トラブルは必ず起こる 8
苦々しい顔で塩沢は控室のドアを叩くと、不機嫌な表情の少年がドアを開けた。
「随分と、虫の居所が悪いようじゃないか。どうしたんだ、助手さん」
さすがに人前で、殺し屋呼ばわりはしない。目の前の少年に向かって塩沢は言い返す。
「君こそ、機嫌が悪そうだな。何かあったのか?」
霧矢は乱暴に扉を開けると、塩沢をにらみつけながらも招き入れる。霜華も塩沢を胡散臭い相手を見るような視線を向けている。
「歓迎されていないようだな。俺は」
「……あなたのような人間には向かないパーティーですよ」
霜華の憎まれ口に塩沢は目を閉じた。簡単に美香に挨拶すると、水葉に目くばせした。
「北条君はどうしているの? それに風華ちゃんは」
「…興味ないそうだ。二人で遊んでいるらしい」
「……そう。なら始めましょう。状況の説明をさせていただきます」
水葉は全員をソファーに座らせる。霧矢は塩沢の隣に座らされた。霜華は霧矢と向かい合う形で水葉の隣に座っていた。
上座に座っている塩沢を横目でちらちらと見ながら、霧矢は深呼吸する。ここで得た情報を生かすことだ、仕事を成し遂げるのにベストだ。聞き漏らすまいと精神を集中させる。
「…すでに、彼からお聞きと思いますが、このビルに爆弾を持った麻薬の密売人がいます。破壊や身代金が目的ではないので、こちらが手出ししなければおそらくは何もしないと思います。ただ、一つ問題がありまして……」
「…うちの社員が、麻薬取引に関与している…ということですね?」
塩沢はうなずく。水葉は続けた。
「あなたの護衛とは別に、この塩沢が、京浜製薬社員、鈴原滝夫を追っていましたが、今彼を刺激しては、何をするかわかりません。そこでどうするかと考え、今ここにいる次第です。本来は、片平社長にお話しすべきことですが、パーティー開始間際でそれどころではないとはねつけられてしまいました」
水葉はそこで話を切り、霧矢に視線を向けた。
「霧矢君。君は、美香さんの護衛を続けてください。パーティーは通常通り行います」
霧矢はうなずく。美香も構わない旨を述べた。しかし、続けたのは美香ではなく塩沢だった。
「パーティーが終わるまでに彼らの居場所を突き止めるとともに、警視庁の知り合いに連絡を取りました。ただ、今回の麻薬組織は大物が絡んでいるため、警察はあまり動けないと思った方がよいでしょう」
「大物?」
霧矢が疑問を呈すると、塩沢は目を閉じて口を真一文字に結んだ。
「与党の大物政治家だ。今回の麻薬組織の上にいる。今の京浜製薬の経営陣とは対立関係にある。この状況では、どちらに転んでも、有利に働く」
塩沢が言うには、もし麻薬取引が表沙汰になれば、社員が関与していた以上、社長の片平を含む現経営陣の責任は免れない。社長は失脚、そこまで行かなくとも、会社での影響力は低下するだろう。そして、塩沢が収集した情報は裏社会のものであるから、表社会での直接的な信憑性は薄い。表向きは嘘の情報と一蹴できる。
それに、麻薬組織は末端中の末端で、メンバーが捕まったところで何も傷がつくこともない。
もし、闇に葬り去られたのであれば、彼は麻薬取引の上納金で懐を潤わせることができるという、非常に狡猾な作戦だった。
「…鈴原は下っ端に過ぎない。おそらく他に関与している会社の幹部がいるだろう。片平社長が失脚することで、利益を得るであろう…誰かだ」
淳史が言っていた通り、片平社長は会社経営が上手いとは言えない。下剋上を狙っている有能で野心的な幹部を政治家が抱き込んだと考えるのが妥当だろう。
「私としては、今すぐ片平社長と会って話がしたいのですが、残念なことで忙しいと。その他の幹部の人は、この状況下で信用はあまりできないでしょう」
水葉がため息をつくと、塩沢が話し始める。
「ここで、我々が思いつく限りの作戦をいくつか用意しました」
「…問答無用で射殺する気か。お前は」
霧矢はぶっきらぼうに口をはさむ。塩沢は霧矢を見ると、
「プランその一は、まさにその通りだな。片平社長の権力を維持するのであれば、皆殺しが手っ取り早いだろう。死人に口なし。証拠隠滅はうちの得意とするところでもあるしな」
霧矢は立ち上がると、塩沢の前に立ちふさがる。しかし、塩沢はピクリとも動かない。
「冗談じゃない。僕たちがそんな作戦を認めるとでも……」
「……今何とおっしゃいましたか。塩沢さん」
美香が目を細めながら尋ねる。霧矢は塩沢に代わって敬語を使って答える。
「彼の悪い癖です。裏世界での暮らしが長いせいで、敵と見れば『殺す』しか能がない男なんです。もちろんこんなことはさせませんから、ご安心を」
「霧矢君。とりあえず、座れ」
自分を見下すような視線を向けているカタギの高校一年生を、冷徹な殺し屋はにらみつける。霧矢は渋々ではあったが座った。
「プランその二は、片平社長の失脚を恐れないのであれば、連中を捕らえるということです。相手が爆弾を持っている以上、こちらも捕らえる過程で相手を殺さざるを得なくなることになるかもしれませんが…無事に捕まえられたら、そのまま、私とコネのある警視庁の人間に引き渡します。ただし、この事態が公になれば、片平社長の立場は…」
塩沢は言葉を濁した。本当は片平社長に決めてもらうべきことだが、彼は今忙しい。
「そして、あまりお勧めできませんが、プランその三。連中を見逃す。誰も死なず、誰も失脚せずに、問題は表面上だけですが、一応解決します」
塩沢はそこまで話して黙り込んだ。無言で美香に父親の代わりにどれがいいか決めろと促している。ここにいる全員が、選択肢の難しさに顔をしかめていたが、一人だけは違っていた。
「プランその二に決まっています。ですが、殺すと言うのは……」
美香の返事に、塩沢は彼女をちらりと眺めると、息を吐いて、話し始めた。
「…私の計画では、パーティー終了までに彼らのいる部屋を特定し、パーティー終了後、彼らの部屋に踏み込みます。作戦に参加するのは、私、塩沢雅史と彼女、古町水葉の二名。できるだけ殺さないように尽力するつもりですが、もし彼らが爆弾を使用するそぶりを見せたら、容赦なく殺害します。もちろん、跡形も残さず隠蔽します。証拠の隠滅は相川探偵事務所の得意とすることですので」
一人称が「私」になっている塩沢を霧矢と霜華は笑いを浮かべながら見ていた。お互いにクスクス笑いを押し殺しているペアが下座にあった。
「笑うな。これは大事な話だ。意見があるなら普通に答えろ」
苛立った口調で、塩沢は二人を黙らせようとする。
「じゃあ、言わせてもらうけど、もう、敬語づかいはやめようぜ。お嬢様もこの三人には、普通に話してもいいと思うぞ。この際、もう敬語はなしだ。本性を出して話すべきだ」
全員が、霧矢に注目する。美香は霧矢を見ると、
「そうね。私もこの面子に猫をかぶるのはやめにするわ。普通に話させてもらう。みんなもいつも通りに話してちょうだい」
塩沢と水葉は見つめ合うとうなずいた。霧矢は息を吐いた。
「じゃあ、塩沢。僕としては、誰も死んでほしくはないな。一人たりとも殺さずに捕まえることはできないのか? 水葉さんもそれで構わないと言うのか?」
「……私は、あんまり殺しは好きじゃないわね。まあ、私は雅史とは違う力を持っているから、殺さないで捕らえることは、雅史よりは可能性は高い」
水葉は異能についてごまかそうとした。しかし、美香やレイは何かあると察したようだ。
「……雅史とは違う力って何?」
四人は、お互いに顔を見合わせ、ため息をついた。
「まあ、相川探偵事務所が、普通の裏稼業とは違うと言われるゆえんだ。水葉」
水葉は懐からカードを取り出すと、テーブルの上に置く。
「事務所のメンバーは基本的に、超能力のような力を持っています。こんなふうに」
カードが発光すると、花火のような火花が散る。しかし、その火花は熱を持っておらず、ソファーやテーブルに飛び散っても、焼け焦げを作ることはなかった。
「……これは……すごいわ。レイ、あなたはどう思う?」
「…同感です。相川探偵事務所…あなどれない…」
異能について話を終わらせると、塩沢は本題に戻った。
「それで、君は殺すなと言いたいようだが、もしもそれで爆弾を使われたら、何百人もの死人が出るぞ。罪もない一般人がな。水葉の力なら何とかなるかもしれないが、百パーセントの保証はどこにもない。殺されるくらいなら殺した方がいい。それとも、君は命を差し出す覚悟をしてまで、敵を殺さないことを貫くのか? それとも、危険を避けるために、プランその三、密売人どもを見逃すのか?」
「……それは…だめだ…」
霧矢は口ごもる。霜華も反論しなかった。塩沢は腕組みすると、
「だったら、黙っていろ。殺しは俺たちの仕事だ。君たちは安全な仕事をしていればいい」
それだけ言うと、話題を打ち切ろうとした。霧矢は霜華と顔を見合わせると、口を閉じた。
「麻薬組織は私たちで何とかするわ。リクエストに応えられるかどうかはわからないけれど、私も人を殺すのは好きじゃないから、できる限り努力する。誰かさんとは違ってね」
水葉はわずかに塩沢に対して嫌味を含めた口調で、霧矢に微笑む。
「それで、美香さんの護衛のことだけど……」
「俺はもう行く。ここにいても時間の無駄だ。それよりやつらを探す方が大事だからな」
「…あ、そう。行ってらっしゃい。見つけたら連絡してね」
淡々と水葉は塩沢を送り出した。ドアが閉まると、全員が息を吐いた。
「……それにしても、殺すのが好きな男ですね。さっき、『きっと彼も人を殺すことで苦しんでいる』と言っていましたけど、本当にそうなんですか?」
霧矢の質問に対して、水葉は腕組みする。その他のメンバーも興味深い視線を送っていた。
「それは、嘘じゃないわ。ただ、義務感でそれを無理やり抑え込んでいるのよ。人を守るために、殺さなければいけないのだと、自分に念じ続けているの。そうして、罪の意識から逃れている。私たち全員に共通していることだけど」
霧矢は魔力分類器をもてあそびながら聞いていた。水葉は続ける。
「ただ、最近は、それすら必要なくなってきたみたいよ。殺すことの抵抗感がだんだんと薄れてきたらしいの。しかも、本人は、早くそうなりたいと言っているみたいだし」
霜華は悲しそうな視線を向ける。かつての自分に通じるものがあった。
(本当に慣れてくるとそんなものよ。ただ、私には血塗れの道から引き戻してくれる人がいた)
空気が重く沈んできたが、レイが話を元に戻した。
「……ストーカーの件ですが、結局どうなさるのですか?」
水葉は霧矢とレイ、美香に何やら護符のようなものを渡した。
「…万が一のため、これを持っていてください。ストーカーは私たちのように超常的な力を、使っている可能性があります。これを持っていると、その能力の一部を無効化できます」
「……霜華にはいらないんですか?」
水葉は首を振る。ハーフである霜華には必要ないらしい。むしろ、持っていると能力の一部が封じられてしまう。
「魔族封じの札です。万が一呪いをかけられても、軽減できるでしょう」
「それで、ポジションとかはどうするんです。それ以前に何で、霜華をここに呼んだんですか」
水葉が口を開くと、霧矢はうなだれる。しかし、全員が賛成の意を示した。




