呪術師の因縁
前回更新から約二ヶ月も滞ってしまってすみません
ちまちまとですが、少しずつ書き溜めて執筆しておりますので、今回は二話連続アップさせていただきます
今後とも変わらぬ声援のほどよろしくお願いします
「おお、ようやく帰ったか樢」
「只今戻りました、長」
大きな応接間に入れば、長は既に所定の位置で待っていた。樢や先程の少女とは違う、艶のない白の長髪を軽く束ね、たくわえられた白髭を動かし燐燐を招く。
何だか王宮での堅苦しい礼儀を思い出し、身が縮こまる思いだった。
「応龍・黎琳の娘、燐燐です」
「よくぞ参られた。白牙一族は貴方を歓迎しますぞ」
威厳高き長が膝をつき、頭を垂れるものだから燐燐もきまり悪く慌てて頭を下げた。
「それで、私を呼んだのは何か渡したいものがあると聞きましたけど……」
「はい、彗清ここに」
彗清と呼ばれた先程の少女が近寄ってくる。
「じいちゃん、ウチあれを渡す前にちょっと確かめたいことがあるんやけどええか?」
「このただの老いぼれに何の異存があろうか。お前の意思は我らの意思じゃ」
「ありがとうな」
そう言った瞬間、無邪気な雰囲気が神妙な雰囲気にガラリと変わった。吸い込まれそうな澄んだ蒼穹の瞳が燐燐を捉えて離さない。
「まずいくつか質問するで。応龍は母親が闇の呪術師に何したか知ってるか?」
「えっと、溜謎から大体は聞いたわ。妖魔を飼いならし、人と妖魔の安寧を邪魔していた一族を殲滅しにかかったのだと」
「そう、概略はそんなもんや。じゃあ自分は母親と同じように暗躍する生き残りも殲滅するべきと考えているか?」
彗清のみならず、白牙の者の目が鋭く光ったのは気のせいではない。質問でこの応龍が本当に使い物になるかを試しているようだ。
「……どう私に答えてほしいの?」
そう返すと、彗清は口角を上げた。
「ただの小生意気な娘ではあらへんのやな。そりゃそうでなきゃうちらの名も廃るってもんや」
「まるで私の行動が貴方の誇りを傷つけかねないみたいな言い方ね」
「そりゃ同じ系譜を継ぐ者同士やからなあ」
「へ?」
燐燐のみならず甜瑠まで冷や水を浴びせられたような間抜けな顔をした。
「ちゃんと集中したら気も読めるんやろ?やってみ?」
言われるがまま、燐燐は目を閉じ意識を飛ばした。
そして感じた。長や樢が放つモノや甜瑠の放つモノとは違う、大いなる流れを。それはまるで――。
「龍……」
ため息を吐くように声を漏らした。
母や伯父から感じられる仰々しいモノとは違うが、他の存在を凌駕するような流れを彼女はその身に内包していた。
「久々に同族に会えて嬉しいわあ。かつては色々おったけど、元より地上に住んでた分で生き残ってるのはたぶんもううちだけやろう」
寂しそうに彗清は目を伏せた。
「あとの系譜は皆人と運命を共にして途絶えてしもた。どんなに愚かしいことをして人間が破滅に向かっても、龍としての情は見放すのをよしとしなかったんやろうな」
「だから貴方様が知らないのも、恐らく貴方様のお母上も知らないのも無理はない」
樢が割り入るように言葉を紡ぎ、暗黙の意図を示す。流石に彗清も今は感慨にふけている場合ではないと気を取り直して話を進める。
「それはもういいとしてやな、燐燐。うちらは自分の力を制御する術を握っている。けどこれを渡すためには約束してほしいことがあるんや」
「つまり、取引ね……」
そう簡単に事が進むとは思っていなかったが、何を要求されるのかがいまいち分からない以上容易に承諾するわけにはいかない。
緊張で思わず燐燐はごくっと唾を呑んだ。甜瑠も固唾を呑んで二人を見守る。
「うちらの要件は、闇の呪術師一族を今度こそ根絶やしにすると誓う事」
「!」
「!お前それどういう意味で言ってるか自分で分かってるのか!?」
間髪入れずに甜瑠が叫んだ。振り返れば樢に制された甜瑠の表情が苦渋に歪んでいた。
「それは――それは、世界のために燐燐の手を血に染めろってことだぞ!」
人を傷つけるだけでも十分咎められるべき事であるのに。ましてや一族を根絶やしに殺せ、などと。
事の重大さを身に知った燐燐は顔面蒼白で彗清を見た。
それを見た彗清はちょっと肩をすくめ、呆れたように言った。
「やっぱり甘いな、人の子は。そう思わん?白牙のじいちゃん、樢」
「……」
二人は無言だった。しかし長と樢がまとう気は憎しみと言うよりも憐みに近いものだった。てっきり対立からくる恨みなどからかと思ったのだが、それは違うようだ。
「あの一族は殲滅しておかないと後々面倒なことになるで。間違いなく」
「どういうこと?」
「どうしてうちらが応龍と結ぼうとしてるか考えてみ?白牙にはうちという龍がおるんやで?憎しみや恨みからくる復讐ならとうの昔にうちが動いてるわ」
という事は彗清ですら動けない何かがあちらにはあるのか。
何だか得体の知れない脅威がそこに潜んでいるようで、知らず知らずのうちに燐燐は自身の手を握っていた。
「問題はな、応龍。あの一族が理を捻じ曲げるような禁術を持っている事なんや」
「禁術?」
「――死の理を曲げ、亡き者を再び現世に引きずり上げる術」
何の言葉も発せられなかった。
絶句する燐燐と甜瑠を余所に、彗清が続ける。
「万が一それによってあれが蘇れば――」
「あれ?」
それが燐燐の感じる脅威を指すならば。
嫌な予感が紡がれた彗清の言葉で確信に変わる。
「陰の気を司る龍、黒龍が復活すれば、世界は闇に滅びるやろう」
ずしん、とその言葉が重く二人にのしかかる。
世界が滅びる。それほどの脅威が今あの悪質な者達の掌中に眠っていると思うだけで末端から血の気がなくなっていくようだった。
もはやさほどの猶予はないのだと悟る。
「――龍の加護を巡って白牙とあの一族、黒翼は対立した。清浄なる龍の加護は我ら白牙が勝ち取り、黒翼は勢力を失った。しかしその欲望が故に黒龍などというものを手にしてしまった……」
頭を抱え項垂れる長は、何か思い出したくない光景を目にしているかのようだった。
「互いが龍の力の元に、それぞれの正義主張を掲げて争った。あれは人の世にあってはならないもの。死力を尽くして滅さんとした。それでも我々にはあれを封じ込めることしか叶わなかった。我らが龍の力ですら弱体化するまでに留まったのだ。あれほど血を流し、大切な者達を、失ったと、言うのに……!」
「長」
嗚咽を漏らす長の背を樢がさする。折れ曲がったその背の姿は、まるで失った者達の屍を背負ってきていたかのようだった。
「さて、答えを聞かせてもらおか、燐燐」
鋭く突きつけられた言葉に、燐燐は思わず肩を竦めた。答えを迷う余地などない、あるなど言わせない。そう彗清の瞳が訴えているようだった。
――大いなる力を司る者は常に世界を見据えなければならない
応龍の娘として、守るべきものを守るために決断すべきなのだとちゃんと理解している。だが……!
「根絶やしにする、という約束は出来ない」
はっきり、そう燐燐は告げた。
そしてそれは尊敬し憧れる母の姿に、初めて反したものであった。




