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Absolute Zero 3rd  作者: DoubleS
第五章
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予想外の初仕事 1

 霧矢は怒りを忘れ、固まってしまった。いや、霧矢だけではない。ここにいる全員が動きを止めてしまった。ウィンズ・デイビッドが放った一言は完全に予想外の台詞だった。

「手伝うだと……お前、何を言っているんだ?」

「ですから、麻薬の密売人を捕らえようとしているお仲間がいるのでしょう。それに協力すると言っているのです」

「わざわざ僕たちが動きにくい、この千載一遇のチャンスを棒に振ってまで、そんなことをするのか? 理解できないな」

 デイビッドにとって、霧矢は敵のはずだ。そして、霧矢の一味である塩沢や水葉も、大雑把に言ってしまえば敵のはずだ。それなのに、彼は協力を申し出ている。不可解なことこの上ない。いったい何を企んでいるのか。

「麻薬などという危険なものを取引する者を野放しにするほど、私も世を儚んではおりませんとも。私の従者に、若林彼岸という者がおりますが、彼女から、古町水葉殿と塩沢雅史殿の二人が、その売人を捕らえようとし、また、あなた方に万が一のことがあれば、駆けつける役目を負っていると聞きました」

 霧矢は食いかかろうとする視線を向けたまま、デイビッドの話を聞いていた。デイビッドは話を続ける。

「話では、売人は銃と爆弾を持っているそうですが、私がこの会場に掛けた術と同じものをかければ、直接売人を捕らえることはできなくても、銃と爆弾を取り上げることはできましょう。その後で、術を解き、丸腰となった彼らを捕らえるのならば、プロの仕事人である例の御二方ならば、造作もないことだと思いますが?」

 霧矢は悔しげに歯噛みする。確かに、彼の言う通りにすれば、誰も殺すことなく、誰にも被害が及ぶこともなく、売人を捕まえるというプランその二を完全な形で実行できる。

 しかし、霧矢はそれでも納得できなかった。拳を強く握りしめ、デイビッドをにらみつける。黙っている霧矢の代わりのような形で、霜華が代わりに質問する。

「そんなことに協力して、あなたに何の得があると言うの?」

「レディー北原。確かにその疑問はごもっともなことです。私には何の得もない。しかし、殺しは私の美学に反する。麻薬も同じく」

 霜華は話の筋が読めず、曇った顔で黙っていた。しかし、美香は大体彼の言わんとすることを察したようだ。口を開いた。

「結局は、私の前で格好良いところを見せたいのでしょう。ウィンズ・デイビッドさん」

「…まあ、そうですね。わが愛しきプリンセス、美香よ」

「随分とあっさりと認めたものだわ。その素直さはある意味、尊敬ものですよ」

 霧矢もそれは美香と同意見だった。ここまで潔い人間は逆に珍しい。

「ねえ、霧矢さん。私、ちょっと彼に興味を持ってきましたわ。いかがでしょう。彼の申し出を受けてみては?」

 いきなり豹変した美香の口調に霧矢もレイも固まる。霜華は二重の意味で固まった。

「おいおい。突然お嬢様モードに戻られていかがなされました? それに、こいつを信用するって…正気ですかい?」

「あの……霧君。お嬢様モードって何? 今のしゃべり方のこと?」

 霧矢はうなずくと、美香に歩み寄る。しかし、美香は手で霧矢にストップのサインを出した。

「ウィンズさん。とりあえず、売人を殺さずに捕らえてくれませんか。そうしたら、あなたの想いについて、考えてあげなくもないですよ」

「な……!?」

 霧矢とレイと霜華は三人とも絶句する。とんでもないことを言いだしたお嬢様を前にして三人の目は点になった。

「今、私が興味を持っている男性はあなたを含めて二人いるの。まあ、どちらにするか決めるにはまだ早すぎるから、考える材料も欲しいと思っているのですよ」

 にこやかなスマイルを浮かべて、美香はデイビッドと霧矢の二人にウィンクする。

予想の斜め上の事態になってしまったことを霧矢は察知し、握りしめていた金属棒を取り落としてしまう。同じく霜華の氷の短剣も、手をすり抜け床に突き刺さった。


「じゃあ、みんなで捕まえに行きましょうか。社会に害を振りまく人間を」



 ホテルの地上三十階の廊下は静まり返っていた。新年と言っても、部屋の中で大騒ぎするほど非常識な客は泊まっていない。そもそも、こんな都内指折りの超高級ホテルで年末年始に泊まれる客ならばそんな大騒ぎなどしないだろう。

 そんな静まり返って、人影もない中で、四人の怪しい集団が、ある一室の近くの自動販売機コーナーに隠れながら、客室の出入り口を監視していた。

「……若林さん。霧矢君たちはどうなっていますか?」

 目を閉じながら、遠くの様子を見ている女はくすくす笑いを浮かべていた。

「面白い様子です。わが主もそうですが、まさか三条博士のご子息まで片平美香嬢は……」

「知るか。そんなことはどうでもいい。とりあえず、霧矢君につけたマイクから音を拾っているが、あんたの主は協力してくれるみたいだな。しかも、一般人の動きを封じることができるときてる。俺としてはどうでもいいが、殺さずに片付けるには非常に好都合だろうな」

「雅史。どうでもいいとか言わないの。殺さずに済むって言うのは、余計な面倒事が減るということなのよ。少なくとも、彼の協力は非常に役立つわ」

 塩沢は面倒くさそうにため息をついた。

(…今までの俺ならば、さっさと踏み込んで皆殺しにするところだが……どうしてこんなに、甘くなってしまったんだか…)

 水葉は少し優しくなったからだと言うが、自分からしてみたら、ぬるくなったとしか言いようがない。これもすべてはあの少年と少女が原因だった。

 そして、自分の中でも、これは良い変化だという意見と、悪い変化だという意見が衝突していたりする。まったくもって面倒なことだった。

「何をやってるんだか、あの売人どもは。さっきからまるで動く気配がないぞ。寝てるのか?」

「…私の千里眼でずっと中を見ていますが、値段で揉めています。安くしろだの、採算が取れないだのですったもんだです」

 彼岸が片目を閉じながら、塩沢の独り言への回答を述べた。塩沢は便利な契約異能だと感心しながらも、先ほどまでの自分たちの行動が完全に筒抜けになっていたことを考えると、素直に喜べなかった。

「ヤクの取引の揉め事で年越し…か。ある意味ご苦労なことね」

「そんなご苦労の相手には、ねぎらいとして鉛弾をぶち込んでやろう…と思っていたが、ストーカー殿が、その必要をなくしてくれたと。ありがた迷惑な話だ」

 拳銃の弾倉を抜いては入れ、入れては抜いている落ち着きのない塩沢を、水葉はちらちらと見ていた。会話を途切れさせたくないのか、北条が話に割り込んでくる。

「……新年の挨拶代わりに、拳銃を使うのは感心できませんね。先輩」

「一般人のお前には拳銃を持ちながら挨拶をするのは野暮だろうな。だが、俺の長年の裏社会でのキャリアとしては、悪党への挨拶でこれより適したものはないのも事実だ」

 どうかしら、と水葉はそっけなく答える。彼女の手には特製のカードが握られていた。

「そのカードは何なんだ。昼間、不忍池に落とした雷のカードか?」

「そんなものを室内で使ったらこの建物全体に停電が起きるわよ。これは束縛。私があなたと初めて出会ったときに使ったカード。覚えてるでしょ」

「あくまで非殺傷のカードか。お前らしいといえばお前らしいが……」

 拳銃をホルダーにしまうと、塩沢は彼岸に向き直る。

「まあいい。あの平和ボケが来たら、さっさと片付けるぞ。あんたの千里眼で爆弾と拳銃が部屋のどこにあるかはもうわかっているからな。感謝する」

「どういたしまして。私はあくまで、平穏が好きですから。こんなホテルで爆弾立てこもり事件を起こされて、人質になどなりたくありませんし」

 北条も同意見だとうなずく。塩沢は息を吐くと、財布からコインを取り出し、場所代で値段が市中の普通の自動販売機よりも高くなっている缶コーヒーのボタンを押した。

「またブラック? 相変わらずなのね」

「それも、お前と初めて一緒に飲んだものと同じだな。お前はロイヤルミルクティーか?」

「それでおねがい。自販機の銘柄は私には少し甘すぎるけどね」

 塩沢は北条と彼岸にも視線を走らせた。二人とも逡巡していたが、北条は微糖のコーヒー、彼岸はコーンスープと答えた。

 てきぱきとボタンを押し、缶を二人に放り投げた。二人とも器用にキャッチすると、プルトップを開けて口をつける。

「……先輩、ごちそうさまです」

「自販機じゃ、領収書は出ないわよ。接待経費はどうするの?」

「お前は数百円ごときを出し惜しみするほど、俺のことをケチな人間だと思っていたのか?」

 水葉の冗談に塩沢は飽き飽きした口調で答える。塩沢は殺し屋であって、公僕でも、出納を取り扱う会社員でもない。表向きの職業は探偵助手だが、金銭に関して神経質になる必要はどこにもなかった。


「ところで、北条さんと、塩沢さんは先輩後輩の関係のようですが、殺し…探偵の助手と医学生が先輩後輩ということは…高校ですか?」

 北条は彼岸の質問に対して無言で首を振った。

「……僕は高校に通っていませんでした。中学校時代の部活の先輩です。かれこれ、もう十年以上も経っていますが、いろいろあって、付き合いは疎遠になりつつも、続いています」

 塩沢としては、そのまま彼が中学を卒業した後は、もう疎遠になってしまった方がよかった。あんな事件が起きたから、塩沢は彼ととても長い付き合いをすることになってしまっている。あの事件さえ起きていなければ、おそらく彼の成績なら、塩沢が通っていた高校よりもさらに上の高校に進学していたはずだ。そして、彼との付き合いなど自然消滅していただろう。

 彼は唯一の生き残りだった。塩沢の中学校時代の部活の同級生と後輩は彼以外全員死亡した。数多くいた大切な仲間は、彼一人だけになってしまった。

 ただ、人の関係とは無情なものだった。あの事件は塩沢が高校二年生の時に起きた。当時、かつての仲間とはすでに疎遠になっていた。たまに町で会う程度のことで、ほとんどのメンバーとの関係は薄かった。

 だから、きっと彼らが殺されても、復讐心は起きなかったのだろう。自分にとって、彼らは大切であっても身近な人ではなかったから。

 それが、塩沢雅史とリリアン・ポーンの違いだったのだろう。弟と両親という家族を一気に失ったのと、疎遠になっていた友人を失ったのとの違いがそこにあったのだ。

 それを考えると、自分も薄情な人間だと思う。だからこそ、人を殺すことを罪悪感はともかくとして、躊躇なくできるようになったのだろうか。

(……俺は、俺のことさえもわからないのか…)

 だが、それでも構わない。塩沢雅史は自分のために今を生きているわけではないのだから。


「……コーヒーごちそうさまでした。先輩」

 北条は飲み終えた缶コーヒーを缶入れにひょいと投げ捨てた。

「礼には及ばない。先輩らしいことを俺は他に何もしてやれないからな」

「……そうですか。僕はそうは思いませんが、先輩がそう思うのならそうなのでしょう」

 北条は淡々とした口調で返し、塩沢も仏頂面で水葉の後頭部を眺めていた。


「皆さんが、エレベーターに乗ったようです。後一分ほどくらいで、ここに来るでしょう」

 しばらく水葉は片目を閉じ続けている。どうやら、片目を閉じることで、千里眼の能力が使えるようになるらしい。おそらくまぶたの裏に遠くの様子が映し出されるのだろう。

「やれやれ、連中との新年のあいさつはこんなところですることになるのか…」

「今年の運勢は、おみくじなど引くまでもないわね。まあ、そのうち運も上向くでしょうけど」

 そうであってほしいものだと淡々と水葉の冗談を受け流すと、塩沢は目を閉じた。

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