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Absolute Zero 3rd  作者: DoubleS
第四章
33/49

生存者と犯罪者 2

「何か寒気がするんだが。よくないことが起きる前兆かな……」

「どうしたの? 霧君」

 肩を縮めて身震いした霧矢を霜華は目を細めながら見た。霧矢は顔をしかめながら料理を口に運び、同時に美香の動きを眺めている。

 美香は相変わらず、形だけの笑顔でまわりの人間に接している。その後ろにレイも笑顔を浮かべながら、お嬢様付きの良きメイドを演じていた。

 美香の作り笑顔の出来は良くも悪くもないと言ったところだろう。作り笑いだと思えばそう見えるし、そうではないと思えば、そう見えないものだった。だからこそ、わがままお嬢様などという噂も立つのだろう。勘のいい人は、彼女が作り笑いを浮かべていることを容易に見抜き、すべてにとって八方美人的な対応をしていると考える。

 しかし、勘の良くない人にとっては、彼女は普通の良家の子女と映る。そして聞いていた噂と違うことに驚く。初見の霧矢もそうだった。そして、そのギャップから、わがままお嬢様という噂は、ますます有名になっていったに違いない。

「ああ見えて、美香も自分の暮らしに飽き飽きしてるんだよな……」

「……そうなんだ…私はあの人のことよくわからないからなあ…」

 霜華に美香のことをいろいろ霧矢は話していく。霜華にとってもここまで上流階級の人間の生活については、初耳だったらしく、興味深そうに聞いていた。

「…お金持ちなりの悩みってものかあ…私にはどうも理解できないなあ…」

「僕にもわからん。住んでる世界が違うからな」

 とは言うものの、霧矢の隣に立っている少女は、本当の意味で住んでいた世界が違う存在だ。それを思うと、今の発言も何か考えされられるところがあるのも事実である。


「あ、いたいた。霧矢」

 背後から聞き覚えのある子供の声が聞こえ、霧矢は振り返る。背の低い女の子と、これまた背の低い男が一緒にこちらのほうに歩いてきた。

「風華か。で、その後ろの人が北条さんか?」

 風華はその通りだと答えた。前髪で目を完全に覆っている男は、霧矢に一礼すると、自己紹介をする。

「……初めまして。彼女から聞きました。あなたが、三条霧矢君だね」

「どうも、北条柳都さんですね。風華がお世話になったようで、ありがとうございます」

 九年前のガス漏出事件の唯一の生存者で、塩沢の後輩。見かけは長すぎる前髪のせいで異質に見えるが、霜華の言う通り、優しげなイメージで塩沢とは違った人間だった。

 丁寧に北条は自分の身上を話しはじめる。霧矢は真剣に聞いていた。

「……あの事件を機に、この世界の真実、異能の存在を知りました。そして、先輩がああいう仕事をしていることもね」

 北条の声にはどこか暗いものがあった。ガス事件がよい思い出ではないことは言うまでもないが、塩沢が殺し屋の仕事をしていることがきっと快く思えないのだろう。

「霧君、私、風華と一緒に料理食べてくるね。私もちょっとお腹すいてきちゃった」

 霧矢が了承すると、二人は立ち去った。人ごみの中、姿は見えなくなった。


「北条さんは、見たところ…大学生ですか?」

「……まあ、そうだね。体格的に高校生によく間違われるけれど、大学に通っているよ。そうは見えないかもしれないけど」

 彼の身長は霧矢よりも低い。体格も小柄で高校生に見えたとしても不思議ではない。ただ、立ち居振る舞いは非常に上品で落ち着いていて、大人であることを感じることができる。

「普通の人間なんですね。表の世界に生きている……塩沢とは違う…」

「……表の世界で生きているという意味では、普通の人間だよ。ただ、僕は普通の人間には当然に備わっている感情の一部が、欠落している。その感情を持つことができない人間だ」

「……復讐心が欠けている。その源となる、怒りと、悲しみも」

 勘のいい人だとうなずきながら、北条は口元を笑わせた。

 霧矢には北条の反応が普通の人とはどこか違うということを見抜いていた。初見の人間が横柄な態度をとる風華と接したら、間違いなく気を悪くする。しかし、彼に風華の乱暴な言葉遣いに対して、気を悪くしていた様子はなかった。

 つまり、彼には怒りや不満と言った感情が、薄いのだ。風華がそれを示す試薬となった。

 そして、あの事件が起きたことによって、人生を捻じ曲げられることはあっても、心を捻じ曲げられることはなかった。復讐にとらわれ、裏の世界に身を落とすこともなく、表の世界にとどまり、国立大の医学部という表世界の花型コースに進んだ。

 彼は高校に通っていない。中学の卒業式に出ていない。多くの友人を一度に亡くした。普通の人間とは多くの点で違った人生を歩んでいる。少なくとも大半の日本人とは違う青春時代を過ごしたと言える。

「…ちょうどいい機会なんで、一つだけ聞いておきたいことがあるんです。塩沢ってどういう人なんでしょう。信頼していい人なんでしょうか?」

 表の世界に生きる人間の塩沢の知り合いと出会うのは、今日が初めてだった。このことを聞いておけば、後々役に立つかもしれない。

「……先輩がどういう人か…か」

「僕は、よく彼のことを知りません。北条さんはどう思っているのか、知りたいんです」

 しばらく北条は押し黙っていたが、唸るように考え込んだ末に口を開いた。

「…彼は……」

 絞り出すような声を出しながら、北条は話し始める。

「……少なくとも、意志の強い人ではあると思う。そして、先輩は人と交わした約束は、守ることを何よりも大事にしている。彼が人を殺すのをためらわなくなったのも、誰かとの約束があったからではないか…と、僕は思う」

 霧矢は戸惑いを覚えた。塩沢と自分に少しだけ共通している点があったからだ。少なくとも、霧矢は自分がエゴイストであったとしても、約束だけは守れる男でありたいと常日頃からそう考えて行動している。

 だから、風華との約束を大事にして、雨野との特訓に励んでいる。そうでなければ、力砲を使って、敵は塩沢同様に問答無用で射殺するはずだ。

 後で罪悪感に苦しめられることになるだろうが、自分の命に代えることはできない。中途半端なエゴイストはそう考えていた。だが、今は違う。

「…霧矢君、君は僕と同様に一般人だから、先輩が人を殺すのに抵抗感を持っているんだろうけど、先輩には先輩なりの道理があって、それをもとに仕事をしているんだと思う。納得できなくとも、僕はそれを酌んであげてほしい。決して、罪もない人を傷つけたりするようなチンピラとは違う人だから、わかってあげてほしい」

 霧矢からは見えないが、伏せ目になっているであろう北条は横を向いた。

「……そろそろ、僕は失礼させてもらおうかな。売人探しを手伝わなきゃいけないから。君は、お嬢様の護衛をがんばってね」

 手を振ると、北条はパーティーの人ごみの中に消えた。


 一人、塩沢と自分について考えていた。

 自分と彼は似ている。認めたくはなかったが、否定するのは難しすぎる。自分にかけた誓いは破るかもしれないが、人と交わした約束を破るつもりはないということも、物事の考え方も多少共通しているところが多い。

 考えれば考えるほど、自分と彼が似ているところが見つかっていく。

 ただ、最大の違いは、霧矢はまだ人を殺すことをよしとしてはいないということだろう。その違いだけは何としてでも維持し続けていたいと思う。

 

 そのまましばらく考え込んでいたが、はっと我に返る。自分がここにいる理由を忘れてしまうところだった。慌てて視線を走らせ美香を探す。

(……どこだ…?)

 人ごみに紛れてしまったのか、美香の姿を見つけることはできなかった。霧矢の背筋に冷や汗が走る。万が一のことがあろうものなら、責任問題になることはもちろん、水葉の顔を潰すことにもなりかねない。

 会場を歩き回り、美香の姿を探すが、猫かぶりのお嬢様は見つからない。焦りを押さえつけながら、黒山をかき分けてとにかく見つけようと歩き回る。

(…どこに行ったんだ…)

 壁沿いにホールを一周すると、先ほどまで霧矢が立っていた壁際で、霜華と風華が料理を口に運んでいた。ただ、霜華と風華の皿の上はケーキなどの甘みが中心で、間違いなく後で体重計に乗ったら、悲鳴が待っているレベルの量だった。

「お前ら…そんなに食ったら間違いなく太るぞ。ケーキってのは、砂糖と脂肪の塊なんだから」

 風華は平然と食べ続けていたが、霜華は一瞬固まる。

「ちょっと、せっかく高級なケーキを味わっていたのに……水を差さないでよう」

「私は、いくら食べても増えたことはないから。お姉ちゃんとは違って…ね」

 風華は嫌みを込めた口調で自慢する。体質的にいくら食べても太らないらしいが、霜華は残念なことにその遺伝子を受け継いでいない。

「……じゃあ、存分に食って、存分に肥えるがいい。だが、僕までダイエットに付き合わされる羽目になるのは願い下げだからな。あらかじめ、断っておくぞ」

 霧矢のとどめの言葉に、う~、と目に涙を浮かべながらも、霜華は霧矢と皿を交互に見ながら、最終的にはケーキを口に運んだ。

「太っても知るもんか~、高級パティシエのケーキを食べられるめったにない機会なんだからあぁぁぁぁぁ!」

 自棄になりながらも、霜華はケーキを口に運んでいく。霧矢は霜華に尋ねようと思っていたことを思い返し、質問した。

「そういえば、霜華、美香を見なかったか? さっきから姿が見えないんだ」

 霜華はキョトンとした表情を浮かべると、皿を脇のテーブルに置き、あたりを見回した。しかし、霜華も首を横に振るだけだった。

 霧矢は舌打ちすると、腕組みする。レイと一緒にいることを願うばかりだが、やはり万が一ということもある。貧乏ゆすりをしていると、霜華が口をはさむ。

「だったら、あのメイドさん…確かレイさんだっけ…と連絡を取ればいいと思うよ。そのためのサブメンバーだし。無線機持ってるんでしょ」

「……そうだった…何忘れてるんだ…僕は」

 無線のマイクをつかむと、霧矢はレイに向かって話しかける。

「レイさん。今どこら辺にいますか? 見失ってしまいましたけど、様子に変わりはないですよね?」

「大丈夫です。今、ホールの中心あたりにおります。今のところ不審な人物はありません」

 まわりに人がいるせいなのか、一人でぶつぶつ話している変人に思われたくないらしく、ものすごく小さなささやき声で応答してきた。霧矢は「了解」と返すと、安堵の息を吐いた。

(…危ない、危ない。護衛失格なんて言われたらたまったもんじゃない)

 自分のグラスに入っているジュースを飲み干すと、霧矢は動く。

「霜華、動くぞ。常に彼女を見張っているのが護衛の仕事だからな。ホールの中心だ」

 霜華は風華の手を引くと、霧矢について歩き出した。

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