生存者と犯罪者 4
片平美香は退屈していた。いや、飽き飽きしていた。彼女の数メートル後ろに立っている霧矢にそれはひしひしと伝わってくる。
彼女は隣に控えているメイドのレイに目くばせし、さっさとここから去りたいと目で告げるが、彼女はダメですと言わんばかりに首を横に振った。
(…残念、お嬢様。まあ、あと少しで、あけましておめでとうだ。それまで我慢してくれ)
霧矢も霜華も同情の視線を彼女に向けた。正直な話、霧矢もそろそろパーティーには飽きてきて、部屋で寝たい気分になっていた。もともと夜更かしは得意ではなく、いつもならばそろそろ布団に入る時間だった。
風華はかなり眠そうにしていて、目を何度もこすっている。霜華の振袖の裾をつかみながら、頭だけが上下に動いている。
「お前、風華も眠そうにしてるし、護衛は僕とレイさんだけで何とかなりそうだから、もう部屋に戻って休め」
「…風華だけ部屋に連れて行くわ。私は平気だから」
霜華は夜には強い方らしい。平気そうにウインクすると、風華の手を引っ張って、会場から歩き去った。今の状況では、霜華は別にこの場にいてもいなくてもどちらでも構わない存在だった。戦闘はともかくとして、監視の仕事では特別頼りになるわけでもなく、かといって足手まといになるわけでもない。
ただ、万が一の事態が発生し、戦闘となったときは、単純に戦闘力だけを考えれば、非常に役に立つことは言うまでもない。ただ、霜華が術を行使した場合、まわりから目立ちすぎる。霧矢の力砲も説明に困る代物だが、これは使用時の銃声はせず、魔力の弾丸は使用者を除く一般人には見えず、目立たないのでまだ何とかなる。人に使えるかどうかはまた別の問題なのだが、ここではあえて考えないことにする。
改めて人目のことを考えると、霜華を使ってもよいのかどうかは微妙なところだ。人目さえ気にしなければ、霜華をここに置いておけば、戦力として非常に役に立つことは確かだろう。しかし、ここはパーティー会場であって、マジックショーの場ではない。そう簡単にこのギャラリーの前で異能を見せるわけにもいかない。
ストーカーが魔族か契約主なのか、霧矢は知らないが、どちらにしても異能を持っていることだけは確からしい。そう考えると、やはり霜華はいた方がいいかもしれない。あくまで、サポートに徹させるだけならば、問題はないのかもしれない。
(……何だかんだで、意外と使えるんだよな。あいつは……)
認めたくはなかったが、いつの間にか霧矢にとって霜華は不可欠まではいかなくても、あると非常に有益な存在になりつつあった。いてもいなくてもよいのではなく、いたほうがよいという存在になっていた。
(…ちっ。これは僕の腕試しの仕事なんだぞ。どうして霜華に頼るはめになるんだよ…)
苦々しい表情で会場を見回す。やはり不審な動きをしている人間は視界にはない。この状況が続けば、それはそれで問題ない。
「霧矢君。聞こえているか?」
聞き覚えのある男の声が無線のイヤホンから流れ出してきて、霧矢はため息をつく。
「見つかったのか? 売人は」
「ストーカーの一味とある取引をした。君に一つ忠告がある」
塩沢の声は、半分はすまなさそうな声、もう半分は面白そうな声をしていた。霧矢は、自分にとってあまりよくないことだと、直感的に理解した。
「何をしやがった。ストーカーの行動を黙認しろとかそんなもんじゃないだろうな」
「半分当たり。半分外れだ。ただ、それだけじゃないぞ。護衛にとって有用な情報も用意してある。まあ、聞け」
とげのある霧矢の声にも、塩沢は半分笑い声で答えてきた。霧矢は腹立ちを抑えて、聞くことに専念した。
「つまり、そのウィンズ・デイビッドとやらの、最初の行動には手を出すなってことだな?」
「そうだ。あいつは、最初は紳士的に行動するらしい。だが、それがだめなら強硬手段に出るようだ。その間は攻撃せず、君が動くのは、やつが強硬手段に出てからにするという取引だ」
塩沢が自分たちを売り飛ばしたわけではないとわかり、一応は安心するが、そんな取引が自分の頭越しで行われていたことを知り、霧矢は恨み言をつぶやいた。
「…売人との戦いで、怪我でもしちまえ。そして、北条さんのお世話になれ」
「……あいつはまだ医者じゃない。それに、あんな連中に後れを取るほど、腕をなまらせた覚えは俺にはない。爆弾だってさっさと回収して、東京湾にでも捨ててくるつもりだ」
塩沢曰く、すでにホテルの前に車をつけてあるらしい。そのまま東京湾に直行し、爆弾を海中に廃棄する計画を組み上げていたようだ。
「それで、一応、敵は魔族、デイビッド一人だけだな?」
「そうだ。今俺は彼の契約魔族の女と一緒にいるが、彼女は直接関与はしないらしい。戦うことになるだろう相手は、デイビッドだけだ」
「はいはい。わかったよ。で、僕の手に余ると判断した時は、どうすればいいんだ?」
「彼女を連れてとにかく逃げろ。戦闘になった場合は、水葉か俺が助けに行くつもりだ。足止めは霜華君を使え」
何だかんだで、結局は霜華に頼らなければいけないらしい。霧矢はため息をつくと了解の意を示し無線を切った。
時計を見ると、日付が変わるまであと五分。プログラムでは、新年を迎えるとともに、社長が再び挨拶し、一応パーティーは終了ということになる。
塩沢の話を聞く限りでは、ストーカーは洒落たことが好きらしい。おそらく、十二時ちょうどに何かやらかしてくるはずだ。「新年あけましておめでとうございます」などと言って美香に迫ってくる気だろう。
少なくとも塩沢から得た情報で、敵の大体の輪郭はつかめてきた。戦闘になるかどうかはわからないが、こうなった以上、霜華がここにいる方が良いことは確かだ。なにしろ、鋼鉄製のドアを蹴り破るほどの戦闘力の持ち主だ。雨野から訓練を受けているとはいえ、そんな相手と生身で渡り合えるほど、霧矢の物理耐久は強くはない。
このホテルは広いため、霜華が戻ってくるまでにそれなりに時間がかかることは容易に想像がつく。その間に、デイビッドが来ないことを願うばかりだ。
美香は相変わらず、上面だけの笑顔で要人と話をしている。改めて美香のドレスを見てみると、動きづらいことは確かだ。万が一敵から逃げ出すことになれば、足を取られて転ぶことだってあるかもしれない。霧矢の式服も動きやすいとは言い難い。
(……ああ、もう今更になってピンチかもしれない)
少なくとも今できることは、美香から目を離さないこと、それに尽きる。先ほど、見失いかけたときの焦りを忘れずに、とにかく彼女を守ることを最優先に据える。




