生存者と犯罪者 7
「霧君! 何があったの? 魔族の術式が発動しているけど!」
息を切らしながら、霜華が会場のドアを乱暴に開けて駆け込んできた。デイビッドも口上を一時中断して、霜華を見た。
「これはこれは、三人目の騎士殿でございますか。初めまして、私はウィンズ・デイビッド。しがない野に咲く花の探究者でございますが、貴女は魔族か、契約主のようですね」
「…あなたもそうみたいね、魔族か契約主。詳しいことは知らないけど、この会場に何か仕掛けたわね。人に危害を加えるような術式ではないようだけど、何をしたのか答えなさい!」
霧矢は霜華に心配ないと告げる。霜華は息を吐くと、霧矢たちの方へ歩いてきた。
「そう言えば、まだ私は騎士殿のお名前を拝聴しておりません。お名乗りいただけますか?」
こんな頭がどうにかなっている男に名乗りたくはなかったが、レイは名乗ったので霧矢も仕方なく名乗ることにした。
「僕は三条霧矢、で、隣にいるこの和服の女が、北原霜華といって半雪女こと水の魔族のハーフだ。これでいいな」
「わざわざお名乗りいただきありがたく存じます。それでは再び本題に入るといたしましょう」
普段から薄着や和服で過ごしている分、霜華はデイビッドのB級ホラー映画に出てくる吸血鬼のような格好を見てもそれほど奇妙には思わなかったらしい。平然とした表情でデイビッドと対峙している。
ファッションセンスで言えば似た者同士なのかもしれないと、霧矢はため息をついた。ただ、霜華の格好は目立つが今のデイビッドよりはましだろう。それがせめてもの救いだった。
「やはり、私の三十七番目の花嫁は、片平美香こそ相応しいと思うのです。永遠に等しき時間を生きる私の一時の心の癒しこそ、あなたなのです」
「……なあ、手短に頼む。僕はもういろいろな意味で頭が痛くなってきた」
ここにいる全員がどうでもいい気分になっていた。この男にさっさと退場してもらって、寝正月になってもいいので休みたいというのが本音だった。
「この花を手折るのは、少々心苦しい。野に咲く花は野に根付いていてこそ、美しいのですから。しかし、それでも、彼女は手元において愛でたいと思ったのです。ああ、この罪悪感を背負いながら、私はどう生きていけばいいのでしょうか! だが! それでも、自然という大いなる恵みの下から連れ去るという罪を犯してでも、この花が欲しい!」
デイビッドが長い長い一人語りを繰り広げる中、霧矢は回れ右すると、美香の腕をつかむ。
「もういいや。水葉さんと合流しよう。こんなやつはほっといて」
「霧君! 危ない!」
そのまま彼女の手を引いて歩き出そうとしたが、いきなり背後から蹴り飛ばされ、鈍い音とともに霧矢は五メートルほど吹き飛ばされた。宙を舞いながら半透明な招待客の体をすり抜け、そのままテーブルに激突した。テーブルが倒れ、食器類が床に落ちガシャンと割れる。
今までの霧矢だったら即ノックアウトされていただろうが、雨野との特訓で打たれ強さは上がっている。痛みにうめきながらも霧矢はぶつけた頭部をさすりながら、立ち上がった。
「あいたたた……」
「君! 人の話は最後まで聞きたまえ! 姫を守る騎士ならば、それくらいの礼節は持ち合わせておろう!」
憤慨した古風な口調を背後に聞いたが、霧矢の頭には入ってこなかった。
「この野郎………やりやがったな! 不意打ちを食らわせるとはいい度胸だなあ、おい!」
次の瞬間、霧矢は猛ダッシュでデイビッドに向かって走り出した。彼が身構える前に、霧矢の靴は彼の腹に命中した。飛び蹴りを正面から受け、そのまま吹き飛ばされた体はステージの段差に激突した。
「ぐふう……いい蹴りだ。さすがはわが花嫁の護衛。腕は確かなようだ」
デイビッドもふらりと立ち上がって霧矢と対峙する。他の三人は殴り合いを始めようとしている二人を呆れた表情で見ていた。
「大体なあ、何が花嫁だよ。見た目は三十歳ほどでも、何百年生きてるんだかわかんないようなジジイにいきなり結婚を申し込まれて、すぐにハイと答えられる十六歳の乙女なんか、世界広しといえども、いるわけないだろ!」
「私は、今までこうやってきた。このやり方は間違ってはいない!」
霧矢は式服の上着を脱ぎ捨て、チョッキ姿になると、格闘のポーズをとる。デイビッドもマントを翻し、仁王立ちになった。
「じゃあ、聞いてやる。美香が三十七番目だと言ったな。三十六番目はどんな人で、いつごろ付き合っていた。どうせ、戦前だろう。大正? 明治か?」
うっ、とデイビッドはたじろぐ。出まかせで言った内容だったが、霧矢の言葉は真実を射抜いてしまったらしい。焦りながらも彼は答える。
「三十六番目は、岸部松子、お松は、明治十八年生まれ。出会ったのは日露戦争の頃でしたが…それはそれは美しい人でした…」
「んなことはどうでもいいんだよ。今の人間に明治の人を口説いたやり方で迫ったところで、時代遅れだ。今時の雑誌でも何でもいいから読んで、出直して来い!」
霧矢は本当に前の花嫁が明治の人間だったことに呆れながらも、馬鹿にした口調でデイビッドをけなしていた。デイビッドはムキになりながら霧矢に反論する。
「何事にも古き良きやり方というものがあるのですよ! まずは自分の惚れた女性に対しては、どのようなところに惚れたのかをきちんと伝えるべきでしょう」
「それは同意見だな。ただ、お前のやり方は相手に引かれるだけだ。あんな気持ちの悪い言葉をぺらぺらと述べ立てて、好かれると思った方が間違いだ! ポンコツ!」
指を突きつけて、霧矢は思っていたことを全力で強調する。
「な…なんと…私の口上が気持ち悪いですと…!?」
当人は本気で格好良い口説き文句だと思っていたらしく、膝を地につけ、本気でショックを受けていた。そんな落ち込んでいるデイビッドをまわりの全員が哀れむような目で見ていた。
「そ…そんな…私は自分で自分の印象を悪くしていただけというのですか…?」
気付いていなかった本人に霧矢は呆れた口調で、その通りだと伝える。一方で霜華は話について行けず、首を傾げていた。
「明治十八年って百年以上前だけど…で、何百年も生きている…ってどういうこと…?」
「説明すると長くなるが、こいつは年を取らないらしい。そういう術式を自分に掛けたと」
霜華はよくわからないといった表情のまま、ポカンとしていた。霧矢は頭を抱えて落ち込んでいるデイビッドに向き直った。
「それで、どうするんだ。できれば、さっさと帰ってほしい。というか、この術式をさっさと解除してくれ」
時計を見ると、針はきちんと時を刻んでいる。この空間を流れる時間そのものを止める術式ではないようだ。
「そうはいきません。私はこの白き可憐な花を手折ると決めたのです。邪魔をすると言うならば容赦しませんよ」
「ああ、そうかい。だったら、まず美香に直接言え。僕に言ってもしょうがないだろう」
デイビッドはスッと立ち上がると、美香の前に立ち、臣下の礼のような姿勢を取った。




