予想外の初仕事 5
現在時刻は午前零時四十五分。パーティーの招待客の時は一時間近くの間止まり続けている。そんな中で、霧矢はパーティー会場の控室の中、ソファーに腰掛けてふんぞり返りながら、霜華と向かい合って苛立ちを交えた貧乏ゆすりをしていた。
「霧君も災難だね」
「災難以外の何者でもない。かといって、決闘を棄権したら、美香がどうなるかわからないし、塩沢だって、僕を信頼して護衛の仕事を依頼してくれたわけだし…」
おそらく塩沢も水葉も、霧矢が決闘で負けて美香が連れ去られそうになったら、本気でデイビッドを叩き潰す心算だろう。それが、相川探偵事務所に依頼されたことでもある。彼岸との協力の約束も、無理矢理、彼女が連れ去られそうになったときは例外という条件を取り付けてあったはずだ。
霧矢が勝ったのならばそれで問題ないし、負けたところで、二人がかりで彼を叩き潰してしまえば問題ないという何とも身も蓋もない話だと思う。
しかし、問題なのは、美香がデイビッドをどう思っているのか、真意がわからないということだった。とりあえず彼女の言葉が冗談でないならば、現在、彼女の心中にある男性は霧矢とデイビッドの二人で、この決闘で勝った方を選ぶということになる。確かに、デイビッドはアプローチが過激すぎるかもしれないが、好かれて嫌な思いをするほどではないのかもしれない。そして、霧矢には会った当初から彼女は興味を示していた。
できれば、それは単なる人をからかう冗談であってほしいと切に願う。
「……出会いがないと、どうでもいい男でも食いつくものなんだな…」
「何か、すごいことになっちゃったみたいだけど…」
霧矢も霜華もため息をついた。霧矢としては、まさか初見のお嬢様にそういう方面で興味を持たれるとは思わなかった。霜華はしばらくもじもじとした様子でいたが、意を決したような表情で口を開いた。
「…ねえ、霧君。もし霧君が決闘に勝って、彼女に認められたらどうするつもりなの?」
霧矢は唐突な質問に黙り込んでしまう。霧矢としては「その事実」だけで落ち着かない状態になっていて、それ以上のことは考えてはいなかった。
もしも、決闘に勝ち「そういう展開」になってしまったら、どうするか。
「…本気で、棄権していいかな…というか、逃げ出したい」
「部屋の外じゃ、塩沢さんが見張ってるけど?」
霜華の言葉に霧矢はさらに肩を落とす。
「あの野郎! 絶対、今の僕の様子を見て楽しんでるだろ! 新春テレビスペシャルみたいに」
憤慨しながら塩沢が外で立っているであろうドアを霧矢はにらみつけた。
「…なあ、もしここで、僕が病院送りになるくらいのケガをしたら…試合中止になるか?」
「怪我をしたくないからこそ、決闘は嫌なんでしょ?」
そうだった、と暗い気分で霧矢はうなずく。
「力砲を使ってみたらいいんじゃないの?」
霜華らしくもない意外な発言に、霧矢は一瞬思考が停止した。そんなことができたら、霧矢は最初から塩沢のごとく、その手段を用いていただろう。
「あいつを殺せと言う気か? お前らしくもないな」
「そんなわけないでしょ。誰かを殺すなんてまっぴら。急所を外すようにゼロ距離で。肩か、足を撃ち抜けば、それでゲームセットだと思うけど」
確かに霜華の作戦は一理ある。ゼロ距離、あるいはそれに近い距離で力砲を使えば、誤って急所に当ててしまう確率は低くなるだろう。しかし、対人戦、しかも一対一で使ってしまってよいものなのか、霧矢は悩まざるを得なかった。
「まあ、でも、力砲は使わないことにしておくさ。きっと、あいつも飛び道具を使ったりはしないだろうしな」
「じゃあ、霧君は素手で戦う気なの?」
霧矢は考え込む。確かに、力砲以外に霧矢は武器らしい武器を持っていない。せいぜい使えそうなものと言えば、ステージ脇に立てかけてあった、長さ一メートルほどの金属棒くらいだ。それ以外のものに心当たりはない。
「……困ったな…相手が武器を使ってきたら、素手は確かに不利だ」
霧矢が考え込んでいると、霜華は何か思いついたような様子で部屋から出て行った。
「霜華…?」
一人残された霧矢は、不安を押し殺すため、狭い控室の中、家具の間を縫うようにしてうろうろと歩き回っていた。
もしも、仮に、万が一に、片平美香が本気で三条霧矢に好意を抱いているとしたら?
(…やめておこう。そういうのは興味ないし、面倒くさいだけだからな)
なぜならば、自分は中途半端なエゴイストだから。その一言に尽きる。
こういう時だけ、逃げ文句として温存しておくのもまた、都合の良すぎる話だが、結局のところ、これまでの出来事を通しても、まだその逃げ文句を完全に捨て去ることはできなかった。
「霧君、お待たせ。使えそうなの持ってきたよ!」
五分ほど経って、霜華が何やら細身の剣のようなものを抱えて戻ってきた。
「何だそれ。ロングソードか?」
「塩沢さんから借りた。昼間に麻薬組織の事務所に忍び込んで、そのとき勝手に拝借したらしいよ。模造品だから、切れ味は悪いけど、これなら堂々と勝負できるんじゃない」
霧矢はロングソードの模造剣を受け取ると軽く握ってみる。少々重いが扱いやすい部類に入る。ただ、模造品だけあって切れ味はとことん悪い。峰打ち専用剣といった感じで、ペーパーナイフといい勝負だろう。
「まあ…こいつでいいか。でも、折れたりしたら嫌だな」
「塩沢さんは、欲しければくれてやるって言ってたよ。東京のお土産にしろだって」
霧矢は剣を構えると、前方へ振ってみて、机に置いた。
「土産にしろって言っても、こんなもの大きいものは持ち運びに困るし、鞘もない」
「そうそう、私いいもの持ってるから、霧君にあげるわ。主に武器の収納に使うマジックカード。ちょうど一枚余ってたから」
霜華は振袖の懐からマジックカードを取り出すと、カードを剣にかざす。すると、剣が光に代わり、カードに吸い込まれていった。
「便利なカードだな」
「ただし、条件があって、使える対象は一つのものだけ。物が大量に入ったカバンとかに使うことはできない。だから、単品に使うの」
霜華はカードを霧矢に渡す。しかし、次の瞬間、霧矢の顔が曇った。
「何でこのカードこんなに重いんだ」
「重さは軽減されないのが、最大のデメリット。頑張って。でもそのかわり、頑丈さは中身と同じくらいになるから、多分銃弾で撃っても撃ち抜くのは無理なくらいになるはずだよう」
カードにしまうことで、持ち運ぶことは簡単になったが、重量はそのままだった。ポケットに入れることはできるだろうが、紙袋に入れたらきっと破れるだろう。
「まあ、筋トレだと思えばいいんじゃないの? 万が一の時は投げつけて攻撃すればいいし」
他人事のように軽い口調で霜華は話を終え、ニコリと笑った。霧矢は疲れた表情でカードを懐にしまった。
「重い」
ありきたりな感想を述べながら、霧矢はソファーに腰を下ろす。ただ、対人用の武器がタダで手に入ったのは幸いなことだった。これで、対人・対物両方に対応できるようになったのは歓迎すべきことで、少し霧矢もラッキーだと思っていた。
(…今度からの会長との訓練はこいつの使い方だな)
時計を見ると、刻限の五分前になっていた。雨野から棒状の武器の扱い方は、概論的なことしか教わっていない。この一週間で学んだことは、ほとんど攻撃を受け流す方法がすべてで、攻撃に関して霧矢は素人も同然だった。
(…困った……ケガは嫌なんだよ…)
三条霧矢は雨野護とは違って、回復のカードさえあれば無限に回復できるような能力はない。ケガをしたら動きも鈍るし、そもそも霧矢は魔力が多いことと足が速いことを除けば(一応最強の生徒会長から訓練を受けてはいるが)普通の高校生以外の何者でもないのだ。
そんな高校生が、魔族とまともに戦って勝てるかと言えば、答えは言わずと知れている。
ドアが開くと、いつもの無表情ではなく、楽しそうな表情をした塩沢が顔を覗かせた。
「頑張れよ。お姫様を守る騎士様。時間だぞ」
むかむかとした表情で霧矢は数キログラムにも及ぶロングソードがしまわれたカードをドアに向かって投げつけた。塩沢は涼しい顔でカードをヒョイとかわし、ヘビー級のカードはドアにぶつかってドスンという鈍い音を立てた。
カードを拾い上げた霧矢はため息をついた。
(……もうどうでもいいや。適当に済ませよう)




