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Absolute Zero 3rd  作者: DoubleS
第五章
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予想外の初仕事 3

「まあ、とりあえず、霧矢君。おめでたくない状況だが、あけましておめでとう」

「…今年もできればよろしくされたくないけど、よろしく。塩沢」

 会いたくない人に、しかも間の悪いときに、会ってしまったような表情で、二人とも新年のあいさつをする。

「それで、君の後ろにいる……吸血鬼…?」

 霧矢はそれ以上彼について話したくないという表情を浮かべ、塩沢に向かって無言でうなずく。塩沢も映画に出てくる吸血鬼のような黒と赤のマントを羽織った男を見て、無言のまま呆れたような表情になる。その一方で、水葉は呆れ顔になるというよりも、むしろクスクス笑いを押し殺している顔になっていた。平気なのは彼の従者である彼岸と、感情の薄い北条だけだった。

「初めまして、塩沢雅史殿。裏社会屈指の殺し屋として名高い」

 俺を知っているのかという独り言をつぶやくと、塩沢はできればこいつと関わりたくないという意志を無言で示し、交渉を水葉に一任してさっさと背中を向けてしまう。

「……風華ちゃんがいないようだけど、大丈夫なのかい?」

「風華なら部屋で寝てるわ。もともとあの子は夜にそんなに強くないから」

 北条は納得したようにうなずくと、デイビッドの全身を興味深そうに眺めていた。


「それで、どうするんですか? ロード・デイビッド」

 彼岸がデイビッドに質問すると、デイビッドは水葉にどの部屋に売人がいるのか聞く。水葉は彼を引き連れ、件の客室のドアを指さした。

「なるほど、この部屋に社会に害を振りまくものがいると。許しがたいことです」

(……お前だって、似たようなものだろ)

 内心でツッコミを入れながら、霧矢は念のため力砲を握りしめる。

「さて、では、取りかからせてもらいましょうか」

 全員がデイビッドに注目する中、デイビッドは客室のドアに手を当てた。


「わが力よ! ここに来たれ!」


 廊下中にこだまするようなものすごい大きな声で、変なポーズをとる。しかし、次の瞬間、デイビッドは塩沢に頭を殴りつけられた。

「馬鹿野郎! 中の連中が何事かと飛び出してくるだろうが!」

 ただでさえ、麻薬などという非合法な品を取り扱っている連中だ。まわりへの警戒は怠ってはいないはずだ。それ以前に、深夜のホテルの廊下で叫ぶなど、他の客にも迷惑だ。

 塩沢は拳銃を構えると、ドアの脇に立った。

「おい、塩沢。銃を下ろせ!」

 霧矢が小声でやめろと警告するが塩沢は聞く気配はない。消音装置を取り付けた銃ならば、廊下で発砲しても、他の部屋の客には聞こえない。

 もうこうなってしまった以上、どうしようもない。塩沢は連中を殺す気だ。


「何だ。うるせえぞ。まったく……」

 ガラの悪そうな男が、客室のドアを開ける。その瞬間、目にもとまらない速さで動いた塩沢が男の眉間に銃を突きつけ、引き金を引こうとする。

「ひっ!」

 それは同時だった。

 男の息をのむ声が聞こえると、男の姿が半透明の影になった。そのコンマ一秒後に、塩沢の銃が火を吹き、男の影をすり抜け、部屋のベッドに弾丸が突き刺さった。

「…?」

 塩沢は不審そうに、半透明の影に手を伸ばす。透けているその影は実体がなく、塩沢の手はそれをすり抜けていく。部屋の中にいる他数人の売人たちも半透明の影となって時間が止まったように、銃を構えようとしたそのままの姿で固まっていた。

「おい、塩沢。誰も殺さないんじゃなかったのか!?」

 塩沢は霧矢の抗議を無視すると、デイビッドに銃を突きつける。

「これが、パーティー会場の客に使った術式か。魔族と契約主、その他魔力抵抗の強い人間以外を一時的に影に変えてしまうという」

「いかにも。お気に召されましたかな? 本来でしたら、これで他のものの動きを止め、片平美香嬢をお連れするつもりだったのですが、何故か、ここにいる皆様には効かないようなのですよ。どうしたことでしょうか……」

 残念そうな口調で、デイビッドは自分に銃を突きつけているにもかかわらず、塩沢に対してまるで友人に向けるようなへらへらとした笑いで返した。

 無表情のまま塩沢は、銃を下ろす。しかし警戒は解かず、そのまま男の影をすり抜けて部屋に入っていった。霧矢たちも彼に続いた。


「さて、まあ、麻薬と拳銃、それと爆弾を探して、運び出せ。その後に術を解いてもらって、丸腰になったこいつらを捕らえる。それで文句はないだろう。霧矢君もな」

 霧矢はベッドの布団にある弾痕をちらりと見ると、塩沢を軽くにらむ。しかし、彼は気にすることもなく、部屋を漁り始めた。

 製薬会社に勤めているにもかかわらず、麻薬などという人を不幸にする薬に手を染めた人間も半透明の影となってその場に立ち尽くしていた。

(…薬を扱う人間として、こいつにはプライドというものはないのか?)

 胃にむかむかとこみ上げる感情に従い、霧矢は鈴原の影に蹴りを入れたが、霧矢の振り上げた足はそのまま実体のない影をすり抜けていった。


「君たちも手伝ってくれ。麻薬と銃火器を探してほしい」

 霧矢と霜華、塩沢と水葉の四人は、ツインルームにしては広すぎる部屋の中を物色し始める。さすがは都内有数の高級ホテル。ツインルームなのに、普通のホテルのスイート並の広さがあった。そして、彼岸の言う通りの場所に麻薬と拳銃、起爆されていない爆弾は置かれていた。

「…ったく。どうしてこんな元旦になってしまったのやら」

「俺に聞くな。運が悪かったと思え。それ以上の愚痴は無意味だ」

 はいはい、と気の抜けた返事しながら、霧矢は麻薬の入ったビニール袋を塩沢に投げ渡した。塩沢は器用に袋をキャッチすると、部屋にあったアタッシュケースにそれをしまい、廊下に運び出した。


「さて、これで全部だな。まあ、これくらいあれば、軽く億単位だな。そんなに金が欲しければ、まじめに働けばいいものを」

「殺し屋のあんたがそれを言うか?」

 霧矢が憎まれ口を叩くが、塩沢は表情を変えもしない。

「俺は、金のためにこの仕事をやっているわけじゃない。目的があって、そのためにこの仕事をしているんだ。俺だって、君と同じように信念というものがある」

 それは霧矢も理解していた。塩沢は金のために殺し屋稼業や探偵の助手をしているわけではない。それは水葉に関しても同じことが言える。

「それじゃ、こいつらを捕まえるとしよう。おい、術を解いてくれ」

 デイビッドはうなずくと、再び手を高く掲げる。

「わが真なる力、その力は時、わが呼びかけに応えよ。わが敵を捕らえたる戒めを解け!」

「…なあ、その痛々しい台詞をいちいち叫ばないと、術は使えないのか?」

 霧矢は呆れながら問いかけるが、ノリノリの様子の彼は答える様子すらない。霧矢は力砲を構えると、同じく銃を構えている塩沢の隣に立った。

「万が一のことがあるとまずい。ここは、俺と水葉だけで何とかする。君は下がっていろ」

 霧矢は塩沢を信用できず、疑いの眼差しで彼を見つめた。塩沢はため息をつくと、銃を再びホルダーに戻し、格闘のポーズを取った。

「これでいいだろう。ほら、君は下がってくれ。まあ、丸腰の相手に銃を使うのは、弾の無駄になるだけなのかもしれないし」

 冗談めいた口調だったが、霧矢も霜華も塩沢への疑いの眼差しを解かなかった。

「ほら、君の仕事はそこにいるお嬢様の護衛だ。メイドさんだけだと、いつそこの似非吸血鬼にさらわれるか、わかったものじゃない。こういう荒事は、俺たちに任せろ」

 塩沢にそう言われ、霧矢は渋々、廊下の端で楽しそうな表情で様子を見ている女性陣の下へ歩み寄る。デイビッドは霧矢を興味深そうに見ていた。

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