醜争の果てに
これまた随分と間が空いてしまってすみません……
相変わらず多忙で亀更新ですが、一応ちょこちょこ執筆はしていますのでどうぞ変わらぬご支援お願いします。
傷口からびりびりと全身に回ってくる得体の知れないモノ。傷そのもとは無意識に防衛のために放たれていたと思われる気のおかげか、それほど深くはない。しかし先端に塗られていた深緑の液体が体内に侵入し、体中を駆け巡っていた。
「応龍……!」
とうとう膝が崩れ、その場に座り込む燐燐。
たまらず甜瑠がなりふり構わず群衆から飛び出す。燐燐の側に寄り、傷口から毒を絞り出そうと周囲の肉をつまむ。むしろそちらの方が痛覚を刺激し、思わずううっと唸ってしまったのだが。
弟王を見やれば、彼は鬼のような形相で怒りを露にしていた。
「おのれ、いくら応龍であってもこの私に協力するどころか邪魔立てをするとは……。許さぬ!この手で我らが治世を脅かす存在となった応龍を消してくれるわ!」
そして全てを悟ってしまった。彼は心を改めるつもりはなかった。応龍の説得で心を改めた弟王を演技して燐燐につけ込み、まんまと玉座を手に入れようとしていたのだ。
「――自分の都合が悪くなったからって、この子を殺そうとするなんて、王族たるものが何てことを……!」
怒りに狂う弟王に反抗心を露わにしたのは春零だった。ツカツカと弟王の元に歩み寄る。
「春零殿――!」
相手はまだ毒針或いは凶器になる物を所持している可能性がある。そんな人物に自分の妻を快く近づかせるわけにはいかなかった。
しかし春零は銀蒐の制止を強く振り払って弟王の前にツカツカ歩み寄った。そして瞬時に懐から扇を取り出し、それを横に思いっきりはらった。バシン、と弟王の頬は乾いた音を立ててひっぱたかれたのである。
「「!!」」
あの温厚な春零がこのような大胆な行動に出るとは思いも寄らず、燐燐と甜瑠は驚きのあまり空いた口が塞がらなかった。一方の銀蒐は、また無茶をすると言わんばかりにばつが悪そうな表情をしていた。
いくら女王の側近の妻とはいえ、王族に手を上げるなど前代未聞である。周りがざわめき、警備に配属されている兵が今にも春零を縄につかせんばかりに機会を窺っている。一気に緊張した空気が辺りに張り詰める。
はたかれた本人は呆然として、目の前に立つ女性を見ていた。
「貴方はこうやって誰かに頬を叩かれたこともなく育ったのでしょうね。だから人の痛みが分からないのですよ。そちらの王子殿下もそうでしょう。お二人が対峙することで、どれだけの人が身も心も傷ついてきたのかを考えたことがありますか!?そして貴方達がこれからしようとすることで今度はどれだけの民が傷つき、苦しむことになるか想像出来ませんか!?」
しん、と静まり返る広間。
「……さっき、私が貴方を騙したと言ったけれど、こんな暴挙に出たということは、貴方も私を騙して王位を手に入れようとしていたのね」
「!それは……」
「もうよい、これ以上無様な醜態を晒すでない!」
この期に及んでなお言い訳をしようとする弟を女王が叱責した。
「私がいけなかったのですか?王位継承者を第三者の眼で、はっきりと、情けなどなく宣言しておけばこのような愚かな事を招かずに済んだのです?」
「それは違います。その時はその時で、選ばれなかった方が選ばれた方を確実に陥れようとしたと思います。何せ弟王も王子も、私に取り入ろうと必死でしたからね」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
弟王から毒針を打たれたが、既に毒は気によって浄化されていた。それでも足腰に力が入らないのは、表面は必死で取り繕っているだけで、本当は裏切られたことで相当心が傷つけられたからだろう。
彼らは実に愚かな王位継承者達である。本来ならば春零のように怒りをぶつけ、成敗するべきなのであろう。しかし既に伝えるべきことは伝えてある。あとは心構えの問題ではないのである。
今必要なのは、こうした対立状況をひっくり返すこと。
「それと、貴方との約束を違えたつもりはないです」
「何?」
弾かれたように王子が顔を上げた。
「私は女王様にどちらか片方が就くのであれば両方不適格、と言いました。だから――両方王位に就いてしまえばいいのです」
「ちょっお前!何言って……!」
「私は二人の考えを聞き、両方民への配慮が足りないと思いました。けれど、権威も財もなければよい政治などまず存在はしない。たがらいっそお互いが王となり、意見を分かち合っていった方が上手くいくと私は思うのですが」
甜瑠の言葉を無視した燐燐の発言は、まさに国のありようをひっくり返すような突出したものだった。
驚愕のあまりにふらふらとその場に座り、倒れ込む人が続出し、弟王と王子は目を丸くして互いを見ていた。
「おいこら、いい加減なことを言ってんじゃないぞ!分かっているのか!今のお前は応龍として発言しているんだぞ!その影響力を分かってて言ってるのか!?」
「甜瑠、私は冗談で言っているつもりはないよ」
にこり、と微笑んだその表情は、かつて黎琳が見せた慈愛の色とよく似ていた。
「そもそもお互いが争わなければならない敵同士だと考えるから、あれこれ画策を練るし、思考もだんだん手段を問わないものになってくるのよ。両方が王になれるのなら、文句はないでしょう?」
「冗談じゃない!私は姉上と血もつながらぬ妾腹の子と仲良く手を取り合うつもりはない!」
「私の方こそ、たかだか女王の血縁者だからと地位目当てに上り詰めてきた貴殿と一緒になど……!」
「いいじゃない、そうやって本音をぶつけていけば」
もはや燐燐の口は誰にも止められない。
「本心を隠して裏でこそこそするのも大変でしょう?本音をちゃんとお互いにも、政治にもぶつけていけばいいじゃない。そこには他の臣下達も遠慮なし、でどうかしら?」
「「!?」」
「要はお互いに知識が足りないのよ。だから二人で持ち寄って、それでも足りない大事な部分はこれから臣下達を頼っていけばいいでしょう?確かに醜い感情を持って企てする者達もいるでしょうけど、その時はまた私が成敗しに来るわよ。皆一丸となって、よりよい治世を築き上げるの!これが応龍としての、私の考えよ」
自分の考えに自信を持って。そう自分に暗示してみれば、身体は軽く言うことを利いた。すくっと立ち上がり、高らかに宣告する。
「二人の血縁関係など関係ない。それぞれの能を最大限に活かし、よりよい国を、未来を築くこと。それが継承者である二人に課せられた使命よ。そしてその周りにつく者達全てがその能を正しく扱う道しるべとなり、補助となること。それもまた使命。――その使命を全うし、私に示しなさい!人として描くべき未来を!」
実の母親に引けを取らない威圧感。先程までただの小娘でしかなかった少女が、今目の前で高らかに言うその姿は手が届かない存在であることをまざまざと感じさせるに十分であった。
たまらずその場に居た者全てが膝をつく。一部は全身から力が抜けてしまったように呆然としていたが、それこそ新たな応龍の前に下った証であった。
ただ一人、狂気の導き手を除いては。




