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Absolute Zero 3rd  作者: DoubleS
第一章
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社会の表と裏、上と下 2

「……そろそろ、一休み入れましょう。今日はここまでよ」

 殴られたり蹴られたりした箇所をさすっている霧矢を見ながら、雨野はうなずく。家に上がるように合図すると、雪を払って中に入っていく。霧矢も彼女に続く。

「こんにちは、霧矢さん」

 雨野家のリビングのソファーに座ると、弟の雨野護があいさつする。霧矢はうなずいて、あいさつを返した。霧矢の巻き込まれた騒動には必ず、雨野姉弟のどちらかが関わっている。別に気にしているわけではないのだが、この二人には注意を払っておかなければ、後顧の憂いとなることは、直感で理解していた。

 姉は霧矢にお茶を入れようと台所に立っている。霧矢は護に話を振る。


「ところで、ユリアは最近どうしてる?」

「……一応、動くことは普通にできるようになった。でも、一言もしゃべらない」

 霧矢はため息をつく。救世の理は本当にとんでもないことをしてくれたものだとつくづく思う。あんな外道を霧矢は見たことはない。

 救世の理とは、少なくとも九年以上前から活動を始めているカルト教団だ。魔族の力を使って世の中を変えようと企んでいるらしいが、非常に秘密主義で詳しい実態はプロの情報屋でもつかめていないらしい。

 護の契約と交わした闇の魔族であるユリア・アイゼンベルグは教団によって、人体実験の被験体にされてしまった。そのせいで、彼女は感情と言葉を失い、抜け殻のようになってしまっている。護は日々を彼女の世話に費やしている。


「お茶、入ったわよ」

 雨野が、三人分のお茶をテーブルに置く。霧矢は口をつけると部屋の中を見回した。霧矢は実を言うと、雨野の家に上がったことは一度もなかった。訓練をつけてもらうのは庭先だったので、今回が初めてになる。

 調度品などは何もなく、かなりシンプルなリビングだ。もっとも少年だけで暮らしている以上、調度品など何の意味もなさないから、当然なのかもしれない。

「しかし、なかなか強くなれないもんです……僕もそろそろ、筋くらいはつかめるようにはなれたと思ったんですけどね……」

 霧矢が愚痴っぽく不満を口にするが、雨野は軽く霧矢の頭を叩く。

「そう簡単に進歩なんて人間はしないわよ。私の場合、今の強さになるまで、一年近くはかかったから。あんたは筋がいいから、私よりは短くて済むでしょうけど、そんなに早く身に着くと思ったら大間違いよ」

 霧矢はうなずく。ポケットから力砲を取り出す。雨野は興味深そうに見つめる。

「それが、例の風華ちゃんからもらったっていう……」

「対物はこいつ。対人は己の力で何とかできるようになるのが、僕の最終目標だ」

 雨野は霧矢の目を見る。いつもは無気力、もしくは利己的な空気を醸し出している彼は、最近かなり変わってきている。使命感、義務感といったものを感じる。

 しかし、その意識は良い変化をもたらす一方で、自身の破滅にもつながりかねないことを知っている。彼がバランスを取れるかどうかはわからない。

「とりあえず、三条。少しは自分の体のことを考えなさい。多分、あんた明日は筋肉痛で動けなくなってるわよ」

 雨野は風華と契約を交わしている。魔族と契約を交わした人間は異能の力を一種類だけ行使することができるようになる。雨野の力は、呪いや軽度の疲労を解く癒しの風を操る能力だ。しかし、筋肉痛や外傷に対して効果はないため、霧矢のけがを治すことはできない。

そのため、今の霧矢はボロボロであり、力砲がないことは、相手を殺すかどうかを別にしても、自分の死を意味する。

「とりあえず、僕は頑張ります。どんな間抜けであっても、約束は守りたいんで」

 お茶の礼を言うと、霧矢は雨野の家を後にした。



「ただいま……父さんから連絡来てない?」

 霧矢は家に戻ると、理津子に尋ねる。理津子に事情を説明すると、彼女も訝る表情をした。何の連絡もなしに、帰ってこないなど妙である。霧矢も、雨野の家からの帰り道、連絡を取ろうとしたが、電話には出なかった。

「……まあ、待ちましょう。きっとそのうち連絡があるわよ」

 能天気な母親は何の心配も示さず、お茶を飲んでいた。その天然さはある意味うらやましさを感じずにはいられないのだが、霧矢としては遺伝しなくてよかったと心の底から思っている。

 外を眺めながら、霧矢は痛む箇所に湿布を張る。訓練を始めた最初の日と比べたら、痛みなどもう大したことはないが、それでも痛いものは痛い。


 夕食を済ませ、無為に過ごしていると、霧矢の家の電話が鳴った。時計を見ると、もう8時近くになっていた。ゆっくりと立ち上がると、霧矢は受話器を取り上げる。

「はい、復調園調剤薬局です」

「もしもし、父さんだ。その声は霧矢だな。伝えておきたいことがある」

「もっと早く連絡してほしかった。それで、今どこにいるのさ」

 不満そうな口調で霧矢は受話器に向かってぼやく。

「天候不良で、到着が大幅に遅れた。今やっと、成田空港に着いたところだ。もう、時間も時間だから、今日は東京に泊まることになった。それと……」

 何やらいきなり言葉を濁した。別に、天候不順で遅れたのならば、自分が引け目を感じる必要はない。飛行機の中で携帯電話は使えないのだから連絡できないのも当然である。

「すまん! 父さんは、突然だが、明日の夜、東京で開かれる京浜製薬のパーティーに出なきゃいけなくなった。だから、今年は帰ることができないんだ! この埋め合わせはいつかするから、勘弁してくれと、母さんに伝えておいてくれ……」

 京浜製薬と淳史は深いつながりがある。創業者の息子、今の社長だが、彼と淳史は大学の同期で、同じ研究室に所属していたらしい。霧矢は会ったことはないが、理津子もよく知っている人物である。

 霧矢は渋々承諾する。もっとも、霜華のことがバレる心配が少なくなったことはラッキーかもしれなかった。

「そうだ。霧矢、お前と母さんも来るか? 会社に頼めば、格安でホテルを紹介してくれるし、パーティーにも参加できる」

「いや、でも、今家を空けるのは……」

「不都合でもあるのか?」

 霧矢が説明に困っていると、突然家のインターホンが鳴る。こんな夜に訪ねてくるなど、いったい何者なのか。後でかけ直す旨を伝え、霧矢は電話を切った。

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