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Absolute Zero 3rd  作者: DoubleS
第三章
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トラブルは必ず起こる 3

「戦うメイドさんねえ……」

 最上階のスイートルームの壁に寄りかかりながら、霧矢は片平美香付きのメイド、レイこと、大崎礼子を眺めていた。

「なあ、レイさん。あんたはどうして、そんなに戦いの腕を磨いたんだ?」

「万が一のことが起きないという保証はどこにもありません。ですから、常に最低限のことはできるようにしてあるのです」

「その結果、格闘の腕前がそこまでに……すごいな。僕はまだまだ戦いは慣れていない」

 レイは首を横に振る。美香はキョロキョロと二人を交互に見ていた。

「三条様、あなたは訓練を始めてから、どれくらい経っているのですか?」

 霧矢は答えに詰まってしまう。ここで正直に答えてしまったら、幻滅されるだろう。メインの仕事は美香の話し相手だが、あくまで護衛も仕事の一部なのだから。

(……しかし、嘘はつきたくないな……)

 霧矢は迷った末、正直に答えることを選んだ。護衛としては情けないが。

「……訓練を始めてから、一週間……まだまだ、素人も同然だよ……情けない話だけど」

 霧矢は覚悟を決めて、二人の顔を見た。しかし、二人は幻滅ではなく驚きの表情だった。

「霧矢、あなた、たった一週間でそこまでの腕になったの?」

「あなたは、誰から教えを受けているのですか? きっとその人はすごい人です」

 霧矢の師匠の名は、雨野光里という。一つ上の上級生、生徒会長……としか答えようがない。すごい人であることは否定しないが。

 どう答えようかと迷っていると、霧矢のポケットが振動した。携帯電話を取り出すと、スイートルームから出て、エレベーターホールを兼ねた応接室に出る。

(……公衆電話……いったい誰からだ?)

 警戒の眼差しで液晶をにらみつけながら、通話ボタンを押した。

「もしもし、どちら様ですか?」

「…もしもし、霧君だね。今からとても大事なことを伝えるから、しっかり聞いてね」

「…霜華?」

 霧矢は声を低くする。よくわからないが、彼女の声は真剣なものだった。

「このホテルに、拳銃と爆弾を持った麻薬の売人がいるらしいの。そいつを追って、塩沢さんがこのビルにいる。水葉さんと北条さんっていう人と一緒にそいつを探しているの」

「爆弾だって!? おい、霜華、いったい何を言ってるんだ!?」

「声が大きいって! 霧君、今まわりに誰かいる?」

 霧矢は興奮のあまり電話を切ってしまう。無線機のマイクを取り上げると、

「水葉さん。いったいどういうことです。今ここに、爆弾を持った麻薬の売人がいるそうですね。何で黙っていたんですか」

 イヤホンから咳払いをするような音が聞こえると、水葉の声が聞こえた。渋々ではあるが、説明を始め、霧矢は黙って聞いていた。


「……パニックを招きたくないから、黙っていたけど……雅史がつかんだ情報によると、このホテルのどこかで麻薬組織の会合をするらしいの。そして、その男は拳銃と爆弾を持っているという情報も入っているわ」

 霧矢は歯噛みする。大変なことになってしまった。

「美香さんの護衛のメイン・サブの交代は、それが理由ですか。あなたは密売人探しのため、メインをやめなくてはいけなくなったと……」

「ええ。とりあえず、霧矢君。もしも、彼女に危険が及ぶようなことになったら、それこそ大問題だから、しっかりと守ってあげなさい。その男は私たちが何とかするから」

「このことを知っているのは? パーティーはどうなるんですか?」

 霧矢はマイクをにらみつけながら、水葉の答えを待った。

「私と雅史と、北条君。霜華ちゃんと風華ちゃん、そして君、霧矢君だけよ。それと、パーティーは予定通り行われる予定よ」

 爆弾を持った男がいる以上、問題はストーカーどころではない。

「……わかりました。万が一に備えて、僕も彼女の護衛を頑張ります。パーティー開始までに何とかしてください。お願いします」

「正直、今探しているけれど、見つけられる可能性は低いと思う。携帯にそいつの情報を送るから、万が一心当たりがあったら、教えてちょうだい。霧矢君、君の最優先はクライアントを守ること。その男を捕まえるよりも、彼女の安全を一番に考えなさい。いいわね」

「……わかりました。ですが、霜華と風華はどうします?」

 あの二人のことだ。独断で動くことくらいありうる。万が一それで、連中を刺激するようなことにでもなれば、最悪の事態が発生することもありうるかもしれない。

「今、私は監視カメラで見張っているけれど、彼女たちに不審な動きはないわ。きっと、大丈夫だと思うわ」

「わかりました。何かあったらまた教えてください」

 霧矢は通信を切ると、再びスイートルームに戻った。


「顔色がすぐれないようですが、いかがなされました?」

「……何でもない。ちょっと嫌なことを聞かされたけど、気にするほどではないから……」

 霧矢はしかめっ面でスイートルームのソファーに腰を下ろした。

「…レイさん。お茶を一杯もらっても構わないだろうか?」

「かしこまりました。しばらくお待ちください」

 天蓋付きのベッドに腰掛けていた美香は、霧矢の座っているソファーの方へ歩いてくる。霧矢と向かい合う形で腰を下ろした。

 霧矢は腕時計を見る。高校入学のお祝いとして買ってもらったもので、機能よりもデザインを重視したアナログ時計だ。霧矢の持ち物の中では一、二を争うくらい高価な品だが、それでも、この部屋とは釣り合わない。

(……あと、四十分。それまでに、何とかしてくれよ…ほんと…)

 霧矢の表情が憂いに満ちたものだったため、美香は疑問の表情を浮かべる。

「さっき、嫌なことを聞かされたというけど、何を聞いたのかしら?」

「……このホテルに泊まっている連れが、変なことを言いだして、嫌な気分になってしまった」

 一応嘘はついていない。もちろん、相手もそれで納得するわけもない。質問に何一つとして答えていないからだ。美香は不機嫌な表情になる。

「ちゃんと答えなさい。何があったの?」

「……お尋ね者がこのホテルに入り込んだらしい。詳しいことは知らないが……」

 詳しいことは知っているが、これ以上言うわけにはいかない。霧矢は途中で話を切る。

「例のストーカーのことかしら?」

「……そういうことにしておこう。僕もどうしたらいいかよくわからないから」

 レイが高級なお茶を差し出すと、霧矢は心を落ち着かせるために、真っ先に口をつける。どちらかというと霧矢はコーヒーの方が好きだが、紅茶でも十分落ち着くことができる。

 しかし、美香の何とも言えない不気味な視線は、霧矢の精神を容赦なく揺さぶってくる。紅茶のリラックス効果を打ち消してしまった。

「そんな目で見ないでくれ。お姫様より騎士の方が先にダウンしてしまいそうだ。精神的に」

「やめてほしかったら、嘘をつかないできちんと話しなさい。そのお尋ね者について」

 霧矢は美香から目をそらしてレイに視線を向けた。彼女は小首を傾げた。霧矢は彼女に近寄ると、耳元でささやいた。

「なあ、レイさん。美香の肝っ玉のサイズはどれくらいだ? 心臓に毛が生えているなら問題ないんだが、そうでなければとても話せることじゃない」

 霧矢が耳元から離れると、彼女は霧矢と向かい合う。そのまま手で大きなマルを作った。霧矢は満足そうに口元に笑いを浮かべた。

「そうか。なら、話しても大丈夫なんだな?」

 普通のお嬢様とは違う。それは初めから霧矢も知っていた。しかし、ここまでくると、もはやすがすがしいほどだ。霧矢は苦笑いを浮かべると、再びソファーに腰を下ろす。

「……まあ、大事件が起きる可能性があるってことだな。運が悪ければ、僕もあんたも死ぬかもしれないくらいの大事件がな」

 二人とも死ぬ可能性があるというのに、霧矢の表情が余裕に満ちているので、美香は曇った表情を浮かべた。レイもキョトンとした表情を浮かべている。

「……命を狙われているの? 私は」

「今のところは大丈夫だ。こちらが手を出さなければ、別に問題はないらしい。ただ、万が一、彼を捕らえるのに失敗して、破れかぶれになったらもう大変。僕もあんたも、レイさんもまとめて瓦礫に埋もれるだろうさ。あの世で会いましょう、なんてね」

 へらへらと笑っている霧矢を美香は憤慨とも呆れともつかない表情で見ていた。

「…瓦礫ということは、爆弾と考えるのが適当でしょう。おそらくこの建物に、爆弾を持った男がいる。そして、こちらが手を出さなければ問題ないということは、その男は騒ぎを起こすことが目的ではないということですね?」

 霧矢は笑うのをやめてレイを見た。推理力に優れたメイドは霧矢のコメントを待っている。

「…さすがは、レイさん。すべて当たっているよ。爆弾を持った男がこのホテルにいるのさ」

 普通のお嬢様だったら、顔色が一気に蒼くなるか、失神するところだろう。しかし、眼前のわがままお嬢様は違った。平然とした表情で霧矢に続きを促している。


「……ということらしい。さて、どうしましょうかねえ……」

 霧矢が説明する中、彼女はまったくパニックにもならず、焦ることもなかった。レイの言う通り、彼女の肝っ玉のサイズは大きかった。

「鈴原滝夫か…うちの社員にそんなろくでもないやつがいたなんてねえ……」

 パーティー開始までもう残り時間は少ない。そして、その男について何か手がかりをつかめたという知らせも入っていない。

(……塩沢のやつ、何が安全な仕事だよ。思いっきり危険じゃないか……)

 塩沢に責任はないとわかってはいるが、恨み言をつぶやかずにはいられなかった。

 こんな危険な状態でも平然としていられる自分もまた、段々と肝っ玉が常人から離れていっていることを感じる。そう思うと余計、恨み言をこらえることはできなかった。

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