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Absolute Zero 3rd  作者: DoubleS
第四章
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生存者と犯罪者 6

 一月一日 火曜日 晴れ時々曇り


「あけましておめでとうございます。わが花嫁、片平美香!」

 霧矢は身構えると、声が聞こえた相手を見る。しかし、次の瞬間、男の全身が視界に入るや否や、霧矢の緊張の表情は呆れ顔になった。

「……吸血鬼…?」

 ステージに仁王立ちになって笑っている男は、映画に出てくる吸血鬼そのものの格好をしていた。黒と赤のマントにシルクハットにタキシードという怪しいことこの上ないものだ。

 霧矢と美香、レイは動きを止めているまわりの客をすりぬけて、ステージに立っている男に駆け寄った。会場の客の実体がいきなり無くなるというあまりの怪奇現象で訳がわからないが、とりあえずステージに立つ男を見上げると、霧矢は声を張り上げる。

「お前がウィンズ・デイビッドか! やっぱり来やがったな! みんなに何をしやがった!」

 美香を守るように彼女の前に立ち、指を突きつけて宣戦布告のポーズをとる霧矢に男は一礼する。再び頭を上げるとわざとらしい大袈裟な動きでステージから飛び降りた。

「いかにも、私の名はウィンズ・デイビッド。長き時を麗しの花嫁を探すことのみに費やしてきた者にてございます。以後お見知りおきを」

 霧矢とレイは美香に下がるように目で合図する。デイビッドは二人を見た。

「わが花嫁を守る騎士殿二人にお尋ね申し上げる。わが術が効いていないのは何故かと。どうして、動けるのですか?」

「何をおっしゃっているのでしょう。動けるとはいったい……?」

 そこまで話してレイは口をつぐむ。後ろで半透明の影になって固まっている実体のない一般客がそれを物語っている。

「私が使った術は、魔族と契約主以外の人間をこの次元から一時的に切り離すものです。ここでどれほど暴れまわってもこのパーティー会場にいる人間に危害は絶対に加わらないのでご安心を。しかし、あなた方は普通の人間にもかかわらず動いている。これは興味深い。いったいに何があるというのです?」

(……水葉さんの魔族封じの札のおかげか…)

 持ち主に対する魔族の術による干渉を軽減、あるいは無効化させる札を三人は持っている。

「…知ったことか。お前の術が未完成なだけじゃないのか?」

 手の内を知られて札を奪われたりしたら困る。霧矢は出まかせをつぶやき、同じく札だと気付いているレイにも言わないように目でメッセージを発した。

「そんなことはありません。私は幾百年の時を生きる魔族です。この術を破れる者はそう簡単にはいません。あなたの魔力が強すぎるせいで効かないのかとも思いましたが、そこのレディーも同じように動いていますし、ふむ……」

「悪かったな、反則並みの魔力の持ち主で。それよりも、魔族が百年も生きて年を取らないと言うのは初耳だな。僕の知っている魔族は、基本的に年相応……まあいい、の姿をしているが、あんたが数百歳の爺さんというのは、とてもじゃないが信じられないぞ」

 途中で霜華のことを考えて言葉を詰まらせたが、そのことは無理やり許容範囲として棚に上げることにする。ただ、クリスマス・イブに会った壮年の魔族、トマス・アイゼンベルグは少なくとも年相応の外見だった。また、風華・有島・セイス・ユリアといった他の年少の魔族も、年齢と見かけはそれほど異なっているわけではない。

「私は、この身に特殊な術式を施してあります。私の運と引き換えに、寿命と若さを半永久的に保つ術式を」

 もともとデイビッドは霧矢の魔力と同様に運が反則並みに強い男だった。それを嫌った彼は、自分の運を人並みにまで削る代わりに、不完全ながらも永遠の命を得る術式を生み出し、自分にかけた。そして、長すぎる人生を花嫁探しに費やすことを決めたらしい。

「普通の運の持ち主がこの術をかけようものなら、一時間と経たないうちに大事故に遭い、即死することになるでしょうが、私はそれですら平気だったのです」

 不完全ながら永遠の命とはすなわち、殺されたり不慮の事故に遭ったりしない限り、病気や老衰などで死なないということを意味するそうだ。つまり、生命力や再生力は常人よりも高いが、決して不死身ではないということになる。


「まあ、お前がどんな奴かは大体わかった。それで、まあ答えは大体わかってるけど、わざわざパーティーに割って入ってまでして、いったい何をしに来たんだ?」

 よくぞ聞いてくださいましたと一礼すると、デイビッドは手を空に突き出し、高らかに歌い上げるように話し始めた。

「私は、知ってしまったのです。この京浜製薬の社長の一人娘で、それはそれは美しい一輪の花があると。そして、その姿を見た途端、その花の美しさに私は胸を打たれてしまいました」

 派手なテンションで物語を繰り広げているデイビッドを三人はぞっとした表情で見ていた。彼の一人語りはまだまだ続く。

「そして、私は思った。彼女こそ、私の三十七番目の花嫁に相応しいと!」

 三人とも一歩引いた。霧矢はこのまた今までとは違った意味で危険人物にどう立ち向かったらよいのかと鳥肌を立てながら考えていた。

「ああ! その美しさはまるでエーデルワイス。白き可憐な花は私に相応しい!」

「エーデルワイス……このわがままお嬢様がか……?」

 気味の悪い台詞を演劇調に謳いあげているデイビットに霧矢は顔をひきつらせながらも、疑問を呈する。隣を見ると、レイは霧矢と同様に別の意味での恐怖の表情、美香は笑いを必死でこらえている表情だった。

「彼女の美しさを例えるものとして、宝石、星と数えるときりがありませんが、その中でもやはり、純白の花という例えこそ理想的だと思うのです!」

 顔を輝かせているデイビッドは完全に自分の世界へと旅立っている。霧矢はここへきてやっと、今この男に対して何を言っても無駄だということに気付いた。彼が話し終えるまで待っているほかないだろう。

 少なくとも、今は塩沢の言うところの紳士的に振る舞っている段階だ。ここで攻撃すると、彼の契約主と約束を交わした塩沢の顔を潰すことになってしまう。もっとも、霧矢としては塩沢の面目など潰れたところでどうとも思わないのだが、下手に喧嘩を仕掛けて逆上されても危険が伴うのでやめておくことを選んだ。

(…まあ、あれだよな。頭が迎春、あけましておめでとう、というか…かわいそうな男だよな)

 心の中で哀れみの情を浮かべながら霧矢は目をそむけた。相変わらずデイビッドは美香賛美の口上をぺらぺらとしゃべり続けている。

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