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Absolute Zero 3rd  作者: DoubleS
終章
48/49

それぞれの新年 1

 チェックアウトを終え、霧矢はいつもの貧乏くさい服装に戻っていた。ロビーのソファーの上で足を組んでふんぞり返りながら、霧矢は霜華と風華、理津子がチェックアウトしてくるのを待っていた。

 昨日のパーティー会場の事件は術が解けた途端、何事もなかったかのようにパーティーが再開され、無事に終了した。その後、麻薬の密売人を捕らえるためにやってきた警視庁の捜査官が、ホテルの構内をうろうろしているのを霧矢は見た。

 まだ、ニュースにはなっていないが、ここ数日のうちに京浜製薬の社員が大規模な麻薬取引に関与していたということは表沙汰になるだろう。片平社長がどのように責任を取るかは不明だが、運が悪ければ、社長退任もあり得るかもしれない。そうなれば、美香にどのような変化がもたらされるのだろうか。そして、その変化は良いもの、悪いもののどちらになるのだろうか。いずれにしてもそれは霧矢にはわからないことだった。


「痛たた…」

 デイビッドの攻撃で床に叩きつけられ、霧矢は打撲で体中が痛んでいた。正直、今日はベッドから起き上がれないかと思うくらいで、新年早々縁起が悪いことこの上なかった。しかも、今年の初夢は、なぜか不機嫌になっている霜華に全身を氷漬けにされるという変な夢だった。富士山も、鷹も、なすびも、影すら出てこず、妙にリアルな悪夢にうなされていた。

 絆創膏の貼られた頬をなでながら、霧矢は門松やしめ縄が飾られている新年のホテルのロビーを適当に眺めていた。


「ごめんごめん。遅れちゃった」

 霜華と風華が相変わらずのブラウス一枚にスカートという薄着でスーツケースをごとごとさせながら、霧矢の方へ駆け寄ってくる。

「母さんは?」

「理津子さんなら、もう少しかかるって。淳史さんといろいろ話してるみたいだから」

 その言葉を聞いた途端、霧矢の表情が固まる。

「ちょ、ちょっと待て。まさか、お前ら、父さんと会ったのか?」

 無言で霜華に代わって風華が首を縦に振る。霧矢の背筋に冷たいものが走った。

「…そ、それで、どうなったんだ?」

「…お店をよろしく頼むって言われたよ。結構感じのいいお父さんじゃない」

 霧矢が聞きたいのはそんなことではない。霜華、あるいは理津子が、魔族であるということを話してしまったのかどうかだ。そんなことを言おうものなら、あの父親のことだ。どんな反応をしたのか、想像できない。

「普通に、理津子さんが、私たちを新しく雇った店員と紹介して終わりよ。それ以上のことは、何も言わなかったけど」

「本当か…お前と風華の体格で、新しい店員と言われて納得したのか?」

 そこまで言って、霧矢は自分がNGワードを口にしてしまったことに気付く。霜華が笑顔の裏で何やら怒りのオーラを沸き立てている。

 霜華は十八歳とは思えない体格をしている。身長は中学生並に低く、胸のランクは五段階評価の二(評価者、三条霧矢)である。しかし、命が惜しければ、それを口に出してはいけない。

 それはわかっているはずなのに、霧矢はつい口に出してしまった。

「落ち着こうぜ……ほ、ほら、ここで術を使ったら目立っちまうぞ…」

「じゃあ、帰ったらどうなるか。まあ、楽しみにね」

 寒気のするような笑顔を振りまくと、霜華は霧矢に背を向けた。霧矢はため息をつく。

「それで、結局、父さんは納得したのか? お前が店員だって説明に」

「まあね。いい人だったよ。霧矢と違っていい人だったから」

 霜華に代わって風華が答える。霧矢は腕組みすると風華をにらみつける。

「僕とは違って、とは、どういう意味だよ。答えてもらおうか」

 風華は意地の悪い笑みを見せると、霧矢に顔を近づける。

「とても親子とは思えないほど、優しいおじさんだったよ。霧矢みたいに性格が捻じ曲がってないから」

「僕が捻じ曲がってるだと! もう一度言ってみろ」

 霧矢が凄むと、風華は鼻をフンと鳴らしてそっぽを向いてしまう。霧矢はイライラしながらソファーから立ち上がる。

「あれ、どこに行くの?」

「塩沢に会ってくる。報酬受け取らないと、何のためにこんなに頑張ったのかわからん」

「それなら、もう…って、霧君!」

 霜華が何か言いかけるが、霧矢は聞かずに歩き出した。


(…塩沢は確か……)

 浦沼高校の一階よりも広いロビーを歩き回りながら、霧矢は塩沢の姿を探す。歩くたびに打撲した箇所が痛むが、こらえて探し続けると、人気のない壁際に長身の男性とその男と話している女性の姿が見えた。

「おい、塩沢!」

 霧矢は後ろから声をかけると、彼は振り向く。

「何だ、霧矢君か。今更何の用だ?」

「何も、報酬を貰いに来た。十万、早く出してくれ」

 塩沢はいったん表情を曇らせ、水葉が代わりに答えた。

「えっと、話をまだ聞いていないの?」

 塩沢が言うには、先ほど霜華に会ったので、彼女にもう渡してしまったらしい。霧矢は拍子抜けして、壁に寄りかかる。

「だったら、電話でもメールでもいいから、言ってくれればいいものを……」

 ぶつぶつと不満を垂れながら、霧矢は塩沢をにらみつける。塩沢は冷やかすような笑みを浮かべると、霧矢の目を見る。

「本当にお疲れ様だったな。大変男らしかったが、俺からしたら、バカなことをしたというのが単純な感想だ」

「バカというのは言い過ぎだと思うわ。私は結構男らしくて良かったと思うけど」

 塩沢の無神経な発言に、水葉が塩沢を肘で小突く。

「悪かったな、バカな振る舞いで。最初から断っていればよかったんだろ」

 霧矢は苦い顔をしながらデイビッドの顔を思い浮かべる。

「まあ、あんただったら、さっさと撃ち殺すつもりだったんだろ。あの時代錯誤のストーカーをな」

「……否定はしないな。俺だったらさっさと射殺していた。決闘なんてバカな真似はしない」

「雅史。やっぱり、そんなことを考えていたの?」

 霧矢も考えてみれば馬鹿な振る舞いだったとは思う。今から思えば何であんなことをしたのかも謎だった。格好つけて、美香に判断をゆだねたのが最大の失敗だったといえる。

「あんたは、どうしてそんな人を躊躇なく殺せるようになったんだ。水葉さんは、あんただって人を殺す時に罪悪感があるって言っていた」

 塩沢は答えるかどうか躊躇していたようだが、霧矢の目を見据えると口を開いた。

「強さには差があるが、俺だって人を殺す時は苦しく感じている。ただ、殺すことが苦しくても必要だと思っているから、殺す。水葉だって、必要ならば、相手を殺す人間だ」

 塩沢はそこで言葉を切る。ここまで話してしまっていいのかどうかと悩んでいるようだった。

「……ただ、俺は殺しの必要性を広く認めているのに対して、水葉は狭い。そして、君たちは一切認めていない。違いはそれだけだ。その他は基本的に同じだと俺は思う。悪を憎み、殺しを心の底では嫌う。それは共通だと思うが?」

 塩沢は霧矢の顔を見る。

「……口では何とでも言える。信じるか信じないかは、君の自由だ。ただ、俺は、信念があって、その下で殺しを続けている。殺さずに後になってそいつに何かされて後悔するよりも、最初から殺して後悔する方がましだと思っている。それはわかってほしい……かもな」

 塩沢は霧矢に背を向ける。

「今年も、よい年になるといいな。だが、この調子じゃまた会うことになりそうだ。その時は、またよろしくお願い頼むと言っておく」

「霜華ちゃんも待っていると思うわ。また、会ったときはよろしくね。北条君も、また会う機会があればその時はよろしくと言っていたわ」

 水葉は霧矢に向かって手を振る。霧矢は一礼すると、歩き去った。

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