生存者と犯罪者 3
「雅史、屋上ヘリポートの出入り口のドアが何者かに壊されたらしいの! 警備員が向かったらしいけど、その警備員とも連絡が取れないわ。何が起きたのかよくわからないけど、確認のため一応行ってみてくれるかしら」
イヤホンから聞こえてきた水葉の言葉を聞き、塩沢は腕組みする。
「壊されて警備員が向かって、そのガードマンとの連絡が取れない……犯罪のにおいがするな」
おそらく麻薬組織とは無関係だろう。しかし、捨て置くわけにもいかない。ここで問題が起きてしまっては、ますますややこしいことになってしまう。
「北条君、聞こえてる?」
「……はい。聞こえています。何の用でしょうか」
やっと合流してくれたらしい。先ほどまで応答がなかったが、ここに来てやっと答えた。
「柳都、お前はさっきと同じようにとにかく鈴原を探せ。見つけ次第、やつの跡をつけろ」
北条が了承の意を示すのを聞くと、塩沢はエレベーターに乗り込み、最上階のボタンを押した。ゆっくりと上の階へ向かって動き出す。
「着いた。今ヘリポートの方へ向かう」
無線のマイクにぶっきらぼうに吐き捨てると、塩沢は面倒くさそうな表情で屋上への階段を上っていく。非常階段の入り口には確かに壊されたような跡がみられる。
「おい…大丈夫か?」
階段の踊り場には警備員が二人ほど、倒れており意識を失っていた。脈を取ってみると、生きてはいるようだ。おそらく放っておいても命に別状はないだろう。
水葉に二人とも命に別状はないことを伝えると、塩沢は階段を上る。ヘリポートの出入り口のドアは吹き飛ばされており、しかも爆弾や銃器を使用したような痕跡はない。
(鋼鉄製のドアを何も使わずに破壊した……魔族でもなければ無理だろう)
サーチライトがヘリポートの大きなHの文字を照らす中、一人の女が強い風の中で髪をなびかせながら佇んでいるのが見えた。
魔力を放出しておらず、彼女は魔族か契約主だ。おそらく、この扉が破壊されたことと彼女には何らかの関係があるはずだ。
「ここで何をしている。異能を持つ女」
「あなたは普通の人間なのに、どうして私が契約主だとわかったのです?」
自分の正体を見破った塩沢に臆することもなく、女は言葉を返した。一方で塩沢は無言で女の方へ歩き寄っていく。
「……このドアを壊したのはお前の仕業か?」
「…私の仕業というわけではありません。私の契約魔族が勝手にやったことです」
薄笑いを浮かべて女は塩沢を見る。塩沢は女の近くまで寄ると、視線を合わせた。危険かもしれないが、敢えて懐に飛び込むことを選んだ。
「とりあえず、自己紹介から始めよう。俺は塩沢雅史という。お前は何という名だ」
「私は若林彼岸と申します。あなたのことも存じております」
塩沢は眉をひそめる。自分のことを知っている人間は、裏世界の人間でもない限りそう多くはない。そして、彼女には裏世界の人間の様子はない。
「…何の用でこのビルにやってきたんだ。お前は」
片目を閉じた彼岸は塩沢の質問には答えず、彼の腰の一部分を指さした。
上着で隠されてはいるが、そこには拳銃がしまわれている。塩沢は奥歯を噛むと、拳銃を抜かずに、格闘の構えを取った。
「私の契約魔族が、片平美香さんという方を、欲しがっています。それで、今日ここにやってきました。私はそのサポートを行っています」
「……ストーカーの正体はお前たちだったというわけか…」
塩沢はこの会話の音を拾って水葉に流そうと、マイクのスイッチに手を伸ばしかける。しかし、彼岸は塩沢の行動を見透かしたかのように、マイクに指をさした。
「そんなことをしなくても、別に大丈夫ですよ。それよりも、塩沢さん。私たちと取引をしませんか?」
塩沢が不審な表情で彼女を見ると、彼女は取引について語り始めた。
「今、私は、あなたが一番欲しているであろう情報を持っています。その情報を渡す代わりに、私たちの邪魔をしないと約束してほしいんですよ」
その情報とは何か問いただすと、彼女は答えた。確かに、その情報は塩沢にとって、今一番欲しいものに他ならなかった。ただ、その取引に応じることは、霧矢や美香を裏切ることになる。塩沢はしばらく考え込むように黙り込んでいた。
「…鈴原滝夫を含む、麻薬密売組織がこのホテルのどこにいるのか。知りたいのでしょう?」
若林彼岸の契約異能は、一言で言ってしまえば透視能力だ。自分の近くにいる存在の動向を同時進行で知ることができる。その能力で、塩沢の動きや霧矢と霜華の存在をつかんでいた。
もちろん、彼女が嘘の情報を渡すとも限らない。取引で得る利益が、情報と不干渉というものである以上、約束を破ることは非常に容易だ。特に不干渉というカードを持っているこちらにとって、約束を破って妨害を行うことは、情報を得た以上、何も躊躇する必要がない。そのため、むこうもそれを恐れて、ガセネタを流すことも考えられる。
それを考えると、この申し出は相手を信じてよいのか判断が非常に難しい取引だった。
「…俺は、ガセネタに踊らされることは絶対に嫌なんでね。本当のことを言ったという保証はあるのか?」
「そこまで言うのであれば、私も連中の居場所までご同行しましょう。もし、私が嘘を言ったのであれば、そのホルダーに入っている得物で殺してもらっても結構です」
塩沢は彼女を見るが、まともな人間とは思えないような、かなり濁りきった眼をしている。その言葉さえ嘘か本当かよくわからない。
「……だが、その取引に応じるということは、今回の護衛対象である、片平美香をむざむざお前の主とやらにくれてやることになる。邪魔をしないというのがどういうことを指すのかによって、その返事は変わってくるが…どうなんだ」
「わが主、ウィンズ・デイビッドは片平美香を求めていますが、彼の行動は二本立てになっています。その前段階の邪魔をしないでほしいということです」
デイビッドは女性に求愛するときは、最初は紳士的に愛の告白をし、それが受け入れられない場合は、強硬的な手段に出る。つまり、邪魔をしないとは、紳士的プロセスに割って入らないことを指している。
「じゃあ、もしそいつが、ろくでもない行動に出た場合は……」
「どんな目に遭わせようと自由です。ですが、私はこの契約異能を気に入ってますので、彼を殺してほしくはないですね」
妖艶な微笑を彼岸は塩沢に向けた。
「……いいだろう。少なくとも俺はそれに異存はない。だが、今回、彼女の護衛にあたっているのは俺じゃなくて別の人間だ。そいつが応じるかどうかはまた別の問題だ」
「構いません。彼は殺人を嫌っているのでしょう? 殺しが起きなければ、それでいいのです。私があなたに取引を申し出た理由は、ただ一つ。あなたは人を殺すことを躊躇しないからです」
おそらく、先ほどの話し合いの様子を透視能力で見ていたのだろう。彼女は美香の護衛のメインである三条霧矢が人の命を奪うということに強い抵抗を持っていることを知っていた。
塩沢は敵を殺すことができる。霧矢は殺すことはできない。彼岸にとっては、デイビッドさえ殺されなければ、主の計画などどうでもよいのだ。
塩沢は握手の手を差し出した。彼岸も彼の手を握る。
「では、売人のところへご案内しましょう。葬儀屋、塩沢さん」




