生存者と犯罪者 8
「改めて、名乗り申し上げます。私はウィンズ・デイビッド。貴女の美しさに惹かれてやってきた、愚かな男でございます」
「実にその通りだな。愚かだ、お前は」
「ちょっと霧君。今日は随分と毒舌だね。どうしたの」
「知るか」
先ほど蹴飛ばされた背中と吹き飛ばされて打ち付けた頭部はまだ痛んでいる。恨めしい視線を向けるが、デイビッドは気にせず続けた。
「どうか、私の想いを受け入れ、私と共に在らんと誓っていただけないでしょうか。さすれば、私は貴女にその命が尽きるまでの、若さを差し上げましょう」
一瞬空気が固まり、全員がデイビッドに注目した。
「若さとは、どういう意味でしょうか? お話が見えないのですが」
「まあ、多分こいつが自分にかけている術式の応用だと思うぞ。まあ、そんな術をかけるのも、わからなくもないがな」
「どういうこと?」
大体、デイビッドの考えていることを理解した霧矢に美香は質問する。
「つまりだな。こいつは永遠の若さを持っている。だけど、お前は生身の人間だ。そのまま時間が経っていけば、やがては……まあ、そういうことだ。でも、お前をこいつと同じように不老不死にすることはできない。だから、お前がこれから何十年生きられるかはわからないが、死ぬまでの間は年を取らないようにさせるってことだろう」
「さすがは三条様。よく理解しておられます」
「へえ…便利なのか、便利じゃないのか…よくわからないな」
霧矢もうなずく。デイビッドは、よくぞわかったとでも言わんばかりに、霧矢に尊敬のまなざしを浮かべている。ただ、正直その笑みは気持ち悪かった。
「こっちを見るな。で、続きは?」
続きを促され、デイビッドは美香の方に向き直った。
「片平美香、どうか、私のこの想いを受け止めてはいただけないでしょうか?」
美香はくすくす笑いを押し殺しながら、デイビッドの顔を見た。
「…まあ、あなたが、面白い人だというのはわかるわ。ここしばらく私のまわりにいたのでしょうけど、姿を見たのは今日が初めてだわ」
「なあ、美香、まさか……」
霧矢は顔を青くしながら、楽しそうな表情を浮かべている美香に声をかける。ただ、彼女は霧矢に返事はせず、そのままデイビッドとの会話を続けた。
「私に惚れたみたいだけど、どっちに惚れたのかしら、お嬢様の皮をかぶっている私? それとも、今みたいに本性を表に出している私とどちらのほうかしら?」
デイビッドは首を横に振ると、キリッとした表情になった。
「そんなどちらがなどということなど、無意味な問いです。あなたのすべてを包括して、私は貴女に心を奪われたのです。表向きの偽りの可憐な顔と真なる望みの無邪気な顔、どちらも私の心を占めているのです」
霧矢は無駄に丁寧で心のこもった台詞を聞いて、吐き気を催してきた。霜華も、もう何が何だかわからないと混乱し始めている。平常心を保っているのは、レイと美香だけだった。
「ウィンズ・デイビッドと申されましたか、あなた様は、わが主、片平美香をいったい、どうなさるおつもりなのです。お答えください」
「もちろん、わが最愛の人として、大切に扱い、どちらかの命が尽きるまで、守り、慈しみ、愛し抜く所存でございます。私と共に生きてほしい。それだけが、望みです」
おそらく、彼は自分の強すぎる幸運を封じた代償として、長すぎる時を生きる「羽目になった」と言うべきなのだろう。自分と共に歩んでくれる存在は、現れては消える。それが何度も繰り返されてきた。そして、愛する人の寿命が尽きるのを、彼は何度見てきたのだろうか。そして、その度に何を思ってきたのだろう。
(その悲しみに負けず、生き抜いてきた彼は、精神的には猛者だな……)
彼の行動や言動は非常に気色が悪い。だが、別れの悲しみを耐え抜き、心はとても強くなってきた。それは霧矢として、敵ながら尊敬に値すると思った。
「それで、結局、私をどうするつもり? やっぱり王道的展開で、私を連れ去るのかしら?」
デイビッドは立ち上がると、美香の手を取る。
「いざ、参りましょう。貴女もこの色褪せた貴族の生活に辟易していたはず。私が、救い出して差し上げましょう」
霧矢、霜華、レイは身構える。彼女が連れ去られてしまったら、護衛失格どころではない。
「おっと。騎士の目の前で姫をかっさらおうだなんて、そうはいかないぜ!」
三人で、デイビッドを取り囲む。デイビッドは困惑の表情を浮かべている美香に優しげな声をかけた。
「大丈夫です。すべては私にお任せを」
「あの、いきなりそんなことを言われても、私は何と言うか…その…」
「おい、美香。そいつから離れろ。いきなりそんなこと言われても、納得できないだろう」
美香が即座に拒絶の意志を示さなかったのは、今までに恋愛の体験をしたことがないのもそうだが、デイビッドが今の辟易している生活に、もしかしたら変化をもたらしてくれるのではないかという期待もあるからかもしれない。
だが、今日が初対面の相手にそんな希望を託すのは、愚かという他ない。
「美香。自由や変化が欲しければ、それは自分の手で手に入れろ。人から与えてもらうものじゃない。だから、そいつに期待するのは間違いだ!」
霧矢はステージから転がり落ちたマイク立てを分解し、パイプの部分を剣のように構える。霜華も氷の短剣を二本作り出し、それぞれ両手で構えた。
「人に気付かれていないのだから、私が術を使うことを躊躇する必要もないわね」
レイも、霜華が氷の術を使うのを見て驚きながらも、主を守るため格闘のポーズをとる。




