

 万事解決など、そう簡単に事が運ぶわけもなく。

 未だ不安を孕む要素が多すぎる未来に、二人は沈黙した。

 それを敏感に感じ取ったように、燐燐の胸元の鱗が一瞬光をなくして濁りを見せた。


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