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龍神飛翔伝  作者: 鈴蘭
序章:平穏の終わり
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忍び寄る影

あらすじにも載せましたとおり、この作品は「龍神烈風伝」の続編となっています。

そちらを既読の上でこちらを読んでいただくことを推奨します。

 風琳国――人と妖魔が互いに手を取り合い、ぎこちなくも共存の道を歩み始めて早十年。

 個々の村では人と妖魔の子が健気にはしゃぎまわるのも、当たり前になっていた。人も妖魔も、或いは混血も関係なくお互いがかけがえのない「存在」として尊重し合えるまでになった。

 勿論ここまでなるのにはこの十年のほとんどを費やさなければならなかった。この国を治める女王が人と妖魔との戦争が終結したと宣言した後も混乱は続いた。その話に耳を傾けなかった者達は今までと変わりなく互いを傷つけあった。しかしそんな所には必ず「希望」が光臨した。争いを終結へと導いた伝説の応龍の存在そのものだ。

 彼女と共に戦った仲間達も、個々に紛争やいさござの仲立ちを積極的に行い、ようやく事態が落ち着いてきたのが今日この頃なのである。

 そして世には語り継がれていない旅の本当の始まりの地、かつて滅んだが再興された辺境の村に彼女の姿はあった。

 十年経っても変わらない、美しい姿を保った亜麻色の乙女。顔立ちこそは子供っぽさが随分と抜けて大人びているものの、それ以外は全く変わらない姿のままだ。

 「こんな所に居たのか、黎琳」

 名を呼ばれ、振り向けばかつての旅の仲間にして現在は夫である剣士・衿泉の姿があった。服の襟をわざと乱して着るのは変わりないが、若草の髪は細く更に伸びており、背もまた伸びてがっしりした身体つきになった。さらに一層筋肉質になっているので、その肉体美で目のやり場に困る事もしばしばだ。

 この地に応龍として光臨し、初めて衿泉と出逢った彼の故郷で黎琳は暮らしていた。今まで人間が家を持って暮らす水準の事は一切してこなかったので、家事は最初の数年で衿泉に怒鳴られながらも身につけた。身の上事情をあらかた話していた隣の家は、親切に温かく見守ってくれたものだ。

 「……あんまりここに居ても仕方がないだろうに」

 呟いた衿泉に対し、黎琳は憂いの籠もった表情で言った。

 「私達は確かにこの国を、世界を救った。なのに、こんな身近な人々を守れなかったと思うと、やはり苦々しいんだ……」

 彼女達が居たのは村にぽっかりと空いた更地だった。それもつい最近出来たばかりの。

 ――つい先日、何者かによって一家もろとも消し去られた後の

 そう、あれほど親切にしてくれた隣の家は跡形もなく消し去られたのだ。

 家の人も、家そのものも、全て一瞬に、消え失せた。

 異変に気付いた時にはもうほとんどこの状態だった。この周辺では見られない赤茶色の土を表面に降り積もらせた更地が完成していたのだ。日を経るごとに赤黒くなっていく、血染めの地表が。

 「……日が暮れる。冷やしたら身体に悪い」

 「私は別に関係ない」

 「いいから」

 引き寄せられる形で黎琳は衿泉の中に顔をうずめた。

 彼は分かっているのだろう。本当は身体ではなく、心が冷たい氷の刃で傷ついているのを。

 「あいつも待ってる」

 「……そうだ、な」

 我が家にはもう年頃にまで成長した娘が待っている。家族が出来たことは黎琳にとっても衿泉にとってもかけがえのない幸せだった。しかしこの現実を前にして、その温かさに身を委ねてしまってもいいものなのか。

 ――……これが、何かの始まりとならなければいいのだが

 拭え切れない一抹の予感と悔恨の念に足取りは重くも、黎琳はようやくその場所から離れる事が出来た。



 家に帰れば食卓の前に仁王立ちする少女の姿があった。

 何があったかなんて彼女にとってはお構いなしだ。それよりも大事なのは――。

 「おっそい!!二人ともが帰ってこないからご飯食べたくても食べられなかったじゃないのっ!!」

 他でもなく食欲な娘に、二人は思わず気を緩めてしまった。

 「悪い悪い、燐燐(りんりん)。すぐ飯にしよう」

 愛おしそうに娘の頭を撫で、卓につく。

 愛する人よりも深い若葉色の髪が二房、黎琳の目の前に揺れたかと思えば。

 「母さんも早く座る、座る!」

 腕を引っ張り強引に座らせ、満足気に燐燐も卓につく。

 ここで初めて黎琳は料理を全部作った後、事の次第を聞いて何もかもほったらかしにしていたのをようやく思い出した。恐らく全て冷めてしまっているだろう。

 それでも気にせず燐燐は幸せそうな顔をして料理を頬張る。

 「やっぱり家族皆で囲む食卓は最高!」

 「そうだな。お前は母さんの料理がまだ安定しない時から美味しい美味しいって嬉しそうに頬張ってたからな。まったく、食ではないが熱くなる性格は黎琳そっくりだ」

 「私にそっくりなのか!?衿泉だって熱くなるのは同じだろう!」

 「ほらそうやってすぐ熱くなる……」

 「何なら今すぐ外に吹き飛ばしてやろうか……?」

 手っ取り早く黎琳が気を集中させ始めたので流石の衿泉も応戦体制に入る。

 今にも衝突しそうな空気の中で、燐燐はこう言った。

 「食べないなら父さんと母さんの分も貰うから」

 「「え」」

 返事も待たずに黎琳と衿泉の分の皿に手をかけようとするものだから、二人は慌てて食卓に手を戻した。放っておけば他人の分も全部たいらげてしまうくらいの大食い娘には二人も敵わなかった。

 確かに本気になれば食べられたのだが、こう言ったのはもちろん黎琳と衿泉のいざこざを帳消しにするためなのである。

 ――まったく、してやってくれるものだ

 それなりの知能も身につけた娘は、どんどんたくましく育っていた。あれだけ食べているのに体型はふっくらどころかほっそりしているが。父から習っている剣術も随分と上達しており、戦士としてもたくましくなっている。親としては誇らしくもあり、複雑でもあった。

 大切な者を守るためには、どんな綺麗事を並べてもやはり実力が必要だ。とは言え、その身を危険にさらす事になりかねない実力を持たせるのは親として心配だった。

 「ねえ母さん、隣の家はどうなっちゃったのか分かったの?」

 娘がふってきた話題に黎琳ははっと顔を上げた。

 ちゃんと悟っているのだ。あれは只事ではない事を。もしかすると、母同様に嫌な予感を肌で感じ取っているのかも知れない。

 ――聡いとは言っても、その幼い心を苦しませる事はしたくない

 「きっと悪戯な妖魔に家を焼き払われてしまっただけだろう。家は全く残らなかったけど、遺体や人骨も見つかってないのだから、一家は何処か遠くに逃げおおせているさ」

 見え透いた嘘だったかも知れない、と黎琳は口にしてから後悔した。

 しかし燐燐は頷き、納得して

 「そうだといいな。ううん、きっとそうだよね」

 そう言って食後の茶をすすった。



 夜も深まり、娘も眠りに着いた頃。

 衿泉をどうにか説得して、黎琳は寝静まった村を一人歩いていた。

 一人では行かせられないと言って自分も行く気満々だった衿泉を宥めるのは手間がかかった。しかし二人とも出てしまえば娘を一人にすることになる。もし狙いが応龍である黎琳にあったならば、それこそ格好の隙を作る事になる。何としてもそれだけは避けたかったのだろう。だが応龍としてその輩に立ち向かう事を決めたその意志を揺るがす訳にはいかず、とうとう衿泉は折れたのだ。

 感覚を研ぎ澄まして、辺りの気配を探る。今の所は寝入る住民のものしか感じられない。

 ――まあ、そうすぐには来ないか

 踵を返そうとした時だった。

 僅かだったが、木々が騒いだ。そして妙な気配を感じた。気配そのものではなく、気配を隠した術のようなものを感知したのだ。巧妙に仕込んである事を考えると、相当力のある妖魔なのだろう。しかし、こんな時間にどうして……。

 黎琳が更に詳しく探ろうとした次の瞬間、数人の影が一斉にこちらへと向かってきた。

 「はっ!」

 気を使って弾き飛ばそうとしたが、読まれていたらしくその流れに沿って避けられる。瞬時に黎琳を囲むと、それぞれ短刀らしき刃物を出した。

 「貴様がこのような世界へと変革した元凶か」

 「誰だ!お前達は、私を狙ってここへ来たのか!」

 ここぞとばかりに月明かりが明るく照らす。

 その姿を見て、黎琳は思わず目を疑ってしまった。何故なら、その影は妖魔などではなく、普通の人間達だったからだ。

 混血の特徴も見当たらない所からして、生粋の人間に間違いなかった。

 「何故、どうして人間が……!」

 「それを知る必要はない」

 左足に投げつけられた短刀が命中した。動揺したことで注意が散漫になってしまった結果だ。

 「ああっ!!」

 膝を折り、強い痛みを訴える刺し口を押さえる。勢い良くではないが、少しずつ確実に溢れ出して行く血に、自身の手が染められていく。

 見下すように一つの影が黎琳のすぐ目の前までやって来る。そして吐き捨てた。

 「お前はここで、死ぬのだからな!」

 


続編は作らないみたいな話をしていましたが、案外設定がひょんなことからすんなり出来上がってしまったもので、是非作品の方にしようと決めた次第です。

ただいま新生活で忙しい日々を送っていますので、不定期更新になるかと思いますが、どうぞ温かい目で見てくださいますよう宜しくお願いします。

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