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龍神飛翔伝  作者: 鈴蘭
一章:陰謀渦巻く都
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蹂躙する悪夢

いつも定期的な更新ができずに申し訳ありません。

夏休みに入り、ようやく執筆の時間を作れるようになりましたので、頑張って執筆を進めてまいりたいと思います。

なお、今回は遅延更新の埋め合わせという感じで二話連続更新となっています。

 案内されたのは東の一番奥にある部屋。

 広々とした部屋の中には質素ながらも味のある高級家具が飾られ、壁には一人の男の肖像画がかけられていた。

 その肖像画の本人が質のよい椅子に腰かけて二人を待ち構えていた。

 「銀蒐の使い、か……。なるほど上手く考えたものだ」

 透き通った露草色の瞳には、何もかもがお見通しのようだ。一通りその何とも言えない視線の歓迎を終えて、弟王は客人用の椅子に二人を招いた。

 視線を逸らさず、恐る恐る燐燐は椅子に座る。

 「まあそう警戒するでない。我々は貴殿に危害を加えるつもりはない」

 などと言いつつ、周りに控えている瞳は鋭く光っていた。

 「……我々に従うのであれば、だが」

 「!」

 思わず燐燐が立ち上がれば、すかさず矢が一本、燐燐の頬を掠めて後ろの壁に突き刺さった。つう、と一筋の赤い線が浮き出る。

 「本当にこの者が次代の応龍に間違いないのか」

 「は、間違いないかと。報告を受けたとおりの容姿ですので」

 どうやら完全に自分が応龍の娘であるとは信じられないらしい。それだけ「ただの小娘」にしか見えないのだろう。あからさまにそういう雰囲気を出しているのも困り者だが、逆にこんなのがか、と舐められるのも腹が立つ。

 ――そうよ、私は応龍の娘。ちょっと何かをしてしまえば、主導権はこっちに渡ってくるはず

 些細なことでいい。彼らの感心を誘う何かが出来ないだろうか。

 なんて考えているうちに、召し使いが恭しく客人へのもてなしを用意してきた。春零達の屋敷のとはまた違って、見た目が煌びやかな飴細工が運ばれてきた。これを食べやすいように折って口に運ぶなんて許されないのではないかと思えるほどの芸術作品としてそこにあった。

 「まあ落ち着きたまえ。ゆっくり茶でも飲んで、我々の話を聞いてほしい」

 向こうは懐柔作戦で来るようだ。飴によく合う少し苦みの利いた高級茶が運ばれてきたが、この中にもその作戦の足がかりが入っていそうだ。睡眠薬や催眠薬が入っている可能性が高い。

 茶器には一切手を触れず、じっと弟王を見据える。

 弟王はそれ以上飲むことを強要するでもなく、余裕綽々で話に入った。

 「我々はあの妾腹の者のように、財にもの言わせるようなことなど目論んではおらぬ。現在の女王の治世はそこそこ良好であるが、国民に慈善を与えすぎて、権威が薄れているのは紛れもない事実だ。そこはやはり揺るぎないものとして、断固血縁たる我が帝位を継いで率先して民を統率しなければならないのだ。権威を取り戻せば、更なる国の発展が期待できる。どこからともなく来た余所者にも、私に媚売る汚らわしい豚どもにも好きにはさせぬ」

 恩恵目当ての貴族たちのことを豚呼ばわりとは、また過激な帝位後継者である。しかしこれで彼の放っている気の澱みの理由が分かった燐燐であった。

 「……城下町で聞いた貴方の評判はよくなかったけど」

 「どこのどいつだ、それは」

 ぎらり、と獲物を見定める狼のような眼差しが向けられた。先程の動じない表情とはうってかわって、今にも喰いかかると言わんばかりの形相だった。

 「帝位を継ぐ我の悪評を述べるなど、言語道断。そのような帝王への反逆心を持つ民などいらぬ。応龍よ、その者を今すぐ引きずり出せ!」

 「お断りします」

 きっぱりとした返事に、弟王は冷や水を浴びせられたかのように固まった。

 今にも溢れそうな怒りを、全ては円滑に事を運ぶためだと自身に言い聞かせて何とか制する。それでも剣の柄を握っている手が小刻みに震えてしまっていたが。

 「まだ未熟な私に政の事なで完全には理解出来ません。けれどもこれだけは確信を持って言えます。城下町のみならず、この国に住む全ての国民の訴えは尊重し、耳を傾けるべきだと」

 時々、母の元にやって来た村人の事を思い出した。

 中には母が応龍で、王族にも顔が利くことを利用して脱税を企む者もいた。その脱税の原因は、庁のずさんな見積もりによって設定されてしまった課税だったのである。

 母は女王の元へすぐさま報告をし、その課税は帳消しにされ、土地の生産能力に見合った税に見直された。後に全国各地でそういう不正があり、庁で私腹を肥やしていたという悪行もここから明るみになったのだ。

 民の声を聞き、全てをとはいかないが、出来るだけ改善を行うことで民にとってもよい政治が行き届く。そしてよくなった政治がまた民の心を掴んでいく。そうした循環こそが政には必要不可欠ではないのか。

 あの女王の弟なのだから、噂は信憑性があまりないと思っていたのだが、どうやらそうでもないようだ。

 「貴方に民を選ぶ権利なんてない。その帝位が何の力によって安定を得て、存在しているのか今一度考えてはどうでしょう」

 「――応龍とはいえ、まだ齢数えぬ小娘が私に口出しなど!」

 「少なくとも、私は今の貴方が帝位を継いでも未来があるとは思えないわ。いまだ幼き娘であっても、民の声を聞く現女王がどれほど立派で、大事なことをやっていらっしゃるかぐらいは分かるわよ!それを疎かにして権威を絶対的なものにしたって、誰もついてはいかないわよ!」

 説教をくらった弟王は目を丸くし、甜瑠と弟王の付き人はいつ怒りが爆発するかとはらはらしていた。

 やがて弟王が腹を抱えてけらけらと笑い出した。応龍の娘と言えどもただの少女同然の娘に説教などくらって、気でも狂ったのだろうか。

 しかしそうではなかったらしい。燐燐に近づくなり、その頭をくしゅくしゅと撫でた。

 「あはは!その若さで芯の通った事を言ってくれるものだ!」

 どうやら気に入られたようだ。これでとりあえず緊迫した状況は回避出来たと言っていいだろう。今まで気を張っていた甜瑠はほっと胸を撫で下ろし、安心して椅子に身体を預けた。

 「私の目を覚ましてくれたことに感謝する。心を改めて政に尽力する事を誓おう。これでそなたの協力も仰げるか?」

 これで少しはましな政が今後も展開されていくだろうし、片方がさっさと帝位を継いでくれたら問題も解消するのだから、断る理由はなかった。

 「――それでなら構いませんよ」

 「よし、では皆の者、これで私が帝位に就くのも確約されたようなものとなった。祝杯をあげようぞ!」

 指をならせば、すぐさま酒が運ばれてきた。匂いを嗅いだだけでも吐きそうだった燐燐は遠慮し、先程進められた茶を手に取った。

 ちゃんと意識を集中させれば、変な異物が入っていないのが気で確かめられた。燐燐と甜瑠の手にした茶には。代わりに毒々しい反応があったのは――弟王そして下々の者が手にした無数の杯からだった。

 すぐさま燐燐が声を張り上げた。

 「その酒を飲まないで!!」

 弟王と反応のいい者達は何とか口に注ぐ寸前で静止したが、残り複数は一滴の雫あるいは一飲み飲んでしまった。

 「一体何を……」

 状況が読めないその場に悪夢が間もなく始まった。

 「ぐっあああぁぁぁ」

 「ぎゃああぁぁぁ!!」

 酒を口にした者達が次々ともがき苦しみ始めた。ある者は床にのたうち回り、ある者は首を押さえて天を仰ぐ。そしてそうならないうちに何やら焼けつくような音と臭いが充満し始め、その身体がみるみる朽ち果てていった。

 「これは……毒?」

 ばたばたと倒れていく人々。それはまるで腐敗したかのように皮膚は溶け、中の筋肉などが剥き出しになった状態の屍だった。

 それがただの屍であればそれで良かった。

 だが、その屍がほどなくして動き出したのである。仕えをしていた女達が混乱し、悲鳴を上げながら逃げ惑う。驚きで身じろぎ一つとれない弟王の元にもその魔の手が忍び寄る。

 「や、やめよ……」

 屍は片手で弟王の襟首を掴み、もう片方で予備で残されていた杯に手をかけた。そして杯に残された雫を弟王の口元へ運んだ。

 「だめ!!」

 燐燐と甜瑠が駆けつけようとする前に、それは弟王の喉を伝った。

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