正義の一閃
更新が大変遅くなってしまって申し訳ありません……!
今月から人生初のアルバイトに奮闘しておりまして、しかも明日からまた学校が始まるということで、亀並み更新になってしまうこと必至です。
それでも可能な限り時間を作って執筆をしていきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
「さて、これからどうするんだ?」
鞭で縛られ、身動きが出来ないのをいいことに、王子はふふんと鼻を鳴らす。自分一人では何も出来なかったくせに、こうした思い上がりだけは立派にしてみせるものだ。
「応龍、大人しくしていただけるならばこちらもこれ以上の手荒な真似は控えましょう。ですが、このままあちら側につくと言うのなら、関係者全員に危害を加えることもやむを得ませんよ」
「……!」
この女だ。
競争相手である弟王本人はおろか、周りの人間、そして偶然居合わせた燐燐達までも容赦なく残酷な死に目に追いやろうとしたのは。
やむを得ないなんて言っているが、表情が物語っている。こいつは手段を選ばない。人の命が奪われようが、関係ないのだ。最終的に望んだ道が開かれればどうだって。喜んで屍の上を何も顧みることなく平気で渡ってくるのだ。
こんな者のために死した者達の事を思うと、胸が張り裂けそうになる。
「黙っている、ということは、わたくし達に協力を惜しまないと了承したととっていいですわね?」
このまま黙っていれば、提案どおりにその他の関係者を手にかけないであろうか。
否、彼女らの目的は実験を握ることなのだから、少なくとも弟王は間違いなく手にかける。もう手段は人前など憚らぬだろうから、会場は大混乱に陥るだろう。そのどさくさに紛れて、現時点の実権を握る女王すらも殺すつもりだ。目障りだと判断されれば、側近である銀蒐夫妻達もどうするか容易に想像出来た。
「……っ」
まただ。
自分には母親から受け継いだ大いなる力があるはずなのに。なのに……それを未だに制御出来ない故に、活路を見いだせないでいる自分に、腹が立つ。
頼りの剣がない以上、ここでむやみに力を発動したところで、敵どころか味方もろとも吹き飛ばしかねない。何も知らない者達も巻き込んでしまう可能性が十分にありすぎる。
「じゃあ、このまま会場に戻りましょうか」
鞭を解き、燐燐の背に回した溟嬬の手は、血が通っているか分からないほど冷たく思えた。
半ば溟嬬に押される形で燐燐は歩き出した。
「あら、王子殿下に諮問官様よ。隣にいらっしゃるのは先程のご令嬢よ」
「まあ、これは本格的に見初められましたのね」
中に入れば、王子と諮問官の登場に会場がどよめき出す。まあどよめきの一番の原因はその二人に囲まれて歩く燐燐の姿なのだろうが。
ようやく騒ぎを聞きつけた甜瑠が状況に気付いたようだった。
「――燐燐」
まるで自分の落ち度だと言わんばかりに歪んだその表情は、燐燐の心を締め付ける。そうじゃない、これはあくまで自分の落ち度であるのに。
「大丈夫」
そう、すれ違い様に言うしか出来なかった。後ろに回された手が、立ち止まって話す事を許さなかった。
とうとう女王の目の前へと突き出される。周りが注目して静まり返る。
「女王陛下、この宴の席に、ぜひご紹介したい人物がございます」
王子と諮問官が跪き、凛とした声で言った。
女王は肘掛けを支えにゆっくりと立ち上がった。慎ましくも煌びやかな衣と対象的な、侘しく痩せこけた四肢が痛々しい。しかし先程の挨拶の時に感じたとおり、気はしっかりしているようだ。
「……そこの娘ですね?」
「はい、彼女は――」
「よく来ましたね、応龍……いえ、黎琳様の娘よ」
「「!!」」
さっき王子達と会場に戻った時よりも大きなどよめきが広がった。疑いの目を向ける者、敬意にひれ伏す者、未だ訳が分からず呆然と立つ者。銀蒐は至極冷静にこの場を見据え、春零はどうしたらよいものかと胸をどきまぎさせていた。
「お気付きでしたか、女王陛下。ならば話が早い……」
「気付くも何も、この子は黎琳様や衿泉様にそっくりではないか。そうは思わぬかね、銀蒐」
「……そうですね。私もそうかとは思っていたのですが」
「隠し事はよさぬか、銀蒐。もう私は覚悟をしている。寿命が時期に尽きることにも、王位継承の問題で血肉の争いが今この時も繰り広げられているであろう事を受け入れることにもだ」
静かな口調とは裏腹に、とんでもない威圧感が彼女から放たれていた。先程まであれほど強気に出ていた王子も諮問官ですらも閉口せざるを得なかった。弟王も実の姉とはいえ、口出しをすることは許されなかった。
「おいで、応龍」
「……はい」
女王のお召しを口実に、溟嬬の手の内から逃れる燐燐。切り札を失い、溟嬬は歯噛みするしかなかった。
燐燐が傍らに到着するなり、真剣な眼差しで彼女は言った。
「応龍よ、ここに来て自らが体験した真実を、白日の元へと晒せ」
それは、自分の弟とかつて愛した元帝王の子供を咎めるということを指す。王族の恥を晒すことは今後の権威に大いに影響することとなるだろう。そして何よりも――彼女は身内同士のいがみ合いから目を背けることは出来なくなる。
周りの心配を知ってか知らずか、女王が促す。
――痛みを伴わない限り、人は教訓として学べない、か……
恐らくこの痛みから女王を守るために、銀蒐並びに女王の配下達は必死に事実を隠し仰せようとしたのだろう。
だがこれではいつまでも対立は続き、事態が悪化していくだけだ。これ以上、罪なき犠牲者が出てしまう方が、きっと女王も心を痛めるどころか心を壊してしまうだろう。
――ならば、あえて私が鉄槌を下そう
過去は変えられなくとも、未来をより良いものへと導くために。
「全て、お話ししましょう。全て」
「やめろ……」
小さく呟いた弟王の声は確かに燐燐の耳に入ってきたが、無視をした。
「城に訪れた私と先に接触を持ったのは弟王でした。弟王は王権をより強固にすることを考えており、そのためには民の厳しい統制・処罰も厭わないと私に言ってのけました。具体的には、王を批判した民を厳罰に処するというような。まるで民を替えが利く捨て駒のような扱いをしておいでだった」
とても恐ろしいと言わんばかりに、女王の顔が蒼白になった。
「しかし……それよりも恐ろしいのは王子の方でした」
「お聞きにならないで下さい、女王陛下!」
ありったけの声で邪魔をしようとする王子を、燐燐は自分でも恐ろしいほど冷ややかな目で睨みつけた。王子は蛇に睨まれたかのように肩を竦め、押し黙った。
「王子は私の居た場で、弟王の毒殺を試みたのです。それも、弟王だけならまだしも、彼の臣下や使い皆もろとも」
批判の目が王子に集中した。ぶるぶると小刻みに震え、言葉に詰まる王子に諮問官が助け舟を出す。
「王子は王権にしがみつこうとする反逆者たちを粛清するためにあえて強靭をとったのです!彼らは弟王と共に王子を暗殺しようとしているという情報が入って、それで……!」
「先程王子とも話をしましたが、彼は財に重きを置き、それを蓄えるために民から絞り出すという目論みをしていました。いわば、彼にとって民は財を提供するだけの家畜同然と言ったところでしょう。ですが、あの毒殺案は……王子の提案ではなく、貴方の提案ですよね、諮問官・溟嬬?」
燐燐の言葉の一閃に、溟嬬はぎょろりと目を見開いた。
「ここに申しあげましょう、女王様。どちらか一方が王位に就くのは不適切だと思われます」
もうどちらが適切な後継者か、などといった程度の問題ではないのだ。
改めてそれをはっきりと言葉にされた女王は、慄きふらふらと玉座にへたり込んだ。
「よくも……よくも騙してくれたな、応龍!!」
掠れた声で呆然と真実の告白を見ているしかなかった弟王が急に叫んだと思えば、何かがこちらへ向かって飛んできた。
剣で弾こうとしたが、今更剣は手元にないことに気付く。慣れない足元で飛んでかわすことは出来なくもなさそうだったが、この軌道では間違いなく女王に当たってしまう。
――っ、どうしようもない……!
結果、燐燐は飛んできた毒針を右腕に刺さらせてしまうこととなった。




